2013年3月29日

出版2

 出版社の方には題名はすぐに気に入っていただけました。
 「せっかく小冊子を出されてるわけですから、小冊子に
出られた方たちもここで紹介されたらいかがですか」。
 「あー、それも悪くはないですね」。
 「やっぱり承認は取った方がいいですよね」。

 これまで、たいてい個人としてやってきました。そこに
新しいプロジェクトが入ってくると、そことのチームになります。
 チームを組んでみて改めて感じることは、「オレはつくづく
チームに向いてないな」です。

 出版プロジェクトが動き始めて以来、なぜか怒りってぽく
なってる自分がいます。なぜでしょう。
 こちらはいろいろ言いたいことがある。それは向こうもかも。

 だけど、こちらがどこまで踏み込んでいいのか分からない。
 おかしなことを口にして機嫌をそこねてもいけないし。

 なんてことを人に話すと「なんでも言ってみればいいん
じゃないですか」って。ま、それはそうなんだけど。
 チームが発足するとき、今になって思うのだが、お互いが
「ここまでやります。ここまでやってください」の確認を
先にしておくべきだった。

 まず取り掛かったのが、これまでボクが書いてきた
内容を試しに送ってみることだった。あれこれ選んで送って
みた。だが、反応がない。

 いや、反応はこちらが尋ねるべきものなのか。
 分からない。
 とにかくこのプロジェクト、始まってから、踏み込む
場所、箇所、分からないことだらけだ。それが怒りっぽさ
の原因か。


出版

 本を出すことにしました。
 意外にあっさりしてますけどね。

 これまで長らく、原稿執筆の依頼が来ないかと頑張って
取り組んできましたが、要請もないので、ここらで出版
して本腰、入れて取り組もうかなと。

 出版を考えて以来、いろんなことで悩み、考えてきました。
 そんなこんながみなさんに楽しんでもらえるかな、でして。
 今年の一月、「このままじゃ進展がないな」と思い、
出版してみようと決めました。

 すぐに知り合いに電話連絡し、「あー、池田さんなら
いくらでも出せるよ」、承諾をいただき、スタートです。

 それからが苦悶の日々でした。
 「池田さんの都合のいい日程でそちらにお邪魔するから」
なんて話しでしたが、都合なんて言ってたら、すぐに時間は
過ぎてしまうので、こちらから出版社に訪問しました。
 初めに電話してから四日後でしたね。

 「こちらが担当します、なになにです」なんてあいさつを
され。「あ、そうですか。池田と申します」なんてね。

 すぐに「それで池田さん、だれにターゲットしぼって
出されるんですか」「読者になにをうったえたいんですか」。
 あらかじめ、想定していた質問をされた。

 これまで仮想空間において読者を想定はしていたが。
 自分と同じ年齢くらいの人たちを考えていたからなー。

 「20代から30代。男性も女性も。失敗にめげずに
再度チャレンジする気持ちを持ってほしい。そのための
起爆剤になれれば」なんて返答をした。
 続けて「題名は」の質問には、「失敗、上等って小冊子
を作ってきたので、それがいいんじゃないですかね」。


2013年3月28日

お礼

 昨日はなんだかんだ、たまったお礼の返事をせっせとメール
させてもらった。やっぱ、便利だな。メール。

 月曜から火曜、水曜といろんなところにお邪魔させていただいた。
 出会った人、全てにお礼のメールを出す。
 なんと、その数、15件に達した。

 短期間のうちにたくさんの人と出会ったわけだ。そもそも
出会う元になった人たちにもメールを出すからさ。とても多くなる。

 改めて考えてみれば、物事、全てにわたって背景がある。
 その背景を用意した人たちもたくさんいるわけだ。

 火曜の朝に参加させていただいた会もよかった。
 ある女性が会場を用意し、参加者にお菓子を用意した
男性もいた。それにてボクたちは無料で参加することができた。
 背景を考えれば、たくさんの人たちにより運営されている
ことが分かる。

 ボクは、まず出会う前にメールし、当日、メールのやり取り
もやり、お礼のメールもさせていただく。
 一人につき、5通くらいのメールを差し出すことになる。
 メールなんで、ほとんど手間はかからないけどね。

 ボクはよく「一斉送信されないんですね」と言われるが、
一斉送信は便利だが受け取った人がそれと分かるわけで、
一つ一つ打ち込むことにしている。
 逆からも考えないとね。

 この三日間で初めてお会いした方も何人もおられる。
 それらの方にもメールを送った。これらの方たちとは
これからどうなるのか。考えてみるとおもしろいものだ。
 メールは手軽なのでどしどし使うといいよね。


2013年3月27日

女子高生

 昨日、スーパー女子高生がやってくると聞き、出かけた。
 かなりの時間と費用がかかった。友人によると「とにかく
スーパーだから、ぜひ参加して」なんて話しだった。
 電話口で聞いてもどこがスーパーなのかはよく分からなかった。

 ただ、友人がそこまで言うのなら、それなりのものが
なにかあるのだろう。参加してきた。

 何人か誘ったが、「え、スーパー女子高生」とあきれかえり、
それっきり反応がなかった。そんなものかもしれない。

 そのスーパー女子高生だが、やはりそれなりにすごかった。
 しっかりとした考えを持ち、自説をひとまえで述べる度量、
技量がある。まだまだこれから、って気はしたが、それに
しても今後が楽しみな人だ。

 こんな誘いの電話がたまにかかってくる。
 電話なので、あまり詳しく聞くこともできない。友人
の声のトーンで決めるしかないな。

 今回、参加してとてもよかったと考えている。
 いろいろな人を誘ったが、「で、池田さん、それって
どんな人なんですか」、聞かれた。ただ、ボクも誘われた
身なので説明ができない。よって「とにかくスーパーらしいよ」
くらいにしか言えない。
 おかしいかもしれない。

 だけどね、世の中ってそういうものだと思うよ。
 スーパーな女子高生をいくら説明したって、本人に会って
みなければなにも分からない。要するにさ、女子高生って
ところで判断すべきじゃないと思うね。

 相手が無職だろうと、どんな年齢の人であれ、会って
話してみることが大事だ。ボクはそのために宿泊したからね。
 誘われれば、どんなものにでも参加するわけじゃない。
 自分のアンテナをしっかり持ち、それに引っ掛かれば無理
して参加すべきだと思う。


2013年3月25日

財布

 いまだに続けてることがある。財布の中をのぞいてレシート
など、いらないものを見つけ捨ててる。毎日だ。
 それだけ捨ててもポイントカードなどで財布の中はぎっしりだ。

 このポイントカード、困った事態になることもある。
 絶対に終わらないことや、たまにしか利用しない店の場合、
取り出す手間が大変。ただ、ポイントカードがあるのに
出さないと、なんとなく店に悪いかなって思い、探すことに。
 探す時間もバカにならない。

 さて。

 財布問題は永遠のテーマだろう。
 小銭入れを別に持ってる人も多いだろうが、レジなどで
やおら小銭入れを取り出す人が前にいるとイライラは最高潮
に達する。こっちは財布の小銭を見ながら1円、5円を
取り出せるように用意してるからね。

 ボクのように、小銭部門とお札部門を一緒にしてる場合、
とにかく重くなりがちだ。長いタイプの財布を薦めてる
人も多いが、タテに邪魔だし、落としてしまう可能性が高くなる。

 よって二つ折りだが、人によると「二つ折りはお札が窮屈だ」
なんて話しをされる。それにかさばるし。

 それからキー類も同じだ。
 人によるとスラックスのベルトを通す部分にぶら下げてる
人もいる。ボクも散々悩んで、結果、キーホルダーを使わない
ことにしてすっきりした。これを見つけたときはとても
驚き、うまい方法を捜し当てた気になった。

 実に不思議なことだが、ボクはコンビニなどで使える
金銭カードの残高がなんとなく頭に入っており、不足して
いるかどうか、かざす前に分かってしまう。
 あれも慣れなのかな。続けていると分かってくる。
 とりあえず財布の中身は毎日、点検しよう。すっきりした気分
で生活することは、やはり大切だと思う。

2013年3月19日

お金

 これまでたくさんの記念硬貨が作られてきた。
 変わったところでは、去年、地方自治60周年を記念した
硬貨が発行され、銀行で代えてもらった。銀行でもらうときは
両替の手続きでお金はかかりません。

 かなり前のことになるが、東京オリンピックの1000円
銀貨が発行されたのだが、友人からタダでもらった。
 いろいろ発行されるが銀貨は珍しい。

 これらのお金、実はお店で当たり前に使用できます。
 ただ、お店によって、使えることが知られておらず、
受け取りを拒否されることはあるようだが。
 なんのことはない、銀行に持参すれば、500円の
記念硬貨も500円の値打ちとして受け取ります。

 要するに、銀行は額面で流通させるわけです。
 マニアが高く買い取ることはあったとしても。

 以前、コンビニのレジに並んでいたら、前のおばあさん、
記念硬貨を何枚も出してお支払いしようとした。レジの
女性は、その記念硬貨をシゲシゲと眺めて、奥に引っ込む。

 で、おばあさんに「これ、使えませんので」だって。
 ボクは記念硬貨を収集していたのもあるから、その場で
両替してあげた。

 ちなみに、今、使ってない、穴の空いてない50円も
お店では使えます。お店によってそれを知ってるかどうかは
別ですけど。銀行に持参すれば、いくら穴の空いてない
50円だろうと、50円として受け取ってくれます。

 あんなね、ワケの分からない(記念硬貨)お金が一般
に流通してるってことは、日本がすばらしい国である
ことの証明でもある。情勢不安な国であれば、ドルしか
流通しなかったり、使えなかったりする。

 お金は国の成り立ちの第一歩であり、基本。それを
意識しないで生活できる日本という国は、実はものすごく
ありがたい国でもある。実感はないだろうけど。


2013年3月18日

 何年前だったか、町歩きがはやっていた。自分の町を散策し
よりよく知る、だったな。
 あれ、久しぶりにやってみてはどうかな。

 自分が暮らす町についてさえ、あまり知らないから町歩き
が成立する。行動が機能的になってるからだろうな。

 都会に行くとおもしろい。
 東京や大阪、大きな駅の中で「すいません、わたくし、
ここに行きたいんですが」と質問してみるも、知らないと
言われてしまう。「都会は厳しいなー」と当初、思って
いたが、違っていた。

 毎日、毎日、最短距離で自宅と職場をつなぐ癖がついて
いて、本当に知らないんだ。
 地方から出てきた人間からすると実にもったいないこと
だと思う。だってさ、いつも利用する列車の駅で、もっと
いろんなところに出かけることができるはずなのに。

 知らないということは、通勤手段でしか利用してないって
ことだ。要するに、遊び心が欠けているんだな。
 そこに町歩きは風穴を開ける要素が入っていたと思う。

 ふと、気づいてみると、ボク自身、自分が暮らす団地の
道、住宅に関してあまりにも知らないことが多すぎる。
 ボクは車利用者だが、「今日はこっちのルート」「明日
はこのルート」みたいなことはしないからね。いっつも
同じ道を走る。

 先日、歩いていると、近くにお肉やさんがあってひどく
驚いた。
 とにかく、大人になると遊び心が不足してくる。
 自分にとって関心事が決まってしまい、それ以外は
どうでもよくなってしまう。

 列車利用なら、一つ手前の駅で下車して歩くこともできる
はず。町で遊ぶことはいくらでもできる。
 まずは発想力だろうね。


2013年3月15日

地勢

 地勢という言葉がある。どんな意味だろうか。地の利で
良いのかな。
 以前はよく海外旅行に出かけた。関西空港ができてからは
そちらを利用することがほとんどだったが、それでもたまに
成田から出発した。成田空港だ。

 ツアーに参加すると、とんでもないことが判明した。
 成田近郊に住む人は「午前中まで仕事をやって、夕方から
車でここに来ました」だって。これなら旅行期間が5日なら
「あくまで5日間」あれば旅行できることになる。

 ボクの場合はどうか。夕方の便なら、自宅を午前の早い
段階で出なければならない。午前なら「前泊」といって
前の晩に成田に到着し、ホテルに宿泊しなければならない。

 四国はもっと大変だ。四国の方から聞いた話しだが、
「成田から出発だと、前日に飛行機で羽田に、接続バス
に乗って成田に行きます」だ。そして、帰国したときは、
成田に1泊し、翌日の飛行機に乗らなければならない。
 旅行期間が5日なら、そのための期間を7日、用意
しなければならない。

 四国においても空港が近くにあればまだましだが、
遠ければ大変な手間と時間がかかる。
 ボクの地元、山口もそうだが、四国も海外、エジプトだとか
カナダに飛ぶ飛行機は存在しない。
 成田にまで出ていかなければならない。

 要するに、山口とか四国は「おおげさ」なのだ。
 大仕掛けが必要になってくる。それだけ海外は遠くなる。
 まだこれは仕事のやり繰りができればの話しで、前後2日間
も旅行のための時間を用意できる人は少ないだろう。

 こんな背景があれば、分かったことだが、四国や山口から
海外旅行に出かける機会は少なくなる。周囲から海外に旅行
したとあまり聞かないのはそんな理由もあるのだろう。
 地勢。実際に成田を利用してみると、嫌っていうほど
実感させられる。機会は極端に少なくなる。


2013年3月13日

感謝

 しかし。最近の宅配事情はすさまじい。
 頼んだ翌日には届けられる。翌日に届かないと、なにか問題が
発生したのではないかと思うくらいだ。

 うちの事務所は留守がちで、「多分、今日、宅配が届く
だろうな」と思うときなどは、チラシの裏などに「宅配便さま、
荷がありましたらテーブルにお願いします」と書き、セロテープ
でとめておく。

 いつも、決まって留守のとき訪問されていて、きちんと
しておこうと思って。

 少しくらいテーブルに放置されてあっても、取って楽しい
ものが入ってるわけじゃないしね。

 ときに、大事なものが届いたときは「シャッターをおろして
おいてください」も書き加える。

 で、シャッターがおろしてあったのはいいが、力がなかった
のか、途中で止まったままになってることがあった。
 「途中で止まったシャッターって、かえってなにかあるか
気になるじゃないか」ってね。

 さて。
 「テーブルに置いておいてください」と書いた紙をはって
おくのだが、宅配便の人により、対応が分かれる。

 「ありがとうございます」と手書きし、シャチハタらしき
ハンコが押されてることもある。なにもないことが多いが。
 意外にも、こちらはだれが「ありがとうございます」を
書いたかチェックしてるものだ。こちらの対応に対して
了解の合図を送っておられるわけでね。

 なにげない、たったこれだけのことだが、人は観察してる
ものだ。「あー、テーブルに置いておけばいいんだな、
ハイハイ」な人と「いやー助かった、配慮してくれて」
の違いがそこにはある。
 見てないようで、人は見ているものだ。


2013年3月 8日

コミック

 最近、またまたコミックに戻りつつあります。
 このごろ買ったものでは、「テツボン」「猟師になった」
「なんとかユカさんの旅行に出るまでの準備」「残らないお金
が残る」(題名を忘れた)、などなど。

 テツボンは鉄道オタクに関するコミックだが、読んで
分かることは、時間がかかること。困ったことではなく、
コミックというより、手軽な書籍、くらいな扱いかな。

 「猟師になった」は、マンガ家で、だけれども猟師に
なった男の話しで、現代における命をいただくために狩る、
そんな内容で、とてもお薦めのコミックだ。

 ボクが子どものころ、コミックって劇画だった。
 あまり堅苦しくなく、サラッと読め、楽しめる、だった。

 ただ、最近、手にするものは、少し違う気がする。
 「コミックの形で分かりやすく説明する」に特価してる
気がする。お金の話しで、コミックになっているものも
多いのだが、本来、お金の話しは難しく、取り組みにくい
分野だ。それをおもしろおかしく紹介することで、平易
にしているわけだ。

 ボクにとっては「コミックの新しい可能性」になるわけ
だが、最近、始まった傾向でもないのかもしれない。

 「カイジ」(金融のマンガ)もそうだが、「よく、この
へったくそなタッチでマンガ家、やってられるな」と
思うものの、一気に引き込まれる力強さをかね備えている。

 以前は「コミックはそのタッチで決まる」感じが強かった
と思うが、最近は少し違ってるみたいだ。

 とにかく。
 ボクの感想だが、コミックは新たな進化を果たしてる気が
する。難解な紹介を平易にしてくれてるわけだ。
 もっともっと、いろんな分野がコミック化されていったらな、
なんて思う。


2013年3月 7日

すごい

 去年の夏頃だった、ある方と知り合いになったのだが、たまに
その方から「先日、こんなすごい人に出会った。ぜひご紹介
したい」って、メールが入ってくる。

 なんか、おもしろそうだなって思って、出かける。そんな
形でこれまで10人くらいの方をご紹介いただいた。
 ご紹介されるものだから、こちらもご紹介する。
 あの方もかなり知遇が広がったはずだ。

 この「すごい人」なる表現だが、多分、だが、その方が
熱いから、そのように見える、だろうな。でも、こちらも
「すごい人」と言われると、「なんだなんだ」って感じになる。

 これまで、ボクは肩肘張って「知遇を広げるんだ」「人脈を
増やす」、そんな姿勢だったと思うが、大きな油井が見つかった
ようなもので、この油井からどしどし人脈が広がっている。
 改めて考えてみれば皮肉な話しだ。

 また、これはアンテナの問題かもしれないね。
 だれと出会っても「こんな人はたくさんいる」みたいに
冷めた目で観察すると、そこどまりになる。
 「この人はおもしろいかもしれない」、そんな感覚もぜひ
必要だと思う。

 また、熱の大事さもひしひしと感じてる。
 上記のような人は、必ずといっていいくらい、熱を帯びてる。
 ご紹介してもらった人の中には、「ごくごく普通の人」としか
思えない方も含まれている。だが、この方にとっては「すごい
人」なわけだ。感性と言い換えていいかもしれない。

 ボクの目に「ごく普通の人」ではあっても、この人にかかれば
「すごい人」になる。感性としか言えないね。
 ま、基本は「おもしろがる」ことだと思うよ。なんにでも
興味を持ち、「へぇーーー、そんなすごい人がいるんですか」
って反応をすれば、人はいろんな人を紹介してくれるものだ。


2013年3月 6日

救命

 あれは三年くらい前のことか。救命救急講習を受けた。
 希望の方はもよりの消防署を訪問してみればいい。近い
日程を教えてくれるはずだ。自分のためだけにはやって
いただけない。合同参加になる。

 「仕事していれば、いざってとき必要になるかも」が
動機だった。何人かで参加した。

 は、いいのだが、先般、車を走らせていると、少し離れた
ところで黒い服を着た人(女性か男性か分からない)が
突然、バーーーンと倒れた。くずおれる感じだった。
 とっさに。止まらなかった。怖かった。「あの人、死んで
たらどうしよう」って。

 とりあえず目的地まで車で行き、携帯から110に電話した。
 一旦、切れて再度、地元らしきナンバーの警察署から
電話がかかった。説明。パトカーを派遣するとのことだった。
 内心「あんた、救命行動、取らんといけんだろ」とか
言われるかと思ったが、全くなし。

 しばらくして同じ番号から電話。「パトカーを派遣したが
それらしき人は見つからなかった」。アレッ。
 想像するに、倒れた人はいたはずだが、回復して行動を
再開したのだろう。どことなく「まだ倒れていてくれないと
ウソつきになる」とか思ったが。ま、いいや。

 要するにね、なにが言いたいかっていうと、救命救急講習
を受けても、なかなか実地の行動に移すことの難しさ、だ。

 人は眼前でバーーーンって倒れても助けに走ることは
難しいわけだ。だから、救命救急講習くらい受けておくべき
じゃないのかな。

 ボクはあのとき、もう一人の自分が「おいおい、あの人、
ほったらかしで行っちゃうのかよ」、なんて思った。だが、
アクセルを踏む力はなくならなかった。万全じゃなくても
用意はしておくべきだね。用意しても動けないとしてもね。


2013年3月 4日

興味

 二日の土曜日、落語を聞いてきました。とても楽しかったです。
 しかし。おもしろいものですね。家族から「チケット、取って
くれ」とお願いされ、ついでに申し込みしたんですが。
 あんなに楽しいとは思いませんでした。

 ボクはこれについて全く知らず、聞かされて初めて知りました。
 そもそも、これまでライブというものにあまり関心を寄せて
きませんでした。「テレビで十分」でした。

 落語もテレビでやっていますし、「それとなにが違うんだ」
くらいの認識でした。

 ところが。聞いてみるとテレビとは全く違いますね。
 ボクたちは二階席でしたので、出演者はそれこそ豆粒のように
しか見えません。ただ、マイクが高性能なのでしょうか、音声
ははっきり聞こえます。
 間合いと言いましょうか、その絶妙さにうなってしまいました。

 さて。本題はここからです。
 よくいろんな人から「興味がない」「関心がない」と聞かされます。
 「あー、それ、興味ないんよ」。
 ボクは実にもったいないことだと思います。

 これまでボクもどことなくそんなところがありました。
 「テレビでも同じことやってるんだから、わざわざ見に
行かなくても」どこかそんな気分がありました。おまけに
土曜日のチケットは5000円もかかりましたし。

 出かける手間、往復にかかる時間、チケット代、もろもろ
考えてみるに、大変な時間と手間がかかっています。それに
してもライブには値打ちがあります。

 ボクは自分の中にある「興味と関心」を全く信用して
いません。詳しく知りもしないのに、興味がある、ない、
なんて言えない。「興味がない」と断言するためには、少なく
とも5・6回は聞いて判断する必要があるでしょう。
 詳しく知らないからこそ、参加してみる必要があるわけです。


2013年3月 1日

 ゆうべ、たまに出かける料理屋さんに顔を出した。
 ここの料理屋はおいしい。

 メニューは外の看板に、また中にもホワイトボードがあり、
同じことが書かれてる。外の看板はなにが書かれているか
見ない。店内に入り、ホワイトボードを見る。

 「刺し身、イカ」としてある。ボクはイカの子孫じゃないかと
思うほど、イカが大好物。はいいのだが、「刺し身、イカ」
では、どんな種類のイカか分からない。なので、いつも聞く。
 「今日のイカはなに」。

 また、刺し身を注文すると、いつも山盛り(一人で食べる
には多すぎる)になって出てくる。なにかの刺し身を頼むと
ただひたすらその刺し身ばかり食べることになる。

 一つの味では物足りないので、ほかの刺し身も頼むが、
そうすると、刺し身だけでけっこうおなかがふくれてくる。

 「二つの種類で、量は半分にしてほしい」と、お願いして
みたいのだが、少しぶすっとしたところのあるご主人の機嫌
をそこねてもつまんないので、そのままになってる。

 イカにしてもそうだが、「ケンサキイカ」「コウイカ」
「ミズイカ」など種類が書いてあれば、なんら問題はない。
 ただ、こちらとしては「たまに来る客」として、
店に指図するつもりもない。
 書いてなければ、聞くまでだ。

 メニューを見ると、いつも「食べきりサイズの刺し身」
って書いてないかな、そんな期待をしてしまう。(無理
なんだけど)。

 ここの店は料理はとてもおいしいのだが、もう少し
配慮してくれれば、もっともっとすばらしいんだけどなー、
なんてつい余計なことを考えてしまう。
 意外にも客の立場になると、こんなことが見えてくるん
だよなー。