2015年3月30日

情報

 広島に鹿児島料理のお店がある。少し前に聞きさっそくお邪魔

してきた。人の話を拾っていくと楽しいことにいきあたる。

 近いうちにひらきやさんというお店にも行くことになった。

 

 知り合いや友人が教えてくれるのだ。

 楽しそうなのでそれでは行きましょうってことになるわけ。

 あなたは実践しているだろうか。

 

 これは結局、人生においてなにを大切にするかって問題に

なるのかもしれない。が、大事なことがある。

 あまり忙しくならないことと、人の話はうれしそうに、

楽しそうに聞くってことだ。

 

 これにて情報が集まることは間違いない。

 自分の動きを点検してみよう。

 こことここ、あそことここ、といった具合に決まった動き

をしていないだろうか。

 

 そこに少し変化をつけてみる。

 ボクなら、いろいろな人といろんなジャンルのお店の

情報をやり取りすることにより、知らないお店、知らない

地域について情報を得やすくできる。

 実際に訪問してみれば新しいお店についての情報を

得ることもできる。

 ボクが考えるのは、これらを含めて忙しいというのが

望ましいということだ。

2015年3月27日

時間

 中学生のころ中間や期末テストの前になると試験勉強を

やっていた。ただいつもラジオを聞きながら、だった。

 あれはラジオを聞いてるだけだったかもしれない。

 

 30のころ二つの仕事が一つになり、ホッとできるように

なった。しばらくゆっくりしていたが、これってこのままで

いいのかな、いやいけないんじゃないか。

 そんなふうに考え、とりあえず実施したのは朝起きると

すぐに家から出てしまうことだった。

 

 一般的には朝起き、テレビをつけて洗顔、朝食、トイレ

の流れだろうか。さいわい朝のテレビは小刻みで途中で

打ち切るには便利だ。

 これをそのまま職場に移してしまうとテレビがない分、

効率的に動けるようになる。

 

 スイッチの切り替えが早いというところかな。

 職場にはラジオは用意してあるのだが、コーナーで

選んで聞いている。切り替えがスムーズってところだ。

 

 よく時間がない、時間がないと聞かされるがまさか

テレビを見ている時間はあるのではないか。

 たぶん見たくて見ているのではないだろう。

 時間がなければ工夫をしなければなるまい。

 意識してテレビを取り去ってみるのも一つの手だ。

2015年3月26日

うまい

 死ぬほどうまい。これは何人かで食事したときの、ボクがつぶやく

言葉。先日、ある女性と話していると池田さんはなにを食べても

ええんよ、腹にはいりゃー。だって。

 なんちゅう失礼な、と思ったが逆に考えてみるとたいていの

ものがおいしく感じられるわけでこれはこれでオーケーかも。

 

 よってボクは飲食店などで食事するとたいていおいしく感じ

られるわけだが、人がいると死ぬほどうまいと連発する。

 そのたびに周囲からは笑いがもれるのだが、いつも

そんなにうまいか、そりゃーえかった、と。

 

 実は、実際には死ぬほどうまくはないと思う。

 そこまでおおげさじゃない。

 ただ、そうつぶやいてみる。これが大事じゃないかな。

 

 それで普通の食事が絶品に早変わりしてしまう。

 周りも楽しいよね。

 ボクの場合70点くらいで、死ぬほどうまい、だ。

 

 わりとおいしいなと感じたときは、料理を運んでくる

方に、板前さんにこれおいしかったよと伝えてね、

なんてことも口にする。

 みんなはやっているかな。

 

 料理屋さんはおいしい料理を出すところではない。

 まず料理を出すところだ。

 そのうえでおいしければもっとうれしい。

 料理屋さんを採点する必要はボクたちにはないと思う。

2015年3月23日

マイナス

 マイナスからの出発ってあるのだろうか。いやーあると思う。

 よく高校から単身で京都で暮らしていたときのことについて

問われる。マイナスが作用したと思う。

 

 今から考えると笑ってしまうようなことを真剣に考えていた。

 京都にはテレビを持っていかないぞ、

 洗濯機は持っていかないぞ。

 これらはどちらも実践した。

 

 現実には京都でテレビを見る時間など全くなかった。

 ただ、持っていかないぞと決めたことに意味がある。

 洗濯機は使わないので手でごしごし洗っていた。

 ワイシャツなどは襟のところが擦り切れ、向こうが

見えていたっけ。

 

 二年になるとき同じアパートの男性から洗濯機を

いただきそれからはそれを使用。

 中学三年生でここまで考えるだろうか。

 意気込みってやつか。考えたんだな。

 

 テレビについては中学生のころ毎日3時間ほども見て

おり、そんな自分につくづく嫌気がさしていた。

 自分なりに、もうあんな自分に戻りたくない、そんな

気分が強かった。

 マイナスは悪いことばかりではないと思う。

2015年3月19日

備忘録

 最近、忘れ物が減った。

 ちょっとした用事を忘れることが多かった。

 はいはいって気安く返事し、後から聞かれると、あー忘れた、

悪気はなかったと釈明するばかりだ。

 

 これに歯止めをかけることに、ついに成功した。

 留守録機能のある電話に電話し要件を吹込んでおく。

 これがうまい。

 

 携帯電話も一度電源を切り、留守録を録音しておく。

 留守番メッセージのサインが出るが用事が終わるまで

そのサインを残しておく。

 用意ができればサインも消すという段取りだ。

 

 またはいつも使ってるカバンにいらない用紙を

常備しておき、そこに記入する。

 肝心な点はカバンを開けたときすぐ分かるよう、

一番上に置いておくこと。

 

 これらのこと、実際には留守録のサインが点灯している

時点で用事を思い出す。

 逆に人によってはボク自身を留守録機能にする人もいる。

 あー忘れたらいけんけー、今、言うとくわ。

 あのねー、オレはあんたの備忘録じゃないんだからね。

2015年3月17日

一番乗り

 宴会や食事会で気をつかってることがある。

 一番乗りすることだ。

 知り合いだけの会なら気にしないが、そうではない場合、

できるだけ一番に会場に行くことにしている。

 

 途中からだとうまく場の雰囲気に乗れないから、なのだが

一番乗りしてみると良い点がたくさんある。

 会場にはたいていの場合、単独で入ってこられる。

 

 それぞれでごあいさつさせていただけばいいのだが、

精神的にとても楽だ。

 会場にびっしり人が入っているとき、気おくれしてしまい

がち。

 

 ボクは会場にだれもいない時間から待機することも多い。

 入ってこられた人それぞれと名刺交換ができるし、

なんとなく自分が主催者になった気分になれる。

 

 実際に始まる時間が六時であれば、早めに来た人

相手にお話しさせていただくので、より多く

楽しめることにもなる。

 もともと気おくれしがちな自分が考案したことなのだが、

意外に利点も多い。

2015年3月11日

依頼

 高校を退職して二年後だったか、親しくしていた先生から電話

をもらった。邦ちゃん、今度うちの生徒向けに講演会をやって

いただける社会人の人を探しとるんよ。

 そんな人を探して紹介せよと。

 まさか自分にそんな依頼がやってくるとは。

 

 それからあちこち手配してやっと社会人の紹介をさせて

いただくことができた。そのときのことだ。

 相手はボクより1020歳くらい年上の人ばかり。

 初対面の場合がほとんどだった。

 

 待ち合わせはたいていその方の自宅の近くの喫茶店か

なにかということにした。午前10時くらいに設定したが

ボクはいつも9時半には店に到着。相手を待った。

 こちらが依頼する立場なので、その感じが出したくて

お店の玄関で立って待ち受けた。

 

 いやーこんなこともあったよなーと。

 だれに言われたわけでもない。

 相手に失礼のないように、快く依頼を引き受けて

いただけるよう自分なりに考えたことだった。

 

 脳裏に旅館のみなさんが出発のお客さんを見送る

あのシーンが浮かんだのかもしれない。

 だからうまくいったというわけではないと思うが、

なんらか依頼をするのなら、こんなことも考えて

悪くない気がする。

2015年3月 9日

徹底

 徹底というのはいろんなものをとかし、突破していく力になってくれる。

 ボクは珠算段位8段だが、これの原点は高校生のころの夏休みにある。

 お休みなしで毎日10時間以上練習した。

 ボクはそもそも単身で京都に修行に出たのだが、それはあくまで

先生としての資質を高めることが目的だった。

 

 なのでそれだけの練習を課されたとき目がくらくらっとしたものだ。

 朝、練習に向かう足取りの重さといったら。引きずられるように

して向かう。午前中はかったるくて、嫌で嫌でたまらない。

 お昼ご飯を食べたあともこれからの練習を考えるとうんざりする。

 

 ただ夏休みが終わるころある異変があった。

 それは問題をゲーム感覚で取り組むことと、終わる2時間くらい

前になると調子に乗ってくるというのか、あと56時間くらい

練習してもいいな、そんな感覚になっていく。

 

 ただ翌朝になるとまたかったるくてたまらなくなる。

 ボクは山口から単身ここにきている身。

 今日はカゼ気味なのでお休みします、なんて通用しないし

思ってもいない。辛いけどこなしていく。

 

 今思うと辛くて大変だったが、物事を突破するために

必要なのは徹底だと改めて感じている。

 人間、なにかを習得するためにはある時期徹底が

求められる。それをこなしていかなければいけない。

 そこからいろいろなことがほの見えてくる。

 なにに向かうにせよ徹底して当たることだ。

 集中して研ぎ澄まされた時間が物事をとかしていく。

2015年3月 6日

胃炎

2015年3月 5日

実情

 いろんな人から、池田さんはよくそれだけ恥ずかしいことを

さらけ出せますねって聞かされる。

 うーーん、そうかー。

 いろいろ恥ずかしい話や情けない話は書いているが、まだまだ

もっとたくさんあるぞ。

 

 人はどこかかっこよく見せたいものだ。

 いろんなことができ、前を向く自分。

 だけれども、ボクは情けない自分も自分だと考えている。

 そしてね、人は自分が思ってるほど情けない話をそのまま

の次元では聞いてないものなのだ。

 

 そう、それはお笑いのネタなのだ。

 ボクはいまだにみんながいるところではトイレに行けない。

 だれかに聞かれたら恥ずかしいから。

 この恥ずかしさはかなり強く、常に同じ反射になってしまう。

 

 20のころ、列車に乗っていて猛烈に便意をもよおした。

 そこで廿日市という駅で下車。便所に走ったが、それからと

いうもの、いつも廿日市駅で途中下車するようになってしまった。

 以前はこのことがとても恥ずかしく、みんなに知られたく

ないと思っていた。

 

 だけれども表明してしまえばどうってことはないし、読めば

だれもが大笑い。笑いを提供できるのはうれしいものだ。

 人は自分が恥ずかしいと感じてる体験を聞いて情けない

やつだ、かわいそうなやつだ、なんて思いやしない。

 みんな実情はそんなものだからだ。

2015年3月 3日

ジャンプ

 ボクが小学六年のころ、父親が海外研修旅行に出かけた。

 あのころで60万円以上かかったらしいのだが、今の金額にすれば

400万円くらいに相当すると考えられる。

 父親にとってこの研修はあらゆる意味でカルチャーショック

だったらしく、ハワイの空港でレイをかけてもらったり、

富士山くらいの標高のところにある施設で水洗トイレで

あることに大変に驚いたようだ。

 

 確かボクはロサンゼルスかなにかの街並みが次々映る機械

というか、装置みたいなものをお土産にもらったのだが、

その箱自体が宝物のような気がしてほとんど触ることが

なかった。

 そうそう、透明な箱に入ったピーナッツくらいの実が

入ってて、振るとジャンプするというのもあった。

 中になにかの昆虫がいて反応していたのだろう。

 

 この旅行は父親にとって大きなジャンプだったのかも

しれない。このツアーには時計の服部さんや、これを機に

アメリカに移住して商売を開始される人もいた。

 中には国会議員の先生もおられ、のちにうちの名誉顧問

になっていただいた。

 

 母親から聞いたのだが、この国会議員の先生のつてで

市会議員に出馬する予定までになっていたという。

 この話を聞くたびに父親の視界が開けたことが自然に

想像できる。

 そして大いなる飛躍だったことも。

 そこから得られる人脈、人知、視点、どれもこれも

大きな意味があったはずだ。

 人はときに無謀なことをやらなければならない。

 危険も伴うが、動かなければその後の展開もないのだから。