2014年2月28日

戦車

 子供がやってしまいがちな錯覚というものがある。ボク
にもあった。ボクの場合、自分が好きな戦車があり、その
戦車の軍団が前線で活躍する、があった。ボクはドイツの
タイガー戦車とパンサー戦車が大好きだ。これらは重戦車と
呼ばれ、その重量50トン近くになる。ちなみにタイガーⅠ型
は6000輌近く製造されている。

 だが、軍事関連の書物を読むと前線で戦うことなど
ほとんどなかったことが分かる。活躍したのはドイツ軍で
言えば3号戦車、4号戦車などの中型の戦車たち。

 機動性にあふれ、量産もでき、第一線に投入するのに
時間がかからない。これが現実だ。

 実際のタイガー戦車というのは、戦況が悪化してから投入
されたこともあり、昼間は森林に姿を隠し、夜間に行動。
 敵をやっつけるときも木立を利用することが多かった。 

 これら重戦車というのは、知られていないことだが、前線
まで列車に乗せられて移動する。燃費が悪く、故障の原因
になるからだ。パンサー戦車は故障が多く、実戦では
あまり有効に作用しなかった。

 タイガー戦車を列車に乗せるときは転輪を二つ外し、
キャタピラーをつけかえていた。あのでかいキャタピラー
では乗せられないから。

 こんな話はいかがだろう。ドイツ軍にはグスタフと
呼ばれる兵器があった。その意味、大王である。
 これは列車に乗せる大砲で、88センチ砲という
すさまじいもの。前線までレールをひき、放射状に
列車砲(28センチ、35センチ、など各種あり)を
並べ、敵陣を砲撃していた。ヨーロッパらしい話。

 日本のように周囲を海に囲まれている国とはそもそも
戦い方が違っていたのだ。子供は錯覚しがちだ。
 ただ、子供の気分をもっていないと戦車が好きになれない、
は確実に存在している。


2014年2月27日

気づく

 エジプトを旅行したことがあります。それも2回。2回目の
ときは「赤のピラミッド」などもコースに入っているものを
選びました。

 初回のときだったかどうか忘れましたが、ホテルで両替
したときのことです。フロントの男性がこちらの手元を
指さしてなにか言ってます。しばらくするとようやく意味が
分かりました。ボクの手にしていたボールペンが「すばらしい、
ぜひ欲しい」のジェスチャーを送ってきます。

 「え、あ、このボールペン」。とても意外でした。それって
日本ではよくある「なんとか会社」の名前の入ったもので、
もちろんボクもだれかからもらったもの。

 とにかく日本ではこの手のボールペンはいたるところに
転がっています。「欲しい、欲しい」のサインをずっと
送ってくるのでプレゼントしました。

 あげるとそんなに感謝のそぶりも見せず「サンキュー」。
 「そんなもんか」と思ったことを覚えています。
 ボクの感覚ではホテルのフロントであればボールペン
などいくらでも転がっており、改めて欲しいと思える
ものとも思えなかったので、とても意外でした。

 これはボクの話ではないのですが、ケニアでは使用済み
のペットボトルが大人気で、子供たちから「くれ、くれ」と
せがまれるようです。

 改めてペットボトルの機能を考えてみると確かにすごい。
 繰り返し使えるし、中身がこぼれることがない。
 日本人にとってあまり価値を感じていないことも承知
しているのかもしれない。

 ボクたちはエジプトでピラミッドの形をした置物などを
お土産に買うわけですが、エジプトの人たちにとっては
ボールペンが置物だったということで。
 こうしてみると現在の日本人は高機能なものに囲まれて
生活していると言えるのかも。


2014年2月26日

ずれる

 ズレって大切にしなければなりません。
 これは株式売買から体得したことです。
 株式を売買するとき、みんなが株を買うようなときに自分も
買い、みんなが売りに回ったときに売ることが多いものです。
 「ズラしてやる」「外す」と念頭においていてもつい、
やってしまうのです。

 バブル経済のときがまさにそうでした。日経平均がこれから
4万円、5万円を目指すとだれもが考えていました。そんな
とき、自分一人売りに回るのはできることではありません。

 株の売買はだれもがやる、その反対をやらなければ
なりません。もちろんそれは難しいのです。

 だれもが買うときに自分も買うことを「順張り」といい、
人が買うときに売ることを「逆張り」と言います。
 逆張りはもう少し大きな意味でも使われますが、もともとは
そういう意味です。

 そこからズレるとはどういう意味になるのか。
 今、はやりの太陽光発電ですが、今からやっても間に
合わないと思います。だれもが取り組むようになれば
買い取り料金も値下がりします。こういうのは待ち伏せ、
既に取り組んでいる人に利があります。

 「あ、あの株、すごく高くなった。きっと裏になにか
あるに違いない。よし、オレも買うぞ」なのですが、
これがなかなかうまくいかないものです。

 逆張りというのはスーパーに午後7時くらいに行くと
なぜか知らないが、いつも半額になっている、みたいな
現象をついてやることになります。
 これをあらかじめ想定して動くということになるでしょう。

 株をやっていると「大勢が向かう先はたいてい間違って
いる」ことをつくづく痛感させられます。たくさんの人が
行動するその先は、たいてい間違っているのです。


2014年2月25日

細かい

 ボクは周囲の人たちから細かいことによく気がつくと
ほめられます。自分でもそのように思います。
 書類などでもたまってくると、欲しいものがどこに
いったか分からなくなります。そんなとき、色分けしたり、
年ごとに分類を始めます。

 今、うちの事務所の玄関には宅配便さま向けに「テーブル
の上に置いておいてください」と書いた紙をはりつけています。

 このごろ留守がちなので宅配便のサービスマンからは
「気をつかってもらってすいません」などと書いてあります。
 こうした、ちょっと気がきく、を大事にしています。

 これまで当たり前だったちょっとしたこと、改善してみれば
だれもが「これ、良い」と気づいてもらえるような、そんなこと。
 あまり頭を使う必要はありません。
 問題点、注意するちょっとした心くばりが大切です。

 そのためには自宅でよくやっている模様替えも良いかも
しれません。事務所のテーブルなどを定期的に配置替え
してみる。下にたまったホコリもきれいにできるし、
もっといい配置ができるかも。

 これらのこと、やってみると「なぜ、ここにこんなに
たくさんの書類があるのか」、疑問をもつようになる。
 疑問までいけばあとは簡単。

 「このごろ使ってない書類は処分、同じ内容のものも
処分、年ごとに分類」まですれば片付きます。
 「ハテ」と思う仕掛けを用意することが大事です。

 今、うちの事務所には芳香剤を置いています。これまで
はなかったものです。これまで存在しなかったものを
設置する。ここは意外に難しい。これも問題点に気づく
かどうかだと思います。
 「ここはこのままでいいのか」。そんな意識をもつと
問題点に気づけるようになるはずです。

2014年2月24日

反省

 最近、よくおやじ世代、おじいさん世代の話を聞かされる。
 これは今に始まったことではなく、以前から連綿と
続いてきた現象だろうと思う。
 ボクも反省することしきりだ。

 以前からある会に所属しており、やはり老齢世代の人たちとは
議論がかみ合わず、「参ったなー、あの人たちがいると
まとまるものもまとまらない。どうにかならないか」、
よくそんなことを考えていた。

 なにかにつけて出てくるのが「オレたちが若いころは
こんなふうに頑張り、評価された」だ。それはそうかも
しれないが、時代は移り以前のようなわけにはいかなくなった。
 頑固じじいに思えて仕方なかったものだ。

 現在、「必死になればなんとかなる」環境ではない。
 いろいろ考えなければならないし、必死にやれば社会が
評価してくれるわけでもない。

 そこで痛感させられるのは、あきらめてしまうことは
いけないということだ。

 「いくら言っても分かろうとしない。相手にしていられない」
そんな感覚になることも多いが、話し合いの数は十分だったか、
相手の話をきちんと聞いたのか。どうだろう。

 会に所属し、全体をある方向にまとめることも大事だが、
まとまらないものであれば、自分が会を飛び出し、一人で
進めることも必要かもしれない。
 話し合いを尽くしての上だ。

 若い人たちはこれからがある。だから真剣に考える。
 いや、真剣に考えなければならない。そしてできるなら
みんなで前進することが望ましい。家庭の中でさえいろんな
意見があるものだ。そもそも人はみんな個別の意見がある。
 それらを出し切る努力をおこなったのかどうか。反省
することしきりだ。


2014年2月21日

進む

 先日、ある方から男性をご紹介いただき立ち話ながら
少しお話しさせていただいた。どういうわけか、ボクの
口から「夢は何ですか」そんな質問が発せられていた。

 すると男性は「わたくしはこれまでやりたいことは全て
やらせていただきました。この町に感謝しています」との言葉
が出てきた。ひどく驚いた。この世にそんな人がいるなんて。

 ボクは自分の顔が赤くなっていないどうか気にしながら
「ボクはこれまでやりたいこと、何一つ実現したことが
ないんです。とてもうらやましいです」と返した。

 男性は「いやいやそんなことはないでしょう」そんな
言葉を返したが、ボクの実感の言葉だった。

 おまけに「今のボクはなにをしたいのかはっきりせず、
ひどくあがいている状況です」も付け加えた。

 もがく、あがくは今に始まったことではなく、これまで
ずっとだ。ただ一つの方向性は見えている気がして、
それは「町を応援する、自分の周囲の人たちを応援する
ことがひいては自分の応援につながるのではないか」、
だけがはっきりしている点だろう。

 ただ「それでなにがしたいんですか」にはうまく
応えられてはいない。難しいな。

 時間が経ってみると、周囲を応援してもなんにもなって
ないことに気づき愕然とさせられたり、反省ばかりしている。

 上の男性のように「わたくしはやりたいこと全て、
やらせていただきました」、そんなかっこいいセリフが
出せたらなー、ってつくづく思う。
 ただこれからも続くとはっきりしているのは、あがく、
もがき続ける、ことだろうか。


家賃

 ボクはこれまで家賃を払ったことが、一度もない。京都で
暮らしていた時期もあるが、親から仕送りをしてもらっていた。
 要するに、職場の一角を間借りしてそこに暮らしてきた
から家賃を払う必要はなかったわけだ。
 親からも何度も家賃はムダと聞かされた。

 家賃を支払う必要がなかった、だけ聞くとうらやましく
思われるかもしれないが、実際は違う。個人と職場の区別を
つけるのは難しく、電話一つかかってきても個人として
出るべきか、会社名を名乗るべきなのか考えてしまう。

 去年は給湯器が壊れ、一年間、修理をしていない。
 夏場は冷水シャワーを浴びたが、冷たいなんてもんじゃない。

 今年に入ってテレビを買ったのでまた見ているが、
アナログが終わってからテレビを見ることができなかった。

 ボクは人からはわりとお金に余裕があるように見られて
いるかもしれないが、家賃を払わない、壊れても直さない、
なければなくて我慢する、があるから余裕があるわけだ。

 ボクは19の年から株式投資をやっているが、投資の
大切さを学んだと思う。「使って終わり、ではなく
将来につながるものにお金を出す」が根幹になっている。

 今、手元に10万円があったとして、使ってしまえば
あとにはなにも残らないが、つながるものに投資すれば
大きくなって戻ってくるかもしれない。
 その点は徹底しているわけだ。

 株式売買では損することも多い。大きくなったり小さく
なったりするお金を目にしていると、「お金の不確かで
当てにならないことが」痛感させられる。

 お金は大事だけれども、一方で当てにならないもので
あることも確か。投資の大切さは株式売買から教えて
もらったと考えている。極端にやらなくてもいいが、ときに
こんな考えも必要だと思う。


2014年2月20日

通過

 株をやっていると何度か「ここが勝負だ。ここで挑まなければ
男じゃない」、そんなことがあるものです。その結果は。
 勝てませんでしたね。

 20代のころ、よく焦ったものでした。
 「ここが勝負のときだ。ここで買わなければならない」、
そんな決意のもと、貯金からお金をおろして買ったものです。

 ただ、そういう意味では勝負の瞬間はたくさんあるものです。
 決してそのときばかりではないのです。
 今になってみれば笑い話として話せますが、あのときとても
真剣でした。自分が働いて得たお金。それがブラックホール
の向こうに投げたら、いつまで待っても戻ってこない、
それはとてもつらい瞬間です。

 でも、今になって思うのは、そんな悲しい瞬間はその後も
いくらでもあり、そのときだけのことではないということです。

 ほかにも「この安値で買わなければならない」「ここで
売るんだ。この値段は二度はつけない」、そんなふうに
思うのですが、歴史的な値段でさえやすやすと達成されて
しまいまして。

 要するに株式の世界では何だって起こるわけです。
 自分に都合の悪いこと、悲しいこと、あってはならない
ことが次から次に。

 これはだれもが似たようなものを体験しなければ
ならないのです。印象に残っているのは「大きく儲かった
あとの大損」です。大きく儲かったとき自分は天才
ではないかと思え、以前より大きく張ったものです。
 そのおかげで損の規模がふくらみました。

 この体験をお話しすることはできても、それを読んで
回避はできないのです。やってみなければなりません。
 お金に対して「どこで強く出て、どこで引っ込むか」、
その感覚もこれらの体験でつちかうことができます。
 だれしも通過することですから、どうせ避けられない
のなら、体験してみるべきです。


2014年2月19日

弱い

 ボクはできるだけ弱い生物を応援することにしている。
 ボクはサラリーマンになったことがない。そもそも自営業だ。
 社会人一年生のころ、ボクは自分が自営業であることに
言い知れぬ恐怖を覚えた。「オレには保証がない。お客さん
がいなくなったらオレは終わりだ」。

 夜、寝ているとそろそろと忍び寄ってくる恐怖。人は
安心して暮らしたいものなのかもしれない。

 そこで自分なりに営業を始めることにした。
 お店の近くにある商店などを訪問し、用意した名刺を
配って歩いた。だがそんなことをしていても全く手ごたえがない。
 やってる自分もみじめになってくるばかりだ。

 続けるうちに分かったことがある。
 「一見(初めてのお客、お断り)さんお断り」みたいな
空気が流れていることに。そして「入り込む余地がそもそも
少ない」ことにも。

 逆の立場でもそうだ。
 今、盛んにうちに対して営業をされてる方もおられるのだが、
「それはあそこと取引が、これはあそこと」が正直なところ。

 そっちの方が安いかもしれないが、付き合っていて安心感
があるし、つまらない用事でも電話一本で応えてくれる。
 みんなそんな背景があるわけ。

 そんなボクを相手にしてくれるのは弱った生物ばかりである。
(失礼な言い方をお許しください)。
 自信にあふれた人、ガンガン成績を伸ばしてる会社、
大きな会社、優良な会社はボクなど相手にしない。

 だけれども弱った生物はボクを相手にしてくれる。
 「お互い頑張りましょう」ができる。それがボクの
生き残り戦略だ。
 これから社会に出ようって人は、勢いのある人、会社
ばかりねらうのではなく、こういったモノの見方も
必要になってくるのではないかな。


2014年2月18日

魔物

 本来、お金というものは魔性だと思う。
 だれもがそれがなければ生活できない、だからたくさん
集めようとする。その過程でおかしくなってしまうのも、また
人間だ。だが避けてばかりもいられないのが魔性という
ものでもある。
 このお金の周囲をグルリと取り囲むものも同じかもしれない。

 株式というものはそもそもだれもが金融知識として
知っておかなければならないと思う。だが、中には売買を
ギャンブルにしてしまう人たちがいる。大人であるから、
どのような形にしてしまってもいいのだが、大人というものは
自分がおこなったことの結果を受け入れなければならない。

 よく株について書くが、なかなか理解できないかもしれない。
 それは確かにそうだ。

 売買のなんたるかは、相場、売買が教えてくれるものである。
 現在、日本の株式は100株単位で売買できるものも多い。
 よって5万円、10万円ばかりで売買することも十分に可能だ。

 わずかな金額ではあるが、売買から教わることはとても多い。
 「どこで買ってどこで売るか」「そもそもどこを売買するのか」
「なぜそこを選んだのか」。

 当初は分からなくとも、続けるうちに分かってくる。
 お金と株式などは魔物である。とても危険で、ときに
被害を受けることもある。だがそこから教わるものも多い。
 そういう存在だと考えている。

 世の中にはお金がなくなって破産する人もあれば、多く
の借金を抱え途方に暮れる人もいる。それでもお金とは
付き合っていかなければならない。嫌ってばかりはいられない
のがお金というものでもある。
 お金は魔物である。だから付き合い方を考えなければならない。


2014年2月17日

経験

 ボクはだれもが一度は株式売買を経験すればいいと考えている。
 大学生活の2年間くらいを使って売買してもいい。
 強く実感するところだが、社会におけるいろいろな事象を
解明するのにとても役立つものだ。

 また、だれにとっても社会、経済、お金は重要になってくる。
 ほとんどの人にとって「公定歩合の引き下げ」「FRB長官
の言動に一喜一憂」、そんな事態に興味はないだろうが、
株式を売買するだけで関心を持ち、自分とくっつけて
考えるようになる。やはりそうした利点は確実にある。

 ボクは相場そのものからいろんなものを教えられたと実感
している。
 ただやはり危険は伴うし、一番問題なのは借金してまで
売買にのめり込むことがある点だ。大学生であれば一定金額
までしか売買できないようにする、などの措置は必要かも。

 本来、大人であればどんな売買をしようが、借金してまで
のめりこもうが他人は関係ない。
 またそれを覚える場も必要である。

 売買する人の中に借金してまで行う人がいるのは確かだ。
 また中には手ひどい結末を迎えることもあるはず。だが、
人間、生きていればいろいろあるわけで、負の場面ばかり
想像しても仕方がない。

 バブル経済のころ1億円でマンションを買った人もいれば、
またそれを半値で手放した人もいるだろう。まったく社会現象
に振り回されたわけだが、これも社会人の負うべき負担
なのだろう。株の動向を見抜くのと同じで、あの現象を
見抜くことはできない。その結果、見えてくる社会現象もある。

 人間、落とし穴は至るところにあるわけだ。
 売買は確かに危険だが、お金も同様で、危険であること
ばかりにとらわれてもいけないはず。売買から得られる
教訓もあるからね。


2014年2月14日

感触

 昨日、時間の合間をぬって地元在住の歌手の歌を聞いてきた。
 90分の設定なのだが、はじめのほうの40分だけだ。
 こちらとしてはかまわないのだが、歌手に失礼のないように、
主催者に途中で抜けることを告げておき、一番後ろに座った。

 歌も良かったが、語りもとても良かった。
 まず前段ともいえるお話しがあり、歌に続く。話と歌は
関連しており、自然に続くといった感じだ。

 このところ、少しだけ参加する今回みたいなことが続いている。
 前回はフラワーアレンジメントで、こちらも途中まで、だった。
 昨日も仕事が忙しく、「やめようかな」とは思ったが参加した。

 フラワーアレンジメントにせよ、歌にせよ、少ない時間とは
いえ感触はつかめるだろう。それにも意味がある気がする。
 一番望ましいのは、態勢を整えてきっちり参加することだろう。

 だが、「前半部分のみ」「後ろのところだけ」参加できる
こともよくある。昨日は昼の時間帯だったからよけいにだ。
 こうしたことって実はとても多い気がする。
 それを活かすかどうかは自分次第。

 とにもかくにもこの歌手の歌を少しは聞いたことになる。
 次回、なにかの催しがあったとき、参加する動機につながる
はずだ。まずはお試しというところか。

 ボクは機会があればなんでも参加しようと考えている。それに
興味があるかどうかはやってみなければ分からない。
 あとは短時間でも参加して感触をつかんでおくことだろうか。

 その気になれば意外にたくさんの催しに参加することが
できるはずだ。結局、人間、頭の中で行動は決まってしまって
るってことだ。まずは頭の中を身軽にしよう。


2014年2月13日

新車

 以前のボクは今よりもっともっと乱暴、乱雑な運転を
していたと思う。車内でロックをかけるともういけない。
 こっちの運転までロックになってしまっていた。

 そんなボクだったが、あるきっかけからとても安全な運転
に取り組むようになった。これが意外な理由なのだ。

 こんな人は多いと思うのだが、ボクも免許を取得してから
3台くらいまで中古車を買っていた。その中古車である
ところが乱暴につながっていたと今では考えている。

 以前は新車の場合「ならし運転」なるものをやっていた。
 これは車を買ってから5000キロ走行くらいまではエンジンの
回転数を4500から上にあげないようにするというものだった。
 そしてならし運転中はエンジンオイルも早め早めに交換
する、もあった。

 新車を買ったとき、このならし運転をやっていたのだが、
それがすっかり身についた、が乱暴運転を脱する大きな
転機になっていた。これ、ホントの話。

 これは聞いた話だが、採石場に勤める男性、ダンプカー
を走らせているのだが、ダンプカーは一度もぶつけたことが
ないそうだ。そこに通うための軽自動車はあちこちボコボコ
らしい。心構えで結果は大きく変わってくるってわけだ。

 車を安全に走らせたい人はとても高い車を買ってみる
のも一つの手かもしれない。運転教習を受けるよりよほど
効果が上がると思うよ。


2014年2月12日

ゆとり

 ボクの場合、毎日の忙しさは8割くらいまでにとどめておく
ようにしています。ゆとりということかな。
 ならあと2割はなにをしているかというと。

 人に会いに行ったり、ハガキを書いたりしています。
 優先順位ってことかもしれないけど、それらを入れられる
よう、日程を組むようにしてるってことかな。

 初対面の方にはハガキを2・3通は出すことにしているので、
けっこうなペースで書くことになります。

 初対面の方というのはとても大事だと思います。これから
どんな付き合いが始まるのか、始まらないこともある。
 でもなにかしておかなきゃ、始まるもなにもないわけで。
 なにかの行事で組んで動くかもしれないし、仕事を
依頼されたり、依頼することもあるかも。

 ここのところをきっちりやっておかないと、「一年前に
お会いした池田です。今日はこんな用事がありまして」
っていっても、「ハテ、どの人だったっけ」で終わってしまう。
 ボクはこれまで、このようなことは必要ありませんでした。
 これからも必要ないかも。

 それでもこれらのことは道具として大事になってくる
だろうと考え、実行しています。
 それらも含めて自分の仕事としてとらえているってことかな。

 ボクが思うのに毎日、毎日とても忙しいってことはいけない、
悪いことだ。「よし、今日からこれをやってみよう」、
そんな空白を用意することが大事。
 忙しいというのはうれしいことだけど、ハガキの一枚も
書けないのでは本末転倒だ。そんなふうに思うね。


2014年2月10日

推薦

 ボクは常々口にしていることがありましてね、それは「推薦
された方にお会いしますよ、訪問しますよ」と。
 これは人だけではなく、土地、観光地、図書館だったり
美術館だったりも含まれます。 

 推薦されることって実は難しく、大変なことです。
 あなたはこれまで何度、推薦されてきましたか。ボクも
そんなことあったかなかったか、その程度。

 よって出会う人に対して「推薦される人がいればお会い
しますよ」と告げておくわけです。

 そのように言うと「ではどんな人が」と決まって質問され
ますが、推薦したい気持ちになる、が肝心な点だと
考えています。その内容はどんなものでもかまわないの
ではないかと。

 昨日もある場所を訪問したのですが、そこに居合わせた
人に「寺でも回ってみたいのですが」と告げると、いろいろ
教えていただきました。そして「ここに関心を持って
くれるってありがたいのー。なーみんなうれしいことじゃ」
なんて話してくれました。

 自分が暮らしてる町をほめてくれる、訪問してくれる、
観光してくれる、地元の人にすればありがたいことだと
思います。

 自分が推薦されることが一番かもしれませんが、まずは
推薦された人、場所を訪問することから始めましょう。

 出会ってみてから、なにを話すか考え、接点を探って
いけばいいと思います。頭で理由を考え、成果ありき
ではなかなか前に進まないと思います。
 推薦された人に会いに行くのはそんなに難しくはないでしょう。


2014年2月 7日

ブル

 そろそろ株式市場が下がってきて、「買ってもいいかな、株」
そんな気分でいる。一般の方とは逆な感覚だと思うが、
下がってくると業界用語でいうところの「買い安心感が
広がる」ってやつなのだ。

 アメリカの株式の世界には「ブルとベアー」なる言葉がある。
 どっちがどっちだったかな。ブルが強気でベアーが弱気。
 ブルで言えば「アメリカの市場は史上最高値」をつけている
わけだが、ベアーでいえば「債務棚上げ問題が決着していない」
になる。

 ま、株を売買する人はこれら両者の説のどっちを採用するか、
が重要になってくるというわけだ。

 日本も同じである。
 「アベノミクスで上げ一本」だと思う人もいれば、「ここまで
上げればそろそろ下がる」と考える人もいる。
 実はこれら両者がきちんとセットになるととても危険な
ことになる。ときに大暴落になってしまうし、バブルと呼ばれる
恐れ知らずの相場が展開したりする。

 まー人間も同じである。
 常にブルとベアーが心の中に同居しており、「さーどうする、
どうする」自問自答することになる。

 上記の「下がったらそろそろ買いかな」は、自分なりに
研究された上に導き出されたもの。ボクが大きくやられずに
(大損)ここまで売買を続けてこられたのもこの考えのおかげ
だろう。人に薦めはしないけどね。

 株の売買には群集心理みたいなものが働く。
 よって極端になればなるほど(上がっても下がっても)
用心してかからなければならないということだ。


2014年2月 6日

ドライバー

 先般、おもしろい記事を発見した。ある月刊誌だが、
「高齢者ドライバーによる交通事故は増えているのか」である。
 結論から言えば、増えていない、になる。

 ただなんとなくボクたちの脳裏には「危ない」「増えている」
「危険きわまりない」、そんな観念があると思う。
 それはとても危険なことだ。

 交通事故が増えているかどうかは分母が大事になってくると
記事は伝えている。比較するためには20代、30代の
ドライバーとも比べる必要がある。

 「先日もそんな報道を見た」とか「コンビニに突っ込むのは
たいてい高齢者」そんなイメージでは比較できない。

 ではなぜ、ボクたちの感覚の中にそんなものが植え込まれて
いるのか。たくさん報道がされるからだろう。 
 であれば、これらの報道はある意図を持っておこなわれて
いるのかもしれない。センセーショナルという言葉がある。

 報道する立場の人の脳裏をきっとかすめるはずだ。
 どんな報道がセンセーショナルをもって迎えられるか。
 その結果は「あ、まただ」「またかよ」、そんなイメージを
植え付けるのに役だっていると思えてならない。

 実はこれらの意図よりも、報道により軽く動かされる
ボクたちの観念が問われていると思える。そこには冷静
な比較が感じられない。

 「20代のやつらもけっこう事故、やってるぜ」が必要だ。
 なんとなくだけど、「高齢者ドライバーは危険なようだ」、
そんな観念を持っているならば、なぜそんなことになったのか
考えてみることも必要かもしれない。

2014年2月 5日

お財布

 コンビニで使えるカードがある。あらかじめ入金しておき
あとは端末にかざすだけで支払いがOKのカードだ。
 以前、薦められたので利用するようになった。

 「ポイントなど簡単にたまりますよ」とのことだったが、
どちらかといえば、お客よりお店にとっての利便性が
高いのではないかと思う。

 ボクは毎回3000円をチャージしている。
 ここからがおもしろいところだが、チャージされた
カードを使ううちに「もうそろそろなくなるな」と
分かるようになってきた。

 なので店頭でいつも「足りんかな」と言いながらかざす。
 これが2回に1回はビンゴなのだ。
 チャージされた金額からあたりをつけ、残額を把握して
いるわけだ。

 これは生活習慣も関係しているかもしれない。
 まず給料が入ったら銀行に入金。ある決まった金額内で
生活する。足りなくなると銀行に向かう。

 一カ月で使う金額は事前におおよそ分かる。
 これがあまり外れないんだ。

 「この月は予想外にお金がたくさん出た」がないんだ。
 ボクは一般の人よりお金に対してルーズだと思うが、
それでもなんとかある範囲の中に収まっているわけだ。
 「今月は予定を大幅に越えた」、経験のある人は
なにかがおかしいと考えた方がいいかもね。


2014年2月 4日

お酒

 お酒をたくさん飲めば翌日気分がすぐれなくなる。
 二日酔いはなかなかにつらい。頭の横をギリギリと万力で
しめつけられたような痛さをともなう。
 だが翌日、仕事に行かなければならないとしたらどうだろう。

 ボクの場合を書いてみよう。
 自宅ではビールのみ500cc一本を飲むことが多い。この
量ではさすがに二日酔いはない。食事会などに出かけた場合は
どうか。日ごろのこの量の3倍から4倍は飲むはずだ。

 それでも翌日に仕事が待っているわけで、長らくの習慣として
就寝から数えて3時間くらい前からアルコールを取らない。
 ウーロン茶を2杯くらい飲み、帰宅する。これで二日酔い
は避けられる。

 だれしも自分のお酒の量がはっきりせず、何度か二日酔い
を経験することはある。だが翌日のへたれ具合をかんがみて
いいかげんお酒の量を落とすのが一般的だ。ボクもそう。
 ボクの場合、翌日がお休みであっても遊びに
出かけられないのは嫌なので控えることになる。

 ボクは中学生のとき、高校生のときよく学校に遅刻していた。
 やむをえない遅刻ではなく、わざとゆっくり自宅を出て
15分から20分くらいの遅刻が多かった。

 あのときのことを思い出すに、人間って「ちょっとくらいなら
いいや」「どうせ自分は必要とされてない人間だから」そんな
ふうに考えてしまうとズルズルと続けてしまうものだと痛感してる。

 だから少しくらい調子が悪くとも休まないと決めておか
ないといけないと考えている。
 休めないのであれば、お酒の量は自然と落ちてくる、が
ボクの経験である。


2014年2月 3日

まとめる

 どこの会社も印刷することはあると思う。うちも以前からやっていた。
 で、印刷すると紙はバラバラになるのだが、それをまとめて
やらなければならない。ただうちの会社では誰ひとり紙をまとめる、
そろえることができずにいた。見ていると5枚、10枚ずつ
そろえていく。なにかの話で一人の男性がこんなことを口にする。

 「あの人は印刷会社に勤めてるから、紙をまとめるんは
任せー(おてのもの)なんよね」。
 ボクはふと疑問に思った。そこで個人で紙を一包み買い入れ
自宅に持ち帰ってまとめる練習をやってみた。B4で1000枚だ。

 毎晩10分ほど自宅で練習してみた。やはりなかなかうまく
いかない。紙をうまくそろえるためには、たわませる必要が
あるのだが、たわませると紙が正体をなくして(立って
られなくなる)ドドッと崩壊。これをやってしまうと「うわ、
なに、これ」ってことになる。

 それでも、これ2週間くらい続けたかな。うちは紙をうまく
まとめても報酬など出ないので、それくらいでやめてしまった
けどね。その後も印刷することは多いので、そのうちにとても
上手になった。崩壊する直前でたわませるとうまくまとめる
ことができるようだ。コツだよね。
 今は包みから取り出したような状態でそろえることができるよ。

 結果、「印刷会社に勤めているから上手だ」はなかったわけだ。
 それより、「なになにしているから上手なんだ」は観察して
いるだけで、ハナから自分で練習しようとはしない、そんな
姿勢を反映している気がする。

 今から考えれば紙をまとめるのはあまり難しいことではない。
 こんなことでも技術の習得ってことになるのだろうが、一度
覚えたことは次回から、何度やってもきれいにできる。これ、
改めて考えるとすごいことだよね。「あの技術、すごいな」と
思ったら、とりあえず自分でも練習してみることだ。練習すると
うまくできる人からのアドバイスも意味が分かるようになる。
 結果、技術の習得も早くなるから。