2014年3月31日

その地

 「その地の人」になるにはどれくらいかかるんだろうか。
 引っ越しをした人なら分かるはずだが、言葉が違う
とき、いつその地元の言葉に替えるのか、迷ったことが
あるだろう。

 ボクは京都で暮らしていたことがある。
 高校生のころだったが、言葉についてはやはり大変だった。
 京都では「やってんのけ」攻撃にさらされた。
 「行かへんけ」「やらへんけ」「すんのけ」。
 山口出身のボクしては使うことに大変に抵抗があった。
 当初はものすごく失礼に感じたものだった。

 京都で暮らし始めて一年ばかり経ったころ、そろそろ
関西弁も理解でき、使おうと思えば使えた。
 ただ、気持ちの中でおかしな抵抗が続く。
 「オレは山口だから、関西弁を使ったら(なんでオマエが
関西弁なんや)って突っ込まれる」と思い、使うのを
ためらった。
 まだまだよそ者感覚が抜けなかった。

 そして三年になったとき、「あかん」を使ってみた。
 京都ではこのあかん、多用される。
 「あかん」「あかへんやん」「あかんって」が頻繁
に登場する。

 この言葉は自分の中で大変に抵抗があった。関西弁
そのものだからである。ただ、ある日使ってみると
周囲の反応はごく当たり前で拍子抜けさせられた。

 京都からこっち(山口)に帰ってきて、何年もの間、
このあかんは抜けなかった。使うのに抵抗のあった言葉ほど
抜けないようだった。

 「その町の人間になる」ことがあるとすれば、それは
その町の言葉を使うときだ。関西弁は言葉だけでなく
イントネーションの違いも大きい。
 早くその町の人間になろうと思うなら、象徴的な言葉を
多用するのが早道だと思う。


2014年3月28日

アンテナ

 こんなことってありませんか。
 会社内ではみんなが同じ方向を見、なぜか関心事が一つに
集約されてくるってことが。
 これは当たり前といえば当たり前。

 お金を生み出すマシーンとしての会社だから、なにが
重要かなんて、分かりきったことだ。

 だが、と同時に分かったことだが、そのせいで、いろんな
ところから情報は入ってこなくなり、いつしか陸の孤島
になっていたりする。
 アンテナと言い換えてもいいと思う。

 それぞれが、今できる精一杯をやる。ただその結果、
会社全体がおかしくなることもある。

 ボクは以前からこのような考えのもと、いろいろと
動いてきたつもりだ。その一つ一つは「オレはなにをやって
るんだ」と自問自答するようなことばかりなのだが、
大きな方向転換にでもつながりはしないかと模索する。

 これは大きなムダを生み出すものでもある。
 会社という組織は「なにをすべきかが」はっきりして
おり、意見集約もされやすい。それ以外はみんな「バカ
なこと」になりやすい。

 ボクが思うのは「だれか一人くらいはバカにならなければ
いずれ外側と接触する場面を一切持たなくなる」だった。
 自分の仕事を考えてみればいい。

 「だれと出会い、なにを話すか」、ほぼ決まってるはずだ。
 だが、その結末は多くの場合、陸の孤島だと思える。
 それは海に出かけたとき、波が同じところばかり洗う
のと似てはいないか。

 会社というのはだれか一人くらいはバカにならなければ
ならないと思う。みんなが関心を寄せること以外にせっせと目を
向け、アンテナをあげて情報を取り入れるやつが。

2014年3月25日

取材

 ボクは20代のころから週刊誌が好きでよく読んできた。あのころ
喫茶店に行くことしばしばだったが、店内備え付けの週刊誌
を読むうちに習慣になっていった。

 さて、そこでだ。
 新聞の物足りなさについて書いてみたい。
 先般、通り魔事件が発生した。30代の男性が刺し殺されたが、
事件はほどなく解決、26歳の男性が逮捕された。

 新聞で分かるのはここまでだ。
 ここが物足りなさの原因である。
 週刊誌なら、この男性の背景、土地柄、丹念に取材し改めて
いろいろなことが分かるはずだ。それは次の事件の防止策に
ある程度は寄与するはずだ。

 また、本にまとめられれば、もっと多くのことが分かる。
 以前、若者たちによるホームレス襲撃事件が発生、
何人かのホームレスは殺害されてしまうといった事件があった。
 つかまえてみれば、それはその付近に暮らす中学生たち
だったが、本になったものを読んだ。

 すると、そこは新興の団地で、そこだけ切り離された
ような場所だった。
 本当の原因はこんなところにあったのかもしれない。

 新聞やテレビは本当のことを伝えてはいる。伝えては
いるが、それで分かった気になってはいけないと思う。
 事件が起きる。犯人がつかまる。
 しかし、犯人の動機は何なのか。
 なぜ、それは起きたのか。

 新聞やテレビにはある傾向があるわけだ。それにて全て
をつかむことなどとてもできない。気になったものは
複数の媒体から入手する必要があると思う。


2014年3月24日

仕送り

 ボクは単身で京都で暮らしていたことがあるのだが、当然、
仕送りをしてもらっていた。毎月6万円。すぐにアパート
の家賃を支払い、後は自由にしていいということだった。

 そのころ働いてもいたので、少しばかりだがお給料も
いただいていた。合わせて7万円くらいを使って生活していた。
 高校生のころの話だが、一度も親に泣きついたことはない。
 それなりに自分の中で節度を保ちやり繰りしていたわけだ。

 ただ高校3年のころだが、気持ちにゆとりが生まれて
きたのだろう、「うーーむ。仕送りまで一週間、それを
この1500円でやり過ごさなければならない」、そんな
ことはたびたび発生した。そんなときは日割りにして
一日に使える金額を計算、その範囲内で生活した。

 そのころ自分は、自分のことしか考えないのでよく分からな
かったが、周囲の高校生からは大変にうらやましがられた。
 やはり一般に高校生というものは、毎月5000円くらいの
小遣いがもらえるだけだったようだ。

 そこにもっていくとボクの場合、やり繰り次第でいろんな
ことが可能になる。晩ごはんも毎日、自分が食べに
出かける必要があるが、やはり高校2年にもなると余裕が
でき、少し離れた場所にある中華料理のお店、もっと
離れたスーパーに足を伸ばし、その中で食べることもあった。

 そのころはラジカセという家電が流行していたが、
二カ月間、やり繰りすれば買うことができた。
 高校1年のころは毎月3万円近くお金が余っていた。
 ま、これは試験航海みたいなもので、用心しながら
暮らしていたのも原因だ。

 こんな経験をした高校生はあまりいないだろうが、これは
計画性を養うのに役だったと思う。3年のころは毎月、
仕送りを待ち、日割りで暮らしていたほどだからね。
 京都に行くとき、母親から「このお金でやりんさい、
余ったお金はなんでも好きなものに使ったらええ」と言われたが、
夢が広がるとともに、計画性も作られていったと思う。


2014年3月20日

適正

 先般、ある要請を受けまして、講師を勤めてきました。
 結果はうまくいきませんでした。頭の中で「うまくいかない」
「ダメに決まってる」など、悪い予想をしていましたが、
悪い結果が当たってしまいました。

 ただ、と同時に「なら、なぜ通りすがりのような人たちまで
巻き込むつもりでやらなかったのか」、反省もしました。
 興味も関心もない人たちまで巻き込んで実施するつもりは、
なかったわけです。

 そうした観点から見れば「もっと楽しく」「もっと演出を」
すべきだったはずです。

 ボクは以前とは違ってる面があります。
 以前は「それはオレの仕事じゃない」「休みをつぶしてまで
そんなことする気にならない」など、片寄った考えをしていた
と思います。

 今では「なんでもやってみないと分からない」と考えています。
 自分とは関係なさそうなこと、興味のないこと、関心の
ないこと、どんなことでも要請されれば取り組んでみればいいと。
 結果はやってみれば分かるのですから。
 実施がなければ反省もありません。

 ボクたちは大人になるとかえって臆病になっています。
 「それはオレのやることじゃない」「やって失敗したら
恥ずかしい」「そもそもやらなければ失敗もない」。

 だけれども活躍の場って、これまでの外側にあるかも
しれない。これまで考えてきた範囲の外にあるかも。
 要請されることって、これまでの外側に違いない。
 やってみなければ失敗もないし、反省もない。
 大人になっても適性を探すべきなんですよ。


2014年3月19日

集める

 ボクは子供のころから古銭集めをやってきた。古銭といえば
明治時代、大正時代に使われたお金をさす場合が多い。
 そのせいかもしれないが、子供のころから古銭鑑定を
頼まれることが多かった。古銭集めの流れとしてはやはり
古銭ショップに顔を出すことだ。

 明治3年の50銭の旭竜が30000円ばかりの値札を
つけて堂々と売られていたりする。

 使われたのはいつか知らないが、一円には「貿易銀」と
刻印されたものもある。貿易のさいに使われたのだろうか。
 値札は300万円だった。
 なにかの液体につかったそれを眺めるのがこのショップ
での楽しみの一つだった。

 こうしたショップは中学生くらいの子供が客として来店
するので「射的ゲーム」なども置かれていた。電子射的だ。
 銃だけそれっぽく作ってある。

 ショップで中学生といえば、ただ古銭を買い集めるだけだ。
 だが、たまに中学生の客が「ここで売りたい」と交渉
することもある。そのころの中学生の自宅では古い、
明治時代の家屋を崩して新築することもままあり、そこから
明治時代のお金が壷にごっそり、なんてことは存在していた。

 それをショップのおやじさんに対して売ろうとするのだが、
ここでおもしろいことをおやじさんが言う。
 「これはあくまで売値であって、その値段で買うわけ
じゃないよ」。ボクたちはそこで察するのだった。

 珍しい5円玉であって、売値が300円とする。だが
買い取ってくれるのはよくて80円である。
 その事実を知ったとき中学生たちは「なーんだ」と
資本主義の流れを知るのだった。

 売値と買い取り価格は違う。「このお金は実はこれくらいの
値打ちがある」、そんなことを考えながら眺めているのが
楽しいってことになる。


2014年3月14日

上達

 ボクは大人になってからスキーを始めました。こけてばかり
なのにとても楽しく感じました。不思議なことですが、この
スキー、「自分にはできそうもない」と感じることがありません
でした。

 なぜだか知らないですけど、「やれるだろう。やれる」、
そんな気持ちが沸いてきたのをよく覚えています。

 そのときは思い当たりませんでしたが、この根底に
珠算8段に到達したことが関係しているはずです。
 珠算8段と口にしますとたいていの方が「そんなに難しい
レベルが存在するんですか」と驚かれます。一般社会では
必要ないような高度な問題です。

 ただ、到達してみるとそんなに難しいものでもないと思います。
 一つ一つは小さな成功を頼りにしており、それらが自信
につながった結果だと考えています。
 ここで強く思うのは、人間、「やれそうもない」と
考えていることが上手になることはなかなかないということです。

 多分、なんにでも過程というものがあり、一つ一つの
過程をうまくおさえた、が自信につながっていくと思います。

 ボクたちはいきおい、最後の最後の形を想像してしまい
がちです。これまで計算に取り組んだことのない人が、
珠算8段になることを夢想し、練習に取り組むことは
あまり意味がありません。まずは今、自分ができること、
下のレベルをこなしていくことが大事です。

 友人が早く走れるからと、自分も走ってみる。とても
遅くスタミナ切れになって嫌になる。それをやっては
ならないということです。
 友人のレベルに、今すぐに追いつこうとすること
自体、とてもおかしなことなのです。
 上達のコツは一つ一つの過程において合格し、自信を
つけ、自分にもできる体験を増やしていくことです。

2014年3月12日

適正

 ボクは暗算の段位9段を取得しています。9段のレベル
というのは「とにかく早い」「めちゃくちゃ早い」で説明
できると思います。

 その話をさせていただくと、よく聞かされるのが「池田さん
は子供のころから計算が早かったんでしょうね」。
 ボクのような人間は珍しいのですが、子供のころ計算は
苦手で、暗算もできずに筆算(暗算とは違う)でごまかしながら
やっていました。

 やはり9段10段に到達する人というのは、子供のころ
2級、1級を一回で難なく合格した人ばかりです。
 そこにもっていくとボクなど、3級の検定試験を5回
ぐらい不合格になっているのです。こんなボクに暗算の
適性があるとはとても思えません。でも、結果的にボクは
9段に到達しています。

 そこでつくづく考えさせられるのが、人間には適性など
存在しないということです。
 上達する喜びをまだ知らない、と表現した方が適切かも
しれません。

 ボクが計算が上手なのを知ってか知らずか、初対面の
人から「オレは子供の頃から遊んでばかりいて、勉強の
方はからっきし」と聞かされることが多いのです。

 こっちは「聞いてないんだけど」と思いながら、
「この人は勉強ができない、向いていない、を理由に
これまで逃げ回ってきたのかな」、なんてつくづく
思ってしまうのです。

 「そんなことを口にして恥ずかしくないのかな」とも
思いますね。50くらいの男性がこんな話をするん
ですからね。コンプレックスなんでしょうけど、なにか
別の形で払拭することはできなかったのか、って思って
しまいます。ボクみたいな事例もあるわけですから、人間
に適性なんてないわけです。適性のせいにしてはいけません。


2014年3月11日

カルビー

 一年ばかり前のことです。ある男性から「株の話でもしよう」と
言われ、させていただきました。なぜ株の話なのかというと、
あちこちで株の話をさせていただいてましたから。

 男性は「わたしはカルビーの株が安いときに買って、そのまま
ほったらかし」と口にされました。それを聞いたとたんボクは
「まずいなー」って思いました。
 なぜまずいのか。

 ある一つに絞って投資することは決して間違ってないからです。
 男性によるとかなり業績が落ち込んだときに買い入れ、
そのままほったらかしにされてたご様子。
 かなり儲かっているようです。
 そもそもそのころの株価すら把握はされてないようでした。

 ボクの投資はうまくいったりいかなかったりで、右肩上がり
でもなんでもなく、投資も経験の一つとお話しさせて
いただいているだけ。
 うまくいってる方に株式理論を展開できるわけもない。

 実は、投資においてある銘柄を買い、そのまま長らく
放置する手法は決して間違っていません。理想かもしれません。
 毎日の変動に一喜一憂する必要もなく、10年単位で
その会社をじっくりと観察していればいいだけのことなのです。

 また、一つには男性が投資を始めた時期が右肩上がり
の時期だった、日本の経済が上向く最中だったことも
大きな意味があります。
 これから同じことを始めても同じ結果にはならないでしょう。

 ただ時流に流されず、周囲からの儲け話に左右されずに
一つに絞ることは決して間違ってはいません。かなりすばらしい
投資の方法だと言えます。

2014年3月10日

把握

 このところ旅館やホテルに宿泊したとき、いつも違和感を
感じてしまう。フロントで「この辺りに道の駅はありますか」
との質問に対し、多くの場合、「知りません」「分かりません」
の返答が多くて戸惑ってしまう。

 道の駅というのは、車を走らせるドライバー向けにきちんと
したトイレを用意し、野菜や果物を販売するところを併設
している場所である。
 最近はバスなども目的地にセットするなど利用が盛んに
なっている。

 ボクが思うのにホテルや旅館という場所を利用するお客さん
の多くがこれら道の駅を利用する人たちではないかと
考えている。ダブッているわけだ。

 であれば、それらの情報をきちんと把握しておく必要が
あると思えてならない。だが、その質問をするとたいていの
場合、「知らない」と。

 道の駅はホテルや旅館からすればどの道路からやって
来られても必ず一つや二つの施設に遭遇するはずなのだ。
 だから順路ごとに案内することも可能なはずだ。
 これはフロントの仕事が忙しいのと同時に、自分が
こなすべき仕事を果たしてる面が大きいに違いない。
 付随情報が欠落しているわけだ。

 ボクならフロントに「付近の道の駅、案内一覧」を
用意すると思う。ホテルのフロントで「晩ごはんに
おいしいところはないか」質問すればたいていの場合、
印刷した紙をくれるものだ。それにしたがって選べば
それで済む。これと同様だと思えるのだが。

 ホテルや旅館は相手がなにを欲しているか探るのが
仕事だと思う。わざわざお客が提示してくれているのに
関心を示さないとは、とてももったいないことだと思う。


2014年3月 5日

メキシコ

 メキシコと聞いて何を思うだろう。
 先日、友人に誘われメキシコ料理の店を訪れた。
 店内には金属製のサボテンの置物などがあり、「なるほどね」と。

 メキシコと聞いてもピンとこない。どんな料理があるのか。
 メニューを開いてもイメージがわいてこない。
 お店の人(日本人)に「一般的なコース料理でお願いします」
で注文を終えた。見た目、とても少ない量に見えた。(食べきれ
なかった)。

 昼前の時間だったが、お客さんのほとんどがアメリカ人だ。
 「そうか、アメリカ人ってメキシコ料理を食べるのか」、
そんなことを考えていた。この地のアメリカ人といえば
もちろんアメリカ軍の基地関係者である。

 隣に座ったアメリカ人女性、ぼんやりと聞いていたが
日本語で注文したのでいすから落ちそうになった。
 日常会話として話せるわけね。
 友人からおもしろい話を聞いた。「このメキシコ料理
のお店はアメリカ軍の基地がある町にしかないんですよ」。

 とすると、お客のほとんどがアメリカ軍関係者と
いうことになる。続いて「日本人受けはしないみたいですね」。
 アメリカ軍の基地とともにあるんだから当然だろう。

 そして料理が運ばれてきた。見ると日本人も食べる
チーズが入った、あのチーンして食べるあれ、お肉が
はさまれ、たっぷりソースのかかったあれ、などが
一皿に乗って出てきた。横に別のソースもあったが、
ドロドロのかたまりで、日本人が見たら食欲をそそられ
そうにないものだった。見た目で日本人ならかなり「ひいて
しまう」だろう。料理でこれほどのインパクトを与えるとは。

 きっとアメリカ人の中には日本料理を見て同じ感覚を
覚える人も多いだろう。お互いの壁は高そうだ。
 おいしかったのはパン生地のなかにサラダっぽい
野菜をはさんでいただくもの。
 ボクが海外旅行する主な目的はカルチャーショックを受けたい
からなのだが、メキシコ料理でも十分味わうことができた、とさ。


2014年3月 4日

選ぶ

 ボクは20代のころからせっせとビジネス書を読んでいました。
 ワニブックスだったかな、たくさん読んだなー。
 マクドナルド創業者、藤田田さんの本も全てそろえた。
 そのころやはり株売買はやっており、それらが結び付いて
行動に移していくこともあった。

 株の売買はそもそも父親から薦められたものだが、父親は
売買する会社をきっちり決めて行っていた。売買する
銘柄は「三井造船」「繊維の会社」など、決め、あとは
見向きもしなかった。これは実はかなり有効な方法で
父親は以前、繊維の会社に勤めていた。毛布の会社だった。

 だから繊維の会社がどれほど儲かるかよく分かっていた。
 父親によると「繊維の会社は営業だけで儲かるわけではなく、
莫大な土地と資産があるから安心して売買できる」が下地に
なっていた。

 ただ父親の薦めによる売買を続けていましたが、だんだん
飽き足らなくなってくるというか、自分の能力が上がって
いないことに焦りも感じるようになった。
 ビジネス書を読むようになったのはここにも一因がある。

 そんなビジネス書を読むうちに「再建社長の存在に」
あこがれを感じるようになった。以前は四国の船舶王、
「めざしの土光さん」、そんな人もいた。

 そんなある日、大上(字が違うかも)さんの話を
知った。再建したのは「ツガミ」「ワシノ機械」(今は
名前が変わってる)などである。だから、この二つの
会社の株を所有していた。

 どちらもあまり儲からなかったけどね。ツガミは現在、
600円くらいになっており、あのまま持っていれば
かなり儲かったな。
 株の売買と聞くと「いくら儲かるか」が主眼になると
思われるかもだろうが、こうした背景により売買
することもある。理念がしっかりしてる分、長く売買して
結局、儲かることも多い。銘柄の選び方というのは、
その人の考えを土台にし、そこから派生させていくのも
大事なことだ。

2014年3月 3日

投資

 昔、FX、今、ニーサかな。
 ニーサっていうのは「NISA」、年間100万円くらい
までの売買なら税金がかからない、投資になじんでいただく
ための政策である。これをきっかけに株式投資を考える
人もいるかもしれない。それ自体はすばらしいことだ。

 先日読んだ本にこんなことが書かれていた。
 「ニーサをきっかけに売買を始めたいと考える人もいる
ことだろう。だが、落とし穴もある。大きく損をして、
一般口座に移し替えたら多額の税金が請求される」というもの。
 かなり省いて書いたが内容の問題ではない。
 なんにでも落とし穴は存在するってことだ。

 投資をやってみる、売買をやってみること自体はすばらしい。
 ただ、それにて大きなお金を手にしたいと願うことはやめて
おいた方がいい。(あんたが言うなって言われる気もするが)。
 これらの売買で儲けられると考えない方がいい。
 一つの社会勉強のつもりで付き合うのがいい。

 ボクの事例だが、大きく儲かるとさらに大きく張る、
結果、それまでの儲けを吐き出させられる、なんてよく
あること。ボクはそれも勉強の一つとして受け止めて
いるが、そうなる可能性はとても高い。

 「適度に付き合う、ゆっくり付き合う」ことがなかなか
できないのも売買の特徴の一つだ。

 ただマンション一つに買うにせよ、どこで買うか、どこを
買うか、株式の売買と同じことなんだ。そのためには
これからの日本がどうなるかの考察は避けては通れない。

 売買において「小遣いが増えたらうれしい」くらいの
感覚で取り組むのは要注意だ。限度額を決め、その範囲内で
やる。やってみればそんなに簡単に儲かるものではない
ことが分かるはずだ。それでいい。