2014年8月29日

親近感

 

 先日、オオサンショウウオの見学会に行ってきました。

 雨も降らずとても楽しい見学会となりました。

 さて、この見学会ですが、その一週間ばかり前にお聞きし

飛び入りで参加させていただくことに。ほかの方は

はるか以前から申し込みをされ、中には過去二度参加

しても見ることができず今回に賭ける方もおられました。

 

 この話を聞いたのは主催者ではなく共催者の方でした。

 この共催者の方ですが、この話を聞いたのがお会い

する二度目なのでした。

 それで見学会で三度目になりますが、、なにか以前から

の知り合い、そんな気になりました。

 

 短期間のうちに何度もお会いしたので親近感が

生まれたのでしょう。

 幸運にも恵まれました。この時間帯でなければ

仕事で行かれなかったはずですから。

 

 やはり人は何度かお会いすると、同じ電話で

話していても、なんとなく顔を想像し、あまり

誤解なく話せるもの。意思疎通が図れていると

いうことでしょう。

 一回だけお会いしているのと、短期間に二回

お会いしているのと、ほんの少しの違いだけど

大きな違いだと思います。

 ほとんどの人は忙しいのでこんなことはできないと

思いますが、人にはこんな作用をする面があると

知っておくのもいいかもしれません。

2014年8月28日

ミス

 

 今はなにかミスしたとき、隠すのではなく向かっていく

方が結局、早く解決すると考えている。

 だが以前は違ってた。

 

 お金の請求を違うところにしてしまったことがある。

 あのー、まだ入金が済んでいませんが、すると相手は

払いましたよと。うわーやってしまった。

 なんと恥ずかしい。

 

 名前が同じだったので勘違いしてしまった。あーあ。

 謝ったかどうか、今になってはもう分からない。

 とにかく逃げるようにそこを後にした。

 他人の失敗やミスは笑って聞いていられるし、

おもしろいものだ。だが自分がやってしまったミスは

後々まで引きずってしまう。

 

 他人ごとと自分ごとはまるで違うのだ。

 物事にはなんにでも肝心な点がある。

 肝心なことでミスしないようにしなければならない。

 お金にまつわることは注意の上に注意したい。

 

 そして、失敗というものはだれもがやってしまう

ものだ。自分だけ特別にミスばかりということはない。

 問題なのはミスのあと、あれはオレじゃありません、

あいつがきちんと引き継ぎやってくれてたらこんな

ことには、みたいなことは言わないことだ。

 ミスは起こすことより、どう収束するかが大事な点だ。

2014年8月27日

誘う

 

 人の予定はどのようにうまっていくのだろうか。

 飲みの誘いをするとする。土日で予定に組み込んでもらうには

どうすればいいか。その方のスケジュールを把握することが

望ましい。

 

 一般に大人の場合、土日なら三週間くらい前からうまって

いくに違いない。むろん忙しい人はこの限りではなく、

もっとずっと前からうまっていくものと思われる。

 

 なので、誘うときも一度、このタイミングでメールを

入れ、判断がつかずに迷ってるとみれば、何度かお誘い

メールを入れるのが望ましい。

 

 最近はメールでのみやり取りすることが多いので、

一週間くらい前から予告メールを流すのがいい。

 最後に前日に流すとよりベターだろう。

 

 平日で、11で食事する場合は、こちらの都合

の良い日をすべてあげ、そこから選んでもらう

ようにしている。

 

 人を誘うと本当に現代人の忙しさが強く理解できる。

 その忙しさが分かれば、どのように誘えばいいかも

分かってくる。まず大事なのは相互理解といった

ところだろうか。

2014年8月26日

名前

 

 先日、何人かで宴会があり参加してきた。

 一人をのぞいて全員が初対面の人だった。

 話に加わるのが難しく、人の話をふんふんと聞いているばかり。

 だが、引っかかることがあった。ボクのことをみなさん、

お宅、とかあなたなどと呼ぶのだ。お宅であることは

間違いないのだが、オレにも名前はあるんだけどなって。

 

 まず宴会のはじめに全員が自己紹介をしている。

 ボクも名前と出身地、仕事などの話はしている。

 よってボクが池田であることは分かっているといえば

言えるのだ。

 それを意識するところまではいってないわけだ。

 

 これはボク自身、やれているとは言えないのだが、

その人を前にすると名前で呼んであげるのが

望ましいのではないかと思った。

 

  あなたが池田に代わるだけでぐっと親近感が上がる。

 一応、人として認めてあげてるって感じになる。

 だからこんな場に参加するときは、なにはおいても

名前、卒業した学校などを覚えるよう努めるべきだと

思うな。

2014年8月22日

個人

 

 先般、出会った人にはがきを出した。はがきははじめんどくさい

だけだったが、今では出さないと忘れ物をしたみたいだ。

 もらった名刺を見てはがきを書くのだが、中には

なんとか事業部、推進課、みたいに延々と続くものもある。

 

 ま、初対面なのでめんどくさいがみんな書く。

 人はいろんな形で人と出会うから、会社用、仕事用の

名刺もあっていいと思うが、個人用の名刺があったら

いいのにって思う。

 

 まだまだその点は日本が男性社会なんだろうと思う。

 相手の階級が分からないと安心して話せない、

典型的な男社会の断片が表れているように感じる。

 

 男性にとって仕事が大事なのはよくわかるが、

個人としての付き合いも必要ではないかと。

 そもそも人間対人間だろうし。

 よく男性はそれをしてなんになる、っていう。

 

 それがとても男性的だなって思うところだ。

 趣味は人間の幅を大きくしてくれるし、

出会った人たちからいろんな教訓を得られる

ことも多い。

 

 それは、まわりまわって仕事に結びつくかもしれないし。

 個人用の名刺を持ち、使いましょう。

仕事での付き合いだって、その人の

背景がわかれば話がやりやすいし、とっかかりが

できるものだ。いかが。

2014年8月21日

基本

 

 基本というと、きっちり習得して、身につける、のように

考えるものだろう。だが、基本とは気づくものでもあるのだ。

 

 高校のときソロバンの先生が、池田君、君なー、君は

選手になるわけやないから、自分が好きなようにやってみー、

と言われた。選手にははよう上手になってもらわんと

いけんから、きっちり決めて指導するんやけどな。

 

 ボクは選手になるためにここに来たわけではないので、

あまりそのことにこだわらなくてよかった。だから

自分がいいと思った方法を試してみれば、だった。

 

 それでも夏休みは毎日10時間以上練習した。

 これだけの時間練習すると、ボクの感覚だが人の

身体というものは最適、最善を見つけ出すものだと

つくづく思った。ムダのある動きを続けると、

身体の方がしんどくなってくるわけだ。

 

 そのとき、あーこれが基本ってやつかとわかるわけだ。

 要するに、基本というものは先人たちが習得した

コツがあり、それを速習のために伝えているというわけだ。

 

 基本は大切と言われるが、ボクからすれば長時間の

練習をすればいやでも基本に気づかされる。

 人の動きには最善にもっていきたい、最適を

探し出すメカニズムがある。

2014年8月20日

自分

 

 先般からどれほどの質問を受けたことだろう。

 それに対してうまく応えられない自分。ホントに、なに

考えているんだろう。

 

 初対面の人や、それに近い人と話すと質問が多くなる。

 問われて、それから考える。なぜだろうって。

 

 そのとき、自分もついでに自分に聞いているのかもしれない。

 あなたはなにを考えてやっているんですか、と。

 応えるときあれこれ考える。

 

 自分の気持ちを知りたいのかも。

 初対面の人に対してはあれこれ質問する。相手の

ことが分からないから当然なのだが、それが相手にとっても

いい刺激になっているはず。

 

 初対面の人って実は自分自身なのかもしれない。

2014年8月19日

気遣い

 

 先日、母親が興味深いことを口にした。

 二千円出してあるものを買ったんだが、母親、中身を見て、

あーこりゃおかみさんじゃないね、だって。

 

 袋の中を見て、お店のだれが包装したかわかるってわけだ。

 なにも入ってないから、だって。

 おまけがね、なかったから。

 あそこのおかみさんはこうやって頼んだら、決まって

おまけを入れてくれるんよ、なんて話す。

 

 それ以外の人の場合、それがないわけだ。

 なかなかにおもしろい。

 

 要するに、袋の中に二つの行先があるわけだ。

 うちがあげる分と、うちがいただくものと。

 袋に入った小さなものはうちがもらってかまわないだろう。

 

 こういう気遣いができるかどうかなわけだ。

 考えてみればなかば当然のことかもしれない。

 以前、あるお店で、十円玉を入れてお返しするって

ことをやっていた。もちろん電話代だ。

 こういうのも気遣いだよね。

 

 聞けばなるほどって思うのだが、おかみさん以外の

人にその注意力がなかったことになる。

 商売は品質と価格だけで決まるわけじゃないんだよね。

2014年8月18日

台風

 

 先般、この地域にも台風が来襲した。あまり被害はなかったみたいだ。

 ただ台風と聞いて、あれっと思った。

 うちは台風にてお休みしたことが一度もないのである。

 今から考えると少しおかしな気もする。一度などは閉店した

釣り道具やの横にあった廃屋らしきものがあおられ車を直撃

したことがある。

 

 そのときなにが起きたのか分からなかったが、どかんという

すさまじい音がした。

 車のドアがかなり破壊され修理にお金がかかった。

 周囲の人に話を聞くと、お店の駐車場に車を入れ、風雨が

おさまるまで待機していたという。あそうか。そうすりゃ

よかったんだ。

 

 だが、それでは間に合わなかった。

 開けていたからってお客さんが来るわけでもない。

 ただなんていうか姿勢として開けておかなくちゃ、

そんな気分だった。

 そして台風のまずいところは通り過ぎてしまうと

何事もなかったかのように平穏に戻るところだ。

 

 それからあわてて駆けつけても遅刻してしまう。

 やっかいな話だ。

 車が被害を受けるほどの話はこのときだけだが、

台風が襲来してもいつもと変わらず開けた。

 ここで気を許すとがたがたっといく気がしてね。

 人も会社も非常事態でこそ真価が問われる気がする。

 

2014年8月12日

代行

 

 よく代行運転を利用する。その腕に驚く。さすがプロだ。

 で、翌日、何度もドアを開け、こすらないか確認する自分がいる。

 そう、自分ちの駐車場から車を出すのに一苦労しているのだ。

 

 プロだからだろうか、どうやら駐車場に少し入ってからまた

ハンドルを切っているようだ。翌朝、自分が運転してみて

ますます壁に近寄る車に唖然としてしまう。

 

 代行運転について思う。プロでなくてもいいよ。

 代行運転の特徴は翌朝、必ず別の人が運転するということだ。

 入れ方によっては出すのに苦労するのはよくあることなはず。

 

 ボクの場合、運転があまり上手でないことをサインとして

よく送ってるつもりだ。駐車場にはまっすぐそのままで

入れてね、と口にすることも多い。

 

 ときには、運転が下手だからきちんと入れないで、と

お願いすることもある。

 こういうときいつも思う。

 プロの仕事というものは、相手の要望にいかに沿えるか、だと。

 

2014年8月11日

意味

 

 自分の仕事とはなにか。考えたことはありますか。

 この話をするといつも池田さんはゆとりがありますねって

言われる。そうかもしれない。

 

 ボクは自営業しかなったことがない。やったことがない。

 19のころ、夜寝ていると真っ暗な中をどこまでも落ちる

夢を何度も見た。または大海原をイカダで漂流する夢も。

 

 はじめなぜそんな夢を見るのか分からなかった。もしか

すると父親の、オマエにはなんの保障もないんやぞ、が

夢に出てきたのかもしれない。

 

 ボクは社会に求められるものを提供することだと考えてきた。

 自分はなぜ存在するのか。この社会にとって必要な理由とは。

 いつも笑われるのだが、いつも真剣に考えてきた。

 

 父親がよく話していた。

 オマエが商店をやっとるとしてみー。オマエがやっとる

商店街にだれもお客がこんかったら。オマエのとこだけ

繁盛すると思うか。

 

 今どこも人口減少で商売がおかしくなっている。だけれども

それは与えられた条件に過ぎない。それはボクたちには

あまり関係のないことなんだ。

 

 必要とされるものが残り、必要ではなくなったものは

なくなっていく。それだけだ。

 それは人も商売も同じこと。

 まず必要とされる人になろう。

 それから、それは仕事になるかどうか考えてみよう。

2014年8月 8日

自分

 

 株の売買は自分を知る大きな目安となります。自分が本当はどんな

人間なのか、どんなときにどんな反応をするのか、それまで

見えてなかった自分と出会うのです。

 

 ボクは株式に投ずるお金を、何か月かに一度貯金からお金を

おろしてきて、ある株を売り、そこに貯金をたして買っていました。

 毎回20万円くらいだったでしょうか。

 なぜこんなことをするのか。安心して投資したいからです。

 100万円単位で投じることは落ち着かないんですね。

 

 こんなところにも自分がきっちり出ています。

 そもそも株式に投ずるお金、原資をどのように手当する

かも売買に大きく関係してくるものです。

 遺産でもらったお金か、自分がコツコツためてきたお金か。

 

 その手当したいきさつが売買の形につながってきます。

 ボクなどはバブル経済が崩壊したときかなりの損を

しましたが、これは何年分の労働に匹敵するのか、

などと考えたものです。

 

 そして、知らず知らずのうちに売買する銘柄の数が

増えていきます。ほかの株がすばらしく見えるのも

ありますが、値上がりすると半分売って半分残して

おく、をよくやりますので増えていきます。

 もちろんだれがやってもこうなるわけではなく、

これはボクの場合ですね。大切なお金を投じているので

ウソはつけないというところでしょうか。

2014年8月 7日

 

 母親は20万円ものお金が入った財布を落としたことがあるそうだ。

 今は見なくなったが公衆電話ボックスの中に置いたまま。

 ただ見つけてくれて財布はそのまま戻った。警察から

見つけてくれた人に謝礼をと言われ払った。

 こんなときの謝礼の金額も決まってるらしい。

 

 中身が大きいから謝礼も大きく3万円。

 ここまでの大金は少ないが母親は何度も落としてる。

 出てこなかった財布もいくつもある。

 

 それに比べボクは落としたことがない。だが紛失は

ないのだが、財布の中身は少ないときてる。なかなか

うまくいかないものだ。

 

 ほかにもいくつも例があるのだが。

 今日はかなり悔しい話をしてみたい。

 なぜか、お金に縁のある人は縁がついてまわるようだ。

 一度は紛失するのだが、いつのまにやらそれより

多くを手にしている。

 

 ボクなど紛失はないのだが、多くはならない。

 ここからはボクの勝手な言い分だが、お金に縁の

ある人はとことん縁がついてまわる。

 こういう人のそばにいる人はやはり幸運が

ついてまわる。そういう性質があるんじゃないかなー。

 

 

2014年8月 6日

上達

 

 ボクは中学生のとき陸上部に所属していました。で、池田は

ほかにやるものもないので砲丸投げをやれということでした。

 それでボクは砲丸をやることに。それはいいのですが、

ボクは七キロで練習していました。中学生男子は五キロです。

 

 なぜ七キロだったか。重い球で練習すればそれだけ飛距離が

でると考えたからです。ただ今になってみるとこれはよく

ありません。少しだけ上のレベルで練習することが大事です。

 

 ソロバンにおいても言えることですが、2級が合格すると段位の

練習をやりたがる人がいます。同じでいいことはありません。

 なぜだめか。苦手意識が強くなり、上達しないからです。

 

 やはり少しだけ上のレベルを練習してやることが大事です。

 センテンスを小さく切り分け、そのつど達成していけば

焦ることなく上達します。

 

 指導するときも、思い切って上のレベルをやらせれば

早く上達する、などとは考えず、やればできる、ここまで

できた、を重視する方が早く上達します。

2014年8月 5日

ほめる

 

 よく人から池田さん、そんなに持ち上げてもなにも

出ませんよって言われる。いやーそんなつもりはないんだけど。

 マナーの一つじゃないかな。

 人はよく言われれば悪い気はしない。

 

 ボクが中学生のとき、ある友人がいた。

 親は建築業をやってる人で。で、友人の親がハワイなどに

旅行に出かけ、お土産を買ってくる。

 それで、オマエ、これがほしいかと。チョコレートだったが

欲しいに決まってる。欲しい、欲しい、くれというと、

なら、オレのすばらしいところを見つけてほめろ、とくる。

 

 いやこれがホントに難しくてさ。これ、オレの親がハワイに

行ったから。オマエも食えよ、ならすばらしいやつなのだが。

 で、中途半端にほめると、うーーーん、まだまだ。
このチョコを食わせるには足りない、とかいうのである。

 

 そこでかなりほめると、やつと一粒ほどくれる。

 まだハワイの写真や、チョコも残ってる。

 そこでまた欲しいかと聞いてくる。

 またまたほめてほめてほめちぎる。

 

 いやなにが言いたいかっていうと、人はほめてほしい

生き物だということ。賞賛してあげれば喜ぶものなのだ。

 だってそれが本当の姿でしょ、じゃダメだ。

 ボクはいまだにあの友人に発した褒め言葉以上の

言葉などつかえていない気がする。どんなんや。

2014年8月 4日

なんとなく

 これまで自分は「なんとなく」生きてる気がしてたまらなく
いやだった。20代のころ、二つの職場で土日なく働き、
たくさんお給料をもらっていたが、不満がたまっていた。

 今、考えてみるに、そのお金でなにをするでもなかった
のも不満の原因かもしれない。
 親と同居していたから、住まいの心配も、食事の心配もない。
 それでも毎日とても忙しく、「なんか違うんじゃないのかなー」
なんて思ってた。

 二つの仕事が一つになったのは、少し偶然だった。
 高校の課長先生に「わたしもそろそろ退職しても
いいんじゃないかと」、そんな話をふると、「あー、そう。
そうかー」なんて話だった。

 で、そのままその話題が持ち出されることもなかったので、
「あ、このまま働くのか」って思ってた。
 それが、ある日の職員会議が終わると、よく知ってる
先生から「池田先生、やめるんだって」と言われた。
 「ふーーん、そんなふうに決まるのか」、とても意外
な気がした。

 それでも決まったことは決まったこと。
 これで一つの仕事になった。高校の先生はとてもストレス
のたまる日々だった。高校生たちがまじめに授業を受ける
はずもなく、大変だった。

 そのころ、日曜日が休みになった。
 なんか自分が考えてるのと全く違う道に入っていった、
そんな気がしていた。いや、本来、仕事というのは、
「目指す」「これが夢」などの対象ではないのかもしれない。

 父親、母親などは夢なんて言葉が眼前をちらつくことは
なかったはずだ。それを考えるとボクの「なんとなく
生きていたくない」ってのは甘い考えかもしれない。
 しかし、自分にとっての仕事とはなにかをしっかり考えた
のは確かなことだ。これは収穫だったかな。


2014年8月 1日

ファジー

 かなり前だけどファジーって言葉がはやった。
 ファジー。最近はあいまい検索ってのもあるね。

 人は完全に記憶しているわけじゃない。
 だから検索するとき「イナカ、海、のどか、きれい」
で検索すると自分が行きたい場所がヒットすることがある。

 ボクはファジーですよ。
 人が話をする。それを聞く。ボクはファジーに聞く。

 話にかなりのウソが交じってる。
 「それは本当はこうだ」、だが口にはしない。
 ボクたちは有識者じゃないからね。

 ボクたち市井に暮らす人たちにとって、真実なんて
あまり意味がない。どっちだっていいわけだ。
 だから真実を知っているからといって、それを口に
する必要もない。

 ただたまに「なんだ池田さん、知ってたんですか」って
言われることはある。そんなときには「いえ知らない
内容もありましたから」でいいよね。

 ボクはこれまで「池田さんといるとうんうんって
うなづいて聞いてくれるから、あることないこと
しゃべってしまう」、何度となくこれを聞かされた。
 だそうです。
 ファジーさとあいまい検索を身につけましょう。