2015年1月30日

立候補

 中学生のとき生徒会長に立候補した。今でもなぜあのとき

立候補したのか不思議に思える。

 年間60回近く遅刻していた。

 立候補した三年生のころは遅刻はほぼなくなっていた。

 

 だが、めんどくさいだけの生徒会長によくぞ。

 もちろん落選した。

 考えてみると私立中学受験失敗、そろばんの三級は六回

くらい受験し全て不合格。自分の頭の悪さに頭痛がしてくる。

 

 立候補すると立会演説会をする。講堂に集まってもらい

公約などを発表するのだ。ボクが通った中学校は800人近い。

 ボクはようし、見ていろよ、うまいことしゃべって

当選してやる、と考えていた。

 

 そして当日。講堂の前に登壇すると。一瞬、めまいがした。

 一人一人には顔がないのだが、それらが群衆みたいに

なって、やれるもんならやってみろよ、そんな直撃を

受けてしまった。

 

 たかが中学生が集まってるだけなのに、なんやこの圧迫感。

 ボクはまず、公約はありません、と口にした。

 いや、これはボクの作戦で、公約は張り紙にして出したから

今でいえば、うけをねらった作戦だった。

 

 ただそのとたん、失笑がもれ、本当に気絶しそうになって

しまった。800人近い人たちを目の前にしたとき、恐怖に

襲われてしまった。

 顔から火が出るかと思ったほどだ。

 

 すぐに檀上から降りたが、あんなに恐ろしいめにあった

のは初めてだ。

 もう一人の立候補者の話を聞きながら、あーうまいこと

やってるなーと思った。もちろん彼が当選した。

 あーやだやだ。

 なんでこうなるのかな。

2015年1月29日

介入

 立て続けにあれをやったりこれをやったりしているので、

あいつはどんなやつなんだと思われるかもしれない。

 なにかをするとき、機械的に入れていく。

 

 参加するのは、興味があるかどうかではなく、行く時間が

取れるかどうかだけだ。

 よってあるときは料理教室だったり、アロマの体験だったり、

デコレーションの講習だったりする。

 

 去年のことだが、ある場所を訪問した。

 そこである男性の話が出た。

 あー池田さん、岩国なの。岩国ならこの男性、知って

ますか、と。

 

 偶然、その少し前、その方のコンサートを聞いていたので

先日聞きましたと。

 どこでどうつながるか分からないものなのだ。

 

 ただ一つ一つの動きに意味を持たせることはない。

 寄せ植えもやらせていただいたが、だからといって

関心が深まったというほどではない。

 横断というか、縦断して生きてるだけなのだ。

 

 なんにでも関心を持つというか。

 これは根っからの性格というわけではない。

 そのように仕向けているだけなのだ。

 人が興味、関心を持つものにここまで深く介入できる、

それってとても楽しくおもしろいことだと思うんだよね。

2015年1月27日

ピラティス

 ピラティスを体験してきました。

 これまで新鮮なものにあまり飛びついたことはありません。

 ただ頭の中ではいつも、嫌がってちゃいけない、やってみようと

考えています。大半の人はこっちじゃないかな。

 

 ピラティスを体験する前ってもちろん興味があるわけでは

ありません。薦められたわけでもない。

 でもやってみないとなにも分からないわけで。

 ボクはできるだけシステムとして、このように知らない

ことに取り組むようにしています。

 

 マットが用意され、そこに横になる。説明とともに

身体を動かしていく。身体の表面にある筋肉を意識する

のではなく、意識では動かせない筋肉を強く意識する。

 人間の身体はなにでできているか。

 骨、こつ。その骨を意識する。

 

 もともとはリハビリの一つから発展していったと

いわれるピラティス、負担にはならないが、あちこち

筋肉が痛む。そんな感じ。

 この日は体験なのでまだまだはっきりしないことが

多いが、どんなものかは少し分かった。

 機会があったらなんでもやってみましょう。

 頭でやれるやれないを考えるよりまずは試して

みましょう。

2015年1月24日

シルクロード

 実は、シルクロードに行ったことがあるのだ。

 歴史ファンにはたまらないあこがれのシルクロード。

 ここに行くのは大変なのだ。

 ただある方法がある。それはトルコに行くことだ。

 

 シルクロードの出発点というか、終着点というか。トルコは

それにあたる。

 シルクロードに入る少し前、バスはある町に着いた。

 その町の景観がすごかった。真っ白。なんのガスか

分からないが。

 

 そしてシルクロードは、ごつごつとした荒涼の地だった。

 なにもない中をバスはひた走る。宿泊予定のホテルの

光が見えたとき、思わずホッとしたものだ。

 

 シルクロードの要所要所に鏡が設置してある。

 ここを旅する隊商のライトが当たると反射する仕組みだ。

 それを見た隊商の気持ちはどんなだったろう。

 隊商が泊まったホテルも見た。

 

 ここは光のない荒涼とした大地である。

 そこを交易を目的としてひたすら進む隊商たち。

 地球には過酷な場所がたくさんある。

 ここもそのうちの一つじゃないのかな。

2015年1月22日

紹介

 ゆうべ細田さんご紹介のバースタンスにお邪魔してきました。

 バーにも興味はあるが、そこでしっかり食事がとれる。

 そこがよく分からない。

 ドアを開けるとカウンターが。

 

 それを見ても、ここで食事が、ここはやっぱりバーだ。

 なんてね。

 なのでおもむろに、食事できますか。

 メニューを出されたが、メニューにないものもありますよ。

 

 初めての店なので、お店のお薦めはありますか、それで

お願いします。

 カニグラタンとバーニャカウダー。

 どちらもとてもおいしかった。

 

 ただやはりバーなので、いろいろ話した。

 よくあるレストランとは全く違う感覚だ。

 このあとにブラックアンガスをいただいた。これはお肉ね。

 A5ランクだって。

 

 ちなみにバーニャカウダーってお野菜をおいしくいただく

ための料理なんだって。

 ゆうべはビールばかり注文したが、次回はなにかリキュール

を頼んでみようかな。

 スーパードライがめちゃうまだった。

 ビールの泡を5ミリでまとめてくる。

 人が薦めるお店というのはまず訪問してみる。

 これ大事な点ね。

2015年1月21日

 不思議だ。

 ある友人に対して先生、先生と呼んでいたのだが。

 そのうち言葉までていねいになってしまった。

 

 言葉というものはほぼ最初で決まるものだ。 

 おい、ちょっと、そこの、オマエ、あんた、頭にこれらの

言葉がくると、全体がそうなってくる。

 おい、オレの話をちゃんと聞いてんのか。

 

 これが頭が先生だとまるっきり変わってくる。

 先生、ちゃんと聞いてください。よろしくお願いしますよ。

 そして、ボクの経験だが、頭がいつもあんた、とかオマエを

もってくると、ちゃんとしたいときにもできなくなる。

 

 いきなり替えることは難しいのだ。

 そうして考えてみると、頭がいつもあんた、おい、ちょっと、

の人は同じような感覚の持ち主とばかり波長が合い、それ以外

の人たちとの意思の疎通は難しくなってくる。

 

 そうすると属しているグループだって品がなくなってくる。

 問題なのは、あっちこっちのグループを尋ねることができなく

なることだ。

 いろんなグループを訪問したい人はとりあえず、あんた、

おい、などの頭を変えるべきだ。

2015年1月19日

ひたむき

 先週の金曜日、ある男性とじっくり話をさせていただいた。

 懇親会に参加したのだが、みなさん早く帰られ、せっかくだからと

お話しさせていただいたのだ。

 

 料理することが好きで、フランスにまで修行に行かれた。

 そこにはとことん突き詰めたい、ひたむきな姿勢が感じられた。

 こんな人はおもしろいしすばらしいと思う。

 

 世の中には仕事に飽きあきしてる人も多く、その意味が見つけら

れない人も多い。そこに人々に喜びを感じてほしいと取り組む

姿は見ていて頼もしい。

 

 本当はみんなどこかで世の中の役に立ちたいと願っているところは

あるんじゃないかな。

 それがさ、ビルが林立する中では見つけられないし発揮できない。

 だから、災害なんかがあると生き生きする人も出るのは

そういうのもあるんじゃないかな。

 

 都会に住む人はたまにはいなかに出かけてみるのもいいと

思うし山村に暮らす人はたまには都会に出てみよう。

 なにかを見つけられるかもしれない。

2015年1月16日

未完成品

 ボクは30くらいのときあることを決めました。

 それは悟りを開かないというものでした。

 最近あまり使わない達観、達観しないということです。

 

 これはいつまでもうじうじ悩み続けるというものです。

 ボクが見るところ人はみんなある境地に行こうとしているように

感じられます。悩みのない、苦労のない世界。

 そんなものから自分を解き放って自由になりたい。

 

 ボクはそもそもそんな場所があると考えていない。

 だからたどり着こうともしない。

 常に悩みが生まれ、解決策を考えるのが人間。

 

 これは常に自分は未完成品であるこということです。

 なにかが足りない、のです。

 ボクは自分をそのように考えています。

 

 だから人からこれが良いと薦められれば、本当に良いだろうと

思いますし、取り入れることのできるものは取り入れます。

 とても感化されやすい性格といっていいと思います。

 年を取るというのは、脳みそがつるつるになっていく

ことだと思います。あれは知ってる、これも知ってる。

 あれもやったしこれもやった。

 もうやることがないので、そろそろいいかな。

 ボクはこれからも未完成品であり続けたいと考えています。

2015年1月15日

スーツ

 先日、土日に島根に行ってきました。仕事ではないのでジャンバー

でいいかなとも思ったのですが、スーツにしました。

 それでいて懇親会はジャンバーにしました。楽ですね。

 初対面の方がおられる場合、面倒でもスーツにしています。

 

 ボクも経験あるのですが、初対面とはどのような場面でしょう。

 仕事か、交流会、講演会などもそうかもしれません。

 そこで問題となるのは、初対面の人にとってはそのときの姿が

全てであるということです。

 

 ボクもいろんな場面でジャンバーの人と出会いますが、

内心、だらしないな、きちんとしていない人、これで仕事

できるのかな、そんな目で見ている自分を発見します。

 

 日頃はきちんとされているのでしょうから、とても

もったいないことですね。

 そして問題なのは、往々にして次回が用意されないと

いうことです。

 なんとなくだらしないなと思った相手と次回の約束を

しない傾向にあるわけです。

 

 だからボクは面倒ではありますが初対面の方がおられると

分かっていればスーツを着用します。

 いつから日本でスーツがよそ行きの洋服になったのか

知りませんが、やはりきちんとした印象を与えたければ

スーツにすべきです。

2015年1月13日

バランス

 先月、ある男性とお知り合いになり、この土日でそこに遊びに

行ってきました。とても良かったです。

 今は行きたい人より、来てほしいと願う人たちが多い世の中

だと思うんですね。

 

 なにか楽しいことがあったなら出かけていきたい、より

こんな楽しいことがあるからぜひ来てください、の時代。

 だから、出かける先に困ることはありません。

 

 誘われてそこに行くと楽しいことがたくさん待っています。

 これまで国内のツアー旅行に申し込んで出かけたことは

ありますが、表面をなでるような内容ばかりでした。

 ただ知り合いから誘われ出かけていくと、一般の人が

入場できないような場所に案内してもらえたり、特別待遇

があったりします。

 

 たったこれだけのことなのに、内心とても驚いてしまいます。

 ボクは自分が主催するのと、知り合いの行事とをうまく

ミックスさせるのがいいと考えています。

 自分が主催すると分かったことですが、自分の知り合い

ばかり。知り合いが主催の行事は知らない方ばかり、です。

 これらをバランスよく取り混ぜておこなうのがいいと

思うのです。

2015年1月 9日

こだわり

 よく、わたしはこんな人間なんだからって話を聞く。こんな人間

なんて、いないんじゃないかな。

 早起きできない、夜更かしできない。朝はなんとなく調子が悪い、

こんなものは食べられない。

 

 ボクはこれまで人が食べるものはすべて平らげてきた。あー

身体を見れば分かりますってことなんだが、好き嫌いのある

人はとても多い。自分の心が食べれなくさせてるってことも

考えてみてもいいのでは。

 

 ボクは高校生のころ、ふとんを全く干していなかった。

 寝るときはジャージを着ていたが、それも洗った記憶がない。

 後々になってみるとこれでは身体によくないと思うのだが、

人間ってこんな環境でも健康に生きていけるのだ。

 

 これでなければいけない、は自分の思い込みではないかと

疑ってほしい。

 そのこだわりはなぜ生まれたのか、なぜいつまでも

こだわり続けるのか。

 

2015年1月 6日

信頼

 以前、高校で勤めていたことがある。

 課長先生から、邦さん、わたくしのこと、は悪さをしておられん

ようになった口かの、って言われた。

 高校時代を京都で過ごしたのだか、ぐれて、不良になって

地元にいられなくなり、過去を帳消しにするため京都に行った

のかと。

 

 はじめ聞いたときはかなりのショックだった。半ば冗談だと

分かってはいたが、おられんようになったんです、なんていうと

それがそのまま定着しそうだった。

 

 ボクは中学生のころ無気力ではあったが不良になる勇気

なんてなく。一念発起という意味では同じかしら。

 笑って打ち消した記憶がある。

 ただ、と同時に、人にはそんなふうに見えてしまうことが

よく分かる。

 

 高校で勤めていたころ一度も欠勤も遅刻もしなかった。

 これにて課長先生からは、こいつはまともだなと思って

もらえたに違いない。

 中学生のころは一年間で60回くらい遅刻していた。

 

 その遅刻っていうのが、決まった時間に家を出るの

だが、わざと歩みをのろのろさせ、20分程度遅れて

たどり着く、そんな遅刻。

 社会人になってからは、自分なりに一度の遅刻が

ずるずると引きずる危険があると考え、その一度を

作らないようにした。

 不良だったかどうかは関係なく、きちんとした

毎日を続けることで信頼は得られるはずだ。

なんて思うな。