2013年2月27日

最前列

 先般、九州は小倉で「夢追い塾」なる催しがあり参加してきた。
 知人がパネラーとして登場するからだが、最近、知り合いに
なった人に誘われた行事はなにはさておいても参加するのがいい。

 知人にも話したのだが、「池田さん、あまり盛り上がらなくて
ゴメンね」って言われたが、ボクは「いやー、こんな催し
があるなんて、初めて知りました。これも社会に開けた一つの
窓だと思います」って返した。ホントにそう思う。
 知らせていただかなければ存在すら知らなかったんだから。

 ボクはたいてい、これらの行事に参加するとき、この日も
そうだが、200人くらいのパネラーとその関係者がいたが、
いつも「一人だけ」と決めている。たくさんの人と知り合いに
なろうと思っても、お互い時間がとれないからね。
 一日で一人の人と知り合いになって、それで十分って気がする。

 一番、驚いたのはカーナビで、的確に場所を教えてくれ、
知人がパネラーを務めるギリギリに間にあった。なければ
決してたどり着けなかった。カーナビがない車なら軽く1時間
は遅刻していたと思う。(会には遅刻してる)。

 まずは基調講演があるらしく、(遅刻してるので)途中から
会場入りした。会場を探したが、知人は見つからない。
 仕方ないので、最前列の方に向かって歩いた。

 すると。最前列のみだれも座ってない。それもそのはず、
座席の後ろに「来賓」なんて紙がはってある。
 ボクもそれに従い、最前列の左側、「パネラーの席」なる
紙がはられた後ろに座った。

 だが、待てよ、と。講演は既に始まってるわけで、それなのに
最前列にだれも座ってないって。もうだれも座らないって
ことだろう。

 で、改めて、来賓の席に移動し、座った。だれもなにも
言ってこなかった。当然だよな。だれも座ってないんだし。
 だけど、みんな素直だよなー。遠慮することない。だれも
いなければ来賓に座ればいい。考えてみれば自分も来賓の
末端の一人には違いない。


2013年2月26日

激闘

 「激闘20ミリ」がおもしろい。本です。
 先日、いつも行く本屋さんにて偶然、見つけました。

 内容は金属製のコマでケンカをさせ、勝敗をつける
大会が行われたのですが、その報告と優勝チーム、それに続く
チームの開発に関する裏話、などなどがおもしろく紹介
されています。

 ボクも子どものころ遊びましたからね、思い入れがあります。
 ボクの持っていたコマは糸を巻いてやるのですが、途中で
巻き方が逆向きになります。

 巻き方を教えてもらい、「ソレッ」と力を入れて手から
解放するのですが、いつまでたってもうまく回ってくれません
でした。巻き方を教えてくれたやつが「途中でカエシを入れる
んや」と教えてくれ、やっとうまく回りました。

 カエシというのは「返し」のことで、手元から30センチ
ほど離れたところまでコマがきたところで、逆の方向に戻して
やる、そのことを言ってます。

 途中で巻き方が逆になるので、この返しが必要になります。
 子どものことですので、返しという言葉は出てきません、
「大きく戻してやる」という表現だったと思います。

 さて。
 このケンカコマですが、大きさは20ミリ、2センチ以内、
材質はなんでもいい、手で回す、などが条件としてあげられ、
土俵から飛び出てしまったコマは負けとなります。
 ま、とにかくおもしろいから、ぜひ買って読んでみてね。

 ただ、残念なのは、発行元が「日刊工業新聞」だったせいか、
ボクが見たときは建築の棚に置かれていたこと。
 この本はむしろ、10代、20代の男子に読んでもらいたい
ので、そのあたりに置かれるのがいいと思う。

 あなたもこの本の存在を知らなかっただろう。
 ボクもたまたまだったけど、拾い物をした気分だ。
 このケンカコマ、恐るべきことに手で回して3分以上も
回り続けると言うんだから、日本の製造業、おそるべし。


2013年2月25日

秘密

 人は秘密めいたことにワクワクさせられるものだ。
 去年の11月ごろ、そのころ知り合いになった人と話して
いると、「定員20人のお座敷神楽」の話しが出た。
 ボクは「ぜひ自分も参加させてほしい」と願い出た。

 つれなくも「定員は過ぎてる」と聞かされ、とても
残念だった。ただ、話しを聞いた相手が良かったのかもしれない。
 定員は過ぎているが、「なんとか押し込んでみる」。

 そして。当日を迎えた。
 場所もすばらしかったし、神楽も良かった。定員はものすごく
オーバーしており、30人は越えていた。広報担当の男性の
話しによると「新潟県や九州」からも参加いただき、一度は
断ったが、「どうしても」の声に押され、「こんなことになった」と。

 このお座敷神楽は島根県、日貫なる地区で行われる。
 11月一杯、毎週土曜日に、お座敷神楽がある。

 日貫地区には「200軒」があるばかりで、衰退するばかり、
なんとか突破したく、お座敷神楽が考えられたみたいだ。

 ただ、ここでボクが意外に思ったのは、お座敷神楽の
基本メンバーが「3・4人」という事実だった。
 ボクの頭の中には「たくさんの人が集まり、結集するから
こそすばらしいものができる」があったのだが、この事実は
それを否定してる。

 基本メンバーなんて何人でもいいのかもしれない。
 わずか30人ばかりを集め、お座敷神楽が催されるが、
そのとき地元特産品の販売もなされる。

 なにか「みんなで手作り(神楽)しました」って感じが
とてもすばらしい。ちなみに日貫という場所は山奥で、瑞穂
スキー場の近く。こう言ってはなんだが、こんな山奥で秘密の
会が行われているのだ。
 ボクが思うに、集まった人数よりも「なにをするか」の方が
重要な気がする。


2013年2月22日

捨てる

 毎週、週刊誌は3誌くらい買います。以前、長らく喫茶店で
モーニングをいただく時期があり、いつもそこで読んでいました。
 そのころからの習慣です。

 これら雑誌には利点があります。新聞は速報性が強いの
ですが、雑誌はあることを丹念に追い求め、いきさつを
知らせてくれる、そんな役目です。

 今、電波の使用料についてかなり突っ込んだ議論がなされて
いるのですが、テレビはこのことを報じません。自分をとっちめる
報道をすることはない、なのです。

 このことだけ見ても、報道機関というのは、複数にまたがって、
それぞれのモノの見方をよく観察しなければならないことが
分かるでしょう。
 だれしも自分に都合の悪いことは書きたくないものです。

 また、雑誌は読む記事を選ぶことができます。これは書物全般に
わたってそうですね。目次を見て気になる記事のみ読むことが
できます。ボクはこれを「能動性」の一つだと考えています。

 記事は与えられるが、そこから選択するのは自分です。
 ボクの考えるところ、雑誌というのは、いろんな年代の読者を
取り込もうと考えている。これは当然ですね。

 ただ、それらを考えてみるに、自分とは全く関係ない分野
の記事もたくさん掲載されることになる。

 よって、有効な使い方というのは、「どれだけ捨てるか」
にかかっていると思います。ボクは全体の3割くらいしか
読んでない気がします。
 テレビも雑誌もそうですが、「読んでいる」のと「読
まされている」のは違うと思う。選んで読む、が正しい気がする。


2013年2月21日

落差

 ゆうべ、映画「スパイダーマン」をレンタルして見ました。
 これ、2も好きで、たまに借りて見ます。

 スパイダーマン、見たことありますか。どんな印象でしょう。
 これは、この映画に限らないのですが、実は、ボクたち
映画を見る者にとって、一番大切なものは、落差だと思うんです。

 さえない、貧弱な感じの男性が、スパイダーマンになるや、
空を飛び、悪人をやっつける。

 もし、あれが、「学校の成績は一番」「体力があり、各種
大会で良い成績をおさめる」、そんな人がスパイダーマン
になったって、多分、つまらないと感じるでしょう。

 「情けないヒーロー」こそ、ボクたちのあこがれというか、
楽しいと感じる源泉になってる気がします。
 日本においても日ごろはパッとしないのに、モビルスーツ
を身につけたとたんに強くなる、そんな描写が多いですね。

 ボクが中学生のころのお話しです。
 友人に頭の悪いやつがいまして。
 ただ、こいつ、社会科のテストだけ毎回90点以上、
取るんです。ほかはめちゃくちゃ悪いのに。

 だからでしょうか、頭の良いやつも、こいつだけは
切って捨てることができません。「あいつは社会だけは良い
からなー」、なんて、遠慮がちな発言になります。
 ほかが悪いだけに、よけいに目立つっていうか。

 こいつも、社会だけは自信を持ってるようでした。
 学校の先生も判断が難しかったようです。それだけに
こいつは目だっていましたね。

 これも落差のひとつだと思います。
 落差って魅力のひとつかもしれません。
 「平均してなんでもできる」より「これをやらせたら
とてもかなわない」の方が、より大きな魅力を感じるのかも
しれませんね。


2013年2月20日

冒険

 あれは中3のころだったか、自転車に乗っては道路を走らせる
ようになっていた。いつも弁当持参で、3人くらいで出かけた。
 自宅近くの国道をひたすら走る。

 自転車はふつうのもの。変速ギアがあり、5段くらいだったか。
 片道40キロくらいはいけたな。ただ、自転車だと、行った
道を、また戻ることになり、景色が変わらない。
 あのころは、ループ、円を描く発想がなかった。

 で、今のJRを利用するようになる。列車だな。
 列車に乗り、知らない駅で下車。そこから歩いて帰る。
 今も無理だと思うが、列車に自転車が積み込めれば、この
小旅行はかなり楽しいものになったはずだ。

 ドイツではやってるらしい。
 自転車を積み込み、どこかの駅で下車。そこを起点に乗り回す
のもいいし、自宅を目指すのも楽しいだろう。
 よって、列車で出かけ、知らない駅で下車。知ってる駅まで
歩いて、そこからまた列車に。

 未知に対する興味が盛んだったに違いない。
 これは山でも同じ。
 弁当持参で山に登り、ひたすら向こうを目指して歩く。

 先日、同じルートを歩いてみたが、大人の感覚だと、「えっ、
こんなに近く」だった。近くの山をひたすら、歩き、道に迷い、
民家の軒先に出ることもしばしば。
 乾いた樹木の匂いを思い出す。今、思えば松の木の香りだ。

 つくづく中学生の足ってたいしたことないな、と思う。
 「この向こうがどうなっているんだろう」、が、あのころの
尽きない興味だった。


2013年2月19日

掃除

 一時期、スケルトンがはやりました。
 スケルトン、透けて見える、ですね。

 時計も内部構造が見えるものが展示されていたりします。
 一つ一つの歯車がきちんきちんと作動しているのを見ると、
職人技を見る気がいたします。

 さて。
 掃除機においてもスケルトン掃除機が販売されたこともあります
が、極め付けのスケルトンは、ホウキとチリトリだと思います。

 掃除は言ってみれば、全てがスケルトンなわけです。
 スケルトン掃除機が楽しいだろうなと思った理由は、集めた
ゴミが見えるからです。であれば、ホウキとチリトリは
スケルトンで、楽しいのも分かります。

 掃除とは、言わば広くばらまいたゴミを一カ所に集め、
捨てる行為です。きれいになった室内を見ればすがすがしい
気分になるでしょうし、集めたゴミは成果の表れです。

 掃除が楽しくない人は、スケルトンにこだわってみては
いかがでしょう。

 眺める姿勢もあると思いますよ。
 ボクは以前、モップを使っていませんでしたので、ゾウキンで
しゃがんでふいてました。この「しゃがむ」って、実に
いろいろな発見をもたらしてくれます。

 立ち位置では見えてこないホコリやゴミがたくさん見えて
きます。見えると掃除したくなる。掃除する。すがすがしく
なってくる。

 スケルトン、とは可視化と言っていいでしょう。
 自分が行った行為を、可視化する。成果が見えるわけ。
 意外と掃除が楽しくなるかも。


2013年2月18日

価格

 土曜日、テレビを(うちにはありませんが、見ることはあります)
見ていると、エラー銭についてやっていた。エラー銭というのは
50円の真ん中の穴が空いてない、とかそういうもの。

 番組では数の少ない年代の50円が高値で取引されている
実態を流していた。これ、テレビとか、だれかから聞いて
「よっし、本気で探すぞ」と考えて始めると、とたんに迷宮に
迷い込む。ないんだな。探しても。

 ボクは昭和23年から昭和33年まで、だけの5円を集めるのを
趣味にしているのだが、全体で300枚近くある。その中で32年の
5円はわずか2枚しかない。「数が少ない」と言われているものを
探すと、必ずこんな結果になる。

 さて。
 本題はこっちだ。
 人からの話し、テレビなどで、「この50円があったら800円
の値打ち」だとかなんだとかやっているが注意が必要だ。

 これは、ボク自身が、中学生のころコインショップでやって
しまったことだ。ショップのおやじさんは中学生ではよく意味が
分からないだろうと思って話したに違いない。

 そのころ、ボクたちは明治時代の銀貨を集めるのを趣味にして
いたが、ときに友人たちから自宅の新築で古い家屋を取り壊した
ときなどに、古銭が出てくることがあった。それを格安で分けて
もらっていたのだが、コインショップにておやじさん相手に
買い取ってもらおうと考えた。

 そこで、だ。おやじさん 「あのなー、売値は買い取りの値段
やないんやで。1000円で売ってるもんやったら、買い取りは
ええとこ300円やな」だった。それを聞いて急速に冷める
売却熱。なにか、急に本当の価値を知った気分だった。

 人は、一般の商品などの場合、自宅で取れたナスビを
スーパーで、その値段で買い取ってくれるなどとは思わない
ものだが、テレビでやってると、つい、その気になる。
 流通の値段、テレビでやってる値段はあくまでも、買いたい
人の希望値だ。売りたい人はずっと低くなる。聞けば当然だよね。


2013年2月15日

 よく本を買います。いつも驚かれるのだが、月に買う本の数は
25冊くらい。これまで、毎月、毎月、これを繰り返してきた
わけで、累計するとすさまじい数になりますね。

 一応、自分の中で取り決めがあり、新書や文庫本などは迷ったら
買う、1500円くらいのハード本なら、「ほぼ、間違いない」
のレベルになったら買う、2000円以上の本は「絶対に大丈夫
レベル」でないと買いません。

 毎月、これくらいの本を買いますが、その全てを最後まで読み
切ってしまうわけではなく、冒頭で終わったり、中ほどで
終わったりすることも。

 そして、いつも「どんなジャンルの本を買うのか」質問され
ますが、小説はゼロで、あとはジャンル分けができないほど
雑多に選んでいます。建築の本を手に取ることもありますし、
「アフリカ」なんて題名の新書を買うことも。

 また、ボクの主な特徴として、「この著者はおもしろいな」と
思うと、その方の一覧を出してもらい、気になったものを
取り寄せて買います。ですので、ある著者の全ての本を買い
揃えることもよくあります。

 毎月、これほどの数の本を買いますが、自分の中で「25冊
を目標にしよう」など一切なく、全て結果としてこれほどの
数になっています。

 また、これもよく聞かれるのですが「そんなに買うのなら
速読かなにかやってるんですか」がありますが、まったく、
やっておりません。ボクにとって読書は新たに開かれた窓の
役目を果たしています。せっかく開けた世界を速読で早く
終わらせることなど、一度として考えたことはありません。

 あくまで自分のペースで読んでいます。そのペースが
ほかの方と比べて早いかどうかは分かりませんが。

 あ、あと、よくやるのが、買ってくると全ての本の冒頭部分
を読むのですが、強烈におもしろいなと思ったら、一気に
最後まで読める環境が整うまで、読まない、があります。
 改めて考えてみるに、これまで一貫して毎月25冊って、
積み重なったものはすごい量ではあるな。

2013年2月14日

先生

 このごろ、また高校と高校の先生が問題視されるようになってきた。
 以前にもあり、ボクは何人かが集まった席にて「一部の高校の
先生に問題はあるかもしれないけど、大半はマジメで、きっちり
仕事をしてるよ」なんて、もらしたのだが、そこにいる、
ほぼ全員から「いや、そんなことはない」「ひどい」「なってない」
など、散々な反応だった。

 ボクはその光景を見てとても驚いたのを強く覚えてる。
 ちなみに、ボクは6年間、高校で教えていたことがあり、
高校生を3年、やってる。(こっちは大半の人はそうだね)。
 よって、自分では高校を外部と、内部からの両方から観察
してきたと考えている。
 そのボクの率直な感想だが、高校の先生はやはりマジメで、
コツコツ仕事される人が多かった。

 さて。
 「高校の先生はなってない」と主張なさった、その場の
人たちだが、やはり自身が高校生だったころの記憶と、
自分の息子、娘を通学させての実感ということになる。

 散々だったときは、あまり深くは考えていなかったが、
改めて考えて分かることがある。

 どこの学校にも多少は問題のある先生が存在しているもの
だが、その先生と出くわした、生徒、保護者にとっては
「今、自分が出会っていること」であり、隣の学校の先生
がどうであれ、意味がない。避けられない問題というべきか。

 そして。痛感させられることだが、「なってない」と
主張なさった人たちも、ボクもなのだが、「たまたま出会った
学校」についての評判を口にしているに過ぎない。

 「たくさんの学校を観察しての結論」ではなく、「自分の
場合」に過ぎない。
 ここに、問題の深さが感じられる。
 自分たちが出会った事柄は、自分にとっては100%の事実
だが、それを「学校なんて、絶対おかしい」、なんて、実は
主張できないのではないだろうか。


2013年2月13日

絶望

 株ってやっていますと、絶叫したくなったり、絶望を強く
感じたりすることがあります。
 でも、仕方ありませんよね。現代に残されたお金を真ん中
においての鉄火場ですから。

 ボクも大負けしています。で、大負けしてるのにこんなこと
言うのもおかしいのですが。大負け。体験してみるべきことだと
考えています。あ、若いうちに、ですね。
 ボクの考える人間って、わりと「しなやか」にはできてない
ように感じています。柳ではなく、立派な樹木、大木の人が多い。

 大木はボクたちがいくら押してもビクともしませんが、台風
などで、ある日、突然、バキバキッと折れてしまうこともある。
 逆に柳なんて、いくらでも押せるのですが、折ることはできません。
 そこに強さを感じるんですね。

 ボクは株売買にて、1000万円以上あったものが、わずかに
180万円分になったことがあります。これは短い期間の
ことではなく、1年かそれ以上の期間をおいて発生したものです。
 そのころはさすがにボクもガクッときました。
 「これって年収の何年分なんだよ」
 「働かないで遊んでる方が良かった」、
みたいなことは、それこそ毎日のように感じていました。
 それでも、始末はつけなければいけません。

 ある株はそのまま所有、ある株はそれを機に売ってしまいました。
 儲かってるはずがありません。売っても損、売らなくても損でした。
 このときの経験は、貴重な経験でもありました。
 まずもって、ボクの感覚の中に「株とはこれほど下がるもの
なんだ」がしっかり植え付けられましたし、「損しても騒ぎ
立てることもなかったな」、なんておかしな安堵感も生まれました。

 平常心を保つことができたのは、実は自分でも意外でした。
 ボクの見るところ、株でも、ほかのものでもそうだと思いますが、
大負けしたことのない人って怖いんですよね。
 「いつ暴走するか分からない」怖さがあるんです。
 そこにいくと、大負けしてる人は、「そろそろ止まるな」と
とても安心感があります。自身を観察して。
 もちろん、無理に大負けすることはないのですが、大負けは
大木を柳にしてくれるんですよ。


2013年2月12日

価値観

 この連休を使って小旅行に出かけてきました。
 新幹線は早くて便利ですね。

 さて。
 これまでいろんなところを旅行させていただきましたが、いつも
あることを考えています。それは価値観についてです。

 外国でツアーですと、ほかの方々と一緒に回ることになりますが、
おもしろい。価値観がよく現れる。

 どこで聞いたか忘れましたが、「この国のタクシーは自分で
開けてやるんだな。日本じゃ考えられないよ」
 「日本でお店のドアが自動ドアじゃないなんて、考えられないだろ」。
 話題の多くがその方面からで。
 聞いていると実におもしろい。

 それを聞いていると、あることを思う。
 日本はどこか模範になる国(アメリカだろうな)があり、それを
追いかけ、かなり実現できた。それに比べてこの国は、かな。
 アメリカを先頭ランナーに見立て、それに続く日本。
 「それに比べてこの国はどうだ」。

 ボクがこれまで焦って外国を旅行してきた理由はここにある。
 なにか、日本が頂点にあり、それに続く諸外国を漫遊する
という感覚でなにかを見ても発見はないと考えた。

 ボクは以前から海外を旅行すると「どうしても日本食が食べたく
なる自分を見つけて」、「やっぱ日本人だなー」なんて思ったが、
その感覚を見つけることも大事だと思う。

 価値観がどこで定まってしまうのか、よく分からない。人に
より違うはず。ボクが思うのは「その国の価値観をきちんと
把握して戻ってきたい」だけかな。自分の価値観、日本の価値観、
じゃなく、ね。
 とにかく比較してしまう癖のある人は要注意だ。
 「なにが偉い」「なにが優れてる」じゃないはずだから。

2013年2月 8日

好き嫌い

 ボクは以前から「好き嫌い」とか「向いてる、向いてない」
なる意見に対して、大きな違和感を感じています。

 好き嫌い、向いているかどうかは、それについて大きな
時間をさいたかどうか、で決まってしまう、がボクの考えです。

 高校1年の夏休み、ボクにとっては地獄のような猛練習が
始まりました。朝9時から夕方5時、6時までソロバンの
練習をします。ボクだけではなく、選手クラスの全員が、です。

 ただ、ボクの心情は散々でして「はー、行きたくない。辛い」
でした。「こんな時期に練習の毎日だなんて。どうかしてるよ」。
 そんな気分があるとはいえ、だからってずる休みなど
できません。毎日、通いました。

 「朝から夕方まで」なのですが、特にしんどいのが午前中。
 「もう、うんざり」が正直なところです。
 午前11時ごろ、「うわー、たまらん。嫌やなー」です。
 お昼に一時間の食事時間があり午後に突入。

 そんな気分で練習しているのですが、午後3時、4時ごろ
になると、全く違う気分になるのです。
 「うおーー、なんか調子、出てきたぞ。これならあと5時間
くらいやってもいいな」になるのです。不思議でした。

 ところが。
 翌朝になると、またドヨーーーンとして、行きたくない、に。
 そして、午後4時ごろになると、調子が出てくる。
 毎日、こんな感じで練習していました。

 ただ、こんな猛練習を続けていると、だれでも上達してきます。
 その上達した様子を自分で観察して、「オレもやれば
やれるもんだなー」みたいな境地にたどり着きます。
 それでも練習はあまり好きじゃない。

 ボクの感想としては「これほどの長時間、取り組めば、
たいていのことは好きになれてしまう、向いてると言われる
ようになる」、ただそれだけです。そこには個々人の能力の
違いなんて、タカが知れてますよ。

2013年2月 6日

継続

 19で株売買を始めてから、かなりになります。
 これまで一度も中断したことがありません。常に、どこかの
株を持ち続けていました。

 ただ、これは株をやる人に聞かせれば「ハハーン」なんて
バレてしまうことですが、売買において踏ん切りのつかない
パターンです。

 売買というくらいですから、ある株式を買ったり、売ったり
するわけです。買うとき、「この値段で本当に買っていいのか」、
悩まない人はいません。「もう少し、待ったらもっと安く
なるんじゃないか」が必ず働きます。売るときも同じです。

 売買というのは、踏ん切りなんです。どこかで「ここで
いいんだ」がなくてはなりません。

 株売買の理想は「かなり高くなったなと思うとき、一度、
全て手放して、安くなったらまた買い出動」なのですが、
ま、これはあくまでも理想というやつで。やれたためしが
ありません。

 ボクの売買の流れを書くと「全体の2割にあたる株式を
定期的に売買する」くらいになります。これを書くと、
すさまじく驚く人が多いと思いますが、ある株式を買い、
売るまでの期間は、軽く3年、4年単位です。

 一般の方が想像される株式売買の形態というものは、
「もっともっと頻繁に売買する」だろうと思いますが。
 もちろんそんな人もいるのですが、ボクの場合は、完全に
この記述通りです。

 なかなか踏ん切りはつけられませんでしたが、それでも
長らく株式の世界にとどまっていられたのは、この形態に
あると思っています。
 まー株なんて、そんなにうまく儲かるものではありませんよ。
 残念ながらね。

2013年2月 5日

バランス

 少し景気が良くなってきますと、株式市場も活性化し、
「次は1万5千円だ。2万円」だとやっています。
 株の話しになると、人はつい「どれだけ儲かるか」の視点
からばかり見るものですが、おかしいですね。

 ボクなどは、つい「儲かる人もいるのなら、損する人も
いるだろう」なんて考えてしまいます。それが正しいんです。

 あっちに100万円、儲けた人がいるならば、どこかに
100万円、損してる人がいるはずで。
 このことに異論はありませんよね。

 だったら、株をやるときに、自分が必ず「儲かる側」に
なれると考えることは、どこかおかしいと考えなければいけません。
 ボクなどは、いつも「今度はどっちの番かな」くらいの
つもりでやっております。
 それが冷静な見方というものですよ。

 よく人から「株でこれだけ儲かった」などと聞かされれば、
心穏やかではなくなり、「わたしも株、やったらうまくいくかも」
と考えること自体は否定しません。

 それでも、だれがやっても、必ず最後は「どっちの番に
なるか」であって、あなたにだけ儲かる目ばかりが出る、
なんてことは、やはりないんです。

 株を長らく続けていれば、こんなことは嫌というほど
体感させられます。
 この世はどの世界にもバランスが存在しています。
 「100万円、儲かる人がいれば、反対側にそれだけの損
をする人」がいる。「今度はどっちの番だろう」が正解です。


2013年2月 1日

サービス

 マクドナルドが1分サービスを始めた。
 注文を受けてから品物が出るまで、1分を越えたらハンバーガー
がもらえる。

 これ、都市伝説みたいになってるらしい。都市伝説というのは
ウワサ話、トイレのハナコさん、みたいなもの。

 なんでも「フライドポテトの塩抜きを頼むと1分を越える」
などと、その方法がまことしやかに伝授されてるようだ。

 アッハッハ。
 マクドナルドの思うツボだって。
 作戦丸当たりじゃないか。

 かなりの広告宣伝費になるんじゃないかな。つまんない
お金をかけるよりよほど効果的だ。

 まず、本当にフライドポテトを注文することで達成できる
とするならば。マクドナルドは毎回、毎回同じような注文
がなされるわけで、そうそういつまでもは1分を越えない。
 システムができあがるわけだ。

 やはり、こうしたものは初めに取り組んだやつがえらい。
 「この方法はどうか」「これならいけるかも」、そこには
研究がある。そして実践。

 「フライドポテトの塩抜き」、ボクたちがその方法を知る段に
なれば、こんな手段は到底使えない。
 アイディアは独自に考え、場の様子を見て実践しなければ
ならない。他人から聞いた時点でアウトってわけだ。