2013年4月30日

ツアー

 ゴールデンウイークが始まった。バスも大忙しだ。
 昨日、一昨日と鳥取県で遊んできた。鳥取と聞けば「水木
ロード」を連想するだろうが、何度も行ったんでね。今回はなし。

 また、砂丘もあるが、最近、鳥取砂丘が熱いそうだ。
 「砂の美術館」なるものが作られ、大変にぎわっている。

 ボクも去年出かけたが、なかなか良かったよ。今は「アジア展」
をやってるそうだ。
 砂だから、ある期間、過ぎてしまうとまた別のものを作り
展示する。いつ行っても見られるわけじゃないのも楽しいよね。

 ボクたちはそういう場所ではなく、道の駅などを中心に
歩いた。去年も訪問したお菓子屋さんにも行った。

 最近のお菓子屋(製造販売)さんはすごい。
 試食などもでき、お茶コーナー設置。いたれりつくせりだ。
 駐車場には大型のバスが4台。店内は縁日のようなにぎわいだ。
 それを見ているとおかしくておかしくて。

 少し上空から見るとハエがブンブン飛び回ってるように
して見えないんだ。お茶のコーナーがあるとそこを目がけ、
だけどお茶はすぐに品切れ。すぐに混雑は解消される。

 会場の一角でものものしい行列ができている。
 バスの乗客向けの「お菓子のつかみ取り大会」だ。

 初め分からなかったが、お茶コーナーで「ありゃーバスの
客だけじゃろ」と話していると、すぐそばに立ってるおじさん
が「ほれ、これじゃ」とツアーのバッジを指さす。なるほど。

 しかし、みなさん鬼気迫る形相でつかみ取りに挑戦。
 片手を箱に突っ込み「手にできるだけ」のようだが、あまり
にも多く抱えた片手が抜けない男性。自分の手の3倍ほどの
お菓子をゲットするおばさん。

 横で見ていると「そんなにうれしいのかな」の構図。
 お菓子の内容より、つかみ取りがうれしいんだろうな。
 バスがいなくなると店内はシーーーン。この落差もすさまじい。
 それぞれみなさん、ゴールデンウイークを楽しまれたようだ。


2013年4月26日

目覚まし

 以前は目覚まし時計を使って起きていた。最近は使ってない。
 目覚ましをかけるとやはりドキッとするでしょ。なにか
身体に悪い気がしてね。

 だからか、このごろ起きる時間はまちまちだ。
 それでもたいてい5時前後には起きる。
 習慣になってるところもあるかもしれない。

 多分、だけど、自営業であるボクと一般の方とでは
危機意識に大きな違いがあると思う。「今のままでこれからが
保証されるわけではない」、そんな恐怖感にとらわれることは
それこそしょっちゅう。

 そこで「ではなにが大切になってくるのか」につながってくる。
 なので、早起きしてるのは「趣味」とか「運動」、
そんなことは全くなく、ただ単に将来を見据えての行動と
いうことになる。

 ましてや、早く仕上げなければならない、そんなものが発生
すると、自然に4時前後に目が覚めてしまう。

 ふとんの中でまどろんでいても仕方がないので、起きて
仕事場に向かう。

 朝食はサンドイッチで、いつもなにかをしながら
なので、「なにを食べたか」「いつ食べたか」全く記憶にない。

 保証というものはとてもありがたいものだが、別の見方
からすれば「堕落する」とも考えられる。

 自分をいつも危険のそばにおいて(ボクは自ら進んで
ってわけじゃなかったが)、危険回避のためになすべきこと
をこなしていく。早起きもこれが下地になってるなーと思うんだ。


2013年4月25日

テレビ

 自宅にテレビがなくなってからそろそろ2年になろうとしてる。
 「テレビは見ない」などと決めているわけではなく、ただ
単にアナログが終了してそのままってだけ。テレビは大好きだ。

 ただ、周囲の人たちはボクがテレビを見ていないと思って
いるからか、世の中のことが伝わっていない、と感じる
いるようだ。意外にそんなことはない。

 テレビはあまり見ないが(自宅になくても見ることはある)
週刊誌はきっちり買ってる。要するに、世の中のことは
少し遅れて届いているわけだ。
 テレビと週刊誌にはきっちりとした違いがある。

 テレビはやはり速報性だ。どこで、なにが起こった、
はすぐに伝わる。ただ、事件の場合、「それでどうなったのか」
「背後関係は」などが分からない。
 だからテレビばかり見ていると「あれ、どうなったのかな」
みたいなことがよく起こる。
 そこが不満なんだ。

 だから週刊誌だと背後がはっきりし、推移がよく分かる。
 これらを一年くらいかけてしっかりまとめたものが
ハードカバー、本ということになる。
 この手の本になると「そもそも」から「背後関係」が
分かり、結局、どうなったのかはっきりさせてくれる。

 本になったもので言えば「和牛商法の破綻」「AIJ
投資顧問会社の破綻」(元従業員の方が書いている)。
 「なぜ、弱者は救われないのか」これらは所有してる。

 もともとの事件は記憶にあるだろうが、それらが本に
まとめられていたことを知らない人は多いかもしれない。

 AIJについて言えば「元証券マンが強引な商売をやって
きたが、それが元で破綻し、その規模はすさまじかった」が
大筋になるだろう。テレビは速報性、雑誌は大まかなあらすじ、
本は一連の事件を流れとしてとらえる、くらいは知っておくと
便利だ。


2013年4月24日

費用

 先日、ワイン会に出席した。4種類のワインを飲み、春野菜
をいただいた。春野菜は苦みがある。これは冬の間に身体
にたまった毒素を追い出す役目もしているそうだ。
 だから春野菜を見かけたらいただきましょう。

 さて。
 同席した隣の女性がこんなことを。
 「主婦にとって4千円ってかなりの金額なんですよ。だから
ほかの人を誘うのは気がとがめるんですが、この会なら
大丈夫と思って誘ったんです」。
 向かいに座った女性を誘ったみたいだ。

 この、参加費用が高いか安いかは意外に難しい問題だ。
 高くても良い会だったと思うときもあれば、安くてつまらない
ことも多い。

 以前のことだが、酒席を用意したのだが、誘った人から
「あの人から会費の3500円が高いって話しがあった」と
聞かされた。「3000円で飲み放題の店はいくらでもある」
とも。それはあるかもしれないね。

 その話しを聞くのはかまわないが、主催した人間にまで
言うことかね。聞かされたこちらはおもしろいはずがない。
 ある程度、高ければ、料理はおいしくなる。料理が
まずいなんて、ボクの場合、いくら安くても嫌だな。

 また、費用だけで判断すべきじゃないと思う。
 中身、内容が大事だ。

 費用、金額はだれにとっても大きな問題だと思うが、
必要以上にそれを気にかけて、大事な会合に出席の機会
を逃すことの意味も考えてほしい。
 費用というものは、「かけた金額の元を取る」考えの
方が大事だと思う。


2013年4月23日

パンチ

 先日、原稿の一部を読んでいただいた方からの感想。
 「池田さんって、自分に正直になってないところがあるん
じゃないですか。なにか自分を偉く見せないよう頑張ってると
いうか。それが文章をおかしくさせてるんですよ」。
 うーーん。日ごろの自分には確かにそんなところがある。 

 「もっと感じたことを書かれた方が」。
 自分にはどこか才能とか能力をひけらかさない、見せつけ
たくないところがある。そういう言い方よりも「アイツは
実際にはすごいんだ」、そんな評価が欲しくてやってる
のかもしれない。

 ただ、それが文章をおかしくさせているのなら、考え
ものだな。
 しかし。ちょっと文章を読んだくらいで、よくぞそこまで
分かるものだ。やはり文章には他人に隠せない自分の本来
の姿が出るのだろうか。

 日ごろ、道徳的な文章を書くことも多いから、忠告を
ソフトにくるんで伝えていく、みたいなものがあるのかも
しれないなー。

 よく聞かされるのが、「もっと深く掘り下げて」だろうか。
 これが今一つ、理解できない。
 「人にはみんな動機がありますよね。それをしっかり深堀り
して」などと聞かされるが、よく分からない。

 ボクの感覚だけど、行動する人って意外にも動機は少ない
気がする。動機を必要としてないというか。
 セットされた一つの考えが、いろんな形で行動につながってる
だけのような気がする。
 そんなわけで、「自分が出てない」と言われた文章は書き直す
ことにした。自分を出すって難しいことかもしれないな。

2013年4月19日

代行

 ゆうべのおじさんだった。週のうち何日かは代行運転を
利用します。代わりに運転して自宅まで届けてくれる。
 半年ばかり前、やはり代行運転を利用し、帰宅した。

 確か深夜12時は過ぎており、真夜中だ。「もう遅いし
すぐ寝よう」と着替えていると、ピンポーン。
 呼び鈴がなった。

 鳴ったっていって、深夜1時近いからね。なにが起こった
のか分からず、脳裏には「自宅からなにかが飛んでいって
近所の人が迷惑を受けたのか」が浮かんできた。

 で、恐る恐る、近所の人が立ちつくしてるはずだと
玄関ドアをあけると、そこにはさっき利用した代行運転
のおじさんが。

 「えっ、どうして」。
 頭の中には疑問がいったりきたり。

 おじさんの次の言葉を待った。
 「あのー、さっき、料金をいただいたとき、5000円
だったんです」。そう聞かされてもまだ事情が分からない自分。
 「だから、それがどうしたの」って思った。

 ただ、時間にしてそれほどはかからなかったと思う。
 「あ、そうかー。自分が出したお金は5000円だったんだ」。
 って分かった。ボクは代行のおじさんに「はい、1万円」
って渡したんだ。で、お釣りを8300円もらった。

 本当は3300円だったわけだ。
 「ごめんごめん」って言いながら戻した。

 まさか自分が出したお金が5000円だったとは全く
分からなかった。おじさんも確認しないから、こんなことに。
 でも、逆の立場でも「なんかやってしまいそう」なんて
思った、昨夜の晩でした。


2013年4月18日

 本を出すことに決めてから、いろんな人たちにその話を
させていただく。自分の意見の中で多くなっているのが
「読者のために少しでも良いものを」だ。

 それに対する反応で多いのが「それって、おもねって
ないですか。読者がどうというより、自分がなにを追求
するか、なにを表現したいかじゃないですか」、そんな
趣旨のことを聞かされる。

 ボクたちはなにかを考えるとき、つい360度の感覚で
考えてしまう。「あのお客さんの好みはこうだ」「この人の
場合は」。

 だけれども、360度、向くということは、だれのところ
にも向いていないとも言える。

 自分をとことん磨いて、それがクリーンヒットする人が
いれば、その人は変わるだろうし、って意見なわけだ。

 ラジオとかテレビはそうではない。
 どんな人が見ているか分からないから、言い訳がましくなる。
 「あくまでもこれはわたくし個人の意見ですが」、
ラジオを聞いていても、このセリフが意外に多い。
 言い切ってしまうことが難しいわけだ。

 だが、本来、なにかを表現したい人というのは、だれかに
毒があり、だれかにとっては良薬になるか、なわけだ。
 「全ての人にとって良薬でありたい」とは願うものの、
そんなことはありえない。

 コンビニに「フルーツの入ったサンドイッチ」が売られてる。
 内心、いつも「こんな気味の悪いものを食べるやつはいない」
と思う自分がいる。だけど売られてるということは、買う人
がいる。好み、趣向というものは、とても個人的なものだ。
 それに対してドストライクばかりを求めても、それは
なにも発言していないのと同じことだ。ってことになる。

2013年4月17日

価格

 いつも利用しているガソリンスタンドにはビップ(VIP)
会員なるものがある。年会費2000円くらい払うと、
そのカードがもらえ、1リッターあたり1円くらい安くなる。

 ガソリンを入れるときも、「カードはお持ちですか」と
質問してくる。機械がね。そこで「はい、いいえ」ボタン
があり、はいを押してやる。ちょっとした優越感。

 だけど年会費2000円くらいで優越感もなにもあった
もんじゃない。
 洗車のときも安くなる。

 これ、所有してるからいつも利用しているが、ふと、
おかしなことを感じることもある。肝心の1リッター
あたりの金額が分からなくなってしまうことだ。

 今、リッター、いくらしているのだろうか。
 確かハイオクが160円くらい。レギュラー(いつも
これを入れる)で150円くらいだろうか。

 このビップカード、実は、ガソリンの価格が気に
ならないよう工夫されてる気がして仕方ない。
 価格を見えなくさせているわけだ。

 もちろん、そのスタンドのみ利用してもらおう、も
あるはずだが、背景には「ガソリン代が高い」感覚を
除去しようと考えているのではないか。
 そんな気がして仕方ない。

 今やコンビニでも「なんとかカード」みたいなものがあり、
利用している。「便利ですよ」といつも言われるのだが、
それはお店にとっても、だろ、なんてつまらないことも
考えてしまう。
 これらのことは価格を見えにくくさせる効果はあるはず。
 やっぱり、店頭にてきちんと確認しなくちゃダメだな。

2013年4月16日

閑話休題

 昨日、ある方に「先般、話していたら閑話休題を知らない
って言うんですよー。どうなってるんですかねー」なんて
話をしたら、「わしも知らん」だって。
 「わしも知らんで。なに、それ」。

 なに、それって。「雑誌やコラムなんかで、あちこち寄り道
したけど、本題に戻るときに使うんです」。
 「ほうかー、そういうのがあるんやなー」。ええっ。
 なぜですか。

 いやー、知らない。知りませんか。
 ただ、このごろあまり使われなくなっているのは確かだと
思うんですが。だとしたら、あなたも知らないでしょうね。

 閑話休題。
 アメリカだとコーヒーブレークって言います。
 このコーヒーブレーク、そのまま使う日本の方も
いらっしゃいます。

 コーヒーブレークなら、知ってるって人、いるんじゃ
ないですか。

 この閑話休題、あまり使うとくどいというか、「またかよ」
みたいな印象も与えてしまう。
 その点は注意が必要になる。

 ボクが書く、文の中に、この閑話休題に該当する箇所がある。
 それを説明するために用いたわけだが。それも用法が
おかしいそうだ。それでどれかは書かないが、それが分かる
人ははっきり言ってすごいね。
 閑話休題。知ってる人いたら教えてね。


2013年4月15日

温泉

 土曜日、たまに行く温泉施設に行きました。
 ここ、最近、気に入ってまして。なぜかと言うと、それまで
竹の炭が入れられていた「竹風呂」のコーナーが「水風呂」
に変更になったのです。
 このコーナー、とても大きくて4人くらい入っても楽々です。

 温泉施設に行くと、いつもサウナがあれば利用します。
 ここにもサウナがあります。最近、利用方法が少し変わって
きました。まずサウナと水風呂を何度も往復するのです。
 サウナ、水風呂、サウナ、水風呂、みたいな感じ。

 身体も洗いますが、一通りサウナに入ってからにします。
 サウナは都合、5回くらい入っていると思います。
 まず最初にサウナに入ったときですが、発汗が見られません。
 それに、とても熱く感じられます。身体がついていって
ないのでしょうか。
 最初のうちは普通の湯船にもつかります。
 次回、サウナに入ったくらいから大量の発汗があります。

 さて。
 このサウナですが、流儀があります。最近、多いのは
サウナの入り口にマットが用意されており、それを手に
入り、終わって出てくると、少し洗って元に戻すというもの。
 これは清潔な感じがしてうれしいですね。

 いつも利用する施設にはまだこのシステムがありません。
 それからお客さんに求められる流儀もある。サウナから
飛び出ていきなり水風呂に入ってはいけません。これは
サウナのドアにも注意書きがある。
 ただね、守らない人も多く、ひどく気になります。

 とにかく男性のサウナ好きはかなりのものです。その後
の水風呂も定番となっております。
 公衆の場所では、自然にマナーやエチケットが発生します。
 温泉施設の入り口にも同様なことが書いてあったりする。
 まずは注意書きの確認をしっかりしましょう。


2013年4月12日

はしたない

 このごろ「はしたない行為はやめなさい」のはしたない、
を聞かなくなったな。

 ボクが子どものころは使っていた。使っているというより、
「あんた、そんなはしたないことはやめなさい」と注意される
ことがほとんど。

 あれはいつだったか、小学高学年のころ、お店で「お釣り
はいらない」なんて出てきたことがあった。店の人も困惑顔でね。

 ちょっと大人になった気がしていたんだろう。
 今、思い出すと恥ずかしくて嫌になっちゃうよ。

 食事するとき、自分のお皿にだけたくさん料理を盛ると
「はしたない」といって手をピシャリ。なんてあったな。

 なんていうか、これ、公共の概念なんだろう。
 「だれもが楽しく暮らせるよう、注意しよう」なのかも
しれない。

 で、最近、使わなくなったところをみると、あれば
便利なのに、だれも知らないから使えない、なのかもしれない。

 このごろ禁煙にせよ、なんにせよ、「法律で取り締まれ」
とか騒がれてるけど、はしたない、を復活させればそれで
十分な気もする。

 なぜ、はしたない、はなくなってしまったのか。
 このごろはマナーに置き換えられているのかもしれないが、
あってもいい言葉だと思う。


2013年4月11日

時計

 うちの事務所にある時計、毎日、わずかだが遅れてる。
 時計って正確に時を刻むためのものだから、当初は腹
を立てて「もう取り替えようか」なんて思ってたんだよね。

 土日、来ないと5分くらい遅れてるからね。
 毎日だと、2分くらいの補正で済むかな。
 だから、一日、ほったらかしにしておくと、翌日は
補正の必要があるってところかな。

 で、当初はイライラしていたんだけど、最近は毎日の
日課みたいになった。

 時計を疑うっていうのは、そういうのって案外正しい
かもしれない。「間違ってるはずがないと思うものを
疑うことはほぼないから」。

 最近はあちこちカレンダーをつるしているんだけど、
毎月、はがすタイプのものにしてる。3カ所くらいあるから
けっこう手間なんだけど、毎月やってる。

 以前、日めくりのカレンダーのときは、気づくと1カ月
くらい経過していて、「もういいかげん日めくりはダメだ」
なんて思ったけどね。

 逆に考えると、「毎月一回、はがすことができなくて
どうするんだ」って思うんだよね。
 「月が替わったことにも気づかないなんてどうかしてる
だろ」っていうことだ。

 掃除も同じことだよね。
 「汚れないカーペットが楽でいい」って考え方もあるが
汚れが目立つから掃除しても気持ち良い側面は確かにある。

 別に「欠点は長所」なんて言うつもりはさらさらなく。
 受け止め方を少し変えてやると、また別のものが見えて
くるってところかな。

2013年4月10日

当事者

 明日、出版社と打ち合わせをする。既に原稿は130%くらい
できており、こそげ落として100%にしていく。

 出版社サイドからは「これはダメですね」「これは良いから
残しましょう」みたいな話はない。あくまで自分が読者に
対して対峙せよってことなのかな。

 そんなふうに考え出すとキリがない。全てに意味がない
気がしてくる。

 ボク自身、よく本を買うが、そのときそれらの本はなにを
主張したいのだろう。ハウツー本みたいに、手本として
使われるものや、娯楽の一環として作られるものもある。
 改めて考えてみれば、交通教本も本には違いない。

 読む人になにを伝えたいのか。
 それが明確でなければならない。
 それにてなにを達成したいのか。
 もちろん、「有名になりたい」「ちやほやされたい」
みたいな気持ちもある。ただ、本ってそんなものなの
だろうか。だよな。

 そんなふうに考えてみると、いかに恐ろしいことに足を
突っ込んでいるか、って思う。

 実は、人はあまり当事者にならないのではないだろうか。
 「オマエねー、これをここまでやれって言っただろ。
なんでできないんだよ。やり直し」。そんなことが少なく
なってくる。

 だけどさ、本を出すってことは、「かーーー、つまんねー」
「読んだだけ時間のムダだったよ」、なんて思われてるかも
しれない。その言葉を投げ付けられることはないかもしれ
ないが、思われてる可能性は高い。

 「こんなの、だれだって経験してることだよ。改めて
書くことかよ」、なんて思われたらどうしよう。
 これこそ当事者かもしれないね。出された結論を受け止める、
ここが当事者の一歩だよね。


2013年4月 9日

関税

 先日、島根県にあるJAのスーパーに行ってきた。好調
らしく、玄関回りがリニューアルされてた。

 また、玄関口では農家の方らしき人たちが「わたしたちは
TPPに反対です」とチラシを配っておられた。

 TPPは関税なき輸出入で、大いに発展できる分野と
そうではない分野があると言われている。こちらは「問題
あり」になるわけね。

 このスーパーではいつも野菜をたくさん買い、お世話に
なってるからこの運動についても応援したいものだが、
心のどこかで「決まってしまうものは決まってしまう。反対
ばかりでなく落としどころを探って儲ける方策があっても
いいよな」とも思ってしまう。

 で、入り口のところの野菜を買う。大量に。ビニール
の袋に入った野菜たち。七福神が背負ってるような大きさ
の袋だ。まとめ買いってやつ。

 かなりの時間を使って買い物カゴ三つ分までになった。
 「こりゃお支払いは1万円を越えるな」。結果、でした。

 レジに向かうと、ほかのお客さんにガンつけをする。
 「間違ってもこの後ろに並ばないでね」。なにせ、
みっちり5分くらいかかるからね。

 もうね。エコバッグくらいじゃとても収納できない。
 店、備え付けの段ボール(廃品)に入れ、車の後ろに
お重のように積み重ねていく。

 レジに並ぶとき、うちはいつもたくさん買うから、
少ないお客さんが後ろについたらゆずることにしてる。
 ただ、けっこう多いのが「後ろでけっこうです」って人。
 男性の感覚だと、ここは絶対「ありがとう」なはずなん
だけど、並ぶことに慣れているのかな。

 スーパーなのに弁当一つって人もいるからね。あの
感覚もよく分からない。
 とりあえず、TPPの影響が少ないといいですね。

2013年4月 8日

次善

 いまだに恥ずかしく覚えてることがある。高校生のころの
話だ。そのころ、単身で京都にいて、毎日通っていた。
 そこから近鉄に乗って小倉駅(おぐらと読む)に向かう。
乗るのが伏見だから、確か三つ目だったかな。

 毎日、毎日、電車の乗車賃をもらって乗るのが日課に
なっていた。で、ある日、近鉄の駅に行くと、値上げされて
いた。毎日、乗ってるんだから、案内はあったのだろうが、
見てないから分からなかった。

 で、のこのこと駅から戻り「切符の代金が値上がりして
ました」って報告する自分。すると女の先生が「池田君、
あなたって、手持ちのお金も持ってないの」と言われた。

 女の先生はそれ以上、追求しようとせず、差額を渡して
くれた。ボクはあまり意味が分からず、そのまま乗車する
ため駅に向かった。

 今、思い出すと、さすがに恥ずかしい。
 差額って確か20円くらいだったはず。

 自分は京都に修行のため、一人で暮らしていて、毎月毎月
決まったお金で生活していた。これほど自覚をうながされる
環境もないはず。なにかのために財布にお金をしのばせて
おくのは当然のことだ。

 だから、駅で差額分を出しておき、あとから「実は
値上がりしてまして」ってやればよかった。
 笑われて当然だ。
 あのときは分からなかったけどね。

 人は「このお金で電車に乗る」と決めると、どこかルール化
してしまう。それを守ろうとしてしまう。「だから値上がり
していたら乗れない」わけだ。

 あまりにも硬直化した考え方だ。ボクはいろんな事態に
出くわすと、なぜかあのときのことが思い出される。
 やはり最善を考え、次善の策でいくしかないな。
 こんなことはよくあると思うよ。


2013年4月 5日

ゆずる

 先般、列車に乗っていると(日曜)、途中の駅から混雑
してきた。にしても、やはり宮島ってすごい。たくさんの
人が乗り、降りていく。

 宮島だったか、小さな子どもさんを前に抱っこしてる
お母さんが乗ってこられた。いろいろ話しかけて楽しそうだ。

 で、半分、腰を浮かし「ゆずりましょうか」と提案した。
 ほかにも乗客はいたので、わりと、その人にだけ届く
ように声をかけた。

 すぐに分かってもらえたが、お母さんの反応は「ありが
とうございます。大丈夫です」というものだった。
 半分、浮かした腰を元に戻したのはいうまでもない。

 その少し前、出会ったおばあさんにも同じように声を
かけたが、こちらも「ありがとうございます」のみで、
座ろうとはしなかった。

 この話しは、あちこちで聞かされるもので、改めて
そんな状況に出くわしただけなのだが。
 別にこっちの提案に対して反応していただけなかった
ことが残念ってわけでもなく。わりと、「ゆずる、
お断りする」も一般的になってきたのかなと。

 そこにいくと、半年くらい前の電車の乗客はひどかった。
 乗務員さんが「携帯をお切りください」ってしきりに
口にし、電車は動かない。その男性は「わしは病院に電話
しとるんじゃ。命の問題や」で切ろうとしない。

 どちらも、意固地になり、事態が動かない様子だった。
 やはり、人間、生きてるってことで、いろんな問題が
発生するわけだ。ただ、「ゆずる行為」が日常の中に
なく、「今日、初めて」って人もいるはずだ。学生とかね。

 その人たちのために「ゆずりましょうか」と提案されたなら
受ける気持ちも大切かもね。この辺り、散々、同じ話しが
されてきたことだけどね。


2013年4月 4日

勝った

 今日は勝った。いや、バカな話しなんだけどね。
 コンビニのレジに並ぶのに、「どこに並ぶのが早いか」
いつも自分なりに研究し、実践してる。で、今日は、散々
迷ったあげく、自分が並んだところが早かったので、勝ち。

 おまけに、今日は一人と三人とがレジに並んでいて、
三人の方が早く清算することができた。日ごろの研究のたまもの。

 レジ回りで、ドリンク類を買ってる人たちがいて、そのまま
レジに並ぶのか、それともほかに行くのか。要するに、
追い越ししてもいいのかどうか、よく迷う。

 高速道路のサービスエリアには1分くらいかかるコーヒー
がある。先日、なにげなく、その自販機でコーヒーを買って
いたら、後ろのおばさんも待っていた様子。あれは分から
なかった。小さな声で「すいません」ってつぶやいた。

 たまにボクはメール便を利用する。これ、けっこう時間
がかかるので、客の少ないときをみはからって利用する。

 これを前のお客に突然、やられると腹がたつ。
 その点、男性客は、他の客の「なにが嫌がられる行為か」
よく分かってる人が多い。

 「なにが時間のかかることか」が、かなり頭に入って
いるみたいだ。

 さてと。レジを手早くさせる秘訣があれば書いてもいいが。
 コンビニでは買い物カゴを利用している時点でアウト。
 必ず時間がかかるからね。その後ろには並ばない。
 コンビニでは早いかどうか確実に見抜ける方法は、今の
ところ見つかってない。

 二つ、レジがあって、片方がスムーズに流れたとき、
レジを移動しますよね。しませんか。
 あれってマナー違反、じゃないですよね。


2013年4月 3日

遠い

 よく「池田さんは岩国ですか」って驚かれる。広島県でも
そうだし、山口県(離れた場所)でもそうだ。

 確かに往復に2時間以上が必要となれば、そんな感覚も
よく分かる。できれば列車使用がありがたい。本など読んで
いればいいからね。車だとミュージックスタート。

 これは慣れがあるだろう。ボクも当初は「なんでそんな
遠いところまで」なんて思っていたからね。

 ただね、知らない街の、地元の人たちが利用している
飲食店などで食事していると、妙な気分を覚えるんだ。
 よそ者は決して利用しないはずでね。こんな場面展開が
ときにおもしろく感じられるんだ。

 この行動のきっかけがどこにあるか考えてみた。
 以前の話しだが、よくメールなどで、「今度の日曜日、
どこそこに行く」と案内があると、出かけていた。
 花見だったり、海だったりした。

 たいていなら列車利用で、近くまで行き、そこから車
に同乗させてもらう。それから一日、行動をともに
するが、帰りはどこででも降ろしてもらう。
 駅だったり、フェリー乗り場だったりする。

 乗り換え接続して、帰宅するのだが、全く、存在さえ
知らない街から、自分の暮らす街に戻ってくると、
珍道中だったなー、なんて気になるからおもしろい。

 人は用事もないのに、知らない街で下車しないよね。
 それが、ご案内に乗っかるだけでいろんな景色が
見られるわけで、本当に楽しかった。

 人は大人になると、自分にとって必要なものだけ見て、
聞こうとする。当然だね。ただ、そこに一工夫するだけで
日常というレールを外れて楽しいアトラクションになる。
 ときに、こんな行事を入れてみてはいかが。


2013年4月 2日

就職

 先般から、何人かの方の就職あっせんについてお願いを
されている。自分なりに応えてきたつもりだ。

 どうしてだろう。
 他人のこととなると、いくらでも力になってあげられる。
 今の時代だからだろうか、結果はうまくいかない。

 それでも、いろんなところに声をかけた。
 「池田さん、今は厳しいですよ」、何度かそんな言葉
を聞かされた。やっぱり。そうか。

 本人には、そしゃくして伝える。
 「いろいろ当たりましたが、今のところ求人はしてない
そうです」。はっきり言えば「この不景気に無理ですよ」
だろうが、それは言わない。

 少し前、「今はありません」と応えた企業から、「実は
こんな女性を探しているんです」って問い合わせがあった。

 いろいろ手配し、探したが見つからず、しまいには
ハローワークできちんと見つけることができた。ハローワーク
の手配はもちろんその企業がおこなった。

 働くという行為も、「わたしはこんな仕事をしたい」
ではなく「お宅の企業で求められる職種は何ですか」で
いくべきだ。ま、それでも専門性もあるから、うまく
マッチしないんだが。

 ボクの場合、他人のためならいろいろ動けるのだが、
こと自分のこととなると、とたんに照れが発生する。
 もともと、そういう力学を利用して、人のために
動いてきたからね。

 そして。人から聞かされた話しをそのまま伝えることは
やめよう。工夫すべきだな。同じ内容でも、伝え方により
受け止め方は違ってくる。注意したいものだ。


2013年4月 1日

出版3

 ある知り合いに「時間をもらえないか」、声をかけてみた。
 あれからなしのつぶてだ。反応なし。
 人は他人に親身になれない。

 中学生のころ、「大人になったら友人とかいないんだろうな」、
なんとなくそう思っていた。だが現実に大人になっても、友人だ、
友情だ、なんてやってる。

 自分は一般的な意味での友人なんて必要ないけどなー。
 もっと、なんていうかさ、ライバルが欲しい。
 「こんな水準じゃ評価されないぜ」とかね。
 「よくこんなんでやってられるな」。

 馴れ合いの関係ではなく、ギリギリで評価しあえる切磋琢磨
の関係が欲しい。
 「池田さん、頑張ってたら、そのうちいいことありますって」、
こんなの、どうにもならない。
 「頑張る」というのはとても抽象的な言葉だ。

 「睡眠は3時間にしろ」とか
 「遊び歩いてるんじゃねー」だろう。

 今の世の中、ママゴトが多くてたまらない。
 はっきり言って、これからの日本は新しい時代になる。
 それに対してワクワクするか、ドキドキするか、の違いだ。
 二度と、好景気はやってこない。

 「パックスローマ」って言葉がある。「ローマの栄華は
次から次に違う国に移る」くらいの意味だったか。
 日本から、またよその国に繁栄は移る。
 このへん、中学のときから軍事モノを読んできた自分には
よく分かる。日本はこれまでが良すぎたんだ。