2012年7月31日

スペイン

 ゆうべ、ある会に参加しました。そこで出会った男性、「いつかは
スペインに行ってみたい」なんて聞かせていただきました。

 「どこに行かれましたか」と尋ねると「アジアばかりです」
「なかなかまとまった休みが取れなくて」だった。

 意外かもしれないが、これだけ海外が身近になった気でいても
あなたの周りにだってたくさんの「海外なんてとんでもない」人
たちがいるものだ。
 とは言うものの、ボク自身、去年の中国以外では何年も出かけて
ないのだが。

 さて。
 これら「いつかはヨーロッパに」の方々にはとても申し訳ない
のだが、ある傾向を感じてしまう。それは堂々巡りだ。

 「ヨーロッパに行きたい、が、休みが取れない、し、お金も
不十分、しかも、スペイン語やイタリア語が話せるわけでもなし」。

 よって、これらの人に共通しているのは「ここを突破すれば念願が
かなうのではないか」の突破すべき場所がないことが多い。
 要するに、堂々巡りしてしまうわけだ。

 これはヨーロッパ旅行に限らない。お仕事においても同じことだ。
 「これをやったらどうか、が、しかしお金がない、それにうまく
いくかどうか分からない、うまくいかなかったらどうするのか」。

 反対するのはとても簡単だ。
 多分、風穴を空けなければならないのだろう。

 「休みが取れたら、借金してでも行く」。「お金があれば、休み
はどうやってでも調達する」「その国の言語が話せなくても旅行
できる手立てを探してみる」とかかな。ボクはスペインでは全て
日本語で通したけどね。相手がスペイン語で、こちらが日本語。
 うまい具合に通じるんだよね。

2012年7月30日

おかしい

 おかしくておかしくてたまらない。
 母親が缶ビールを並べているのだが、それを見るとおかしくて
おかしくて。思わず大笑いしてしまう。

 なぜならば、全ての缶ビールが飲み口を上にして置かれているから。
 「なんでこんな簡単なことに気づかないんだろう、オレはいつも
飲み口を下になるように置いてるのに」。

 ボクは並べるとき、いつも飲み口が下になるように置く。分かった
ことだが、上にするとホコリがたまるからね。言うほどのことじゃ
ないんで、いつも缶ビールを見ると上下を逆さまに戻してやる。

 母親はいつも飲み口が下の缶ビールを見てるはずなのに。なにを
見てるんだろう。

 たまに母親はボクの本を整理してる。(一緒には暮らしてない)。
 その整理の仕方がおもしろい。

 本の題名もなにも分からない、ただ積んであるだけ、なんだ。
 「読まない人はこれだからなー」なんて思う。
 本屋さんに行き、題名が向こうを向いていたら、買うのに難儀する
ことだろう。

 これらは利用者の立場になって考えればすぐに分かることだ。
 一つ一つのことはわずかだけど、分かってみれば次回から改善
するのはたやすいこと。なことだよね。
 モノを観察する癖をつけよう。
 「なぜ、これはこうなっているのか、このように設置してあるのか」
をね。

2012年7月27日

ご紹介

 ザ、ご紹介ですね。
 先日、ある場所で偶然、友人と会いましてね、「やー久しぶり」
なんて。で、近々、あるレストランに行くつもりにしていたのですが、
友人に会ったついでに「予約してくれないか」と頼みました。

 いえ、このレストラン、わたくしもよく知ってまして。
 そんな迂回路みたいなこと、する必要はないんですけどね。
 実はこれ、よくやるんですよ。
 友人にせよ、「オレがからんで予約した」形が良いんじゃないかと
思いましてね。

 自分が直接、連絡した方が早いんですよ。
 ただ、それはできるだけやらない。

 そもそもそのレストランを知ったのも、ある意味、ご紹介ですよね。
 会合だったり、お祝いの会だったり、メシ、食おうぜ、だったりした。

 忙しいならともかく、そうでなければ、「先日、利用したレストラン、
おいしかったから、予約してもらえませんか」とやるわけ。 

 だと、「そうやろう、オレの選球眼は間違いないから」になるし、
「オレがうまく言うといたるわ」(なぜか関西弁)になる。
 少しだけですが「ええかっこ」ができるじゃないですか。

 それとですね、「あなた」を尊重する形を作ることも大切なんですよ。
 「あ、池田や、会合で使ってから勝手に行きよった」(またまた
関西弁)みたいになるじゃないですか。
 難しい言葉で言うと「筋を通す」ですかね。

 せっかく飲食の機会として使うんですから、少し横に広げる形で
展開してもいいはずですよね。飲食店に限らず、大事にしたいもの。
 「この前、行ったレストラン、むちゃくちゃうまかったんで、
もう一度、行きたいんですけど、いいですか」、嫌がられることは
まずないですね。

2012年7月26日

プレゼント

 この世には実にたくさんのプレゼントがあふれ返ってますね。
 ボクが子供のころの話しです。そろそろお誕生日会、そんな
催しがされるころでした。
 要するに、余裕ができたということでしょうか。

 母親が主催することも多く(うちはなかったなー)、「いつも
遊んでるあの子を呼んだら」みたいに言われ、三人か四人くらいで
ケーキを食べたりします。

 真ん丸い、でかいケーキは日ごろあまり目にせず、「お誕生日会」
のときだけ食べることのできるステータスを保有していました。

 あのころ、はやったプレゼントの形態が、それぞれが一つ、
誕生日の人にあげるプレゼントを用意するというものでした。
 これは後の英会話教室のお楽しみ会あたりでも実施されましたね。

 中になにが入ってるか分からなくてかなりドキドキ。
 ボクが子供のころはどんなものをプレゼントしていたんだろう。
 あまり覚えてないな。

 子供はこんなことでいいのですが、やはり大人になるとプレゼント
に対する考え方はかなり変わってきますよね。

 「あら、また茶碗セット、だれかにあげるしかないわねー」なんて
よくあること。ボクはそんな光景を見るたびに「買ったときは何千円
ってしたのに、これじゃ価値はゼロ円だな」なんてね。

 ま、だれもが痛感してるようにプレゼントっていうのは、あげる
側が主軸に考えちゃうとダメだね。「どんなものをもらったら
うれしいか」で考えなくっちゃね。

 少し前、はやったのが「それとなく欲しいものを聞いておき、それを
プレゼントする」というもの。要するに、プレゼントというものは
「あげればなんでもいい」わけじゃなくて「欲しがってるものを
あげる」ことが基本だ。なにが欲しいか観察することも良い
プレゼントをする秘訣かもしれない。


2012年7月25日

言葉

 よく行く料理屋のママとこんな話しになった。
 「ママ、ありがとね、最近、あそこ、よく行くんよ」
 「あら、良かったですね」
 「いろいろな施設があるから便利よね、商売がうまいっていうか」

 「ホントですね、ただ、わたしはあそこでこんなことがあったんですよ」
 「お昼ご飯をいただいたんですけど。どうやらわたしたちのことを
忘れてたみたいで。ただわたしもサービス業なのでそんなことも
あるとは思いますが。遅れて案内されてそのまま料理が出された
んですよ。あれはがっかりしましたね」。

 料理屋さんでは後先など、けっこう気になる。「わたしたちの
方が先に頼んだのに」「わたしたちがあのテーブルを利用するはず
だったのに」「なぜ」ってわけだ。
 お店の側はこの辺りのところがよく分かってないのかもしれない。

 ママは言う。
 「忘れていたのはいいんですよ、だれにでもあることですから。
でも、(忘れていて申し訳ありませんでした)があれば良かった
なって」。「結局、サービス業は言葉なんですよ。どこまでいっても
言葉、言葉、言葉」。

 そこでボクもついでに。
 ボク 「あの料理屋さんに行ったらさ、飲食店によくあるノート
があったんで、書いたんよ(イケダ、3人)って。カタカナで。
そしたらお店の人がやってきて(すいません、これ、店が書くもの
なんです)だって。オレの場合は悪い気はしなかったけど、
言葉って恐ろしいよね。ファミレスとかだったらお客が書くじゃん、
だからつい書いたんだけど」。

 店員さんとお客はひょっとすると、その一晩だけの付き合いかも
しれない。だけれども、その一晩の記憶がいつまでも残るとしたら、
とても恐ろしいことだよね。


2012年7月24日

 ボクたちは頭で生きているとつくづく思う。
 先日、知り合いから「最近、寝不足で」なんて言うもんで「どれくらい
寝てるんや」と尋ねると「7時間は寝ないと」だって。
 「5時間だったらどうなるんや」「とにかく7時間は寝ないと
ダメなんですよ」。「なんで」「なんでもですよ」。

 実は、人間の身体なんてものはどうにでもなるものだ。7時間
睡眠はただの習慣に過ぎない。ほかのこともみんなそうだよ。

 ボクは15のとき単身、京都に留学することになった。伏見区
にあるアパートに案内された。「今、ここしか空いてないんだけど」。
 家賃も安く、すぐ決めた。ただ、ここの難点は窓が全くないところ。

 二つ、窓があるが、どちらも通路に面していた。よって外からの
空気は一切、入ってこない。ま、1年経ってよその部屋に変わった
が、フレッシュエアーの入る部屋(外側に面して窓が二つ)は二階の
一番端、だけだったけどね。

 エアコンなんて近代的なものはなかったので、とにかく夏は
地獄の暑さ。扇風機はあったかな。それでも舞い上がる熱風の中で
落ち着いて安眠もとれない。この部屋のことをその後もよく人に
話して聞かせるのだが「池田さん、それ刑務所以下ですって」なんて
聞かされたものだ。だからねー、夏は毎晩近くの自販機に走る、走る。

 アサヒのメッツ、1リッターを買いにね。そんなもん、一晩で
カラになってしまう。かなり続けたが「これでは身体がおかしくなる」
と思い、牛乳500ccに変更した。こちらも自販機。

 あのころ、つくづく思ったね。「人間ってものすごくタフに
できてるんだなー」って。こういうことの結果、壊れた身体は「本当
にやってはいけないことをやった結果」なのですぐやめるべきだ、
とのサインが点灯してるわけだ。そのとき、引き返せばいいんだよ。

 この窓なしの部屋は4畳だった。毎日、寝に帰るだけなのであまり
困ることはなかったが。そうそう。このアパートにいる間、一度も
毛布も洗濯してないし、寝間着も一度も洗ってない。人間、やって
みればなんとかなるものだ。


2012年7月23日

価値観

 ボクたちはいつも同じ環境、同じ場所で生きている。
 ただ、ときにはそれを意識して変えてみる必要もあるのではないか
と考えている。

 外国などいかがだろう。
 思いっきり価値観の違いが感じられるだろう。
 そのとき、あなたがそれをどう感じ、どうとらえるか、だ。

 ボクが初めて海外に出かけたのはハワイだった。当初は行きたく
なく、ただ所属してる会が主催するもので、行かなければならなく
なった、だった。

 全く、期待などしていなかったハワイだが、帰ってきてからたまに
ハワイを思い出すことがあり、「あー、ハワイ、良かったなー」って。

 ただ、一緒に出かけた会に所属するメンバーを見るともなしに
見ているとある考えに襲われた。ハワイは会に所属している人と
その家族で出かけたのだが、それらのメンバーの大半が毎日、日本食
を食べることにこだわった。

 朝はマクドナルド、昼はあらかじめ申し込みしておいたオプショナル
ツアーにくっついているお昼をいただく。サラダなども「ミント味」が
したりして会のメンバーにはとても不評だった。
で、「では晩ごはんはどこでいただきますか」決を取るのだが、決まって
日本食に決まり、ホテルの一階にあった「弁慶」なるレストランに決まる。
結果、毎日、弁慶でいただいた。

 ボクも「せっかくハワイだから、ハワイらしいものを」とは思うが、
正直ホッとするところもあった。
 この現象を観察するにボクにはある思いが脳裏をよぎった。
 要するに、「会のメンバーはどこまでいっても日本人で、それを
貫き通すんだな」ってことだった。

 よくメンバーで話しに出たのが「これは日本だったら200円くらい
ですよね」「これは日本だったらもっとおいしいですよね」、話題の
ことごとくが日本との比較で語られた。日本にいるときに「わたくしは
日本人で日本に暮らしています」なんて全く意識しなかったのに、ハワイ
ではことごとく日本と比較して発想する。とてもおもしろいと思った。
 会のメンバーは、ボクも含めて海外という日本とは違った場所に
置かれて初めて、自分が日本人であることを強烈に知ったというか、
そんな感じだったな。自分を外側に置いて初めて分かること、だった。

2012年7月20日

ハンバーガー

 ハンバーガー事件というのがある。
 ボクは京都に留学していたのだが、留学先の先生と試合や遠征の
お供をすることもよくあった。先生がバスを運転しそれについていく。

 ボクは頼まれてもいないのに、「先生が真夜中にもかかわらず運転
されてるんだ。オレも起きていよう」と、遠征のバスの車中では
いつも起きていた。試合は日曜日の午前にあることが多いので、
バスで真夜中に走り、大会会場の近くで仮眠を取る、そんな行動が
多かった。

 ほかの選手たちはもちろんのこと、大会に出場するので、バスが
走りだしたとたんに睡眠に入る。ボクはついてはいくが、大会に
出場したことはほとんどない。(何回かはある)。

 よって夜中に起きていようが、あまり関係はなかった。先生は
日ごろ、酒は飲まれないのだが、夜中にバスを走らせたときだけは
睡眠のためにワンカップの日本酒を飲んでいた。

 ボクも先生に付き合って夜中、起きていたので、大会中に眠たくなる。
 だから「池田君も寝ーや」だったんだ。寝なかったけどね。

 先生からは「こういう大会もきちんと観察しなさい、そのつもりで
見ないと分からないことが多いからね」と聞かされていた。

 三重県で大会があったときのことだ。大会会場にかなり近づいた
ころ、自販機がたくさんある場所で休憩となった。

 ボクはバスの車中では一切、寝ることがないので、休憩のときは
必ずバスから降りた。そして、自販機の中でハンバーガーを売ってる
ところで買おうかどうしようか悩んでいた。そこで買った。

 すると、先生、すたこら歩いてきて、「池田君、それ、うまいか」
ときた。まだ最初の一口も食べてないときだ。それを見て「はよ、
食うてみ」。ボクはすぐに食べた。モグモグ。味なんて分からない。

 「どうや、うまいか」「なにを食べるときでもな、なんとなく
食うんやのうて、(食べるのではなく)うまいかまずいかはっきり
させるんや。欲しかったら食べる、いらないんなら食べない」。
 ボクは先生がてっきりハンバーガーが食べたかったとばかり思って
いたので不意をつかれた気分だった。これがハンバーガー事件である。

2012年7月19日

動機

 ボクはよく人から「池田さんはお昼くらいまで寝ているんですか」
と聞かれる。どこか優雅に見えるんだなー。ま、ありがたいことかも
しれないけど。

 ただ、そんなふうに見える、と実際は違う。
 ボクは社会人一年生から自営である。20代のころは自分が自営
ということについて、どこか負い目を感じていた。
 学校の成績は悪かったから、「これはこれで必然だ」と考える
ようにしていた。

 20代のころはよくおかしな夢を見た。
 壊れかかったイカダに乗って漂流している夢だった。そのイカダ、
材木が一つ、また一つと離れていく。それを必死でくい止めようと
する自分。「自営ってこれほどまでに危機感を感じるものなのかー」、
つくづく思ったものだ。

 要するに、現在のボクの行動の過半を占めているのはこの危機感だ。
 「今のままでいいのか」「どうすれば良くなるのか」、常に考え
続けてる。自営ってそういうお仕事なんだと思う。
 だから、これまで職場には午前6時には出社することにしてる。
 これより遅れたことは数えるほどしかない。

 ただ、付則して言うと、人間はこれら危機感や「これをやりたい」
みたいなものがなければ、早起きなどできないと思う。

 「早起きは得だから」ではやれないと思う。それでいいのだと思う。
 ボクも早起きは試したことがあり、午前4時に起床することにした。
 ただ、それでやりたいことがなく、読書などして過ごしたがすぐに
やめてしまった。(早起きを)。

 ボクはハツカネズミがクルクルと回転翼を勢いよく動かしているのを
見ると、つい、自分を見てるような気がしてならない。
 「あー、これがオレなんだろうな」なんて思う。
 人間に必要なのはやはり危機感とそれをやりたいとする動機だ。

2012年7月18日

意識

 ボクは暗算段位9段だ。で、9段になるためになにが大切か
書いてみよう。それはね、意識だ。「オレだってやれるんだ」が
一番の近道だ。
 その意識を持つことができないため、上手にならない。

 「オレはバカでどうしようもない。生まれたときからそうだったんだ」、
そんな観念を持ったままでは決して上手になれない。

 そのためには自分を信ずることが一番大切になってくる。
 っていうか、すさまじく上手な人たちを見て「あー、あの人も
オレも同じ人間だ」と考えられるかどうかだ。

 で、やはり同じ人間なんだよ。生まれたときからスーパーマンみたいな
人がいるはずがない。

 ボクはそんなスーパーマンみたいな人ばかりいる教室にいたからよく
分かるんだが、日ごろは普通の人なんだよ。特別じゃない。

 ただ、その地道な練習の過程を観察しないから、はた目には「とにかく
すごい人」の扱いになる。

 そんな扱いをするから、「あー、あの人とわたしは違うんだ。もともと
生まれたときから与えられたものが違ってたんだ」みたいな錯覚を
してしまいがちだ。

 練習という背景を観察したなら、特別な人ではないことくらいたちまち
判明する。
 こと、脳みそを使うものであれば、何だって同じだ。

 「あの人は特別で、わたしは普通の人」、こんな感覚に支配された
ままで上手になれっていう方が無理がある。

 上手な人たちがたくさんいる空間にいると、「みんな普通の人」が
より強く実感できる。上手になるためには「これ」だけでいいんだけどね。

 練習よりももっと大事なのは意識だ。
 「みんなやれるんだから、オレもやれるだろう」。上手な人が多い
教室ではみんなそんな感覚で練習をしてる。特別なことではなく、
ごくごく当たり前と受け止めてるんだ。

2012年7月17日

決心

 ボクは15のとき単身、京都に留学してる。その話しをすると
よく言われるのが「よく決心できましたね」だ。ボク自身、あのころ
そんな大決心などしたつもりがないので、この言葉にはいつも違和感
を感じていた。うーーん。あのときのことを書いてみようか。

 秘訣は自分のことを大切に思わない、だろうか。ボクが思うのに
人って自分のことを大切に、大事に考えるものだと思う。当然だよね。
 ただ、それにて決心がにぶる点は大きい。

 ボクはあのころ、自分のことを大切に考えない状況が整っていた
気がする。高校に勤めてたころもよく言われたが「クニサン(ボクの
こと)は悪さして地元におられんようになったんだろう」。もちろん
半ば冗談だ。悪さなどしていないが、どこか地元から逃げ出したかった
のは確かだ。

 中学校は遅刻に早退。部活動も早々にやめ、勉強の成績も悪かった。
 毎日、テレビを見て過ごしていたが、かといって、楽しいわけ
でもなかった。

 この状況が良かった気がする。
 「オレなんて、どうなってもいいや」、そんな感覚があった。
 京都の高校を受験するにあたっては公立高校は受験できないことが
分かった。中学を卒業すると同時の他県での受験は不可だった。
 よって高校は一つしか受験しないことになった。

 留学先の先生からも「池田君、高校、あかんかったらどうするんや」と
聞かれた。「一年、浪人して翌年、また受験します」と返答した。

 もうこのころになると半ば、やけくそで「どうだっていいや」感覚
が充満してた。「中学卒業で浪人かー、想像できん」とか思った。

 大学受験失敗で高校浪人というのはあったが、中学浪人は耳に
新しかった。ただ、受かったけどね。今にして思うと高校浪人して
おけば良かったなと思ってる。皮肉だけどね。

 だってその方がいろんな体験ができるし。ちょっといないよ。高校
浪人。ただ中学生のボクにとって浪人は恐怖の対象だったけどね。
 ボクは今、改めて思うんだが「オレなんて、どうなってもいいや」は
ときにとても大切な要素のような気がする。捨ててかかることも大事だ。


2012年7月13日

時間

 先日、ある人が「一日が36時間あったら、ゆとりを持って生活
できるんだけど」だって。ま、それを言えばみんなそうだ。
 ただ、「もし一日が36時間になったら、それはそれでゆとりが
なくなるかもよ」とも思う。

 ボクの説は「時間は詰め込んでみれば意外にたくさん入る」だ。
 高校になるとき単身、京都で留学生活を始めた。当初、銭湯は
毎日利用していた。夏場は特に毎日。

 留学先から帰宅するのが毎日、夜の9時。それから銭湯に行き、
その向かいの食堂で夕食をいただく。アパートに戻るとすぐ寝る
ような毎日。

 こんな毎日を過ごしていると、とにかく早く、早くが身についてくる。
 のんびりしていては、後の用事に差し支えるんだ。

 京都にいるときは、完全に土日なし、だった。
 お休みは祭日、祝日の、そのまた半分くらい。

 今でもおかしくて笑ってしまうが、銭湯では早回しの録画再生みたいな
感じ。要するに、一つ一つの動作が早いんだ。早くなっていく。

 それまで、中学生までのボクは学校は遅刻、早退、クラブ活動、
早期退部で、毎日テレビのお守りをやっていた。だから、そのころの
生活ではなにかを早くこなしてやる必要は全くない。

 後から考えれば「ゆっくり、のんびり」なんだが、問題なのは
そのように過ごしているとき、「オレはゆっくりしてるから幸せ
だなー」なんて思わないことだ。ゆっくりが当たり前だからね。

 のんびりを感じるためには皮肉なことだが、素早く行動する
習慣のある人ということになる。

 銭湯では利用の方法も変えた。銭湯だとお金を払っているから
「まずは大きな浴槽につかって」は当然だろうが、それはやめた。
 中に入るとすぐ身体を洗う。そして浴槽につかってあがる。
 限られた時間の中にいろいろ行事を詰め込むと、人は無意識にも
早くやる動作を身につけようとする。その必要性を与えてやらなければ
早くやれるようにはならないと思う。
 ゆとりを感じたい人は、まず忙しくなってみることだ

2012年7月12日

ギャップ

 旅行というのはカルチャーギャップを感じる意味合いも大きいと思う。
 ボクはこれまでギャップを感じる旅行をやってきた。

 初めての海外はハワイだった。戻ってから「あー良かったなー、
ハワイ」なんて思った。で、再度ハワイに行く予定にしたが、グアム
になった。グアムから戻ってからのことだ。

 「日本が冬のときにあたたかい国に行き、泳いだらどんな気分
だろう」って思った。これが意外に簡単にできる。
 サイパン(グアムでもいいかも)に行けばいい。
 これはギャップそのものだろう。

 それから、そのころ始めたスキーでニュージーランドに行った。
 ニュージーランドは日本が夏のとき、冬だ。あまり寒くはなかった
が、大きな違和感を感じた。

 このように考えてみるとギャップを感じる旅行は意外に簡単に
できることが分かるだろう。

 何年前だったか、ロシアに行った。わずか5日間だったけど
ギャップはすさまじかった。
 ロシアって、みなさん、日本とは異質の国だと思うでしょう。
 意外に料理は日本のものに近く、おいしかった。

 よく「なんでロシアなんて行くんだ」って聞かれるが、無意識にも
ギャップを感じる旅行をしていたんだと思う。
 朝は11時近くならないと明るくならない。(冬に行った)。
 これだってすさまじいギャップだ。

 モスクワからサンクトペテルブルクに向かうとき、飛行機は凍りつ
いており、トラックがやってきて薬品をかけた。液体のジェル
みたいなものだった。これにもギャップを感じた。
 バルト海は凍っていた。海がね。
 そもそも旅行とはギャップを感じることが大きな目的だと思う。
 日ごろではない場所に身をおき、日ごろの自分を考え直してみる
のもおもしろいかもしれないよ。

2012年7月11日

失敗

 先日、改めて言われた。「とても意外でした。池田さんが中学受験
に失敗したことをそこまでひた隠しにしておきたかったなんて」だって。

 いえいえ。ほかにもありますよ。株式売買で大損(はしてない。
一時、評価が大きく下がった。かなり戻してから売った)したこと。
 暴走族とケンカになり土下座したこと、などかな。

 それまではこれらのことを隠そう、隠そうとしていた。
 で、不思議な心の動きを見つけた。他人がそこに触れるとやたら
腹が立つんだ。傷口を触られると腹が立つんだな。

 いつだったか、何人もがいる席でこれらの話しの一つを披露してみた。
 そのときの周囲の反応に自分でも驚いた。

 こっちは深刻に中学受験失敗してとても辛かった、なんて話しをして
るのに、大笑いしてるやつまでいる。「アッハッハ、それ、おもしろい」
だって。そのとき自分の中で「なんでだろう。おかしな話しはして
ないはずだが」そんな気分が充満してくる。

 ただ、大笑いされて、こっちもつられて笑い、「なんだなんだ、
これって楽しい話しなのかよ」みたいに発想の転換がおこなわれた。
 隠そう隠そうとしてるころ、ひどくビクビクしてた気がする。
 笑って話すと、周囲も安心して大笑いするようになった。

 それとともに、重大なことに気づいた。
 自分の中で一つ、弱点が消え去っていたんだ。だってさ、弱点
を告白したんだから。一つ、消えてる。

 あれは結局、自分の中で一つ、二つ、と増やすにしたがって、暗く
なるっていうか、明るくなくなるんだな。その暗さがまた周囲まで
暗くしてしまう。

 大損した話しなんて、それこそ周囲の人間からすれば楽しくて
楽しくてたまらないわけ。当人は苦しい記憶だとしてもね。
 「これだけは隠しておきたい」、だれにも一つや二つあると思う
けど、たまにはそれを披露してみよう。意外に自分の体重が軽く
なる気がするはずだよ。

2012年7月10日

自信

 自信をつけるのは案外簡単だっていう話しを。

 ボクは高校に入ってすぐのこと。現代国語の授業で「漢字の小テスト」
をすると聞かされた。聞けばだれだって「そんなの、できるさ」と
思うようなもの。

 ドリルがあって40個の中から10個、読み方、10個、漢字に直す
だけだ。どこから出題されるか分かってるんだから。

 で、ボクは一番初めの小テストでたまたま満点が取れた。
 「おーーーーっ、なんかうれしーい」なんて感じた。

 それからは小テストだけはしっかり勉強(一人で暮らしているので
勉強しなさい、とかだれも言う者がいない。成績票はだれにも渡さなか
った)した。

 この漢字の小テスト、結局、初回から最後まで満点で通すことができた。
 「やればできるもんだなー」なんて思うな。

 そして同じく、現代国語の時間で「百人一首の書き取りテスト」
が行われることになった。上の句が書いてあり、下の句を書くわけだ。
 「うかりける、ひとを初瀬の山おろし」ときて下の「激しかれとは
祈らんものを」を書くわけね。 

 これは100点満点中89点が取れた。
 中学生のころ、これで散々遊んだからね。

 これも大きな自信になった。
 人は満点を取ると、どことなくそれを続けたくなり、とことん遊んで
それに詳しいという自負があると、必死になって勉強したり、と
そんな傾向がある。
 これを活かさない手はないね。


2012年7月 9日

関連

 結局、それに興味を持つ人がそれを買い求めるんだな。
 いつだったか、本屋さんの店頭で変わった本を見つけた。
 その名も「ツリーハウス」。

 裏山に生えてる大木を柱にして家を作る。ボクも子供のころ
そのままじゃないが、そんなものを夢想したことがある。子供の
ころはそれを「きち」と呼んでいたな。ま、「基地」だ。

 分かったことだが、ある日、母親から「基地はやめんさい」と
言われ、なんとなく離れてしまった。あの夢想をそのまま形にした
大人がいる。この本を見たときはかなりの衝撃だったな。
 もちろん日本での事例は少なく、アメリカや欧州が多い。

 このツリーハウス、3冊にまとめられており、そのうちの1冊を
まず買った。家でぼんやりこの本を眺めていると、ほかのも欲しく
なり、結局、あとの2冊も買い入れた。

 不思議なことが起こった。
 本屋の店頭に頼んだわけでもないのに、ツリーハウスの本の棚に
それらしい本が並んでいた。「おかしなホテル」「おかしな建築物」。

 「ものはためし」と手に取るとなにやら楽しそうだ。結局、それらの
本も買い入れた。そして。次回、本屋さんに行くと、「地球の神秘」
「一度は見ておきたい絶景」などの本が新たに並んでいた。
 そして。それら全てを買った。

 この棚にある本にいくらお金を使ったんだろう。ツリーハウスが
1冊1800円で、だいたいそれぐらいだから1万5千円くらいは
使ったことになる。すごい。

 結局、これらから分かることは。人は「この傾向」ってのが分かると
それに類するものにお金を投ずるということだ。そして、関心がある
人のみ反応するってわけだ。結局、この手のものにお金を投ずるのは、
これらに関心を持ったことのある人のみというわけだ。
 「お、ツリーハウスかー、うちにも1冊、常備しとくか」なんて
ことはありえないわけだ。なんかおもしろいの。

2012年7月 6日

新聞

 新聞にも読み方があるって知ってましたか。
 高校に入ったばかりのころ、現代国語の先生が「まず新聞は
大きな目次を目で追い、大見出しを見る。そこから気になった記事
をしっかり読もう」、そんな話しをされました。

 要するに、要約するとですね、新聞は紙面の3分の1か、4分の1
読めば十分、ということなんです。

 なぜか。
 うちは経済新聞をとっていますが、その中から自分に関係がありそうな
記事、興味、関心のある記事を読んでいくわけです。全てに精通する
必要はないですからね。
 取捨選択と言いますか、選ぶ作業が大事なんですね。

 本を読むときも同じこと。
 ボクは本を読むとき、あの目次という箇所を見たことがありません。

 目次で内容を確認することは一切ありません。ほとんどは1ページ目
から読みますが、10ページ、20ページ、飛ばすことはザラです。

 活字に慣れてない人は、まず読まなければならない本ではなく、
読みたい本、趣味や遊びに関する本から読むといいと思います。

 「魚の釣り方」であれば、1ページ目から読むとは限らないでしょう。
 「オレはルアーしかやらないから」って人は、ルアーの項目だけ
選んで読むはず。ほかの本もそのようにすればいいのです。

 ただ、ボクの場合、飛ばし始めると、全体では100ページくらい
飛ばす結果になってるようです。

 ほかのものもそうだと思いますが、「せっかく買ったものだから
100%、使いきらなければもったいない」、そんな考えは持たない
方が得策です。
 全てを読めば時間を浪費してしまってるかもしれませんよね。


2012年7月 5日

 本を読まない人が多いみたいだ。とても残念なことだ。
 ボクは以前からたくさんの本を読んできたが、それではなぜ
自分はそうなのか、少し考えてみた。

 どうやら、本という存在の在り方というか、とらえ方の違い
だと思えてならない。きっと、ボクは本をテレビのように読んで
いるんだろう。ほかの人と比較しないから、だが、多分。

 まず、ボクがどんな分野の本を読むか。ドキュメンタリー、科学もの、
自伝、商売もの、変わった考えが取り入れられるもの、だろうか。

 ボクの際立った特徴は本屋さんの店頭にて、平積みの本を買わない
ところだ。「あれが悪い」ってわけじゃなく、立ち止まって見は
するんだが、ボクの分野とは違う。よって買わない。

 ベストセラーもまず買わない。嫌ってるわけじゃないんだが。
 セグメントと言おうか、なにを買い、なにを買わないかははっきり
してる。きっと本が好きな人というのは、こうした傾向があるに違いない。

 多分、ほとんどの人の指標には出てこないはずだが、週刊誌には
「書籍推奨欄」なるコーナーがある。ボクは必ずチェックするのだが、
おもしろいのはここから。

 二つ、三つと、またがって紹介されている本が、たまーにある。
 これまで、ただ一度、全ての雑誌で紹介されていた伝説的な本がある。
 「もぐら人」なるアメリカの地下鉄構内で暮らす人たちを紹介した
ルポルタージュだ。これはおもしろかった。
 こんな伝説的な本はほかにはないな。

 「わたしは一応、ベストセラーはおさえておく」「今、みんなが
薦めるから」こういう人はあまり本を読まない人だと思う。
 多分、だが、本をよく読む人に対して「どんな本が楽しいですか」と
質問してみて、それを買うのがお薦めだ。よく読む人のフィルター
を通しているから間違いは少ないと思うよ。


2012年7月 4日

メモ

 このごろ小さな用事をきちんと覚えておくことができます。
 とても助かっています。 

 「これとこれを、明日、持って行く」。しっかりと覚えたはずなのに、
翌日になるときれいさっぱり忘れてしまってる。で、約束した相手に
出会うと思い出す。「あ、ごめん、ごめん」。
 こんなことを続けていては信頼をなくしてしまう。

 で、いつも使うカバンにメモ用紙をしのばせることにした。
 使えなくなった用紙を小さく裁断しておき、メモ用紙にする。
 「これとこれ」。持参する必要のあるものを書き留めておく。

 大事なのはそのメモ用紙がカバンをあけて見えるように一番上に
置いておくこと。たまに「書いた」ことで安心し、すっかり忘れる
こともありますが、カバンをあけたときに分かることも多い。

 ボクたちは意外に毎日、小さな約束に取り囲まれてる。
 なんとか工夫したいものだ。

 このごろ多いのは事務所の電話に電話すること。留守伝になって
るから、「ピー」となったら、「これを持っていってください」、
自分に話しかけてるようでバカみたいなのだが。これは抜群の効き目
がある。翌日、留守伝を知らせる点滅を見るとたちどころに思い出す。

 出かけた先でのメモは、自分の携帯の電源を一度、切ってしまい、
吹き込んでおく。
 再び、電源を入れたとき、「留守」のマークがつくので忘れる
ことはない。

 これまではちょっとした人との約束を忘れることもよくあった。
 相手も小さなことと分かっているから、「そんなもんだ」で終わ
らせるが失礼なことであることは確か。今はこのメモ作戦でとにかく
忘れることが少ない。

 人とのちょっとした約束を反故にする癖のある人はメモを再度
点検してみてはいかがだろう。「しっかり覚えておけば大丈夫だ」は
ダメだと思う。


2012年7月 3日

テレビ

 ボクは15で単身、京都に留学してる。京都に行くにあたって
あることを決めた。「京都にはテレビを持参しない」だった。
 中学生までのボクは毎日、3時間くらいテレビを見ていた。

 部活はすぐやめ、遅刻することもたびたびだった。
 で、お昼4時くらいからテレビをつけ見ていた。少し前の青春ドラマ
をやっていたが、ちっとも楽しくなかった。

 そして、京都に行くにあたって「二度と同じテツは踏まない」と
誓い、向かった。ラジカセと呼ばれるものは持っていった。

 大学生ばかりが入居するアパートだったが、ある日「うるさい」と
どなられ、それも使えなくなった。

 ただ、京都にはテレビを持って行かないと決めたが、生活が始まって
みると、テレビの存在を全く感じることはなくなった。

 毎日、暇であれば「テレビが見たいなー」なんて思うはずだが、
こちらは朝7時前に起床するとただちに自転車に飛び乗って七条大宮
さがる、の高校までひたすらペダルをこぐ。高校が終わり、留学先から
戻ってくるのが、毎晩9時前。それから銭湯と食堂に食事に向かう毎日。

 留学先は土日も関係なく出かけた。日曜日のみ夕方6時に帰宅。
 近くにあったスーパー「イズミヤ」にて細巻きを買ったり、喫茶部
(もちろんお金は必要)でブルーマウンテンを満喫したりした。

 こんな生活のため、テレビの存在は全く、頭のどこを探しても見つから
なかった。自分がテレビを見ていないことにさえ気づいてなかった。

 京都で生活している間、一度も映画を見ていない。あれほど好き
だったのに。見ていないことは後々、ビデオで判明した。

 「毎日、テレビばかりで過ごして時間がもったいない」みたいに
感じる人は多いはずだ。そんな人はあまりテレビにこだわらず、
やりたいことをやっていない自分を反省する必要があるかもね。
 やりたいことがたくさんあれば、おのずとテレビの時間は減るはずだ。
 違う観点からテレビ依存を考えてみる必要がある。

2012年7月 2日

ホタル

 先般、ホタル見学に出かけた。
 このごろ両親を温泉に連れていくことが多い。そして、ホタル
見学のとき、温泉に連れていく予定だった。

 当初、こんなことを考えた。
 「自分一人でホタルを見に行くか」。「いやいや、温泉は行かんと
いけんじゃろう」。

 さてさて、どうしたものか。そこで取った結論は。
 ホタル見学の主催者に「近くに温泉はないか」の確認だった。すると
車で30分ほどのところに二つ、温泉があることが判明。

 そのうちの一つに出かけることにした。そう。
 温泉もホタルも同日におこなうことにした。

 両親には「少し早めにあがってね」とお願いしておき、ホタルの方は
少し遅刻した。それでもまーグッドかな。

 父親から一言。「わしゃー歌なんか歌わんで」。
 ボクがいろんなところに引き回し、歌を歌ったり、即席でなにかを
作ったりさせられるので、それを嫌ってるわけだ。

 「安心、しんさい。なにもせんわいね」。「ホタル見るだけじゃけー、
自分も見ればいいんよ」。

 上記のようにときに二つ、三つの行事をなんとか一つに納める必要の
あるときがある。そのとき「忙しいからそっちはできん」と早めに
応えを出すのではなく、もう少し考え、検討してみてはいかがだろう。

 そして、それぞれには「行ってもいいかな」と思わせることが大事だ。
 「ホタル見学」では「興味ない」かもしれないが「温泉もあるし
ちょっとだけホタルに行こう」と誘ってみるのもうまい手だ。実際、
この日、温泉はちょっとだけでホタルがメインだった。
 「考えをとめない」ことが大事だな。