2013年5月31日

同じもの

 一昨日のこと、あるモノを手にお店に向かった。店内にて
「これと同じものをください」。店員さん、棚に向かう。
 一緒について行く。

 店員さん、「それはないみたいですねー」。店から
出ていきそうになった。が、コーナーとしてはここに
間違いない。「これは」、手に取ると、どうやら新型の
同じものらしかった。

 モデルチェンジしていたんだ。
 新しいのを買って店から出た。
 ボクの聞き方が悪かったのかもしれないが、必ず同じ
ものを探そうとするのもどうかな、と。
 「機能面から考えてこれでいいのではないでしょうか」が
欲しかったところだ。

 お客さんの質問って意外に深い問題を抱えてる場合が多い。
 一年ばかり前のあるコンビニ店でのこと。

 お客さんがレジのところで「両替をしてもらえませんか」、
店員さん、「両替はお断りしているんです」。
 お客さん、その1万円札でお買い物をし、めでたく終了。
 そのときの店員さんの複雑そうな顔といったら。

 そもそも、それを買おうとしていたんだから、初めっから
そうしてれば、ってことなんだが。
 いくら両替お断りといっても、お買い物までは断れない。
 見ていたら、おかしくておかしくて。

 ボクも含めてだが、ゆっくりそのことに対して考える
ゆとりがないんだな。「なぜ、そんなことが発生したのか」
考えるゆとりが。それで、こんな冗談みたいなことが発生する。

 「結局、これはどういうことなのか」、店内で起こった
出来事をみんなで話すようにすれば、もっと明るく楽しい
店になると思う。


2013年5月30日

引き受ける

 先日、ある場所で講師を勤めてきました。うまく話せたか
どうか分からないけど。

 そこで名刺交換させていただいた方には、昨日、ハガキ
を出しました。多分、返信はないでしょう。
 こんなことも続けていると、結果が類推できるように
なります。何事も続けることです。

 帰り際、「池田さん、なかなか講師になってくれる人が
いなくて、だれかいたら紹介してください」ってことだった。

 そこで、さっそく13人の方に電話して要請してみた。
 電話を受けた人はやぶからぼうになんだ、って感覚
なので一から説明する。この数字を聞かれたら驚くだろう。
 13人に電話して引き受けてもらえたのは、その中の4人。

 4人の人を引き当てるためには、9人から断られなければ
いけないとも言えるね。そこのところ、ボクはタフネス
なんだろうね。この話しをすると、たいていの人が「カーーーッ、
やだやだ」って言うからね。

 ただ、ボクはみんながチャンスが欲しいと願って
いるはずだ、が前提にある。そのチャンスを提供したい。
 だから、断られても苦痛には感じないんだよね。

 きっと、チャンスが欲しい人はいるはずで、その人に
いきあたるまで繰り返す。不思議といきあたるからおもしろい。
 人はさ、なにがきっかけで、なにがチャンスになるか
分からないからね。
 軽く見ないでドシドシ引き受けてほしいと願ってる。

 聞くと「嫌だなー、そんなのやりたくない」の方が、
引き受けて、結果、良い方向で終わるものなんだ。
 あなたがやりたいことって何だろう。好きなことに
意外に答えはない気がする。


2013年5月29日

はがき

 最近はあまり出さなくなったが、以前はよくハガキを出していた。
 いろんな人たちから「池田さん、あのハガキ、意味が
ありませんよね」とは言われていた。確かにそうだ。
 内容に意味はなく、出すことに意味があると考えていたからね。

 ただ、このハガキ、やってみるとある意外なことが分かる。
 ハガキを出すために、用事を作り出してる自分を発見する。
 順番が逆になっちゃってるわけ。

 「どこかにハガキを出さなければならない」、と常日頃
考えているせいか、交流会の案内があると出席したり、
勉強会に参加したりする。

 そこでは自然に名刺交換するから、ハガキを差し出す
相手が見つかる。「やったー、これでまたハガキが出せる」、
そんな感じだった。

 無作為に出されたハガキも、「こいつはおもしろそうだ」と
思ってもらえることもある。きっかけが生まれるんだな。
 今の時代、あまりハガキなんて出さないから、かえって
刺激的みたいだ。

 なにか、注目を集めたかったら、「手間がかかる」「今の
時代にそぐわない」そんなものの中から選んでもいいかも
しれない。

 要するに、意味が感じられないハガキにしても、出して
みれば見つけるものなんだ。ハガキを出すことで行動に
結び付くなんて思いもしないだろう。
 だけど、こんな作用は確かにあるよ。

 書く内容にせよ、行動しないとなにも書くことがないからね。
 「今日はこんな会に参加して、こんな人と会いました。参考
になりました」って書こうと思えば、どこかに出かけて
いかなければならない。それが行動につながるんだ。
 意味があるかどうかは、他人が決めるんじゃなく、自分が
決めるべきこと。やって手ごたえがあるなら意味はある。
 一般常識は忘れなければならない。


2013年5月28日

講師

 先般、講師を勤めさせていただいた。テーマは「わたくしの
修行時代」、うまくいったかどうか。居眠りをされている
方を何人か発見したので、睡眠導入にはなったかも。
 前に立って、みなさんの顔を見ながら話すと、そのあたり
のこともきちんと見えてくる。おもしろいもんだ。

 終わって、帰り際に主催者から「だれか講師がいらっしゃったら
お願いします」と聞かされた。
 「はい、分かりました」って返事した。

 あれからすぐに13人の方に問い合わせをし、引き受けて
いただいたのは4人である。この確率をどのように見るか。
 少ないか、多いのか。

 自分の感触としては、「ほとんどの人から断られたな」、
そんなイメージが強い。あまりショックは感じないけどね。
 早朝なので、それも問題。
 「えっ、わたしが、人に話すようなことはなにもやって
ませんよ」も多い。当然だろうね。

 ちなみにボクは二つ返事だったんだけどね。
 うれしいじゃない。
 もともと話すのが職業じゃないんだから、「これも訓練」
ってつもりでやれば。って話すと、「池田さん、それは
いけません」って言われるんだが。

 先般からいろんな人とお話しさせていただいているが、
「人間なんて、しょせん、そんなに大きな経験なんて
してない。ただそれでも、一遍の小説は書くことができる
んだから」だった。そりゃそうだよね。

 人前でなにか話せって言われると、なにかでかいことを
言わなければ、そんな気になるけど、そんな大人物なんて
そうそういない。当たり前の日常を送ってる人がほとんどだ。

 ほかの案件もそうなんだけどさ、「これをやってください」
ってお願いすると、半分以上の人から断られる。
 ここらは心のタフネスさが求められるところだね。

2013年5月27日

チラシ

 「お願いしまーす、お願いしまーす」。
 しばらく前、道を歩いていると、女性二人がチラシを配ってる
ところに出くわした。聞いたことのない名前だ。新しくできた
のかもしれない。

 ふと、行ってみる気になった。そこでチラシの女性に「この
お店、どこにあるの」、「ご案内しますね」で、店の前まで
案内してもらった。なるほど、ここか。

 席につき注文した。しばらくすると、さっきの女性が店内に
戻ってきた。ここからが問題。もう普通なんだよね。
 ガクッときた。

 街を歩いてる人にチラシを配る。その場で「では行って
みようかな」なんて、感動モノだと、ボクは思う。
 だが、この女性二人は違ってた。
 「あら、ありがとうございます。さっきはチラシを
受け取っていただいてありがとうございます」、なんじゃ
ないかと思ったんだよね。

 これがオーナー(経営者)だったら、絶対に対応は違ってた
はずだ。「チラシを配ってきて」「ご案内タイムのはじまり
だよ」で、送り出されたんだろう。

 ただ、肝心ところがおろそかになっているから、せっかく
実施したことが意味のないことになってしまってる。

 ボクはよく思うんだけどね、人になにかをやってもらう
ときは「行為を教えるんじゃなく、意義を教えないとね」。

 「ここでこうしてチラシを配る」じゃなく「うちの店
を知ってもらいたくて。どうしたらいいかな」なはずなんだ。
 こんなんじゃー、「店内でさっきの人に出会ったらニッ
としよう」なんて指導しなくちゃならないよね。


2013年5月23日

一般

 昨日、身障者施設に行ってきた。ここは身障者の方々が
クッキーなどを作られ販売もしてる。以前からよくここで
クッキーを買っている。

 昨日は不要になった洋服を引き取ってくれると聞き、
クッキーのついでに聞いてみるとそれと分かり、
引き取ってもらった。

 どこのお宅にも不要になったものはたくさんあるだろう
から、引き取ってくれるか尋ねてみてもいいかも。

 ボクの好物の一つにクッキーがある。
 昨日は軽くてサクサクしたやつを買い求めた。
 ここは身障者の方が作り、販売もしてる。

 「会員カードはございますか」って質問された。
 久しぶりなので、ない。ないと返事すると「お作りします」。
 たどたどしい手つきで作っていただけた。

 その姿を見ていると、仕事っていうことだよな。社会参画
できることの意味を改めて考えさせられる。

 一般的に仕事って、お金がもらえる、たくさん、少ない、
それでなにを買う、って話しになるんだけど、本当は
社会参画の意味もある。

 ただ、一般人って、そんな意識はなく、「オマエ、暇なら
働けよ」で済まされてしまう。

 働けるって、本当はすばらしいことなのかもしれない。
 それって社会の荷物になってない、だれかの役に立って
るって実感できる。ことだよね。

 そんな方角から見ることがないから、たどたどしい
姿を見て、そんなことを思った。
 「できて当たり前」「動いて当たり前」って感覚が強い
からね。一般人は。


2013年5月22日

前を

 さっきコンビニを利用してきたんだが。
 いつも買う雑誌の棚の前におじいさんがいた。
 いつも買う雑誌は見えている。

 「ちょっと前をすいません」と声をかけ、雑誌を取ろうとした。
 おじいさん、無言。感じ、わりーの。

 これまではボクも、本を取るとき、無言だった。
 ただ、「感じ悪いかなーって」思って、声を出したんだけどね。
 おじいさんだから聞こえなかったのかもしれない。
 雑誌コーナーにおじいさんがいることはめったにないんだけどね。

 車でもよくあるんだよね。
 狭い路地とか入ると、車が停まってて。

 クラクション鳴らすのもはばかられるので、ドアをあけ、
ドライバーに手で合図をする。このときも無言が多い。
 逆の意味に取られているのかな。

 あれは20のころだったかな。
 狭い道路を走らせていると、向こうから車がやってきた。
 すれ違いが難しいかもと思い、手前で車をとめ、対向車が
来るのを待った。

 すると、運転席の後ろのドアからタオルが見えた。
 ドアの下から垂れ下がってる状態。その対向車とすれ違うとき、
窓を開け、「タオルが」と声をかけると、「なんや、ワレ」ときた。

 いやー、びっくりした。あの男性は被害者意識が強かった
に違いない。こっちはただタオルがヒラヒラしてて危ない
ですよと声をかけただけなんだが。

 きっと「オマエが向こうで待機してろ」と言うと思った
に違いない。
 あの男性、タオルを見てなにを思っただろうか。
 人間って分かりあうのは難しい。難しいが、そこを
越えようとすることも必要だよね。


2013年5月21日

迷う

 たまに近くの山を歩きますが、最近、進入禁止になってる
ルートがいくつもあります。単に警察かなにかで
使うような黄色いテープで進入を拒んでいるわけです。

 この進入禁止になってるルート、禁止になる前に歩いた
ことがあります。その、どれもこれもが途中で道が
なくなっていました。ただ、どうにか探して(別のルート
になっていたりする)下山することはできました。

 では、道迷いの危険性が高いから、進入禁止にすること
で問題は解決されたのか。どうも腑に落ちないんですね。
 山道は整備された道路ではありません。

 もともと、自然のフィールドというのはそういうもの
だと思います。倒木があったり、ルートがいくつもあって
迷いそうになる。それが当たり前なんですね。
 ボクは雨の翌日と翌々日は山道を下山せず、登りで
のみ使います。雨でぬかるんで危険だからです。

 ただ、これも自然のフィールドの感覚で考えれば、
「雨で滑るから注意しよう」でいいわけです。
 ボクのように、登りにのみ使う、でもいいかもしれません。
 それを進入禁止にしてしまうと、なぜ禁止なのか、どこが
危険なのか分からず、「全体的に危険」くらいしか
分かりません。

 以前、島根県にある「寂地山」を登ったことがあります。
 滝からそのまま登山開始になります。そのとき、確か
四月ごろだったと思いますが、ほかに登山者もなく、
「熊がこわくなったボク」は、両手でバンバン音をさせながら
歩きました。必要なかったかもしれません。

 だけれども、「山には熊がいる」「だからカウベルを
つけておけ」では、事態に即した行動は取れない気がします。

 あのとき、「ここなら熊が出てもおかしくない」と
思ったからこそ、そんなことをしたわけですから。
 道迷いは怖いものですが、手近なところで道迷いを経験
することが、危険回避できることにもつながると思います。

2013年5月20日

気品

 「ブァッバー」。二週間ほど前、夜の路上を歩いていると
至近距離を歩く男性から発せられたもの。

 「なに、一体、なにがあったんや」。見たところ、この
男性、一人しかいないような。あ、携帯か。
 ブァッバーの意味が分からない。しばらくして分かった。

 「ババー」だ。夜で携帯だから、どうせ相手はスナックか
飲食店のママかホステスだろう。
 このブァッバー、だが、定期的にはさんでくる。もちろん、
それに続く言葉も品性のかけらもない。

 まだ30代に見えたが、これらの発言はどうしたものか。
 気品というものが全く感じられない。そもそも、第一声
のところで気品はなしか。

 想像だが、相手もこの客に合わせているに違いない。
 調子を合わせて、「そんなこと、言わんといて」とか
「また、それー」だろう。

 いかに酔い客といえど、この手の発言をする人間に、
「昼間は警察官」「昼間は学校の先生」「昼間は市役所」
なんて考えにくい。

 なにが言いたいかっていうとね、ブァッバーの時点で、
クラスっていうか、階級がバレバレっていうところかな。

 定期的にブァッバーと発言する男性を見送って思った。
 「ありゃー、母親と子どもやな」って。母親にあやして
もらってるんだろう。おいおい、そりゃ子どもだって。

 いわゆる、男ってやつは、あやしてもらうべきじゃない。
 もう大人なんだから。

 こんな発言をする相手と仕事やらなくちゃならないとしたら
苦痛だ。昼間はもう少しマシだとしてもね。
 日本にも階級はある。
 この男性を見ていると悲しくなってくるね。

2013年5月17日

漢字

 見た瞬間、アアッと声をあげそうになった。
 業界紙を読んでいると、こんなものが。

 二束三文、一日千秋、八面六臂、五臓六腑、一喜一憂、

岡目八目、三寒四温、八方美人。一挙両得、十人十色、

一気呵成、満場一致、朝三暮四、四六時中、十年一日。

 分かったこと、四文字熟語である。
 どれもこれも読めるし、意味も分かるはずだ。

 さてさて。
 これら四文字熟語を見て、なにか思い当たることはある
だろうか。この時点で分かる人はかなり推理力のある人だ。

 では、次のヒントにいってみよう。
 上の四文字熟語のうち、ある箇所にフタをしてクイズ形式
にする。なにを隠してあるか。がヒントだな。

 こんな具合だ。
 ◎束◎文、◎喜◎憂、◎方美人。もう分かっただろう。
 なにを隠してあるか、だ。

 四文字熟語の中で、数に関係しているものだけ抜粋し、
集めたものだ。

 まさか、こんな角度から気づくなんて、大変驚いた。
 思いついた人はかなり柔軟な脳みその持ち主に違いない。

 分かってみればたやすいことだが、指摘されなければ
気づけない。
 こんな視点からこれらの漢字を観察したことはないだろう。
 実に不思議な気分がしたものだ。


2013年5月16日

おやつ

 日ごろ、おやつとかデザートの類いは食べない。
 たまの日曜日、いただくくらいかな。

 そこで実感させられることがある。
 おやつにも季節が存在するってことを。

 冬の間はクッキーが多い。チョコレートがかけられてる
ものも多いかな。最近、ストレートのチョコはほとんど食べない。

 で、先日の日曜日、クッキーを前にして「もういいや」
になってしまう自分がいる。
 季節はそろそろ冷菓に移りつつあるわけだ。

 これからはアイスを買って備蓄することになる。日曜日だけ
なので、一個300円くらいするものでも購入できる。

 ボクの趣味はコーンにアイスが入ってて、チョコが
かかったやつ。ピーナッツがまぶしてあるものもある。

 値段は手頃な120円くらいかな。
 いつもまとめて買うので個別にいくらするのか分からない。
 最近は一個300円のアイスはほとんど買わないかな。

 冬の間は料理屋さんにおいても「湯豆腐」とか「ナベもの」
「キムチがきいたもの」など、寒さを克服する料理や、
あったかいものが多い。
 そろそろ料理屋も衣替えだろう。

 日本には四季がある。で、周囲の人たちと話すのは
「日本には二季しかない」という厳然とした事実だ。
 分かったこと、冬から夏にそのまま移行するわけだ。
 これが現実だろう。

 春は料理屋さんにて「コゴミやワラビ」をいただくとき
だけ感じるってわけだ。
 さてと、暑くなる。身体もそれに合わせていきましょう。


2013年5月15日

富士山

 昨夜のことだ。お酒を飲んでいると、隣のお客さんと
意気投合してしまった。「富士山」とか「屋久杉」、
そんなワードが飛び出てきたので。

 どちらも行ったことがありますよ、と。
 お客さんは富士山と屋久杉、どちらに行こうか悩まれてる
ようだ。ボクはそのどちらも行ったことがある。

 これら観光地は、もともとはすぐ間近にまで行って
観察することもできたのだが、ボクたちが訪問するころ
になると、周囲は整備され、少し作り物の雰囲気を醸し出す。

 富士山も世界遺産登録間近なので、今夏は最高の人出と
なるに違いない。
 ただ、たくさんの人が入山するので、それこそが世界遺産
取り消しにつながってしまう。であれば、富士山はますます
訪問が難しくなるだろう。
 これからは借景としての富士、ということになるのかも
しれない。

 お客さんはあちこちの山に登られてるようなので、
体力的には問題ないだろう。ただトイレの問題は持ち出された。
 屋久杉観光にトイレは用意されている。途中、一カ所しか
ないので、ここで利用しておかねばならない。

 お客さん 「富士山と屋久杉、どちらが良いですか」。
 うーーーん。難しい質問だ。
 ボク 「富士山は日本人ならだれしも一度は、でしょ。
屋久杉も感動します。富士山は世界遺産がらみでしばらく
様子を見た方がいいかも」。

 というわけで、質問には屋久杉と応えたことになる。
 屋久杉を検討なさってる方に。屋久島に三日間くらいの
日程を組まれたらもっと楽しいかも。
 料理にトビウオが出されるから、こちらもぜひ。


2013年5月14日

火箸

 一昨日、朝5時ごろ、車を走らせていると、おばあさんが
二人歩いているのを見つけた。
 二人とも火箸を手にしている。

 あれって火箸でいいのかな。なにかをつまんで取り上げる
のに適してる。なぜ、火箸か。火箸ってその昔、赤々と
燃える木炭をつまみ上げるのに使ったからだろう。

 火箸でゴミを集めて歩いてるわけだ。
 ゴミ袋も持参されていた。
 民家もなにもないところだからね。
 自分ちの前ってわけじゃない。ここは水道局が横に
長く存在するだけだ。

 一般社会が目覚めるころには、ゴミ一つ落ちてない
ことになる。「わりときれいじゃん」って思って
歩いてる人には、あの早朝のごみ拾いがあってこそ、が
分からないだろう。

 そういえば、以前、橋の上でも見かけたな。
 こちらは男性だった。
 やはり早朝だ。

 ただ、どちらも毎日じゃないはず。
 それでもありがたい話しだ。
 清掃というのは、気持ちのいいものだが、定期的に
毎日のようにやらなければならない。「月曜にまとめて」
ができない。
 街の外観はこうした努力とも関係しているのだ。


2013年5月13日

お金持ち

 雑誌などを読んでいると「日本のお金持ちの研究」
みたいな記事が掲載される。素直にうらやましくて仕方がない。

 「それに引き換え、なぜ自分にはお金があまりないんだろう。
お金を稼ぐ方法なんてあるのかな」みたいに考えてしまう。

 お金持ちの例で、30歳とか40歳の事例がたくさん出てくる。
 「死ぬほど苦労したとしても、その年齢だろ。これから
お金を使って楽しめるよなー」なんて、いいお世話を
考えてしまう。「そんだけ金、あるんだったら、無理して
働くことないのに」とも思ってしまう。

 みんなはさ、お金持ちの話しとか聞いて、どのように
心の折り合いをつけているのかな。「あくまで他人のこと」
なのか。それは確かだけどね。

 以前はさ、「自分を作る」ってことがよく言われてた。
 自分を作るというのは、他人をうらやましがらない、
自分だけの価値観を作り上げることを言う。

 隣の人がどれだけ楽しそうにしていても、それはしょせん
他人のこと、みたいな考え方だ。

 ボクは以前はこんなことなかったけど、今は「うらやま
しいなー」って口に出せる。だってホントだもの。
 「同じ日本人として生まれてきて、どうしてこうも結果
に違いが出るんだー」って、つくづく思う。

 背景に、「みんな条件が同じ」って考えが横たわっている
気もする。本当は条件は違うはずなんだけどね。
 だけどここで「お金持ちにはお金持ちの苦労がある」なんて
考えたくはないな。金のある苦労とない苦労を比べたら
だれだってある苦労を選ぶでしょ。

 海に向かって「金持ちのバカヤロー」って叫んでも仕方
ないしね。「自分が分かってる」とも関係してきそうだ。
 ボクは自分のことが分かっているのだろうか。自信がない。


2013年5月10日

お菓子

 近くに人気のお菓子屋さんがある。近くに寄ると買うが、
2回に1回は買えない。
 住宅街を入ったようなところにあり、自動ではないドアを
開け、中に入っても、たいていだれも反応してくれない。

 いつもお菓子が入った紙袋が積み上げられ、店員さんの
顔など見えない。

 最近、分かったのだが、この紙袋、全て注文でなされた
ものだった。そして、このお菓子屋さん、売る商品はただ
一つ。それしか作らないし販売しない。

 このお菓子、この辺りではかなり歴史があり、以前から
人気が高かった。いろんな人に聞くと「形は似ていても
おいしさはまるで違う」だらしい。

 ボクは以前、別のものを食べたことがあるが、包装して
ある紙が、テンプラの下に敷かれた紙のような感じに
なっていた。(これで分かる人には分かるはずだ)。

 最近、注文の仕方を覚えた。
 「バラ、ありますか」だ。お菓子の店なので「スミレ
しか置いてません」なんてボケは聞かなくていい。

 いつも5個か6個くらい買うのだが、決まって2回に
1回は手にすることができない。
 レアな商品なので、手にできるとプレゼントしても
喜ばれる。

 店の様子から察すると、ボクのような店頭で少し
買う人はとても少ないようだ。みなさん、電話による
注文なんだな。

 この2回に1回ってのが、ますますおいしくさせてる
気もする。
 ここで商品を手にするためには、この辺りに用事を
作るしかないな。


2013年5月 9日

徒競走

 昨日はほかの患者さんと徒競走になっちゃった。へっへ。勝ったぜ。
 朝からハナがとまらないのでよく行く耳鼻科に行くことにした。
 花粉症は収まったのか駐車場に車はゼロ。「よしきた」。

 ただ、こちらは向かいの駐車場、さてとと思っていると
2台の車がサッと病院前の駐車場に。
 「こっちの方が先に来てたんだよ」、内心、叫びながらダッシュ。

 1台の車の運転手はロックもせずに病院内に。負けた。
 もう一人は女性で、「ムム。いかん」。病院の玄関でぶっこけ
そうになった。

 玄関を入り「スリッパだ」と思うが、すぐ後ろに人の気配。
 分かったこと、敵だ。目に入ったスリッパは、子供用だった。
 「もうええ、スリッパはなしや」。
 受付にダッシュ。勝った。

 病院での一人後と前とじゃ全く違うからね。良かった。
 受付を済ませ、ゆったりとした気分でスリッパを取りに戻った。
 ただ、さっき負けた患者さん、かなり時間がかかる。
 「オレの方が先に来たのに」。

 おかしなことをされたのか、身体を揺らしながら診察室から
出てきた。大丈夫か。

 ボクの番がきた。
 いつものハナプシュー。花粉症の人はみんなこれをやられる。

 鼻に薬のついた棒を2本、さしこまれる。「なんちゅう図や」。
 計4本。知らない人が見たらバカやな。
 「はい、お大事に」で終了。
 ほかの話しがなかったところを見ると、やはり花粉症だったのか。
 みなさん、病院の敷地内で走るのはやめましょうね。

2013年5月 8日

偏食

 偏食、ありますか。食事の内容が片寄ってる。
 このお休みを使って「ファーストフードばかり食べていると
長生きできない」を読んだ。ま、なんとなく分かるね。

 また、たけし軍団のグレート義太夫さんの「糖尿だよ、
おっかさん」も久しぶりに再読。
 これ、おもしろいからぜひ読んでみてよ。

 本自体は4年くいら前に出版され、そのときの記述で
既に透析されていたから大変な病気ではある。
 これらの本を読むと、食の大切さを改めて考えてしまう。

 食べること。だれもが毎日必ず行っていることだ。
 以前、知り合いに肉を全く食べられない人と、お魚は全く
受け付けない人がいた。とうとう一度も三人で食事に行った
ことはないが当然だ。お肉がダメな人は「肉ってゴム
みたいなんですよね」。言われてみるとそんな気もする。
 お魚ダメな人はなにが原因だろう。
 これらは偏食に入るだろうね。

 以前、読んだお医者さんが書いた本には「健康に良い
からってそればかり食べるのはかえってよくない。なんでも
バランスよく食べることです」って書いてあったが、あれが
的を得てる気がする。

 偏食は好き嫌いだろう。ボクの周りにも好き嫌いの激しい
人は多い。子どものころの嫌な記憶とセットになってる
ようだが、ボクたちはもう大人だ。スイッチを切り替えても
いいと思うね。

 ボクも子どものころは偏食気味だった。だけど、高校の
ころお世話になってるところでよくお昼をいただいていた。
 そのとき「出されたものはなんでも食べよう」と決めた。

 それで食べているとまずいと思っていたものでも意外に
おいしかったりした。好き嫌いは思い込みもあるんだよね。
 ボクはあのパセリもバリバリ食べちゃうんだ。
 思い込みを捨ててなんでも食べてみよう。


2013年5月 2日

コミックス

 このごろたまにコミックスを買います。
 先日買った「まるまる動物記」「いねむり先生」も良かった。
 山賊ダイアリーもいいな。

 ただ困ったこともある。コミックスはとくにそうだが、
透明のフィルムで包装してある。店員さんに言えばフィルム
をはがすことはOKなのだが、はがしたまま買わないのも
どうか、なんてね。(買わないことはある)。

 あ、それからお風呂を題材にしたコミックスのある、
山崎さんだったっけ。あの方、周辺のコミックスが
おもしろい。も、かな。
 先日、フィルムをはがして確認したのだが、既に自宅に
あった。あーあ。
 分かりそうなものだけどね。

 で、フィルムの話しに戻るけど、そんなわけで、表紙
だけで中身の判定をしなければならない。
 しかし、難しいよね。
 映画もストーリーだけなら「スターウオーズ」にできる
わけで。

 たまたま上記のコミックスは正解のクジを引いたって
ところかな。

 コミックスの場合、600円くらいなので、手軽に
手が出せるのはありがたい。テツボンっていう鉄道マニア
なコミックスも買ったが、あれは読むのに時間がかかる。
 コミックスというより、解説本に近いのかもしれない。

 というわけで、フィルムがされたコミックスを見た目
だけで判断する、を書きたかったわけだが、なんのことは
ない、「たくさん買ったら中にうまくいくこともある」に
なってしまったな。
 さー、どしどしコミックスを買おう。たまには、うまくいく。


2013年5月 1日

疲れる

 そろそろネット疲れが始まってる人、いるんじゃないですか。
 ネットってホント、くたびれますよね。それに注意も必要です。

 ボクも以前、人のブログに気軽にコメント、書いていたら
怒られたことがあります。ネットにのる文章って微妙な
言い回しなどできません。

 そのまま伝わるとひどいことになることがあります。ボクなど、
2行、3行、まとめて削除することも。それをそのまま載っけて
たらまたまた怒られてしまっていたかも。
 軽い冗談のつもりが、通用しないこともありますからね。
 ネットリテラシーは重要です。

 ボクは以前、「毎日、ハガキを2枚、出そう」と決め、
実行したことがあります。これ、8年くらい続けました。

 自分では「池田さんは努力家ですね」って感心して
くれるだろうと思っていましたが、中には「くだらない
ハガキばかり出すんじゃない」(こんな言い方はしてない)、
そんな反応もありました。内心「アレッ」です。

 毎日、出そうとすると、どうしても同じ人に何度も出す
ことになる。こっちは必死でも受け取る人からすれば苦痛
になる。
 そんな現象は確かにあったと思いますよ。

 それがネットの場合、たいして努力もせずに実行できて
しまいますからね。「続けてコメント入れてきたのに
最近入れてない」なんてことありませんか。

 ネットは日本において新しい常識、マナーが必要な時代
に入ってきたと思います。「自分はここまで」をきっちり
決め、それにしたがって対処しないと疲れるばかり。

 「足跡がえしは必須」なんて言われたこともありましたが、
あまり律義に対処していてはくたびれる。
 それからムラ(間隔がバラバラ)も、そのうちに自分の
内部でイライラが始まると思います。
 間隔もある程度、守ること、かな。