2013年7月31日

基本

 基本、基礎の大切さを書いてみたい。
 高校生のころの話だ。夏休み、猛特訓の毎日だった。そのころ
選手クラスに所属していた。二軍のね。
 二軍とはいえ自分よりよほど上手な選手ばかり。それも5歳
くらい年下。小学3年とか4年ばかりだ。

 「くっそー、早くこいつらを抜かさないといけん」と根性を
入れた。「こうなったら速修しかない」と考え、いち早く難しい
技術に取り組んだ。

 かなり上達したころ、追い越せたのか。無理だった。
 こんな理由である。

 選手たちはみな同じ問題に取り組んでいる。こっちは速修
のおかげでかなり上達したと考えている。だが、終わって
みると彼らの方が早い。なぜなのか。理由が分からなかった。

 ある日、アッと驚く事態を発見した。
 とても簡単な問題にさしかかると、とたんに自分の速度
が落ちていることが分かった。そこで追い越されていたんだ。

 彼らは簡単な問題も、難しい問題もきっちり時間をかけて
こなしているので、全くスピードが落ちない。

 こらちは速修を達成するために、あえて難しい問題ばかり
こなし、より早く高みに達成しようともくろんでいたのだが。
 それがつまづいた原因だった。

 部分、部分できっちり練習しておくことの大切さを知った。
 「これは簡単には追い越せない」そんなことを感じた。

 ボクたちの常で、難しい問題は尊重し、簡単な問題は
バカにしてかかるところがある。で、採点してみると簡単
な問題でミスしていたりして。

 初歩をきっちりこなすことは意外に大切だと思う。
 初歩はたいていつまらないものだが、初歩とはそういう
ものだと了解し、真摯に取り組む必要があるわけだ。


2013年7月29日

ツチノコ

 ツチノコって知ってるだろうか。日本の未確認生物で、
胴体が太く、ヘビのような姿、飛びかかることもあると
言われている。別名「バチヘビ」とも言われる。

 このツチノコを見たことがある。
 岡山県を車で走らせていると、道路のそばに「ツチノコ
発見場所」なる看板を見つけた。
 これは、と思いすぐに車を寄せた。

 道路のすぐそばにあるお宅には写真が飾られており、
家人が「ツチノコが見つかったのはこのすぐ先ですよ」と
教えてくれた。ツチノコはたんぼのすぐ近くで発見された
のだが、このお宅のワンちゃんが見つけ、くわえたところを
家人が見つけたようだ。
 そのころ、このワンちゃんも健在だった。

 一時期、ツチノコとヒバゴンはこの地方のスーパースター
だった。ヒバゴン。広島県比婆郡に住むと言われている
モンスターである。オーストラリアでは「ヨーウイ」
アメリカでは「ビッグフット」中国では野人、などと
人間型の生物が隠れひそんでいると言われている。

 ヒバゴンは道路そばに模型まで展示してある。
 これらの生物、はっきり言って存在しているのかどうか
分からない。見つからないから神秘的なのかもね。

 ツチノコはヘビかもしれないし、ヒバゴンは見まちがい
の可能性も高い。
 最近、全く登場しないのも少しさみしい。

 日本にはカッパ、天狗も登場してきたが、ツチノコと
ヒバゴンはこれらとは少し違う。

 たまにはヒバゴンを探しに出かけてはどうだろう。
 比婆山を歩いたことがある。神秘的な山ではあるが
ヒバゴンが出てきそうには思えなかった。
 中国地方にもこんな場所があるということで。


2013年7月26日

カツオ

 ゆうべ、カツオのタタキをいただいた。
 カツオの刺し身をあぶって切ったものだ。いろんな薬味が
使われるが、それらの薬味ともあいまってとてもおいしい。

 それをいただきながら「高知県に知り合いはいませんか」と
店の人に尋ねてみる。知らないそうだ。
 どうやら店の人は唐突に高知県の話が持ち出されたと
感じたらしい。カツオからの連想だ。

 高知県はカツオの皿地(字が違うかな)料理が有名だ。
 カツオをいただいていると本場のカツオのタタキが
欲しくなってね。

 瀬戸内のこの地域にあってはカニをいただくことなどめった
にない。それでもいただくことがあると、本場で食べたら
どれだけおいしいか夢想してしまう。

 以前、さとなおさんという方の本を読んでいて、猛烈
に興味をそそられ、石垣島を訪問したことがある。
 石垣島では「ヤギ汁」なるモノがあり、本土の人間には
とても臭くて食えないしろものだと書いてあった。

 確かに、すさまじい料理だったが、食べられないほど
ではなかった。薬味だろうか、ヨモギの葉っぱが入って
いたのには驚いた。

 汁とはあるが、血だろうか、真っ赤っか。
 見た目も強烈だ。
 地元の人たちは「汁とメシ」などと注文を出す。
 けっこうなお値段で、汁とメシで900円くらい。

 ただ、瀬戸内地方で出してもだれも食べないだろうな。
 料理って場所とセットになってる。その料理を見ると
その地方を連想し、尋ねたくなる。

 カツオのタタキは存在するが、ヤギ汁は難しいだろう。
 「オレはなんでも食える」と自認している方はぜひ
チャレンジしてほしい。


2013年7月24日

トラック

 大型トラックについてどんな感想を持つだろうか。
 「ご苦労なことだ」「寝ないで走るんだろう」、そんな感想
もあるかもしれない。

 ボクは大型トラックの免許を所有している。初め、検定会場
にて一発合格を目指したのだが、運転免許試験場の人から
「あんた、悪いことは言わんけー、自動車学校に行きんさい」と
言われ、自動車学校に入った。

 学校に通い出してとても驚いた。車の免許を取得するためには
実地に運転する時間が決められている。最低限、必要とされる
時間である。その時間が普通自動車と変わらないほどある。
 普通自動車が32時間、大型トラックで28時間だったかな。
 大型トラックの免許は普通自動車を取得して3年は経過
していなければならない。ボクは最短で21だったかな。

 自動車学校ではとても驚いた。「あなたたちは今日から
プロのドライバーとして運転することになります」だって。
 これは全く念頭になかったので驚いた。だが、考えてみれば
当然だ。大型トラックの免許を取る人はほぼ全員がプロの
ドライバーになるわけだ。ボクは送迎用のマイクロバスを
運転しようと考えての取得だったので違和感があった。

 さてと。大型トラックを運転したことのある人はほぼ皆無
なはずなので、それを書いてみよう。大型トラック、これほど
楽しい乗り物もほかにない。これは絶対に間違いない。

 大型トラックの運転席からは10台先くらいまでの車
の列が見渡せる。大型トラックで教習し、自分の車に乗ると
自分がゴキブリになった感覚にとらわれる。はいつくばって
運転してる感じなんだ。
 これほどの違いがあるとは分からなかった。

 ちなみに大型トラックの場合、視力検査に新たな項目が
加わる。これができないと取得は無理だ。
 「深視力検査」で、機械の中をのぞいて三本の棒が
横一列に並んだと思ったときボタンを押す。これは更新の
たびに検査される。大型トラック、想像に反してとても
楽しい乗り物だと断言する。


2013年7月23日

ラッキー

 ラッキー、だったのかな。いや違うだろう。
 先週の金曜日、自宅の車庫でなにげなく車を見ると「やや、
おかしいな」と。

 うちの車庫は坂になってる。よってタイヤも一方に力が
かかるから、ひずんで見える。それにしては、おかしい。
 「こっちは本来、車体が浮いて軽くなるはずなのに」。
 タイヤの下側にたるみが生じてる。嫌な予感がする。

 パンクだろう。このすさまじい暑さの中、タイヤ交換する
光景が横切る。ブルブルッ、嫌だぜ。
 「なんとかごまかしてタイヤショップを目指すんだ」。

 本来、パンクすると走ってはいけないのだが、たわんでる
状態だから。ショップまで3キロ。いやはな、なんとも
長く感じられた。途中、赤信号でつかまると猛烈に腹が
立ったりして。
 それでもなんとかショップに駆け込む。「これパンクと
違うか」。見てみましょう。

 パンクはパンクだったが、とても残念なことながら、
踏んだクギは深く深く刺さっており、なんとまさかの
タイヤ取り替え。それも二本。なぜ二本か。

 タイヤは同じように擦り減るので、取り替えたタイヤ
の摩耗を同じにしておくためである。そのため費用が
4万円近くかかった。がっくり。
 これでラッキーと言えるのか。

 店の人によると「本来、パンクは一気にエアーが減る
ので修理も簡単なんですけど。踏んだままゆっくりと
抜けると気づかないんですよ」。

 というわけで、暑い中、交換の事態は避けられたが、
思わぬ出費を迫られたわけだ。
 ただ、出先でパンクなんてことにならなかったのは
ありがたいことかもね。


2013年7月22日

投票

 昨日、投票に行ってきた。しかし、今回の選挙はなかなかに
難しい。結果が半ば分かってるわけで。
 ガチガチのデキレースだよな。
 あとは投票率で判断するしかないだろうね。

 さて。
 投票所であるが。なんとガラガラ。駐車場に車はわずかに2台。
 中も同じようなもの。
 分かったことだが、期日前投票を済ませているからだろう。
 ボクもたいていなら期日前を利用する。

 よって、このごろの選挙は一週間かけて投票するのが
当たり前になってるわけだ。
 だったら、選挙運動も一週間前で終わらせなければいけない
よね。「どうぞよろしくお願いします」って握手されても、
「もう投票済ませちゃったんですけど」だもの。

 人は便利な方に動くわけよ。無意識にも。
 で、その集合体が期日前に集まってるんだから、これは
もう期日前が当たり前だと考えなければならない。
 期日前投票はもっと当たり前の行動にしてはもらえない
だろうか。
 日曜日の投票はやめてしまってもいいかもね。

 たまにさ、最高裁判所の裁判官の不信任って投票があるよね。
 あれも不思議だ。不信任って言われてもその人がなにを
やったかまるで分からないんだから。

 ボクはいつも疑問に感じていてさ、「わたくしは厳罰で
下します」とか「人類みな兄弟です」とか書いておいて
くれないかなって。
 方針が不明なのに判断だけしてくれって言われてもね。

 しかし、投票券は郵送されてくるわけでしょ。投票も
郵送でいいんじゃないのかね。あれなら不正はできないだろう。
 とにかく選挙には行きましょう。若い人たちの投票率が
低いとよく問題になる。投票をもっと手軽にして意見を
届けないといけないよね。


2013年7月19日

就寝

 このところ何年も夏の就寝時、クーラーを使っていません。
 もう何年になるのかな。
 それまでは就寝時も使っており、どことなく身体がダルく、
回復するのにかなりの時間がかかっていました。

 ベッドを使用し、もうそろそろ寝ようかなと思うとき、
クーラーのスイッチを入れ、部屋を涼しくしておきます。
 明け方、決まって寒く感じ、クーラーのスイッチを切る、
そんなことを毎夜、やっていました。

 そのころ、ベッド周りにたくさんのモノが置かれ、いつも
感じていたのは「あー、伸び伸びとしたところが寝てみたい」
でした。

 そこで、ある日、ベッドを取り払い、ふとんを敷いて寝て
みました。それだけでもかなり伸び伸びとした空間が生まれます。

 そして、ある夏、ふとんもやめ、畳の上にそのまま寝て
みました。身体が少し痛かったり、かゆかったりはしますが、
それも初めだけ。あとはとても快適に過ごすことができます。

 「こんなことなら、もっと早くにクーラーをやめるんだった」、
とても強くそんなことを感じましたね。

 なんていうのかな、人間って「これはこうあるべき」「夏は
クーラーに決まってる」、どこかそんな観念にとらえられて
いるんです。「ベッドで寝る」「ふとんも必要」「それでも
快適にしたければクーラーしか」ありません。

 「これってなくてもやれるんじゃないか」、人はそんな
ふうには考えないものなんですね。
 考えが同じところをグルグル回ってる、そんな気がします。
 「これってやっぱりこのままじゃないといけないのかな」、
それは実はとても意味のあることだと思います。


2013年7月18日

ストーリー

 ゆうべ、ワインをいただいた。
 その席でのこと。隣に座った男性、あちこち飲みに歩かれてる
ようだ。酒蔵を訪問されたりもしている。

 山口県にもうまい酒蔵があり、ボクにもご紹介いただける
そうだ。酒蔵って案外、近くにあっても行かないものだ。
 これも機会だから行ってもいいかも。

 男性は「どういうものか酒蔵に行き、試飲とかさせて
もらうとおいしく感じられる」と話してくれた。
 ボクはそれをストーリー性だとお話させていただいた。
 「こんなところで、こんな人が、こんな水を使って
作っています」、それが見えてくると、人はありがたみを
感じ、いつもよりおいしく感じられる。

 このところの、経済市場主義、同じ商品なら一円でも
安く、コストを削って利益を得る、そんな感覚が強かった
せいか、こんな単純な人間の心理を忘れてしまっていたの
ではないか。

 スーパーで手に取る商品にせよ、だれかが作ってるはずで、
そこにはストーリー性があるはずだ。
 スーパーも嫌がるが、ボクも刺し身を買おうとして
手にとると、「インド洋産」などと書かれていると、
それだけでおいしくない気がしてしまう。

 ボクは「これからはストーリー性で売っていかなければ
ならない時代がやってくると思います」と主張したが、男性は
「販売店がそこまでやれないでしょう」と否定的だった。

 「お酒の販売店がお酒を売る」、それだけならただの
物流業者と変わりない。段ボールに入ったままのお酒を
売るだけでいい。

 販売店はこれからは酒蔵を訪問し、どんな行程をへて
作られたか、酒蔵に変わって説明するくらいでなければ
ならないはずだ。販売店が酒蔵の口にならなければいけない
んじゃないかな。


2013年7月17日

ムダ

 先般、旅館に泊まったんだけどさ、少し問題があってね。
 これはどこの旅館にも当てはまることだと思うのだが。
 朝食。朝食の問題だ。

 一般に旅館の朝食はどんなものを想像されるだろうか。
 ボクが泊まった旅館も同じようなものだった。どれもこれも
おいしい。それはいいのだが、問題はご飯だ。

 おひつに入って出されるのだが、毎回、思うのだが、
半分以上のご飯が余ってしまう。

 一般におひつの大きさを想像してほしい。
 いつも思うのだが、あれを全て平らげるのは相撲取り
くらいではないかと思うんだ。
 ボクたちもお代わりをしても、半分以上残った。

 勝手に向こうの言い訳を考えてあげる。
 「お客さんのところに再々、顔を出してご飯のお代わり
するより、おひつの大きいのをおいといたらそれで済む、
そっちの方が手間がかからない」だろうか。

 確かにあれを置いておけばお代わりの心配はいらない。
 ただ、それもこれまでの常識のような気がする。
 「朝食とはこういうもの」「ご飯はこのようにして出す」。

 しかし、一度、客間に出したご飯は捨てられるのだろう。
 実にもったいない。

 前夜にアンケートとかできないものかな。
 「朝食のご飯は多め、普通、少なめ」くらいにね。
 それで済む話でしょ。

 ほとんどの人が少なめでいいわけよ。
 同じおひつで出すにしても、中身は半分で十分。
 このごろはエコだなんだってうるさい。旅館もこんな
ところに配慮した方がいいと思うのだが。


2013年7月16日

旅館

 先日、旅館に泊まった。
 ご案内の方が部屋まで連れていき、館内の案内をされる。
 旅館ではゆかたの用意がされている。

 案内の女性、「ゆかたは中となっておりますがよろしいですか」。
 「はいはい、けっこうです」。
 さて、そのけっこうです、の真意は。
 「ゆかたのサイズなんてどうでもいいですよ」である。

 だが、一般に旅館に宿泊したとき、対応はこれとは違う
ことが多い。
 「あら、お客さんだと大ですね。すぐに用意しますから」。
 こちらは「どちらでもいいですよ」と口のところまで
きているのだが。ま、用意するって言ってんだから。

 旅館のご案内の方はこちらの体格を見てゆかたの判断
をされてるらしい。ま、そんなに難しくはないよね。
 見れば分かることで。

 客というのは、本来、どちらでもいいことがとても多いと
思う。どっちでもいいんだ。
 ただ、それを見抜き対応されると、「あー、そういう
対応もあるんだね」と。
 それも旅館の醍醐味だろう。

 ある旅館でのこと。ゆかたを着て歩いていると「あら、
お客さん、それ短いですね。すぐに取り替えますから」。
 廊下を歩いてるだけだったんだけど。

 ゆかたが短いと足が見えるらしく、すぐ分かるようだ。
 気づく人は日ごろから注意してるからすぐに気づける。
 分からない人はいつまでもそのままだ。
 お客をみっともない姿で歩かせてしまうのも、気づけない
結果である。


2013年7月12日

ミュージック

 ある週刊誌にミュージックのご案内記事がいつも出ている。
 「音楽の新しい世界を開いた」とか「新しい境地に到達」
など書いてあると、つい買い入れてしまう。
 で、このごろハズレが多い。ダメなんだな。

 そんなわけで改めてミュージックを考えてみる。
 子供のころ、サイモンとガーファンクルを聞いていた。
 その中に名曲、「明日に懸ける橋」なる曲がある。

 数々の賞を総なめにしたそうで、聞いてみると確かにすばらしい。
 ところが。続けて聞いているといいかげんうんざりしてくる。
 それからは全く聞かなくなってしまった。

 サイモンがらみでは「コンドルは飛んでいく」なんてのは、
当初あまり良くなかったのに続けて聞くうちにとても好きになった。
 それからは、なにか一つの哲学らしきものを手に入れた
気分にさせられる。要は「だれもが分かる名曲は自分には
向かない」だった。

 これはほかのアーティストにおいても発生してる。
 って、考えてみると、雑誌で紹介されてたミュージックも
ある程度続けて聞いてみないと判断が下せないはずだ。
 そこまで根気よく聞かないんだが。

 そうしてみると、人というものはいつごろまで新しい
曲を仕入れることができるのか。
 ま、無理に仕入れる必要もないけどね。

 ただ、これは言えそうだ。洋楽か日本の歌か。
 ここで分かれるとなかなか合流がきかなくなる、そんな
気がする。ボクの場合、たまたま乗った列車が洋楽で、
それからは洋楽が基本になっている。
 このレールはなかなか交差しないんだよな。


2013年7月11日

スキル

 スキルについて書いてみよう。スキル、能力だろうか。
 32のころ、以前、勤めていた高校の先生からある依頼
を受けた。「高校生に社会で活躍しておられる方の話を
聞かせる企画」だった。

 実は、依頼を受けたとき、かなりの違和感を覚えた。
 「なんでオレに」と「オレ、そんなことできるはずがない」
だった。なんでオレに、は聞いたことがないのでいまだに
はっきりした理由は分からない。頼むのに都合が良かったの
だろう。

 「そんなことできるはずがない」はかなり強かった。
 当然だろう。該当者がどこにいるのか、なんと言って
要請すればいいのか、なにも分からない。
 当初はかなりちぐはぐなことをやってしまった。

 あのころ、よく「順番が逆だったら良かったのに」と
思ったものだ。そういうスキルがあり、それがあって
から頼まれれば好都合だと考えた。

 「ほかにも適任の人はたくさんいる」、そんな感覚もあった。
 だが、「まーやってみるか」くらいの気持ちで取り組んだ。

 ただ、取り組んでみるとスキルは上がっていく。能力
というのは、あるものを発揮するのか、ないから補おうと
するのか。ボクは後者だと考えている。

 要請を受けた時点では、なにをどうすればいいのか
まるで分からなかった。ただ、やってみるに、そんなものは
後ろからついてくるものだ。

 能力というのは「あるから行使させてください」じゃなく
「能力がないので、ぜひやらせてください」でいくべきなのだ。


2013年7月10日

 「池田さん、それって、これこれじゃありませんか。そんなの
みんな知ってますよ」。少し前、そのような話を聞かされた。
 かもしれないなー。

 父親が23のころ、オコシ(米菓子)を製造、販売していた
ことがある。ふくらませたお米に液体をかけ、少しねちゃ
ねちゃする、あれ。液体は溶かした砂糖かな。

 それを包丁で裁断しようとするのだが、あのねちゃねちゃ
が原因でうまく切れない。

 知人に相談すると「よっしゃ、分かった。池田さん、
オレが教えたる。じゃが、ノウハウ料はもらうよ。一万円」。

 あのころの一万円だから、今の貨幣価値に換算すると
20万円くらいになるかもしれない。
 一万円にあまり意味はないだろう。
 キリのいいところだったに違いない。

 で、父親は知人に一万円を支払い、そのノウハウを教えて
もらった。父親も言う。「聞けばなんてことないんや。じゃけど
聞かんと分からんのじゃけー、仕方ない」。

 正解はサラダ油だった。それを2・3滴、砂糖に混ぜて
おくと、包丁で切れるようになる。
 母親はいまだに「あんなものに一万円も払わんでも」って
グチグチ言う。

 冒頭の「みんな知ってますよ」は、それはやはり昨今の話だ。
 情報が浸透し、だれもが知ってることになってしまったわけだ。
 だけれども、実際、ノウハウというのは修行に入って、
チラチラ盗み見し、体得していくのが普通だ。

 それをエキスだけ教えてもらおうと思えば、ノウハウ料の
支払いもやむをえないと思う。

 父親にとって、サラダ油の一滴は必要不可欠な情報だった
わけだ。これを「聞けばタダなのに、お金なんてかからないん
だから」と思うか「ノウハウ料を支払って仕事をやりやすく
しよう」と思うか、この違いは大きいと思う。

2013年7月 9日

出西

 ここで問題。「出西」と書いてなんと読む。
 では「出東」は。
 こちらはどうだろう。十六島と書いてなんと読む。
 「お茶屋町」はどうかな。

 どれか一つでも分かった人はかなりの通だ。
 共通ワードは島根県である。どれも島根県の地名を
表している。ボクの両親は島根県出身だからさ、ボクも
1歳くらいまでは島根県にいた。

 島根県を旅行すると、これらの地名を見ることがあるかも
しれない。ただ、読み方までは分からないだろうから、
そのおかしさは分からないはずだ。

 両親が地名の話をしてるとき、ボクは「通称というか、
ニックネームみたいなものだろう」と考えていたんだ。

 「お茶屋町」は両親によると「おちゃいまち」なのだ。
 地元の人は「おちゃやまち」とは呼ばないのだ。
 お茶屋町がおちゃいまちとは思わないだろう。

 「出西」は「しゅっさい」と読む。
 「出東」は「しゅっとう」である。
 十六島は「うっぷるい」だ。
 分かるわけないよね。

 なぜ、そんなことになったのか。分からない。

 山口県にもあるみたいだ。下関に「特牛」なる地名がある。
 ボクは当初、それを「とくぎゅう」と読み、地元の人に
「とくぎゅうに行きたいんですが」って話すと「知らんなー」
だって。

 「知らないはずないですよ。だって看板にあるん
ですから、ほら」。「あー、ありゃーとっこいやで」。
 これをとっこいと読むか。
 地元の人たちはそのおかしさが分からないだろうが、
観察するとなんともおもしろいものだ。 


2013年7月 8日

引きこもり

 日本はいまだにレッテル張りの国だと思う。
 一時期、引きこもりが騒がれた。家にこもって外に出ない
わけだ。
 
 そうかと思えば「外こもり」なるものもあるらしい。
 これは外国などに行き、滞在できる期間、そこに暮らし
日本に戻ってくる気がない人たちのことだ。

 最近、聞かなくなったが、オタクというのもある。
 考えてみれば、人間、なんらかのオタクには違いない。
 料理ばかりしている人なら「料理オタク」、テレビばかり
見るなら「テレビオタク」、それだけの話。

 ボクもこれにかなり近い。
 ボクの自宅周辺の人たちはボクの姿を見かけることなど
ほとんどないはずだ。出かけているか、読書してるからで。
 あまり事情を知らない人からすれば不気味だろうね。

 なんていうかな、熱中する人のことをオタクと言うらしいが、
それはおかしいことじゃない。
 熱中はどこも悪くない。

 このごろ週刊誌などで「コミュ障」なる言葉を見つけた。
 これ、コミュニケーション障害の略だそうだ。それなら
日本人の大半がコミュニケーション障害だろうよ。

 地方に暮らすおじいさんをテレビ局に連れてきて
「なにかおもしろいこと言って」とお願いしたってなにも
言えない。石になっちゃうだけさ。
 こういうのをレッテル張りと言う。

 「あいつはおかしい」ってカテゴリーで区別して、それで
分かった気になってるだけ。

 ただ、多くの人たちが属してることだけはオタクとは
呼ばれない。そこから外れるとオタク扱い。
 日本は以前からなにも変わってない。
 多数と少数ってとらえ方、そろそろ変えてほしいな。


2013年7月 5日

ナンバー

 4134には意味があった。少し前、近所を散歩していた
ときのことだ。土建屋さんの駐車場に留めてある車を
見てなにか変だなと。どの車のナンバーも4134だった。

 5台くらいある乗用車、全てのナンバーが4134。
 ダンプカーも停まっているのだが、こっちは34。ハテ。

 かなり前のことになるが、車のナンバーは自分の好きな
番号を選べるようになった。確か7000円近くかかる。
 だからここみたいに、どの車も4134で統一できる。

 いや、最初はさ、その4134に意味があるのか、なんて
考えてなくて。でも社名を見たとき、アアッと声をあげ
そうになった。
 サンヨーという会社だった。もう解説は必要ないよね。

 いつも通る道に不動産やがある。
 ここに車が留めてあるのだが、なぜか2台とも7856
のナンバー。違う車にわざわざ同じナンバーが採用されて
いるわけで、きっとなにか意味があるはず。

 だが、こちらはいくら考えても分からない。
 また、この不動産やと関係はないのだろうが、すぐ
近くの駐車場に全く同じ車種の車に同じナンバーが
採用されている。こちらは4634。ただ色は違う。

 同じ車種に同じナンバー、かなりの思い入れがあるに
違いない。ただ、理由が分からない。

 「だったら、豆腐やさんなら絶対1028だよな」
なんてことを考えてしまう。全国の豆腐やさんは、
みんなナンバーを買ってるだろうな。


2013年7月 4日

地図

 3年前くらいだったか、ある店を紹介され出かけた。
 近くまで来ているはずだが分からない。電話にて問い
合わせてみる。店の人「お客さんは今、どちらにおられますか」、
「なんとか石材店の前です」。店の人「さー、ちょっとそれは
分かりかねます」。

 店の人は石材店の場所を知らないようだった。
 とにかく自分の店の周辺にどんな店があるかばかり口にする。

 結局、捜し当てたが、たどり着いてみると、さっきの石材店
からあまり離れていなかった。やはり用事はなくても自分
の店の周辺を歩いてみることは大事だ。

 さて、今、地図を作ってる。
 自分の店の周辺地図。
 これが意外に難しい。

 ボクたちは自宅周辺、お店周辺の地図を作成する場合、
天地のとらえ方があるはずだ。ボクだったら、北が右上
にくるように考えている。しかし、それを見る人は果たして
どうなのか。分からない。

 そして、この店とあの店と掲載しようとするが、位置関係が
おかしく、突っ込みどころ満載だ。ま、それはそれでいいけど。
 以前、初対面に近い人と飲食店で待ち合わせしたことがある。

 「それでは8時にお願いします」と約束したが、結果が
どうなったか。絶対に分からないと思う。
 相手は朝の8時に、ボクは夜の8時に出かけた。

 相手はものすごく怒っていたよ。「機嫌、悪いなー」って
思ったんだけどね。

 人間って意外に分かりあえないってことさ。
 多分、人に話して聞かせるとき、うまい解説ができる
人って、たくさんの人に案内してきた人だろう。
 お互いの擦り合わせの訓練ができてるってわけだ。


2013年7月 3日

マグロ

 昨夜、本マグロを食べた。本マグロとしてあったが、
ほかになにがあるのか知らない。最近、マグロの切り落とし
をおいしくいただいていたので、頼んでみた。
 とてもおいしかった。

 店の人によると「これは冷凍ではないんです」だって。
 この世の中に冷凍ではないマグロがあることを初めて
知った。マグロの産地でならおかしくないかもしれないが、
瀬戸内だからね。とてもおいしかったよ。

 この店はおもしろくてさ。店内に「市場カレンダー」
なるものが張ってある。いつだったか、なにげなく見て
いると、市場は水曜日が休みであることを発見。
 水曜日に利用する人は市場が休みの日に訪問してる
ことになる。裏側を見た気がした。

 マグロはとてもおいしかったので、もう一品頼んでみる
ことにした。「マグロのやまかけ」だ。

 実はボク、これまで一度もやまかけなるものを食べた
ことがない。記憶の片隅にマグロを乗せたご飯を食べた
気がして、あれはやまかけだったのかどうか。

 一つ疑問だったのは、やまかけというのは山芋を
すりおろしたものと一緒にいただく料理なのだが、
山芋でマグロの味が減ってしまうのではないかと。
 食べてみると全くそんなことはなかった。

 もともと、マグロと山芋は相性が良いんだろうな。
 「タイのやまかけ」とか「サバのやまかけ」なんて
聞いたことがない。
 冷凍ではないマグロ、とてもおいしかった。


2013年7月 2日

本当に

 「本当にあった」、怖くはない話。
 かなり前、ある喫茶店を訪問した。メニューを見ながら
「オレは天丼だ」「オレは定食でいいや」なんてやってた。

 店のおやじさんに「天丼と定食をお願いします」って
口にしたら「はい、分かりました。今からご飯、炊く
んですけどいいですか」だって。

 おまけに店内に黒いウサギが徘徊。足元をいったりきたり。
 喫茶店というより、カラオケ喫茶みたいな店だったのだろう。

 また別の店での話。
 ある大きな駅ビルの中にあるお店。
 メニューを見ながらあれこれ考える。

 「わたしはスパゲティ」「わたしはこれ」。
 男性店員さんに「スパゲティとあれとこれ」、頼む。

 お応えは、三つともできないんだって。
 それではと手をかえ、「できる料理を質問してみると」、
「あれと、これ、それもですね」だって。
 店員さんが客になってどうすんの。

 当然のことながら、できる料理を頼みました。頼み方
もいいかげん。「みんなこれでいい」だって。
 これが21世紀の話だからね。

 どちらもワイワイ、メニューを見ているときにはほったら
かしだった。
 なんで言えないのかね。
 「あいにくメニューの中のものではこれとこれしか
できないんですが」。


2013年7月 1日

期限付き

 株売買は期限付きでやるな、と言われる。
 三カ月後に使うことが分かってるお金で売買をするなと
いうことだ。株売買にも借金して売買する方法がある。

 株を担保にして売買する。期限は確か三カ月だったはず。
 三カ月って長い気がするかもしれないが、そんなことはない。
 最後の一カ月は使い物にならない。人間、追い詰められると
冷静な判断ができなくなる。よって最後の一カ月で売買
するのを避けようとする。

 結果、早い段階で決着をつけようとする。「いついつまでに
決済すること」、それが決まっていて行う売買はどうしても
後ろからせっつかれる売買になってしまう。

 これと同じことがプロの投資家にも起こる。
 プロ投資家とは、顧客からお金を預かって運用する
人たちのこと。なにせ、業界にはプロ投資家が決済する
時期を知っておいて(だれでも分かる)、その前に売買
する専門の人だっているくらいだ。

 プロ投資家も期限付きのお金で売買しているわけだ。
 以前、プロ投資家の売買は1円刻みだった。1円値上がり
すると売ってしまう。なぜか。決済を早めて利益を確定
したいからだ。

 売買は条件をつけるようになるととたんに不自由になる。
 「いつまでに決済」「たくさん儲けたい」「損したくない」
だれしも条件をつけたくなるが、つけると動きがおかしくなる。

 「損したら、5年くらい寝かせておく」、そんな感覚の
持ち主に損など無縁だ。
 期限付きもプロ投資家にもこれは絶対にできない。
 投資は必死になってもうまくいかないものだ。必死で
うまくやれるならプロは損しない。