• 2006年12月29日


    誰もが迎える死であるが、人によりその迎え方はさまざまだ。
    私にとって身近に接した死には、父と母のそれがある。
    父は61歳で肝臓癌で、母は73歳でくも膜下で亡くなった。
    私にとり、父の死は、大きな存在に対する喪失感があり、それに続いて責任を引き継いだ思いにもかられたものだ。
    一方、母の死は、全ての母親の死がそうであるように、私も子として享受していた絶対の愛の温もりから放擲された寂しい思いに囚われた。

    死は時として不条理であり、死を迎える年と迎え方に理屈で割り切れないことも多い。
    昨年から今年にかけて、慟哭を禁じえない死を見てきた。

    一人は家内の弟。
    最期まで病との壮絶な闘いに挑んだ、44歳の早過ぎる死であった。
    家族への愛、周囲の人々への気遣い。
    人の命の輝きを最期まで見せてくれた。
    外資系大手製薬会社のアストロゼネカに勤務、長い間、抗癌剤で大学や国立の病院が担当であった。
    分かるからこその死の恐怖であったと思う。

    二人目は早稲田大学のUゼミの仲間の死。
    ゼミには女性は3人いた。
    卒業後は何回かの年賀状のやりとりしか無かったが、才気煥発で凛とした姿が思い出される。
    死を迎える寸前、彼女は言った。
    「お母さん、私、もう頑張らなくて良いかな。」
    今は天国で、思う存分、ライターとしての腕を振るっているに違いない。

    三人目は、同じ交流会のメンバーであった、若き弁護士の死。
    心筋梗塞での突然の死。葬儀場に掲げてあった、奥さんと小学生のお嬢さん3人との写真。
    桜並木を背景にした5人の写真は多くの人々の涙を誘った。
    最近、後輩の弁護士を迎え、これからいよいよという時期。
    無常、非情な死である。

    誰もが抗えない死。
    死を迎える際には、ぜひ命の輝きを、一瞬なりとも放ちたい。
    愛してくれた人々の気持ちを癒すためにも、私はそう思う。

    宮沢賢治の『春と修羅』に収められている「永訣の朝」は、何度読み直しても心を揺さぶられる。
       <省略>
        ああとし子
        死ぬといふいまごろになつて
        わたくしをいつしやうあかるくするために
        こんなさっぱりした雪のひとわんを
        おまへはわたくしにたのんだのだ
        ありがとうわたくしのけなげないもうとよ
        わたくしもまつすぐにすすんでいくから
       <省略>



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