2012年4月27日

症候群

 サヴァン症候群についてドラマ化された。サヴァン症候群とは
難しい計算などを瞬時に答える能力を持ち合わせた人たちのこと。
 映画レインマンもこの特異な能力について描写したものだ。
 さて。

 このサヴァン症候群というのはとても興味深い。まずボクは暗算
段位9段だが、サヴァンの場合、生まれつき計算が早かったり、未来
の曜日を当てたりするそうだが、ボクの場合の9段は練習、練達に
よって得られたものだ。難解な計算どころか、とても簡単な計算でさえ
できなかった。

 この二つには共通のものがある。それがとても興味深い。
 脳の中には、計算であればすさまじく早い電気信号のやり取りがある。
 これはボクにもはっきり分かる。要するに、練習、練達によって
サヴァンの症状を意識的に取り込んだわけだ。

 サヴァンの人たちはある意味、天才なのだろうが、ボクは普通の人間
で、ただ練達によって特異な能力を身につけた。
 サヴァンの症状を取り出し可能にしたわけだ。

 逆に考えてみれば、ボクたちにはサヴァンのような特異な能力が身に
ついている。どちらも脳みそはそれをやらせる潜在的な力を持っている。

 ただ大半の人たちには「そんなの、めんどくさい」とか
「やってらんねー」など思うはずで、そこにはたどり着かない。
 これは人間の脳みそは鍛えれば鍛えるほど、特異な能力を発揮する、
大きな証拠になる。

 また、共通しているのは脳みその電気信号のやり取りだ。暗算を
やっているとき、すさまじい電気信号のやり取りがある。これは自分でも
はっきり分かる。

 暗算段位9段になってみて分かるのだが、およそ人間にはどの人にも
こんな能力が与えられている。それを自覚してない場合がほとんどで、
だからサヴァン症候群がドラマ化されたり映画化されるんだろう。
 ボクはこの症状(この言い方でいいのかな)は人間の脳みその大いなる
可能性を言っているのだと思う。


2012年4月26日

名刺

 ゆうべ3人で会食させていただいた。ある方から「池田さんから
名刺をもらった。バカって書いてあった」と聞かされた。あー、あれか。

 「バカ」とか「おっ、裏を確認しましたね、その注意力があればあなたは
必ずや大金持ちになるでしょう」もあった。この名刺を持ってる人は
今、ほぼいないはずだ。こうした奇抜な名刺は7種類くらい作った。

 ほかにも「未知動物に関して中国地方では決してだれにもひけを
とりません」もあった。これら奇抜な名刺、意外によく考えられ、
練られているんだ。

 あるとき、やはりこの世は目立たなければダメだと思うようになる。
 良い意味で目立つ必要がある。なにせ、人間の能力はあまり変わらず
そこから突出したければなにかアピールしなければならない。

 そうか。名刺か。名刺でいろいろ主張してみよう、がきっかけだった。
 そもそも、最初の名刺は写真入りだった。印刷屋さんにお願いしたの
だが、「写真入りなんて見たことがない」と当初、断られた。

 「おっ、裏を確認しましたね」は、人間、ちょっとしたことに気づく
ことが肝心だろうと思い、文句を考えた。名刺をもらっても裏までは
確認しない人が多い。ちょっとめくってみようとする、その気づきが
大事なことだと考えたのがそもそもだ。

 「バカ」は、いつも笑われるんだが、この前に「岩国」がつく。
 ここら辺りに創意工夫があった。「日本」にするか、「中国地方」
にするか、「山口県」にするかあれこれ考え、岩国にした。
 「日本のバカか、オレはそこまでスケールが大きくない」ってね。
 「とりあえず、岩国のバカと名乗れるようになってみたいものだ」だった。

 「未知動物」に関しては、子供のころから空飛ぶ円盤とか未確認動物
の話が大好きだったから。趣味の名刺みたいな感覚で作った。
 ただ、人に自分の能力をアピールするにはかなりの裏付けが必要で、
自分には「これだろう」と思ったから。そのようにした。

 実は奇抜な名刺を作る人はかなり工夫をこらしてるものだ。見た目
には「おかしな人」と思うかもしれないが、この世は自己主張が大切で
あることに違いはないと思うからね。そうした名刺を見たら背景まで
眺めてみてほしいものだ。

2012年4月25日

節電

 そろそろ節電の夏が近づいてきた。いろいろ考えて実践していきましょう。
 そもそもだ。原発事故が起きなければ節電対策を考えないこと、
そこからしておかしい。

 アメリカ人は歯磨きをするとき「水を流したまま」磨いていたそうだが、
それを聞いたボクの感覚からすると「えっ、ウソだろ」です。
 それと同じことをやってはいけませんね。そろそろアメリカ人も
流しっぱなしはやめてるそうだけど。

 ボクの場合、これはもう何年にもなるが、夏の期間、夜間、一切
冷房設備を稼働させない。クーラーも扇風機も使わない。代替では
なく使用しないのだ。

 一軒家だからできることかもしれないが。畳の上にじかに寝る。
 ふとんなどは使わない。おなかを冷やすといけないので腹巻きはする。
 初めの年、身体がむずがゆくてたまらなかった。畳が関係していたと
思われる。ただ、翌年からは慣れてしまった。
 当然、窓は開けておく。

 これらの対応で意外に快適に過ごすことができる。
 夜間、うちの団地を歩いているとほとんどの家からクーラーの室外機
の音が聞こえる。安全対策の面もあるのかもしれないが、「暑いから
クーラー」と一直線につながってる気がしてならない。

 こんな格好で寝るのは女性には難しいかもしれないが、「なにか方法
はないか」と考えることは必要だと思う。そして、そもそも原発事故が
発生しなければこれらのことを考えないのは問題だと思う。

 ボクの場合、クーラーを使用しないので夏場の体調がすこぶるいい。
 ヨーロッパでは「水と電気」は公共財と言われている。「お金があるから
使える」わけではない。見習いたいものだ。
 まず「暑いからクーラー」ではなく、いかにすれば使わずに快適に過ご
せるか考えてみよう。スイッチを入れるのはそれからでも遅くない。

2012年4月24日

大金

 よく雑誌や本などで「株、その他で大金を手にする法」などの
記事を目にすることがある。ボクもよせばいいのに、そんな記事が
あるとついつい読んでしまう。

 さて。
 この記事は成立するのだろうか。はなはだ疑問だ。
 ボクは19の歳から株式投資をやっており、これまで一度たりとも
中断したことがない。これまでの成績を冷静に解析してみると「少し
の損」でとどまっていると思う。

 それを聞いて「え、少しの損、そんなんで株をやってる意味があるの」
とか思うかもしれない。意味があるかどうかは分からない。ただ、
冷静に計算してみたまでだ。

 ではボクは、始めるときから「少しの損でいいや」と考えたかどうか。
 そんなことはない。「大きく儲けて」とか考えていた。ここまで
書けば上記の記事の姿がぼんやり見えてくるはずだ。
 およそ、株式売買する人で「損してもいい」と考える人などいない。

 だが、少し考えてみれば分かることだが、株式市場という土俵に
上がった人は、勝ちか負けかのどちらかに、終わってみれば立たされる
ことになる。これに例外なとあろうはずがない。

 株式売買を長く続ければ続けているほど、このシンプルな現実から
逃げられないことをよく分かってる。

 「株、その他で大金を手にする法」などあるはずがない。勝ったのは
結果的に「そうなった」に過ぎない。「勝つためのステップを踏めば」
なんて、冷酷な株式の世界にあるわけがない。

 結局、投資家は勝ちか負けかのどちらかに組み入れられてしまう。
終わってみて「勝ち」だった、はあるかもしれない。
ただ、それだけなんだよ。
 この世に「賭け事で大金を手にする方法」などないことをまず
しっかり肝に命じておいてほしいものだ。

2012年4月23日

工夫

 時間について書いてみましょう。ボクは中学を卒業すると単身、
京都に留学しています。中学生までの暮らしと高校になってからの
暮らしは一変してしまいました。

中学生のころ、しょっちゅう遅刻し、部活動はやめ、テレビにつかった毎日を
送ってました。うちの自宅が新築なったのは、それより5年前。便所は水洗で、
自分の部屋を与えられ、ただ、それがすばらしいことだとは思えませんでした。
比較しないから。

 留学の件は中学生までのこの暮らしと無縁ではありません。ダメ人間は
ダメ人間なりに「このままじゃいけない」なんて意識がありました。
 ただ、京都での生活が始まると激烈にすさまじい毎日が始まりまして、
本当に「忙しい」とか「息が詰まる」など考えることもできませんでした。

 お風呂は近くの銭湯を利用していたのですが、すぐに毎日利用とは
いかなくなってしまいました。夏は毎日、冬は一日おきにしました。
 そのころ留学先の先生から「池田君はなにをやらせても遅いなー、
なんでももっと早くやってやらんと。生きていかれへんで」と言われました。

 先生やほかの先生方と食事するだけでも遅いことを痛感させられました。
 たまに先生がラーメンを食べに連れていって(ほかの先生も)いただける
のですが、とにかくみなさん、食べるのが早い。
 アッという間に食べ終わってしまう。

 ボクはそのころ「動作が遅い」と日ごろ、言われていたのでとにかく
あわてて食べるのですが、それでも追いつかない。このときボクはつくづく
分かりました。動作が遅い人は全体的に遅く、なにをやっても遅いのだと。

 よって銭湯も少しするとガラッと変わってしまいました。ビデオ早送り
のような感じです。たいていの人はまず湯船につかって、だと思いますが、
浴室に入るとすぐに身体を洗い、湯船につかってでます。

 洋服はボタンを一つ飛ばしでとめます。これは時間にゆとりがあると
決して思いつかないことです。時間に追われると必然的にそうせざるを
えなくなる。

 時間というのは「まずこれをやって、それからこれに取り掛かり」ではダメ
です。とにかく「一日にこれだけ詰め込む」ことが肝心なんです。
するとしぜん、キビキビした動きになり、多くの出来事をこなすことができます。
一日はだれにとっても24時間ですが、動作次第でいくらでもふくらませる
ことができるのです。

2012年4月20日

高校

 今日は高校のころの暮らしぶりについて書いてみようか。
 ボクは中学卒業と同時に京都に留学してる。留学先は伏見区だ。
 住まいは深草七瀬川。京都駅から竹田街道をくだっていけばいい。

 留学するにはアパートが必要だ。では探しましょう、で、探して
いただいた。あいにく考えていたアパートには空きが一室しかなく
そこを案内された。ドアをあけ「ここです」。中を見るととても暗い。

 それまでボクのイメージしていた住宅というものからかなり違ってた。
 小学5年から新しく新築した家で暮らしてたことも関係しているかも
しれない。そのころ自宅は水洗便所。ここは昔ながらのポットン便所だ。
 「やれやれ、このトイレで大丈夫かいな」がボクの本心だった。

 それにアパートだからもちろんのこと、ほかの住人もいる。ボクが
トイレに入ってるとき「トントン」なんてノックされたらどうしよう、
なんてことを真剣に悩んでいた。ここまできて悩んでいてもどうしようも
ないが。ただ、それら懸念もあったが、生活が始まってみると意外に
すぐ慣れてしまった。人間、頭で悩むほど厳しい現実は待ってないのかもね。

 さて。
 案内された部屋がなぜ暗かったか。外に面した窓がなかったからだ。
 窓は廊下に面してと流し(ごくごく簡単なもの)に面して、あった。
 うーーん。今、思うとまさに監獄そのものだね。よくぞ生活してたと思うよ。

 ただ、留学してるわけで、高校に通い、それからすぐ留学先に走って向かう。
 帰宅は夜の9時前。それから銭湯に行き、向かいの食堂で夕食をいただく。

 アパートは寝るだけだったからね。土日も留学先に出向いていたから
ここで余暇の時間を過ごすこともなかった。ま、どんな部屋でも関係
なかったね。ただ、夏の夜はすさまじかった。暑くて暑くて寝てられない。

 近くの自販機に走り、アサヒのメッツを買い部屋に戻る。
一晩で全て飲み干した。ただ、これではあまりに身体に悪いのでしばらく
して500ccの牛乳を買ってしのぐことにした。
 ラジカセをかけて隣室の大学生からどなられたこともあった。
 人間って意外に苛酷な環境でも生活できるもんだと思うよ。頭ではなく
実際に体感してやれるかどうか判断することが大事だ。

2012年4月19日

中国

 知り合いの中国人、日本と中国の間でなにか問題が起こるたびに
ぼやくぼやく。「政府と自分たちは関係ない」ってね。
 確かにそうだ。政府には政府の思惑、考えがあるだろう。

 ただ、それを日本人の多くは「中国のやることはけしからん、中国人
はいけない」につながりがちだと思う。

 あなたの出会う中国人は政府の要人ではなく、ただの庶民だ。
 その庶民に向かって「中国は生意気だ。いいかげんにしろ」とたたき
つけても、実はムダな労力に過ぎない。

 ボクの周囲の人間も、つい相手が中国人だとこの手のムダな動きを
始めようとする。中国人はよく言う。「政府のやることとオレたちとは
関係がない」ってね。

 実は、ボクの父親の父親、祖父は志願して軍人になった人だ。その祖父
は中国で戦ってる。そして、上記、中国人の出身地を聞くと、その戦地
にかなり近かった。ボクとしては後ろめたい気分にさせられた。

 ただ、祖父が戦争を仕掛けたわけではない。
 国の大方針としてそのような結論に至っただけだ。

 おまけにボクは去年の正月、祖父が戦ったであろう、その地を旅行
で訪問した。いや、細かくとらえて訪問したわけではなく、「あーかなり
近いなー」っ感じ。

 そのボクに対して「オマエの祖父は悪いやつだ。なんとかせい」って
言われてもなにもやりようがない。この件については知り合いの中国人
にも話してあるが、いつも「それは政府のやったことだから」なんて
話してくれる。おかしなところで日中友好だ。

 よくテレビでも中国人にインタビューすると「政府の見解だから」
みたいな大人の意見が聞けることが多い。それに反して日本人はおおむね
「ええかげんにせい」だ。

 近い国は問題が発生することが多いという。当然だろう。
 ただ、ボクたちは政治的な問題と民間レベルでは分けて考えなければ
ならないはずだ。この点は日本人はもっと大人な対応というものを
身につけるべきだと思うね。

2012年4月18日

外国人

 かなり前のことになりますが、近くの高校で勤めてる外国人(イギリス人
だったと思う)と知り合いになり、食事したことがあります。
 ボクの知り合いがその外国人と同じ勤め先で、たまたま一緒に食事したとき、
「それでは次回に」なんて話になったのでした。

 しかし。
 すさまじいことですね。ボクは中学にあがる前、「中学校では英語の
授業があるから習っておこう」と塾にも通っていましたが、ズルズルと
成績は落ちていき、なにがなにやら分からなくなっていた。

 それから勉強はするんだけれども、成績は悪く、英語が外国人との
意志疎通のためにあると実感したのはハワイに団体で出かけたとき。

 ハワイの税関で係の人がなにを言っているのかさっぱり分からず、
困ったことも記憶に残ってる。そんな人間がなにが悲しくて外国人と
食事しなければならないのか。ボクが希望したんだけど。
 やはり外国人との1対1の会食はなかなかに大変で、相手も困ってた。

 この人は高校で英語の授業を受け持っているため、旅行に来た外国人
とはかなり意味合いが違う。カタコトの日本語も交えながら、ボクは
デコボコの英語を交えながら話しをした。ボクも困ったが、彼もかなり
困ったはずだ。

 歴史的対談もそのとき限りではあったが。
 あなたもきっとこんな場面展開になると困ってしまうに違いない。
 いや、そもそもこんな展開にならないよう注意するかもしれない。

 そのとき痛感したのは英語とか言語というのは「きちんと話せる」
ことに意味があるのではなく「なにを伝えたいか」にあるんだとね。

 外国人と接触する場合、運動会を企画したり、森の中でのジャングル体験
など身体を動かすこととセットにするといいかもしれない。
 「外国人とは言葉が通じないから話をしない」なんてのはちょっと
いただけないな。広く交際していくべきだよ。

2012年4月17日

留学

 ボクは中学を卒業と同時に京都に単身、留学することになるのだが、
そのわずか3年ばかり前、父親はアメリカに短期研修旅行に出かけていた。
 すっかり忘れてた。しかし。この研修旅行がすごかった。当時のお金で
60万円。現在の価値に直せば300万にもなったかもしれない。

 期間は3週間。「第七艦隊の基地に行った」というからロサンゼルスだろう。
 そこの富士山くらいも高さのある場所で研修があったらしい。この研修、
金額もさることながら、参加者もすごかった。

 メンバーには国会議員の先生や、服部時計店社長の服部さんなどが
おられた。国会議員の先生とはその後も付き合いが続く。
 「これを機にアメリカでスーパーを開く」メンバーもいたらしく、
先見性の高い人たちが参加していたのだと、改めて感じる。

 今、考えてもこの研修旅行の費用は多額のお金がかかったと思うが、
これだけのメンバーに触発されたわけで、安かったかもしれない。

 父親はなぜこの研修旅行の存在を知ったのか。そのころ海外旅行
は一般化してなかった。このころ研修旅行に60万円の費用をかけることの
できる人などごく限られていたはずだ。3週間の休みも必要だし。

 同じころ、ボクはとっくに勉強に向かう気を失っており、部活動も
やめ、テレビざんまいの日々を送っていた。昼の4時ごろからテレビの
前に座っているのだが、父親や母親が帰ってくると怒られるのは分かって
いるのでビクビクしながら見ていた。だったな。

 そして。
 中学3年の秋ごろ、「京都に行かないか」って話になったのだが、
今、考えてみると父親のアメリカ研修旅行とボクの留学はかなり密接な
関係があったのかもしれない。父親は外界を知ることの大切さをこのとき
深く理解したのだろう。外界に出て刺激を受けることの大切さを。

 ただ、ボクは現在の暗い状況から脱することだけ考えていたのだが。
 どうだろう。
 決してだれもが同じことができるわけではないが、刺激を受ける場を
用意することは大切だと思う。なにかにトライしてほしいものだ。

2012年4月16日

不満

 ボクは高校になるとき単身京都に留学してる。それを言うと多くの
人が「よくやり遂げたね」なんて口にされる。それに対してボクはいつも
「あんなの、だれでもできますよ、ボクができたんですから」と返答
していた。先日もボクの留学のいきさつを知るおじさんと話すことが
あり、「あんたはやり切ったのー」なんて言われた。

 「京都に行きます」と宣言した者は継続しか考えられないと思うの
だが、他の人の感覚では必ずしもそうではないらしい。

 ま、そうした観点から改めて考えてみると、あるね。それは不足、
不満を感じていたことだ。ボクは私立中学受験に失敗してるし、
その後の中学の成績もふるわなかった。かなりの日数、遅刻、早退をしてる。

 始めた部活はすぐにやめてしまった。
 それからは毎日テレビを見たりレコードを聞いたりして過ごした。
 今、思い出すが、あれは楽しくもなんともなかった。

 ボクの京都留学はそれら不足があるからこそ実現したのかもしれない。
 普通に暮らしてる中学生が「あんた、今から京都に行くか」と聞かれ
まさか即答はしないだろう。そこのところがボクには分からなかった。
 実はボクは即答したんだ。

 あのころ漠然と「あーオレってこれからもなにも起きないだろうな」
なんて感覚が言葉じゃなく気分としてあった。うまくまとめられないが、
「こんな気分のまま生きていくのか」そんなものが充満していた。
 だから決断も早かったのかな、なんて。

 人間というものは充足しているとなにも考えない生き物なのかもしれない。
 不足。不満。どれも基本的にあまり好かれない心のありようだ。

 だが、不満がなければ人はなにもしなくなるだろう。不足があるから
「このままじゃいけない」って感じる。それからすれば不満を大いに
活かすことも大切なのかもしれない。好きな人はいないが、それがなければ
行動もしないのかもね。

2012年4月13日

可能性

 ネットの世界はこれからまだまだ飛躍発展していくはずだ。
 あまり一般的ではないネットの使い方を紹介してみたい。きっと
驚かれるだろう。

 ボクが小学生のころ母親が「あんたも新聞くらい読みんさい」と
いって小学生新聞というのをとってくれた。そのおかげもあってか
図書館などにもよく出かけ、ひいては大人になっても毎月毎月、たくさんの
本を読むようになる。毎月20冊以上は買ってると思う。

 それだけたくさんの本を読んでいれば、もちろんのこと「この著者は
すばらしい」なんてことも起こる。で、これまでなら出版元に手紙を
出す、なんてことをやっていた。出版元が著者に転送していただけるわけだ。

 ただ、これまで何度か手紙を出してきたが一切、反応がなかった。
 実際に著者の手元に届いているのかどうかすら分からない。
 これは出版元ばかりでなく、著者の事務所の住所が記載されている
こともあり、そこに出しても結果は同じだった。

 ただ。今では著者のブログなどを確認し、翌朝にはそのブログにコメント
を残し、その翌日にはコメントに対するお返事までいただくことが多い。

 「実際に手紙を出す」となると費用もかかるし、手間もかかる。
 コメントを返すくらいは比較的簡単ということだろう。
 これまで本の著者に出会うことはなかなかに難しかった。

 それが今ではこれほど手軽におこなえるようになった。
 これ、時間と費用の点から考えてもすさまじいほどの発展ぶりだと思う。
 たまに興味深く読んだ本をブログなどで紹介することがある。それを
見た著者が(検索してるらしい)コメントを残してくれることもある。

 ネットでは九州の人と北海道の人があまり手間もかけずにお互いの
趣味について分かりあえる状況が出現している。これって実にすばらしい
ことだ。もっともっとそれぞれの人がネットの可能性を見いだし、
新しい展開を開いていくことを願ってやまない。

2012年4月12日

サウスポー

 ボクが子供のころ、学校の中にサウスポー、左利きはいなかった。
 もとい。左利きは右利きに矯正されていた。今やこの矯正という言葉
そのものがどこかに追いやられてしまったな。

 では、なぜ、左利きは右利きに変更させられたのか。
 この世は右利きに便利なようにできているからだ。

 ボクたちもともと右利き族は社会が右利き用に作られていることすら
分かっていない。ビートルズのポールは自転車をこぐとき、どうしても
前進できなかったと言われている。ポールのギターは左利き用だ。

 今の社会、「ねじる」行為は一日にどれだけおこなわれていることだろう。
 ボクが毎日飲んでいるコーヒーにせよ、左に向かってねじるが、
もちろんボクはなんの違和感も感じないが、これにせよ違和感を覚え、
戸惑う人たちはいるわけだ。

 これらデメリットがあるからこそ、矯正された。
 ただ、もちろん現在、あまり矯正はおこなわれてないようだ。
 どの学校にもかなりの左利きがいる。

 よく野球では「サウスポーが有利」なんて言われていたが、あれも
改めて考えてみると「騙し討ち」のニュアンスが感じ取れる。
 次第にバッターも左に立つようになった。これは一塁に近いから、らしい。

 以前、ある人から「この世は実は左利きの人の方が多い」なんて聞かされた。
 どうも納得いかない。実は左利きの人が多いのであれば、社会全体の
システムが左利き用になってるはずで、そのときはボクたち右利き族が
不便を受け入れることになったはずだ。

 ボクはこの右利き、左利きの話を聞くと、いつも同じことを考えてしまう。
 生涯(すいません)にわたって左利きは損をするのか。であれば、右利き
に矯正することが得策なのか。野球以外にサウスポーである利便性は
あるのか、ないのか。今のところ、応えは見つかっていない。

 ただ、ユニバーサルデザインとかいわれて、だれもが使えるようになって
きてはいる。だが、まだまだだろう。これも社会的損失の一つだと思う。
 ボクの疑問にだれかすっきりとした応えを用意してくれるとうれしいな。



2012年4月11日

目標

 みんなはさ、段階を追って物事を進める、なんて考えてはいないだろうか。
 最大の成果を出したいなら、目標は最高に定めるに限る。

 ボクは珠算8段、暗算段位9段だが、これらは最高位を目指すことに
よって到達できるかどうかにまで大きく関わってくる。

 ボクは4段くらいのときかなり悩んでいた。
 珠算の種目を暗算でやらなければどうしても間に合わないと感じて
いたから。ただ、暗算でするとなると高度な暗算の力が求められる。

 だけれども、暗算でやらなければこなせない。
 いや、こなせる人も多いのだが、ボクの場合、時間を短縮してやろうと
すると、それ以外に方法がなかった。

 よって、ボクはこの時期、4段を既に取得していたにもかかわらず、
2段くらいに腕前を落としてしまった。珠算をやっていると決まって
これらの落とし穴が待っている。

 ほかの種目についてもそうだ。「今の方法ではスピードに限りがある」
と分かってる。だから早い方法を模索するのだが、一時期、取得した
段位から落ちてしまう。後戻りしてるようなものだ。
 「なんで4段を取得してるのに。2段になってしまうんだよ」だ。

 人はたいてい、3級が合格すると2級を、2級が合格すると1級を
目指すものだ。だが、この段階を追って進む考え方はときに間違いでもある。

 段位になれば恐ろしいことに「6段の腕前の人が3段にしか合格できない」
ことが実際に起こってしまうんだから。ボクもありましたよ。

 これらのことを眺めてみたとき感じることは。
 「最高位を目指しておけば、途中途中でなにをやらなければならないか」
明確になるということだ。一度下に落ちることも正しい過程だと認識できる。
 上がったり下がったりを繰り返して上に向かって進むものだから。
 最終的に最高位にたどり着かなくてもいい。ただ、最高位を目指すことが
大きく上達する秘訣であることは確かだ。

2012年4月10日

プロ

 飲食店に、出かけてみるとお休みだった、なんてことはたまにある。
 以前は連絡なしにお店に向かっていた。するとたまにだが、お休みに
出くわすことがあった。「あれっ、今日、休みか」。店の休みは覚えて
いるから突発的なお休みだ。

 飲食店って大変だなーってつくづく思う。
 ボクたちも同様だ。

 プロの仕事というのはこの、決めたことを死守できるかどうかに
かかっていると思う。ボクのところは突発的な休みは一度として起こして
いない。人間、だれしも調子の悪いときがあり、いろんな都合もある。

 それでも、その日、そのとき開催するのはお客さんとの約束であり、
それは契約の一種だ。
 プロの仕事はなにが違うかというと、この突発的な危機をうまく乗り
越えられるかどうかだと思う。

 「行ってみたら休みだった」、これほど期待を裏切るものもないはずだ。
 飲食店の場合、三カ月に一度くらいしか来店しない客もいる。突発的な
休みを取った場合、対応できないのも当然かもしれない。

 ボクのところはたまに研修が入ることがあり、その場合、事前に案内して
対応している。飲食店はこれができないから辛い。

 最近、飲食店は携帯サイトによる登録をお願いしていることが多いが、
案外、突発的な休みをうまく伝達できるのも利用の理由かもしれない。

 たまに飲食店の案内で店先に「今日はお休みします。すいません」
とか「長い間、ご愛顧、ありがとうございます。閉店いたしました」の
張り紙を見ることがある。それが風に吹かれてカサカサいってたりする。

 「始めるときは盛大でもやめるときは紙一枚か」なんて思う。
 「やめるときはみんなそうだが、紙一枚だよな。せいぜいやってる
ときが華ってわけだ」なんてことをつくづく感じてしまう。
 せいぜい、やってる間はプロにこだわっていたいものだ。

2012年4月 9日

安心

 かなり前のことになるが事務所に泥棒が入った。それからしばらくして
その泥棒はつかまった。確か九州でつかまったと聞いた。
 そのとき、泥棒の所持金、何百円、で千円に届かなかった。

 警察から「弁済できればさせますから」なんて連絡をいただいたが
もちろん弁済なし。知り合いは同じく泥棒の被害にあい、ただ、
泥棒の親戚が弁済して済ませた。知り合いにはお金が戻ってきた。

 よく逃亡中の泥棒、「つかまえてみると所持金100円あまり」など
報道されるがおかしく感じたことはないだろうか。盗んだお金はもっと
もっと多額なのに。

 要するに、泥棒とは安心してお金を使える状況にはなく、ありったけ
を使える場で使って、それではい終わり、が現実なんだな。

 泥棒したお金で土地や建物が買えるはずもなく、車も登録が必要なので
難しい。あと、使えるところと言えばお店でおいしいものを食べるか、
競輪競馬で散財するくらいしかないのだろう。

 「これは来年の春の旅行のためにとっておこう」なんてできるはずがない。
 つかまってしまえば使うこともできないんだから。

 そこまで想像すると泥棒というのはつくづく割に合わないものだと思う。
 ボクたちにとってごく当たり前の「手持ちのお金を使える」、たった
それだけのことが豪勢なことになってしまうんだから。

 今の日本ではお金があればなんでもできる態勢になっている。実はこれは
大変うれしい状況なのかもしれない。もちろん多い、少ないはある。

 だが、だれもが安心して使え、好きなものを好きなように買い入れてる。
 このこと自体がとてもありがたく、うれしいことだとは聞いたことがない。
 あまりにも当たり前すぎて、分からなくなっているわけだ。
 「お金で好きなように好きなものに使える」、これは実にうれしい
ことなのだ。ありがたいことなのだ。

2012年4月 5日

社交的

 「池田さんって十分、社交的じゃないですか」。
 先日、何人かでお話させていただいたときのこと。

 「池田さんはこれからの希望とかあるんですか」って尋ねられたので、
「そうですね、もっと社交的になれたらいいですね」と返答したことに
対する回答が上記である。そうかなー。

 ボクはいわゆる雑談が苦手。何人かで話していても「なんか、楽しい
話題を提供しなくっちゃ」とか思うのだが、そう思うとなおさら格好の
話題が見つからなくなる。シラケた空気にしてもまずいしなーって。

 「だれとでも楽しく話せ、(楽しい人なんだ)って思っていただければ」
なんて考えるから、「もっと社交的に」だ。

 「社交的でもないですよ」「いえいえ、十分、社交的ですよ。だって
あんなにお友達とかいるじゃないですか」。「まーそう言われれば」
 「人って自分が見る自分もいるけど、他人が見る自分も存在しているん
ですよ。何人もで社交的って断言してるんだから、やっぱり社交的なのよ」。
 だそうです。

 ボクが社交的かどうかは知らないが、注意してることはある。
 ボク自身が他人を観察して思うことだが、ムスッとして堅い顔をしている
男性はとても多い。ボク自身もそうだった。この手の人は「話してみると
案外、普通で楽しい」とか言われたことがあるはずだ。

 よって注意すべきは「できるだけニコニコ」に努めること。
 ボクは最近テレビがなく、その手の話題になると困ってしまうが、
「テレビ、あんなのつまらないから見ませんよ」とは言わないように。

 それから人は基本的に「自分よりすごい人」と話していても楽しくない。
 よって少しだけ自分のことを落として話すといい。

 「社交的ではない」「社交的になりたい」と思う人は出会ったときに
できるだけ笑顔になるよう努めるといい。社交的ではないボクが言うのも
おかしいけどね。それからできるだけ大きな声で話すこと。
 気の利いた話をしようと焦るより、「いつも明るくほがらか」な方が
良いと思う。努力より注意、かな。

2012年4月 4日

怒る

 先日、同じ日に二人の方から全く同じことを言われた。
 「池田さんって怒ること、あるんですか」。
 返答は「怒ったり、どなったりしたことは、記憶にある限り、ありませんね」。

 20代のころ車の運転をしているときなど、急な割り込みや危ない運転
でヒヤッとさせられたときなど、窓を開けてどなったことがある。

 どなっただけで終わればいいのだが、問題はその後。
 耳の上あたりが急激に痛くなる。夜なら寝れば症状はおさまるのだが、
そんなことがよくあった。なにか血流がおかしくなるみたいで、血管が
ギュッとしめつけられたようになる。

 たまにだが、そんなことがあり、怒ること、どなることがどれだけ
身体に悪いかつくづく実感させられた。
 事象としてはそこで終わっているはずなのに、頭痛だけはそのまま残る。
 考えてみればバカな話だ。

 これはボクのみに限った現象ではないはずだ。
 だれしも、怒ったり、どなったりすると血流がおかしくなり、頭痛が
したり、調子を崩したりするはずだ。そこまで分かっていれば対応策は一つ。
 怒ること、どなることをやめるしかない。

 また、ボクは嫌なことがあった日には酒を呑まないことにしてる。
 やはり20代のころ、愚痴りながら酒を呑んだことがあるが、翌日
二日酔いになり、愚痴りながら酒を呑むことの危険を知った。

 逆にうれしいことがあったときに呑む酒は、日ごろの倍近く呑んでも
二日酔いにならない。気分がこれほど人体に影響を与えているとは。
 考えてみれば恐ろしいことだ。

 つい、どなったり、怒ったりする人は人体に恐ろしく悪影響を与えつつ
生活していることを改めて実感した方がいい。
 怒ることがどれだけ人体に悪いか。すさまじく悪いと思うね。


2012年4月 3日

ハガキ

 毎月、毎月、初対面で出会った人たちにハガキを出します。
 このところ少なくて月に10枚くらいかな。久しぶりに出会った
人たちにも出しています。

 これまで長らく、「月に30枚」とか決めていたけど、そういう
取り決めはやめ、必要があれば出す、に変更した。
 よって、今みたいに初対面の方、久しぶりの方に出すことがほとんど。
 反応ある人もあればない人もいる。さまざまですね。

 そして、たまに、ハガキを出した人と出会うこともある。そんなとき。
 「すいませんね、池田さん、ハガキをもらってたのに、忙しくて
返信できませんで」みたいに聞かされることがある。

 ボクは実に不思議な気持ちにとらわれる。
 「初対面の人になんらかの働きかけをする以上に忙しい用事なんて、
あったっけ」です。ボクは思いつきません。

 ボクにとって初対面ハガキは最優先の用事です。ほかのことはしなくても
それだけはおこないます。そういう性質のものです。

 ボクたち自営という職業は常に常連さんだけでお仕事が成立している
わけではありません。それに解(かい)が初対面の方からもたらされる
可能性も捨てきれない。それに次回というのは初回があって成り立つこと。

 これだけ考えても、初対面の方がいかに大切か、いかに大きな意味を
持つか、計り知れないと考えています。

 分かったことですが、現在の友人もいろいろな形で出入りがあるもの。
 ほったらかしにしておけば人間の交友関係など意外に早く小さくなって
しまうもの。出入りは常にある、と考えておかねばなりません。

 ボクにとって初対面の方とは無限の可能性のある方たちということに
なります。それらの方に働きかけをすること以上に重要な用事は、
今のところいくら考えても思いつかないですね。
 ハガキに限定せず、いろんな働きかけの方法を考え、実践すべきだと
考えています。

2012年4月 2日

独立

 ボクの知り合いにある方がいましてね、その方は「これから自営を
しようか」なんて人にアドバイスをされることがあります。
 ほほー、おもしろいなーと思い、その内容を聞いてみました。

 それは。
 「まずお友達リストを作りなさい」です。「お友達や知り合いがどれだけ
いるか数えてみなさい。それをリストにしなさい」。
 「その数が300に届かなかったら独立は難しい」なるものです。
 意外に簡単でしょ。

 その段になって独立を目指す人はこれまでの無為無策を反省させられる
ことになるのでしょうか。独立するためにはなにより「やることやって
ないとダメ」なわけですね。なら、「やること」とはなにか。

 お友達や知り合いを作る。作ったらメンテナンスを欠かさず、お互いの
利益につながることはなにか模索し続ける、です。
 これもやろうと思えばできる。

 ただ、人は会社に就職すると、いきおい「会社内が世界の全て」に
なりがちで、「呑みに行くといえば会社の人」と決まっていたり、
せっかくの同級生の人脈もほったらかしで機能せず、なんてよくある話。
 まーそんなことを口走るボク自身、メンテナンスなどやってないに等しい。

 独立する人は、どことなくこれらのことを念頭に入れ、行動しているの
だろうと思います。

 よく独立というと「かっこいい」「部下がたくさん」「ゆくゆくは大きく
してきちんとした本社も」などと夢想するかもしれませんが、そういう
のはふとんの中だけにしておきましょう。

 現実の独立はかっこ悪いことの連続で、毎日が無料のジェットコースター
に乗車させられているようなもの。おかげでボクは料金を払って乗った
ことがない。

 先日、ボクもこれから独立しようと考えている人とお話させていただいた
が、「仕事とは世界観」だとね。「お友達300人リスト」と同じだと思う。
 どこからどこまでが、自分の世界か、が問われているわけだ。