2012年8月30日

でも

 「でも」を多用していませんか。
 ボクが思う、一番伸びる人というのは素直な人のことです。

 「これが良い」って聞かされたら、素直に取り組んでみる。
 「ここはおかしい」と言われたら、なぜ、そう言われたのか
考え、直すべきところは直してやる。

 重要な点は「素直になる」ことと「他人の言うことは何でも
聞く」は違うということ。「聞く耳を持つ」っていうのかな、
他人のアドバイスを受け入れる、逆の意味での心の広さが
求められる。だから難しいのかもね。

 つい「でも」を入れてからお話しする人がいる。
 「でも、わたしはこれこれだから」
 「でも、今は難しいんですよ」
 「でも、そんなこと無理だから」。

 ボクの想像ですが、これらの言葉を用いてる人、自分でも
会話の出だしがこのようになってることに気づいてないんじゃ
ないかな。
 指摘されて初めて分かったりして。

 ときに自分の話しを点検する必要はありますよ。
 自分はどんな言葉を使っているか。
 相手にどんな印象を与えているのか。

 人はなにげなく言葉を使っていますが、それは相手に少なからず
影響を及ぼします。
 なにが一番困るって、相手にしてみれば「でも」で始まる人に
対して「この人はなにを言ってもムダだな」と思わせる点かな。


2012年8月29日

利点

 たまにですがアメリカの文化に触れることがあります。あっちは
あっちで日本の文化に触れてるわけですが。
 米軍基地内にある小学校にたまにソロバンを教えに伺います。
 初めはどうしようかな、なんて考えていました。

 報酬はなく(期間は2日とかそんなもの)、もちろん英語が
話せるわけでもない、うまくやれるのだろうかと大いに迷った。

 こんなとき人間は「やってもやらなくてもいいのなら、やらないで
おきたい」にどうしてもなってしまう。断る理由はいくらでも
見つかる。

 「タダでしょ」「アメリカ人の子弟、相手にどうやって教えんの」
そんなこんなが頭の中をクルクル回るわけです。

 それでも、最後はまー、引き受けたわけですが。引き受けてみると
利点がいろいろ見つかりました。なにせ米軍の基地にある小学校って
アメリカそのものなんですよ。

 普通、アメリカの小学校で教えるためにはいろいろ手続きはある
だろうし、そもそもアメリカに行かないといけない。それがここ
日本でできるわけですから。この辺りのことはやってみないと
分からないことでしたね。
 アメリカの文化に触れることができたわけです。

 英語の問題も実際にやってみると大きな障害にはならないわけです。
 このときのことを思い出してみるとですね、おもしろいことが
分かります。新しいことにチャレンジするとき、利点は後ろに待機
してるということと、そもそも新しいことにチャレンジすること
そのものがすばらしいということです。

 すばらしさが事前に分からないということが、新しいことに
チャレンジさせることにストップをかけているのだと思います。
 「やってもやらなくても、今の生活になんの支障もないんだから、
だったらやらない方がいいじゃないか」はありがちな結論だと
思います。こういう過程を取る方はそもそも心の流れがそのように
なっていることに気づく必要があるかもね。

2012年8月27日

私立

 ボクは私立中学を受験し不合格になった。
 日ごろ、あまり思い出さないのだが、先日、なにかの話しで
その話題になり、「私立中学をすべったときは死にたかった」
と口にしたところ、私立中学合格し、そのまま高校にもちあがり
早稲田大学に入学した知人が「池田さん、それ、おおげさ」だって。

 そうかなー。
 私立中学は12歳で受験する。そこで不合格になったら目の前
真っ暗は当たり前な気がする。分かったことだが、公立中学
に進学することになる。なにが嫌かって、これが一番嫌だった。

 自分は私立に進学するんだって決めていたのに、「なにを今更
公立なんだ」だ。先般、この話しをすると、ものすごく嫌がられた。
 いやいや。人間、優越感を感じたい生き物ですよ。

 12歳なんていったら、私立中学に進学するだけで天下を取った
気でいるんだから。(あくまでもわたくし個人の感想です)。

 イギリスやもともとイギリスの植民地だった国ではいまだに
「イレブンテスト」なるものがあるらしい。11歳でその後の
高等教育を受けさせるかどうか決めてしまうというもの。
 世界ではこっちの方が一般的らしい。

 以前、フランス人のポールボネなる人が書いておられたが、
この制度のおかげで、難しい勉強をしなくていいことが決まるんだ、
そうだ。そうはいっても日本人はすぐには納得しないだろう。

 ボクは不合格だって担任の先生から聞かされたとき、ガーーンって
目の前が真っ暗になった。それほどのショックだった。
 一人で「オレはエリートだ」って思っていたのに。これも先般、
ものすごく嫌がられた。エリートって悪くはないですよね。

 ただ、合格していれば良かったんだけど、不合格でも活かして
いかないといけないよね。ただ単に「わたくしはバカでした」で
済ましちゃおもしろくない。 
 今年も私立中学、受験して不合格になる人もいることだろう。
 くさってしまう気持ちも分かるが、まだまだ戦いはこれからだ。
 新たな戦いを仕掛けようじゃないか。


2012年8月24日

正解

 日本経済新聞という新聞は楽しい新聞だ。
 経済新聞というくらいだから、経済関連のニュースが多い。
 おもしろいのは、その記事。

 こんなぐあいだ。
 「なになに会社、今期は格安製品におされ、利益、圧迫」
 「なになに会社、今期は新製品ラッシュに見舞われ、収益構造
見直し迫られる」。

 日ごろ、この新聞をなにげなく読んでいるので気づきにくいが
この新聞にはある特徴がある。

 業界人であるとか、株を売買してる人向けに書かれてるわけだ。
 分かったことではあるが。

 本来、新製品がたくさん出され、価格が落ちてくれば消費者に
とってありがたい話しなのだが、経済新聞の見方は違う。
 あくまでも企業の動向を表現してるわけだ。

 であれば、この新聞に「各社、値段チェック、本当のお買い得はこれ」
みたいな記事が掲載されることはないわけだ。当たり前だね。
 本来、企業と消費者は同じ場所に暮らしてるはずだが。

 先頃、ある大使が更迭された。
 ここにもこれに関連してることが起こったと考えられる。

 企業人には企業人しての、消費者には消費者の立場がある。
 ボクたちは世界をどこから観察しているかを、忘れずにおかなく
てはならない。わけだね。あなたの正解は全ての人にとっての
正解ではない。

2012年8月20日

体験

 これまでいろんな海外、外国を旅行してきました。
 どれもツアーで旅行したものですが、料金を見ると出かけるのが
つくづく嫌になってしまいます。なもんで、よく人に「見てみてや、
こんな料金で出かけるのってバカみたいやろ」なんてことも。

 料金表のところを見るとボクが出かける時期は紫色になっており
それ以外の時期と比べるとおよそ倍ほども違うのです。
 「こんなんだったら、少し休みを調節すれば、考えてみれば
そんなにあくせく働かなくてもいいことに」なります。

 ま、そうは言っても、働くのは契約であり、約束事、おろそかに
することはできません。
 料金のことを聞かされた人たちからも「まー高いけど、これも
経験と思って」などと聞かされたものです。

 よって、常識ではありえない金額を払って海外に遊びに行きました。
 ですので、ボクが出かけた海外は、全てお盆とお正月、ゴールデン
ウイークとなってしまいました。

 出かけたころは「なんでこんなバカ高いお金を払って行くんだろう」
なんて思っていましたが、今は少し違います。

 旅行にせよ、ほかのことにせよ、人間には感性というものが存在
します。子供のころのワクワク感を、お金にゆとりができた大人
だって手に入れることはできません。

 子供のころには子供にしかできない体験があり、お金と時間にゆとり
ができても同じ体験ができるわけではない。

 今になってみると「あのお金をためていれば、かなりの資産に
なっただろう」と思うと同時に「少々の資産があったとして、
だからどうしたっていうんだ」の二つが自分の中をいったりきたり
します。どちらも正解でどちらも不正解なのかもしれませんが。
 要するに、ボクは「時間とお金」どちらに優劣をつけるかと
考えて、時間を取ったことになりますね。

2012年8月10日

本質

 株売買するようになってからかなりになる。19から始めたからね。
 で、株売買とはなにか、その本質を知るにはかなりの時間が
かかる、そんな気がした。決して「儲かる方法」ではない。

 ボクが株売買するとき、いろんな次元で経済を見つめた結果
だという気がしてならない。ボクは売買するポスト、資本金の大きさ、
経営者の資質、といったことを参考にする。

 これらを理解するにはすぐには無理だと思う。
 以前、「ツガミ」なる会社の株式を所有していた。
 少し前、株価を確認して驚いた。かなり高くなっていた。
 ツガミにワシノ機械なども所有していたが、どちらも再建社長
の大上さんが社長を務めたところだ。

 このように、株売買するとき、大きな資本を動かせない人間は
ストーリーというか、自分なりの社会との向き合い方を利用する
ことが多い。「どうせ70万円しか株に回せないのなら、再建社長
がやってるとこにしよう」だ。

 ボクは以前から「石油株」「医薬株」を所有したかった。
 だが、どちらも2000円、3000円の株価でとても手が
出せなかった。だから、もある。

 株売買しない人からすると「儲かりそうだからそこを買ったんだろう」
と思うかもしれないが、もちろん儲からなければ意味はないが、
儲けることはそんなに簡単じゃない。それより今後の経済の動向を
つかむことができれば、の方がより大きい気がする。
 それはひるがえって自分の仕事につながることも多い。

 そのためには、やはりある程度の時間が必要だ。
 初めは「儲かった」「損した」かもしれないが、動かす元手は
自分のお金。それが少し大きくなったか、小さくなったか、に過ぎない。
 それにて株の本質が分かればそれはそれですばらしいのではないだろうか。


2012年8月 9日

一言

 なにげない一言が進路を変えることがある。不思議な話しだ。
 ボクは高校にあがるとき単身、京都に留学することになるのだが、
中学3年の冬くらいに留学先の先生と1対1の面接がおこなわれる
ことになった。

 先生はひっきりなしにタバコを吸われ、消してはつけ、吸っては
消す、そんな感じだった。そこでの会話はほぼ覚えてないのだが、
何年も経ってから「あのときの池田君の一言が君を引き受ける
きっかけになったんだ」、そんな話しを聞かされた。
 その話しを聞いても、別にたいした話しには感じられなかったが。

 その内容とは。
 「池田君、君、高校、あかんかったらどうするんや」。だ。
 こんな質問がされたことを、ボク自身はよく覚えてない。

 それに対する応えは「高校がダメだったら一年、京都で暮らして
ここ(留学先)に通い、翌年高校を受験します」だったらしい。
 母親とは高校がダメだったときのことは話し合っていたから、
さほど返答につまるということはなかった。上記にある通りの
つもりでいた。

 なぜ、こんな質問がなされたかというと、中学からの単身での
他県からの受験は認められなかったからで、よって一つだけ受験した。
 ボク自身はこの返答すら覚えていない。

 先生は定期的にOBを集めた会を主催されており、ボクもそこに
参加したことが一度だけあるのだが、OBの人たちからてんまつを
聞かされた。「先生が君を引き受けるのは大変やったんやぞ、
それを最後に決めることになったのが、あの一言やったんやで」。

 ボク自身、先生からこの話しを聞いてはいなかった。OBからの
話しが最初で最後だった。
 あの面接はこれほどまでに大きな意味を持っていたのか。後々
考えるのはそんなことだった。

 あのとき、ちゅうちょして「高校がダメだったら一度山口に戻って
しっかり勉強します」でもダメだったと思う。それを今さらながら
考えてみると不思議な気がしてならない。一言は本当に恐ろしい。

2012年8月 8日

タフ

 人間というものはタフにできているものだとつくづく思う。ま、
真似はしない方がいいと思うが。
 京都で一人での生活が始まった。アパートも確保した。

 アパートにはこんなものがあった。多分、その存在を知る人も
少ないはずだ。5円を入れると一定時間ガスが使える器具だ。
 5円を入れる場所があり、ガチャリと回すとセット完了。

 今、突然、思ったのだが、ひょっとすると2枚、3枚の投入
もできたかもしれない。1枚しか入れたことはない。
 ガスを使うのは日曜の夕刻、お湯を沸かすため、くらいのもの。
 やかんに半分ほど水を入れ、沸かしてやる。そのころ、京都の
水はとてもまずかった。お茶にしたのはそれもあった。

 この5円ガス、やかんを沸騰させるくらいなら十分使える。
 ということは、そのころ全国的にゲームセンターにあるような
ガチャガチャみたいな機械が、販売できるほど需要があったわけだ。
 このアパートでは結局、冷蔵庫を買うことはなかった。そもそも
アパートに長い時間いないわけで。冷蔵庫がないことで食あたり
に見舞われることにもなったが。

 さて。
 お茶である。高校生だったので、あまり社会常識がない。「お茶
は急須で入れてやる」と思っていたが、何度も何度も使い回しを
していた。ある日、中を見たらカビがびっしり。入れて飲んでいた
寿司屋にあるようなお茶碗の底にもカビがびっしり。

 親からは「カビに気をつけろ」とか「身体に悪いものは食べるな」
など、一切、聞いてなかった。よくあんな環境で生活できたものだと
感心してしまう。

 人間というのは意外にタフにできているものだ。高校生や大学生
ならなおさらだ。「これは身体に悪い」「不衛生だ」と考える前に
「このくらい大丈夫だ」があっていい。
 今、思うが、人間の身体は不衛生の中で強くなっていく面があると
思う。甘やかすばかりが良いことじゃない。ってね。

2012年8月 6日

当事者

 ボクは高校にあがるとき、一人で京都で暮らすことに。
 この話しをすると、よく「病気とか心配にならなかったんですか」
とよく聞かれる。

 聞かされたとき、アッて思うんだよね。そんな心配、全く
しなかったから。案外そんなものかもしれない。
 「子供が一人暮らしする。大丈夫か」は、親の立場からだろうね。

 ただ、親から「オマエ、病気になったら病院に行けよ」「救急車
の呼び方はこうするんや」など聞かされてもどうしようもない気がする。
 高校生くらいになればまずおかしければ様子を見、それでも我慢
できなければ救急車を呼ぶ、だけだ。
 幸い、ボク自身は救急車を呼んだことはない。

 親はとても心配だったと思うよ。
 だけどね、親がそれを口にしちゃいけないんだ。
 「オマエ、苦しかったら帰ってこいよ」、なんて言ったら終わり
でしょ。「やっぱり大変だったから帰ってきました」なんてさ。
 できっこない。

 もし、仮に病気になったら、そのときは京都での暮らしを中断して
地元に帰ってくるだけだな。親と暮らしていても病気になるときはなる。

 中学生のころまでは毎日、クーラーのかかった自宅で優雅に暮らして
いた。京都での暮らしが楽なはずがない。

 そりゃー調子も悪くなるだろうよ。
 高校2年のころ胃痛を覚え、精密検査を二度、3年のころ食あたり
をやらかしている。これらも含めて、全て親に報告してない。

 今、考えると中学生まで優雅に暮らしていた分、胃痛になったり
するのは当然のことだ。「胃痛、だからどうしたんだ」だね。
 なにかをやろうとすれば、覚悟を決めて取り組むしかない。


2012年8月 3日

感謝

 改めて考えてみると、ボクは私立中学を受験して不合格、
広島にある大学を二つ、うけてどちらも不合格になっている。
 大学受験のとき、さっぱり分からないので寝ていたら試験官に
注意された。(まじめにやれっての)。 

 唯一、合格だったのは高校受験のみである。ただ合格だったの
だが、あそこは「専願」と「併願」とあって、一つしか受験
してないので、もちろん専願。こっちにしておくと合格しやすくなる。
 保険をかけてないからね。
 こうしてみるとことごとく失敗してる感じがするね。

 以前はこれらの事実に対してできるだけ目をそむけていた。自分の歴史
からきれいさっぱり洗い流してしまいたかった。自分の「珠算8段、
暗算9段」のみの輝かしい歴史だけで十分、そんな気分でもあった。

 ただ、実社会に出てみると逆なんだよね。
 ボクは企業には就職せず、いきなり自営である。人からは「不安定
の象徴」みたいに思われているのだが、自分の中では全くそんなことは
なかった。「そもそもダメだから」である。

 ボクも上の事実をときに忘れて「なんでオレはいきなり自営になんて
なることができたんだろう」なんて思うことがある。一般の人にとっては
「あの大学を出てるのに、オレは今、何をしてるんだろう」みたいな
感覚があるはずだが、そんな心配は一切なかった。

 「ほかのものになれるんだったら、やってみたら」だ。
 「あの会社に残っていれば、もっとこうだったかも」、そんなことも
一度も脳裏をかすめたこともない。もともと「あの会社」が存在して
ないわけだし。

 要するに、一般の人にとってはジャンプのつもりがなければならない
のに、ボクなんぞは自営のエリートみたいな存在だったわけだ。
 指定席っていうところかな。約束された現在だ。
 とことんダメなら、かえって楽しい人生が待ってる気もする。
 ボクは不合格という配剤に感謝しなければいけないのかもね。

2012年8月 2日

特別

 特別な人にしか見つけられないものってあるんですよ。
 一週間ほど前のことです。銀行の窓口に「硬貨が作られました、
交換できます」と書かれた白い紙を発見しました。500円硬貨です。

 題材は「奈良県」と「沖縄県」。奈良県は分かったことですが
大仏、沖縄はエイサーでしょう。
 交換も両替になるので用紙に記入して、それで終わり。

 ボクたちが子供のころは、新しく切手が発売されるとなると、たくさん
の人が行列を作ったものでした。

 窓口で交換していただくと、「前回のもあります」だって。ボクは
前回の「シラセノブ」が題材になったものも交換してます。

 この手のものって「その気に」ならなければ見つかりません。
 だれかから聞かされたら、分かるんですよ。「新しく500円が
作られたらしい、銀行に行けば交換してくれるよ」と聞けばですね。
 ただ、第一の情報じゃないですね。

 銀行だって行けば教えてくれるわけじゃありません。
 「白い紙で告知してるから、興味のある人は問い合わせするだろう」
なんです。

 世の中はみんなこのようにしてできてるんですよ。「分かる人に
しか分からないように」なってるんです。
 で、分かる人にだけ情報が入ってきて、恩恵に浴することができる
わけです。結局、みんなが同一の情報は手にしてるんだけれども、
注意していない人には決して分からないわけですね。

 今はされてないと思うけど新聞にだって「ミントセット」の案内は
ずっと掲載されていたんですよ。あなたは知らないと思うけど。
 「ミントセット」とは今、使われている硬貨だけ集めてある
アルバムのこと。1700円くらい支払うと購入できます。
 こんなもの、あることも知らなかったでしょう。

 結局、違いに敏感にならなければいけないんですよ。
 「なんかおかしいな」「どこか違うな」「なぜ違うんだろう」。
 特別な人とは、特別な存在ではなく、注意して違いを見つけられる
人のことですね。

2012年8月 1日

ハワイ

 ボクが初めて訪れた海外はハワイです。
 実は、このハワイ、行かない予定だったのです。所属してる会で
2年に一度、海外に行こう、なんて決まり、初めてがハワイでした。

 「なにが嫌だったのか」、今、考えてもみてもあまりはっきり
してません。「なんとなく」。「飛行機が嫌い」。だったかな。

 ただ、日にちが近づいてくると「池田さん、ツアーは15人だから、
池田さんが行かないとツアーにならんのよ」なんて言われ、半ば
渋々でした。現地に着くと一番大はしゃぎしてるのは自分だったという。

 ハワイのときもそうでしたが、それ以前もそれ以後もボクは大きな
決断、重大な決断に直面すると「なんとなく嫌だな」「行きたくない」
気持ちが心中を大きく占め、だけどいざやってみると、楽しく、
またうまくやれてる自分を見つけて、自分が驚く、みたいなことを
繰り返しています。

 ボクは小心者なんでしょう。
 ただ、周りから引きずられるようにして実践してみる。すると
また違った感想が出てくる。
 多分、決断というのはだれにとっても重たく、できるなら避けたい、
ものなんでしょう。

 決断して、進んでみると案外うまくやれる自分がいて、「以前
の自分よりよほどいい」そんな感想を持ったりもする。

 半ば、嫌々出かけたハワイだけど、その後、たくさんの海外を
旅行した。そのきっかけがハワイにあったと、今では思うな。
 重い決断をするときってだれもが悩むものだと思うけど、それで
当然。ただ、今、目にしてる光景の中に応えがないのなら、正解は
そこにはないよね。