2016年2月29日

変化

 さて、聞いてみたい。あなたは今から三週間前と

なにか変わったところはあるだろうか。

 ボクは、さっぱりないなー。

 人は三週間くらいで劇的には変化しない

ものなのだ。

 

 父親は38のときアメリカに研修旅行に出かけた。

 それが三週間だった。

 父親はこの三週間で劇的に変わったと思う。

 アメリカの話は何度も聞いた。

 

 サンキストの話もあり、見渡す限りのレモンの畑。

 母親はよくこん話をした。

 お父さんはよく行ったよねー、会社がなくなって

しまうかもしれんのに。

 

 父親の38といえば、土地のローン、住宅のローン

がいくつも重なり、大変な借金の額だ。

 見識を広めてきたい、なんてゆとりは全く

なかったはずだ。

 

 人はどこかでこんな経験をされると良いと思う。

 どこを見つめるか、なんて話になると思うの

だが、目標も変わってくると思う。小さなことが

気にならなくなるかも。

 

 ボクたちにとって三週間はあっという間だ。

 だが、劇的に変化できる十分な時間であるとも

いえる。

2016年2月26日

疑問

 五回ほど米軍基地の中にある小学校でそろばん

を教えたことがある。話だけ聞くと楽しそうと

思われるかもしれない。

 だが、この話を聞いたとき、嫌だなーって

思った。やりたくないと。

 

 相手はアメリカ人の子供たちだ。英語で授業

しなければならない。英語の成績が3だった

自分にとって、それは悪夢以外のなにものでも

なかった。

 

 ただ行きたくない、行きたくないと感じていたが

最終的には引き受けた。実際にやってみると

恐れていたほどではなく、日本とアメリカの

文化の違いも改めて観察でき、とても有意義

だった。

 

 ボクはやりたくないと感じていたものほど、

取り組んでみると発見が多い、そんな経験を

何度もしている。

 知らないことは未知なので怖い。だから

なんとなく嫌だ、そもそも行かなければ

嫌なことはなにも発生しない、そんな考えを

組み立てていたと思う。

 

 だれしも米軍基地の中でなにかを教える、

話だけ聞けばやってみたいと思うかもしれない、

だが、実際にあなたがその場に置かれても

そんな反応ができるだろうか。疑問だ。

2016年2月25日

課税

 昨日の日経新聞におもしろい記事を見つけた。

 サザエさんの銅像に課税、である。銅像に

固定資産税をかけ、支払う必要が出てきた。

 厳密には町中にある銅像に固定資産税を課す

のはおかしいのだが、ここで登場してくるのが

裁量行政というものである。

 

 裁量とは、明確な判断基準がない場合、お上が

これは課税すべきだと判断すれば税金を課す

ことができる、というものだ。

 サザエさんの場合がそうである。

 

 さて。

 サラリーマンのみなさんに申し上げよう。

 みなさんの税金はどうなっているのか。

 サラリーマンの場合、オレたちの経費はどう

なっているんだ、認めてくれ、と主張したとする。

 

 そこで税務署はサラリーマンのみなさんは

みなし課税を適用しております、既にみなさんに

10万円分の経費は認めてあげています、が

返事だった。

 それでみんなはなんとなくわかった気に

させられていたわけだ。

 

 記事では、このみなし課税がサラリーマンの

人たちの、オレたちの税金は正当なものかどうか

考える機会を奪っているとあった。

 問題意識を持たないわけだ。

 アメリカでは託児の費用も経費として認め

られているという。サラリーマンはみなし課税

というある種のめくらましにより、問題の

本質を見えなくさせているのだ。

 知らないことは罪なのです。

2016年2月24日

ヨガ

 昨日、ヨガを体験してきました。

 初めてでしたがいろいろと身体を動かし、呼吸を

整える、そんな感じが強くしました。

 

 ボク以外は全員女性でした。

 女性は自分が楽しむコツをいろいろ知っているよう

に思います。フェイスマッサージもそうですし、

ヨガやピラティスも。

 

 スキーもそうですが、身体を使って遊ぶ、もっと

多くの方が体験したらいいのに。

 さて。

 ヨガですが、観察するのとやってみるのとでは

かなり違います。

 

 一つ一つの動きは身体の関節や、筋肉を適度に

ほぐす効果があるようです。

 ポーズが完成すると、チャイルドのポーズ、

などと言われるのですが、その形だけ見て

判断するのは間違っているようです。

 

 このチャイルドのポーズにせよ、日ごろ

動かさない筋を伸ばしていることに気づきます。

 スキーをすると分かるのですが、人は日ごろ

使わない筋肉がかなりあります。

 筋肉痛になるので分かるのですが、これを

意識して動かすことが大切かと思います。

 しっかり身体を動かしましょう。

2016年2月23日

ドケチ

 ボクが子どものころドケチ商法という本が

はやりましてね、よく読んだものです。

 大阪丸ビルの大家さんです。

 タクシーは一番最後に乗れ、なんて今考えると

おかしなものもありましたが。

 なぜ最後に乗るのか。支払わなくていいから。

 

 その本の中にお金の使い方を説くものが出て

きます。お金は活きた使い方をしなければなら

ないと。ホントですね。 

 ボクは以前、海外を旅行することが多く、

それにて年間でかなりのお金を使っていました。

 

 でも、今は活きたお金の使い方ではなかったと

考えています。旅行に出る一か月前から旅行当日

くらいまでが楽しいだけで、そこからはあまり

感動もありません。

 

 やはりお金というのは方向性だと思います。

 ここに使うからお金が活きる、そんな使い方が

したいものです。ボクは現在、一切旅行に出かけて

いません。

 今、使うお金が将来、大きくなって戻ってくる、

それが活き金でしょう。投資の考え方ですね。

 日々はドケチに徹し、ここぞというところに

お金を使う、それが活きた使い方です。

2016年2月19日

演出

 よく、お、池田さん、イメチェンしたね、って

言われます。確かにそうなのですが、実は人から

良いと言われたことはほぼそのまま受け入れる

ようにしていますので、その結果です。

 

 青が良いと聞かされれば、そうしますし、黄色が

良いと聞かされればそのようにします。

 洋服もこっちが似合うよと聞かされれば

それを買います。

 

 これはボクの処世の一つです。

 ボクは素直な人間が好感をもたれると考えて

おり、そのような人物を演じているわけです。

 根っからのボクが素直なわけではありません。

 

 生きていく中で、やっぱり人って素直な人が

他人もアドバイスや助言がしたくなるんだな、

やっぱそっちかー、なわけです。

 

 だれしも子どものころそのままに生きて

いる人は少ないと思いますが、ボクのような

自営業者は他人から応援していただく必要

があります。

 あいつは偉そうにしやがって何様だと

思ってやがんだ、では仕事にならないのです。

 素直な人を演出しているわけです。

実際は。

2016年2月18日

発現

 ボクはアンザン段位9段だ。

 計算はとても得意だ。

 ただこれを言うと、計算に向いていたんですねと

言われる人がいる。

 

 それは本質を見ていない気がする。

 ボクは3級の試験を6回続けて不合格になって

いる。のち9段になった人でこんな人はいない。

 自分が9段になってみて実感するのは、

特別な人が到達するわけではなく、だれもが

みな同じ脳みそを持っていることだ。

 

 発現という言葉がある。

 現象が起こるわけだが、計算の分野で発現するか

どうかだ。計算に向いていたというと、なんの

努力もしないうまい言い訳に聞こえてしまう。

 

 向いていたというより、才能に気づく、が

本当のところだろう。

 才能があるわけではなく、あることに気づく。

 ここが大事だ。

 

 どうだろう。

 毎日、来る日も来る日も10時間ほどなにかに

真剣に取り組む。それにて達成できない

試験があるだろうか。

 脳みそはみな万人に等しく与えられている。

 まずそれを実感することから始めるべきだ。

2016年2月17日

スキル

 スキルは大事だと思う。スキル、専門家と言って

いいだろう。

 かなり前になるがテレビでこんな番組を見た。

 東南アジアで洋服を作るのだが、日本から型紙

が送られてくる。

 

 それそっくりに作ることができるわけだ。

 その型紙を作る人は日本に何本かの指に入る

達人だそうだ。これは逆に考えると達人以外

はだれも必要ない、あとは労働力でしかない

ことを実感させられた。

 

 卑近な例でいえば、こんなことがあった。

 岩国は工場がたくさんあり、以前はよく独立話が

もち上がった。ボクの知り合いは独立して朝から

晩まで働いた。ただ買い取ってくれるのは

独立する前にいた会社で納入価格がたたかれる。

 

 最後にはご商売は廃棄されてしまった。

 儲かるかなと思うと買いたたかれる。

 くるくると回るラットのような宿命を

背負わされていた。

 ごく一般のスキルだとか、やる気などは

あまり意味がない。突出したなにかが必要だ。

 これからは達人のみが必要とされる時代

に、ますますなってくる。

 覚悟はよろしいか。

2016年2月16日

嫌なこと

 先日、櫛さんとお話しさせていただきかなり

整理できたので書いてみたい。

 人にとってだれしも嫌なことがあるはずだ。

 ボクにもあった。

 

 単身で京都で生活することになったとき。

 嫌ではなかった。今、振り返ってみると

極度の緊張状態で感覚がマヒしていた面は

かなり大きかったと思う。

 それが嫌だという感覚を失わせていた。

 

 23のとき高校で先生になることに。

 こちらは嫌で嫌で仕方がなかった。

 お給料をもらえるわけで、嫌というのも

おかしいが、高校生相手に授業ができるとは

とても思えなかった。

 

 ただ、これら嫌な経験も過ぎ去ってみれば

貴重な体験だし、一般の方が経験しようと

思っても無理だ。恵まれていたわけだ。

 それは嫌なことを嫌だからやらないと決断

しなかったからだ。

 悩みに悩んで、考えに考え抜いて取り組む。

 だけれどもどちらもやり遂げた。

 

 嫌なことというのは、それまでの自分の人生に

ない出来事だからだ。だから嫌なことに取り組むと

未知に出くわして混乱はするけれども、実行すれば

自分のよく知った世界になる。

 今、ボクが再度、高校で授業することも可能

だし、京都で暮らすこともできる。

 やってきたことだからだ。

 嫌なことは未知、知らないこと。やってみれば

できることに気づける。

2016年2月12日

生き物

 子どものころ母親はよく思い出し叱りという

のをやっていた。これは悪いことをすると

叱るのだが、あんたはあのときもこうだった、

このときも、で思い出しては怒るのだ。

 

 人は記憶する生き物だ。

 そのときそのときで判断するのではなく、

あのときでも判断してしまう。

 

 人と接していて嫌な思いをしたことはだれ

にもあるに違いない。

 人はなかなかそれを忘れない。

 

 ボクはこれをできるだけ戒めている。

 やらないようにしている。

 人はうつろう生き物だ。

 どの人も時間を固定して生きているわけでは

ない。

 ボクはこのさい、あのときはああだった、

は忘れて、今日のその人と出会うことを

強く薦めたい。

2016年2月10日

まかぬ

 よく母親はまかぬ種は生えないと口にする。

 これはそのままの意味ではなく、大きなものを

得ようとすれば、まずきっかけ作りから。

 分かりやすく言えば、小さな運動を続けることで、

そのうち大きくなる、とでも言える。

 

 母親は昔の商売人からこの手の話を聞いたよう

だが、漠然としているところがいい。

 まかない種は生えない。

 それはどんな種なのか。

 どこに対してまくのか。

 

 要するに、受け取った人が自由に考える幅が

用意されている。そこがいいなと思うんだ。

 ただやはり大切なことは、なにか良いこと

ないかなと夢想してるだけじゃダメで、なにか

をやっていく。

 

 ムダに思えるけど、それは種をまいていると

考える。樹木の種は何万粒も種を落としても

発芽するのはごくわずか。

 それでも飽きずに落としているのをみれば

ボクたちの努力なんてたかが知れている

ともいえる。

 まかぬ種は生えん。

 すばらしい言葉だ。

 

2016年2月 9日

ケニア

 ゆうべケニア君と金本さんと食事した。

 ケニア君とは去年の年末にも食事していて、

そのうち岩国の人を紹介するからねと約束していた。

 もっと大々的にやろうと考えていたが、それは

できず。

 

 でも、何事も小さなことからっていうから。

 だから三人という小規模な単位で実施できた

のはかえって良かったかもしれない。

 そもそもなぜ岩国かっていうと、岩国には

まだあまりケニア君のことが知られてない

ようだったから。

 

 ケニア君はケニアに植樹して地球環境を守ろうと

している青年だ。彼もめったうちにされたに

違いない。二年ほど前、ケニアも頑張ってる

なーって口にしたら泣いていた。

 

 ケニア君は自分でも口にするけど、不器用で。

 もっとこうすればいいのに、もっとしゃきしゃき

しろよ、とかいつも思うんだけど、彼はいつも

そんなに池田さんが言うようにはできませんよ

って返される。

 

 ただ彼は一貫してケニアを支援している。

 そこはぶれない。

 なぜケニアなのか、はボクにも分からない

ところがある。だけど一貫しているから、

彼の考えは本物に違いない。

 ゆうべの会食はすばらしい時間だった。

2016年2月 8日

受ける

 高校の授業ではどれほどの生徒が真剣に

聞いているものなのか。

 もちろん先生の締め付けによって変わるが

ボクが受け持って実感したのは前半分ほどだ。

 

 そして前半分に座って真剣に聞いていても

理解できない生徒もいるはずで。

 クラスで考えれば3割ほどがまじめに聞いて

内容も理解することになる。

 

 後ろに座る生徒はほかのことを考えているもの

だし、まじめに受ける気もあまりない。

 そもそも高校生くらいになれば、まじめに

受ける気になれば前に座ることはできるし、

進んで後ろで受けることもできる。

 

 授業というものは先生が単独でおこなって

いるものではなく、生徒との共同作業である。

 先生のみが前でわめき散らしていても成立

しない。

 

 だから後ろに座る生徒諸君の成績は落ちて

くる。学生からすれば、前でなんか言うてる

なー、くらいの実感しかないはずだ。

 だから、なにか身につけたい資格があるの

なら、進んで前で受けるべきである。

 座る場所で習得できる内容も変わってくる。

 それは間違いない。

2016年2月 5日

名前

 名前は人に影響するのか。

 ボクはかなり大きく関係あると考えている。

 ボクの名前は邦利で、子どものころ大変嫌い

だった。祖父がつけたのだが、お名前は、と

聞かれ、くにとしですと返事すると必ず

聞き返されていた。

 

 祖父は志願して軍人になった人で、国の

利益になるように、で邦利となった。

 意味としてはとても好きなのだが、発音

が難しいのが嫌いだった。

 

 てつや、けんた、りょうた、どこかこんな

名前が良かったと夢想する自分。

 内向的になったのは名前のせいだ、なんて

ずっと思っていた。

 

 ちなみに祖父はしんぞう、さんである。

 つい数年前まで心臓だと思っていたが、

新蔵でした。じいさんの名前を間違えるな。

 池田心臓、なんてすごい名前なんだ、って。

 

 祖父は軍人だったのだが、戦後も池田准尉に

お世話になったと軍隊関係者が訪問することが

あったらしい。軍隊が向いていたのかもしれない。

 志願して軍人になった人だからね。

 なんとなく、このじいさんの意思を汲んでる

気はするんだよね。

 名前にはみんな意味があるはずだ。

 それを改めてかみしめてみてもいいはずだ。

 ボクももっと税金を払いたいものだと思うが

これがどうにも、進まない。

 たくさん払えるように頑張ります。

2016年2月 4日

カード

 ボクはいまだにクレジットカードを持ってない。

 今まで一度も持ったことがない。

 クレジットカードは便利だと聞くがボクに実感

はない。

 カナダに旅行したときのことだ。

 

 ホテルにて貴重品入れを利用したいと思ったの

だが、クレジットカードがあれば無料だが、

なければ保証金が必要だといわれ、提出した。

 二万円払ったが、このお金は戻ってくる。

 

 カナダやアメリカではカードが保証人になって

くれるのだ。

 こんな世界ではカードがなければ一々生活に

不便だ。ただ現在のところ日本ではまだ大丈夫

なようだ。

 

 現金はありがたい。

 月初めに財布にお金を入れるのだが、それが

日々少なくなっていくのが見える。

 これがどの時点でなくなっているかが問題だ。

 途中、銀行に引き出しに行くタイミングが

早ければ無駄遣いが多かったことになる。

 ある金額の中でやっていく。

 現金はそういうことがとても簡単に実行

できる存在だ。

2016年2月 3日

懸賞

 かなり前のことになるが、とても驚いたことが

ある。そのころ母親は懸賞が好きでそれらの

はがきをたくさん出していた。

 もちろん当たることもあれば当たらないことも。

 

 当選してしばらくしたころ、父親がなにか書いて

いたので見てみると、当選させてくれた会社に

お礼状を書いていた。それを見たときはあっけに

取られた、が正直なところだった。

 

 そこまでやるか、がボクの感想だった。

 当選したのはだれもが知る大会社で、そこの

懸賞といえば、機械的に進めているはずで。

 だれが当選しようが関係ない、だろうと

ボクは思う。

 

 ただ、それはそうだよな。

 どれだけ大きな会社で、機械的ではあっても

お礼状が届けばうれしいに決まってる。

 部内では、みんな、こんなのが届いたよ、

ってことになってるかもしれない。

 なってないかもしれない。

 

 ここには基本があると思う。

 懸賞を出すような会社は販売促進のために

やってるんだから、もらって当然、が普通の

感覚かもしれない。

 いやいや、懸賞をもらったんだからお礼を

するのが当然だ。

 あなたはどう思うだろうか。

2016年2月 2日

機能

 機能というものはとても大切です。

 それにはどんな理由があり、なにを目的として

いるか。それが分かればより便利に、使い勝手も

あがります。

 

 初めてニュージーランドを旅行したときの

ことです。ツアーの添乗員さんが、教会で

だったと思いますが、入り口にある石で

できた工作物を指さし、これがなにか

分かりますかと質問しました。

 

 高さが50センチくらいあり、上部がしゃくれて

います。日本人ならまず間違いなく腰掛ける

ためのものと返答するでしょう。

 石ではなく木製だったかも。

 

 さて、これはなんでしょう。

 これはブーツを脱ぐために設置してある

道具です。日本ではブーツはあまり一般的では

ないため、この答えには意表をつかれました。

 

 それと聞いて上部がしゃくれている意味が

判明しました。

 これがそのものの持つ機能です。

 物体でしかなかったものが、人を対象とした

機能であることが判明しました。

 この機能を知らなければ、いつしか腰掛け

になってしまうことでしょう。

2016年2月 1日

原動力

 人を動かす原動力とは何だろうか。

 冬の寒い朝、ふとんから出るのに勇気が必要だ。

 そんなときいつも思うことがある。

 このふとんをけやぶって立ち上がる動機が欲しいと。

 

 動機はいろいろあった。用意した。

 ボクの場合、だれかがたたき起こしてくれること

などない。ずっと寝ていてもだれも怒る人もいない。

 

 おいしい朝食を夢想する。

 おいしいコーヒー。

 なんとかふとんから出る口実を探す。

 月曜日、おいしいコーヒー。

 火曜日、週刊誌の発売。

 水曜日、別の週刊誌の発売。

 

 ふとんから飛び出る動機は、ちょっとしたぜいたく、

他者からの依頼、早くこなせば評価のあがる仕事、

これらかもしれない。

 それからすると、会社の上司から怒られる

からさっさと起きるというのも動機としては

成立するわけだ。

 

 総合して考えるに、現在となっては他者からの

依頼、他者からの評価がふとんから飛び出す

原動力になるのではないかと考えている。

 人は用事もないのに早く起きることなど

できないんだよね。