2012年3月30日

投資顧問

 先般、AIJ投資顧問が破綻した。連日、いろいろなところで騒がれている。
 さて。
 投資顧問というくらいだから、お金を預かって運用する会社なわけだ。
 この「お金を預かって運用する」ことほど難しいことはない。

 ボクは自分のお金を預かって運用しているが(意味は分かりますね)、
これまでの戦績は「2勝6敗」くらいか。

 ただ、運用失敗しても釈明などせず「運が悪かった」「時期がまずかった」
くらいの報告で済ませている。一般的には「あきらめる」と言われるやつだ。

 お金には魔力がある。ボクは当初親から24万円をもらって投資を
スタート。それからは自分が働いて得た資金のみを運用してきた。

 時間を経て大きくなったり小さくなったりする。ただ一貫しているのは
その全体像をきちんと把握できているところだ。自分のお金を預かって
運用している人に共通していることだ。

 「お金の魔力」とはこういうものだ。全体像が1000万だとする。
 その1割を運用、損したとすると、損失は100万。投資顧問が預かって
いた資産は2000億だそうだから。1割の損で200億だ。

 あなたが懸命に働いても200億は稼げないだろう。そんな金額を
「あ、1割、下がった」で消失してしまえるわけだ。これが魔力である。

 ボクら零細の投資家の場合、元の金額が少ないので5割くらい下がっても
平然としていられる。「全体像をきちんとつかんでいる」というのは
「上がってこれだけ」「下がってこれだけ」の把握が簡単だとも言える。

 投資顧問とボクら零細の投資家の一番大きな違いは。
 時間を味方につけることができる点だ。顧問会社は「いついつまでに
決済して損か儲けかを確定させ」なければならないが、零細投資家は
損になっていればただ単に「少し伸ばそう」で伸ばしてしまうだけだ。

 どんな団体もお金を集めた段階でお金の魔力にとりつかれる。
 お金を運用しているのではなく、振り回されてる、だけになる。
 「お金は集めると腐ってしまう」とも言えるかもしれない。
 ただ、会社で運用しても損することもあるし、個人で運用しても損
することはある。「だったらどうするんだ」の違いでしかないね。

2012年3月29日

聞こえない

 高校生のとき、留学先の先生が脱兎のごとく教室から出ていかれた
ことがある。ボクは驚いて「なにがあったんですか」と。

 先生は「二階の窓が外れて下に落ちた」。教室の横は排水路になって
おり、そこに落下したんだ。

 ボク 「いや、全く聞こえませんでした」。 先生 「注意していれば
聞こえるもんだよ」。

 たまにあのときのことを思い出すのだが、一つのことに集中している
ようで、いろんなところに気を配る。だから、日常にはないノイズに気が
つくことができたのかなと。

 ボクにも特技がある。
 よく紙でできた袋を触ることが多いのだが、中にお札が入っていると
触っただけで分かる。「あ、中にお札が入ってる」ってね。
 これ、周囲の人に「分かりますか」と尋ねるとみんな「分からない」らしい。

 ホッチキスがある。
 あれ、最後の一個を使うと少し違和感が残る。「あ、なくなったな」と
分かる。それを周りの人に言うと「分かるわけない」だって。

 人間には実に不思議な能力があるものだと思う。
 ボクの左手の親指は紙が一枚かどうか確実に判定することができる。
 一枚ではなく二枚なら、「あ、多い」と瞬時に分かる。

 知り合いから聞いた話だが、車会社にお勤めの人は車のエンジン音を
聞いただけで「あ、トランスミッションがおかしい」とか分かるそうだ。

 プロになるということは、だれもが聞き取れない音を聞き取れるように
なるということなのかもしれないね。聞こえないものが聞こえ、見えない
ものが見えるようになる。幽霊みたいだけど、プロっていうのはそういう
ことだと思う。
 あなたはほかの人が聞こえない音を感知したりできるだろうか。

2012年3月28日

そのうち

 ボクたちはつい「そのうちね」を口にしていないだろうか。で、そのうち
はやってこないこともちゃんと知っている。
 ボクはいつも言い聞かせてる。「すぐにやろう、すぐに」。それだけ
難しい課題だから、だろうね。

 つい先日、「そういえば源流を探してみたいって思っていたよな」
なんて思った。いつも登る城山に水が流れてる場所があるんだが、その
源流を見つけてみたいと思っていた。

 ただ、なんとなくいつも後回しにしていた。よって、その日、とうとう
決行することにした。なに、簡単だ。水が流れてくるところからそのまま
上流にあがればいい。およそ30メートルほど高度をかせぐと源流に
たどり着いた。降りるのが大変だったが。

 そして、昨日。よく行く料理屋さんで「知り合いがスタンドを開いた。
機会があれば寄ってほしい」と聞かされていたスタンドに出かけた。
 聞いて一週間しか経ってない。スタンドだが禁煙で、カラオケも置いてない。
 そもそもスタンドに立ち寄るのも何年ぶりだ。

 この料理屋さんからは「カクテルを出す店がある」とも聞いており、
さっそく出かけた。

 これらのことは思い立てばすぐに実施できる。「念願だった高級車を買う」
ほどの勇気は必要としない。お金はかかるが、節度を守れば大丈夫。

 ボクも呑んだ席などで「あー、はいはい、あれ、たくさんあるから
あげるよ」みたいな軽い約束をすることが多い。これらの約束、ほぼ
実行されることがない。

 ボクはそれらを「のどにささった魚の骨」のようにきちんと覚えておき、
実行しなければならないと、いつしか考えるようになった。
「いつかやる」「そのうちやる」は決してやってこないことを、みんな
知っているよね。たいしてお金がかからないことなら、すぐに取り組もう。
 つい、後回しにしてしまう考えがダメなわけよ。

2012年3月27日

名刺

 名刺の裏に500円玉をはりつけてやろうと考えたことがあった。
 結局、やらなかったけどね。

 名刺交換して、裏に500円あればちょっとうれしいかな、って。
 ただ、「こいつは出会いをお金で買うのか」みたいに思われる危険性
も考え、実際には一度もやってない。誤解を招きかねないのは確かだ。

 だれかと待ち合わせして食事しようとする。それだって費用は発生する。
 人との付き合いはとかくお金がかかるものだ。
 ボクの場合、ハガキも出すから、合計してみれば500円ではきかない
金額がかかってる。

 なぜ、500円かというと、神社でお守りなど買うと「ご縁があります
ように」なんて紙があり、5円玉がひもでつながれていたり、箱の底に
置かれていたりしたのを見て、だ。

 世界的にもコインに穴のあいたものは珍しいそうで、外国では5円が
重宝すると聞いたことがある。お金はマルを作って表現する。この穴が
それを表現しているとも言える。5円はご縁でもあり、すこぶる縁起の
いいお金なのだ。

 ただ、名刺に5円をはりつけても不気味に思われるだけだろう。よって
500円だと考えたわけだ。実施はしてないよ。
 「ご縁が続きますように」とでも書けばいいかもしれない。

 ま、名刺には純金でできたものもあるそうだから。今、金の価格は
はね上がっているから、すごく価値のある名刺だよね。ただ、実際に
名刺というのは純金ほどの価値がある、ときもある。
 純金の名刺を配る人もそんな気分なのかもしれない。「値千金」ってね。

 こんなことを書くと「じゃ池田さん、やれば」なんていう人が必ず
いるだろうけど。やっぱりやめとく。誤解されるのがオチだから。
 それより、500円はその方に差し上げるつもりで、なにかしてあげる
ことにしよう。これの方が正解だよね。

2012年3月26日

お祝い

 5年くらい前になるか。こんなことを思いついて取り組んだ。
 そのころボクはよく周囲の人たちにハガキを出していた。
 で、それらの方の誕生日にお祝いカードが届けば楽しいだろうなと。

 アメリカではグリーティングカードと呼ばれている。こちらは
ハガキではなくメッセージカードだ。それをハガキでやろうと考えたわけだ。
 で、結果はどうだったか。
 いやー、なかなか。これが難しい。

 まずハガキが誕生日に届くかどうかの問題。周囲の人たちの誕生日を
いかにして聞き出すか、の問題。そして、そもそも名簿に20人くらい
しか記載できなかったのだが、ここが一番の問題だった。

 グリーティングカードを差し出す相手が365人いるとする。
 であれば、毎日1つ仕上げればいいわけだが、20になると難しくなる。
 きちんと覚えておけないわけ。

 それに、知り合いの住所にしても会社の住所も多く、土日をはさむと
確認するのは出社したときになる。など、やってみると意外に難しかった。

 それに、そもそも友人であればまた別だが、ちょっとした知り合いくらいで
お祝いカードが届いてどれほどうれしいか、の問題もある。
 これは意外性も重要だが、誕生日を聞き出すときに、ほぼ内容が知られて
しまう危険性も高い。

 よって、すぐに取りやめにしてしまった。
 いろいろ思いつきはするが、うまくいかないものの方が圧倒的に多い。

 ボクは20代のころから「お金をかけずに、いかに感動を与えられるか」
がテーマになっていた。だって仕事の基本でしょ。
 この考えもそれにのっとっていた。

 もちろん、たくさんお金をかければいくらでも感動できる。だが、
お金って限りがあるし。ボクにもあまり持ち合わせはないし。

 あまりお金をかけずに感動してもらうには「場面設定」と「時間設定」
が大事になってくる。実行するタイミングと創意工夫だね。
 これからも取りやめになるものの方が多いと思うが積極的に取り組んで
いこうと思う。

2012年3月22日

成せば

 「成せば成る、(ただし、ほとんどの人にとっては難しいけど)」。
 先日、ある社長さんと話していると以下の話に。

 「今日、学校の先生に会ってきたんだけど、最近は有名大学を卒業
した人も自分に自信がないらしいよ」。ボクは聞いていて思った。有名
大学卒業の人の方が「ここが自分は劣ってる」が分かるわけで、自信なんて
なくなるだろうなと。

 このごろみんな自信を喪失しているが、その元になっているものに
「成せば成る」があるのではないだろうか。成せば成るのだろうか。

 ボクは19の歳から株式投資をやっているが、そこから得られる事実が
たくさんある。「学生に人気のある企業ランキング」の株式を売買しても
うまくいかないことが多い。なぜか分かるかな。既にして高い値段をつけて
いるからだ。

 確かに値上がりするかもしれないが、株価が2400円ぐらいしてて
投下資本もたくさん必要だ。たくさんお金を用意して、少しの値上がり
を得られる、が実際のところだ。学生にしても同じことが発生する。

 東電は去年、大事故を起こしたが、もともとこの企業はすさまじく人気の
ある会社だ。そこに有名大学を卒業した方が入社する。これからは大事故
の収束のために忙殺されることになる。給料はたくさんもらえるかもしれない
が楽しい仕事じゃないよね。こんなことは株の売買をやっていればいくらでも
ある。「チッソ」なる会社は賠償金を支払うために会社を存続させている。

 株式投資をやっていると、つい「株、こんなところを売買してうまく
いきました」みたいな記事が気になって読んでしまう。内容は「ここの株
を2009年に買い、2010年に売りました」みたいなことが書いてある。

 その株を2012年の今、売買してうまくいくだろうか。過去に起こった
出来事が再び起こるならだれも苦労はしない。今はネットにて暴騰した
銘柄なんてすぐに分かるから、それにてうまい売買ができることになる。
 できやしないよ。

 肝心なことは過去に起こった出来事ではなく、これから、なんだから。
 大学生にしても同じことで、長老みたいな会社に入るのがいいのか、
元気で若々しい会社がいいのか、もっと真剣に考えた方がいい。
 「企業30年賞味説」もある。30年で業界から消えてなくなる、ことを
言うのだが、大学生は定年までもたないことになるよね。

2012年3月21日

スナメリ2

 ここは本州と九州の接点になる場所。大きな船がひっきりなしに目の前を
航行しています。
 初めのうちは「ほら、あの船の手前」とかだったのが、かなり手前に
あるブイになり、そのブイの手前に、そのスナメリがいると。

 「あー、今、二手に分かれました」「あそこにはたくさんいますね」
など、説明されるのですが、こちらとしては、眼前のなめらかな海が
ときに作り出す「波のいたずら」にしか感じられない。

 スナメリにはせびれがなく、シャチやその他のクジラのように一見
しては分からないんですね。海面からはうかがい知ることはできないんです。

 水族館の生物たちのようにガラスの向こうでたわむれてるわけではないので
確認するのが難しいのは当然かも。前日、テレビの取材が入ったそうですが、
撮影にはいたらなかったそうです。
 観察会の方によると「上げ潮になるとそうとう近くまで寄ってきますから
チャンスですよ」。

 とうとう。そのときは来た。
 これまで、こんな機会に何度か出くわしたが、結局、確認できず、が
ほとんどだった。この日は違った。

 「ほら、2頭が、あれは食事が済んで遊んでいますね」「右から左に
向かっています。いいですか、あのあたり、もうそろそろですよ」。
 浮上するタイミングまで分かるようだ。

 かすかに、海面に沈んでいたペットボトルが浮き上がった、がスナメリ
だった。しばらくすると、また案内があり。船の航跡のように、進行方向
を見つめていると、またペットボトルが反転、みたいな感じで。
 浜からはわずかに3・4メートルほどか。上げ潮のとき浜に最接近する
みたいだ。

 うーーーん。まさか滞在時間2時間あまりでここまで見学できるとは。
 しばらく眺めているとカモメたちが群がっている様子も分かるように。
 カモメたちはスナメリが追尾するエサを目がけて集まってくるそうで、
その下を観察することが大事なようだ。ギャラリーは常に20人ちかく。
 花火大会のようにそのときを待ち受ける、みんなそんな感じだったな。

スナメリ2

スナメリ1

 スナメリって知ってますか。昨日、見てきました。あなたもいかが。
 一週間ばかり前、ラジオを聞いていると「浜からスナメリが見られる」と
放送していました。「スナメリかー、行ってみたいなー」と思い、
ネットにて探してみると。もともとは今の海響館なる水族館の先代水族館
があった浜に現れることを知りました。山口県下関です。

 浜は「関見台公園」なる名称がついていますが、ナビでは見つからない。
 よって「下関マリンホテル」を入れて出かけました。せっかくですので
このマリンホテルに立ち寄り湯させていただきました。
 スナメリもクジラで、世界で一番小さな種類だそうです。

 まさか、浜から見られるなんて、と思いながら目的地を目指しました。
 ボクはもともと「隠棲動物」、外国で「ヒドゥンアニマル」と呼ばれる
生物たちのことが好きで好きでたまらない人間。自然に暮らしていて、
ひょっこり人間たちに姿を見せる動物たちが、この日本にいるなんて。
 スナメリは隠棲動物ではありませんが。

 到着したのは午後2時半。広い駐車場に車をとめ、坂を上がると「浜辺
の広場」の標識。そこをくだると浜辺に出る。そこが見学スポット。

 このスナメリ、もともとは6年くらい前、海辺を散策する人たちが
見つけたようです。そして水族館に報告したりして、現在では連携して
観察会みたいなこともされてる様子。
 昨日も観察会の方がおられ、熱心に説明を受けました。

 しばらくすると観察会の方が「ほら、あそこ、いますよ。うわーーー、
すごい」なんて。「あのカモメがたくさんいるでしょう、あの下」などと
口にされるのですが、こちらはそのカモメすら見えない。
 観察会の方はデスクを置いて(簡単なもの)写真を展示して見せて
いただけます。いろいろな話も聞かせていただけます。2に続く。

2012年3月19日

実施

 先日、前々からの知り合いに誘われ例会に参加した。その後の打ち上げ
でのことだ。彼がしきりにボクがサンタになってプレゼントを配った
ことをほめてくれる。(かなり前のことなんだが)。
 で、いろいろ聞いてくる。

 「なぜ、やったのか」「やってみてどうだったか」「どんな問題が
発生したか」。ここで、つまりながらも返答できるかどうかが、現実に
それをやったかどうかの分かれ目になる。人は実施していないことを
さもやったことのように描写はできないもののようだ。ボクなんぞには
もっとできない。

 サンタさんになるのはもともとはテレビでやっていたから、だ。
 実施に当たってはいろいろな人に相談したが、ほぼ全ての方たちから
否定的な見解をいただいた。問題は発生しなかった。「うちのアパート
のほかの人たちにも配っていただけないか」は何件かあった。

 もともとは知り合いのお宅だけ尋ねたのだが、突然の訪問にも関わらず
みなさん、ウイスキーやらなにやら出され、「これを持ってかえれ、あれも」
といただき、出かける前より荷物が多くなったりした。
 ふと「わらしべ長者」を思い出す自分。

 この企画についてはだれにも具体的な相談はしていない。というか、
できない。「やってみてどうだったですか」の手本となる人がいないから。

 この辺りは保守的というのか、「とにかく新しいことはなんでもやって
みたい」と考える人は少ないようだ。当たり障りなく生きているんだな。
 やってみての結果だが、意外にみなさんの考えは当たらなかった。

 「警察に通報される」はいくつか聞かされたが、「なら、一晩ごやっかい
になろう」でおしまいだ。当人は冗談だったかもしれないが、聞かされた
こちらは真剣になって考えた。そばから観察する人はとても楽というわけだね。

 真実、実際にやったことにはどこかすごみというものがある。その話に
すごみがプラスされるわけだ。ここで断言しておこう。他人というものは
とりあえず反対するものだ。だから他人の話にてやるかやらないか決める
べきではない。

2012年3月16日

当たり前

 ゆうべ、ある男性とお話させていただきました。
 なんの話からそうなったか覚えていませんが。

 男性 「うちも年に一回、仕事でお付き合いのある方たちを囲んで
酒席をするんです。費用が10万円以上、かかるんですけどね。ただ、
このごろ、なにかやるのが当たり前になってきたみたいで」。

 男性 「(おい、次はいつやるんだ)とか軽く言われると、なにか
違うような気がするんですよね」。

 どんなことも始めたときはそれなりに意味や意義があるものでも、
いつか当たり前になり普通になる。「これはそもそもそういうものなんだ」。
 ボクもよく酒席の幹事をやるから分かるのだが、案外誘われて呑みに
来た人たちの心中は「わざわざ時間を作ってここに来ました」かもしれない。

 もちろん、それにも感謝(うーーん、自分にも当てはまるな)しなければ
ならないが、誘われた人たちも当たり前だととらえずに感謝することが大事だ。
 人はいつしかみんな当たり前になってしまう。

 かなり前のことになるが、ある女性と呑みに出かけたときのこと。
 「わたしは男性と呑みに行ってお金を払ったことはこれまで一度も
ありません」と言われ困ってしまった。「それはあなたの上司とか同じ会社
の同僚とかでしょ」。「オレは違うんだから」。

 当たり前の感覚はそれぞれ人によっても違う。
 そこのところはたくさんの人と接してみて、普通の当たり前を探るしか
ないかもしれない。

 その上で、当たり前だと感じているそのことを「おかしい」「ありがたい
ことだ」と感じなければならない。
 ボクはよく人から「池田さんはたくさんの人が集まってくれてありがたい
ですね」とか言われる。案外、自分ではそう思ってないんだけど。
 ハッとさせられる言葉ではあるな。
 「当たり前ではない」、それがなくなってみて初めて気づくのかもしれない。
 少し遅い気がするよね。


2012年3月15日

先輩

 「先輩と語ろう」を企画しました。
 先輩はわたくし、池田邦利です。よろしくお願いします。
 これまでなにか具体的な支援策はないものかと考えていましたが、
わたくしなりに取り組める方法はなにか。

 いろいろ模索してきて、いろいろ実行してきました。うまくいったものも
あればタメだった企画もあります。頭の中で考えたことは現実にやってみると
変更、手直し、放棄、いろいろです。
 ただ、やってみないことには、なんらの結論もないわけで。

 対象  25歳くらいから35歳くらいまでの男女を問わず。
 内容  わたくしと食事しながらいろんな話をする。できれば方向性
が見つからない人、なにかを頑張って取り組んでみたいがうまくいかない方。
 などの方々とお話させていただくのが一番適しているかと思います。

 特典  食事代はわたくしがもちます。交通費などは各自負担。
 ただ、二次会などはありません。高級レストランなども利用しません。
 時間  夜8時半以降。 2時間程度。

 場所  岩国から広島までのどこかのレストランか居酒屋。
 自薦、他薦を問いません。
 1対1か2対1くらいで考えております。

 わたくしはこの時間帯しか時間が取れず、また食事も終わっていないので
このような形式にさせていただこうと思っております。
 問い合わせはわたくし池田まで。  090-9063-3285まで
 週1ペースでやっていこうと考えております。

2012年3月14日

女性誌

 20代のころ、よく女性誌を買っては読んでいた。
 ただ、それを買うとき友人がいつも腹を抱えて大笑いする。すると
店員さんまでつられて大笑いする。なにかこっちはとても恥ずかしい
ことをやってる気にさせられたものだ。
 とはいえ、そんなことにはめげずに買っていたな。

 女性誌っていっても、どんな名前だったかも覚えてない。
 セブンティーンとかあったな。17歳で、おまけに女性誌である。
 中になにが書かれているのかとても興味があってさ。
 女性誌全般についてそんな興味に勝てなかった。
 わりとそのころからジャンルを飛び越える感覚があったわけだ。

 ボクは今、毎週3誌くらいの週刊誌を買ってる。それらの雑誌にも
共通しているのだが、想定読者というものがある。

 それらの雑誌に必ず出てくるのが「本誌、読者にとっては」のセリフ。
 いつも公務員と官僚はボロクソにたたかれているから、これらの人たちは
想定読者に入ってないのだろう。 

 「サラリーマン諸氏」って言葉も多用されてる。それから分かることは
想定読者は「サラリーマンで30代から40代の男性」だと分かる。
 想定読者があるからこそ、ボロクソにやっつける相手も明確になる。
 「ひょっとして公務員の人も読むかも」があればまた違った表現になるはずだ。

 なにが言いたいかっていうとね、人はみな「このジャンル」って
ところに入れられてるわけ。「男が女性誌を読むはずがない」わけだね。

 これでは変わったモノの見方はできないだろう。
 「自分は男で、サラリーマンで、30代で、だからこうだ」などと決めて
しまうと同じ光景しか見えなくなる。いろんなジャンルに向かって積極的
に手を出してみるのもいいんじゃないかな。


2012年3月13日

言葉

 言葉が通じないってすさまじく大変なんですよ。
 ボクの暮らす町にはアメリカ軍の基地があります。その中にアメリカ
の小学校があるんです。そこに教えに行ったことがあります。

 一回目は通訳(日本人)の方がついてくれまして。
 ボクは自分が国家元首かなにかになった気分になりました。
 ボクの一言、一言が通訳されて話されるんです。これ、体験して
みないと分からないかもしれない。

 通訳される可能性のある人に伝えておこう(ま、ないか)。
 「一つのフレーズは短く」だ。ボクも当初は区切りなく話していたが、
通訳の方はそれでは困るようだ。短く切って話すことが大切。
 ま、そんなことはいいのだが。

 言葉が通じるってとてもありがたいことだと実感させられる。
 ただ、おもしろいのはこちらも必死になって教えていると知らず知らず
日本語になってる。で、必死に、真剣にやっていると、意外に
通じてしまう。おかしいけど本当の話です。これってあることかもね。

 去年の正月。中国人の友人がふるさとに里帰りするというので、
くっついて旅行させてもらった。中国人だから里帰りすると「今日は
中学の同級生との会食」「今日は小学校のときの」みたいに毎日セットされる。

 むろん、こちらはくっついているだけなので、同行する。
 同じテーブルを囲んで座っているのだが、ボクのみ異国の人。なにを
話しているのか全く分からない。たまに友人が通訳してくれるけど。
 もう、全く「猿の惑星」。

 お互いが同じ言語を話す。やはりこれはものすごく大切なことだ。
 できなければ、それに代わる手段をなにか考えよう。終始笑顔ってのも
いいかもしれないね。


2012年3月12日

弱点

 弱点はあるだろうか。人はみな、弱点を隠そうとし、それによって
傷口を広げてる気もする。
 弱点は笑い飛ばしてしまうに限る。

 ボクは小さいころから汗っかきで、人前に出ると赤面するタイプだった。
 ただ、赤面するとはいっても、人にそのことを告げても分かって
いただけない、そんな感じだったな。そして、すぐに容体が悪くなる。

 これらのことは自分の中でとても情けないことだった。
 周囲の人たちと比べて「オレはダメだ」「情けないやつだ」
そんな気分がせり上がってくる。

 ところが。いつからだろうか。
 ボクは自分から「わたしは口べたでして」と切り出すようになった。
 意外に自分から切り出すと相手の人も「え、そうですか、そうでもない
ですけど」そんなことがとても多かった。

 これは現実に口べたかどうかというより、自分を少し弱く演出してる
ことにつながってる気がする。それに比べると、男は往々にして「オレは
強い」「オレはできる」と主張しがちなようだ。
 周囲に対して強く出るわけだ。

 ボクはあるときから弱い自分をさらけ出すことにあまり違和感を感じなく
なった。「弱くて当たり前」「だって強くないんだもん」。
 ボクはわりと子供のころからダメ人間だったので、そんな境地に達する
のも早かった気がする。周囲に強く出る必要がなかったわけ。
 人間、強みも弱みもさらけ出せる人が一番強い気がする。

 大きな転機になったのは「株で大損した話」「暴走族とケンカして土下座
した話」「中学受験して失敗した話」ができるようになってからだった。

 これら情けない面を正直に話すことによって、自分の弱さを知り、
だれにも弱い面があることをより強く実感できるようになった気がする。
 だれにでも弱点はあるんじゃないかな。それをさらけ出すことは、隠す
よりよほど勇気が求められることだ。


2012年3月 9日

一言

 よくボクも言われたもんだ。

 「池田さんは最後の一言がいらんのんよ」って。確か。最後のところで
意味を反転させるような一言を口にしてしまう。らしい。

 「あなたはすばらしい。これがなければ、ね」だったと記憶してる。

 最後で反転させることによって、せっかくのほめ言葉が台なしに
なるわけだ。ボクの悪い癖だが、指摘されてすぐには直せないところが
また悪いところか。

 今、改めて思うね。他人をほめるときは徹底してほめればいいって。
 手放しでほめればいいわけよ。

 ボクはなぜ、それができないのか考えてみたことがある。

 要するに、小心者、自分に自信がないので、なにかでプロテクト、防御
しようとする。他人を称賛すると自分はたいしたことがないとバレるのを
危惧して、そうなる、が結論だった。

 きっと自信に満ちあふれてる人は他人を称賛しても心が動揺しないに
違いない。悪口の構図と似たものがある。

 悪口も口にしているととても安心でき、満足することがある。その人
より優位に立ってる自分を確認して満足するのだろう。

 手放しで他人を称賛できない人は、上記の流れを再確認してみると
いいだろう。恥ずかしくなってうまく称賛できるようになるかもしれない。

2012年3月 8日

記念

 ボクが中学生のころ、友人にコイン収集してるやつがいてボクも始める
ことになった。新聞を気をつけて見ておくと「ミントセット」の案内が
あるそうで、見つかった。

 ミントセットというのは現行の10円玉や50円玉をそのまま真空パック
したものだ。あのころで166円がパックされてた。それを確か1860円
だったか送ると届く。

 それ以前にアメリカ人が趣味で買い求めたミントセットが高値をつけている
という情報をボクたちは手にしていた。パックから出して使えば166円
だが、何万円もした。

 結局、趣味で買ったアメリカ人は高値になるまで所有し、高値になるのを
夢見たボクたちは、(たくさん発行されたので)、高い値打ちを持たな
かった。あのとき買ったボクのミントセットはしばらくして見ると
なぜだか水分が混入しており、緑色のサビがびっしりとはりついていた。

 さて。
 あの1860円だが、中学生のボクにも行き先は分かっていた。
 大蔵省である。国庫に入るわけだ。
 ボクには現行のお金を買って、それが国庫に入ることが奇妙に感じられて
仕方なかった。もっとお金って、神聖なものだと思っていたから。

 それから、幾度も記念硬貨なるものが発行された。趣味として買うことも
あったが、背景はすっかり了解していた。国庫に入るわけだ。

 記念硬貨を買ったことがあるだろうか。買うとなんとなく手放すのが
惜しい気がしませんか。あれは結局、お蔵入りしてしまうわけ。記念硬貨
の時点でお金の効力を放棄してるわけだね。

 要は「決して使うことのないお金」をあなたは手にしたわけだ。税金
と同等というわけだ。だからボクも記念硬貨を手に入れるときは税金と
同じ感覚だ。
 「効力を発揮しないものは税金である」ととらえることが肝心だ。

 「戦時国債」なるものがあったがあなたは知らないだろう。戦時という
くらいだから敗戦とともに効力を失った。
 ま、記念硬貨を買えるような人は余力のある人ということにはなるね。

2012年3月 7日

本質

 ボクはよく食事会など設定するからだろうか、人間と接するのが好き、
触れ合うのが好きだと思われることも多い。嫌いじゃないが、好きでも
得意でもないな。そのように仕向けてるんだろうな。

 ボクは自分の仕事の本質をどこに置くか改めて考えてみたことがある。

 あれは20代のころ。こんな人によく出会った。製造メーカーにお勤め
なのだが、日ごろ使ってた機械で独立。

 当初は儲けも大きいが、そのうち新型の機械を導入しなければコストアップ
の要請に応えられなくなる。
 機械というものは常に新型が登場する。それに対処しなければいけない、
構造的な問題を抱えている。

 そこにいくと、ボクの仕事の本質は「どこまでも人間を相手にする」だと
思った。それまで一貫して人間を相手にしてお金をいただいてきた。

 「これは、もう、そういうことだな。これからも人間を相手にして生きて
いく以外にない」が結論だった。そこには、もともとボクが子供のころから
本を読んでるのが好きだった、一人でいても苦痛じゃない、など関係ない。
 もう、そう決まってるんだから、そうするしかない。だった。

 よって、現在のボクは「本当に食事会がしたいのか」「みんなと楽しく
やっているのは本心か」「よくいろんな人と行動を共にするが、これは
自分の正直な気持ちか」みたいなことを自分に尋ねてみてもむなしいだけ。

 要するに、子供のころの気持ちと社会人になってから、そのように仕向けた
ものとで、バームクーヘンみたいになっており、どちらがどちらか分からなく
なってしまってる。ま、人間ってそんなものだと言えば言えるかも。

 そのことから言わせてもらえれば、人間というのは「こういう人間」
というのは存在しない。どのような人間にでもなれてしまうわけだから。
 あなたもときに自分の仕事の本質は何なのか、改めて考えてみたらいい。
 意外に突破口になるかもしれない。そこに方向性もプラスすればもっといい。

2012年3月 6日

自信

 ボクは高校で教えてた時期がある。それを口にすると「自信があったん
ですね」と聞かされることも多い。自信かー。なかったなー。

 きっと、だれしも高校で教える自信のある人などいないと思う。
 よって自信があるから教えることができたわけじゃなく、そこに
追い詰められるとやらざるをえなくなる、が実際のところだと思う。

 高校の先生にしても生まれたときから先生をやっていたわけじゃなく、
高校の教壇で初めて先生になったわけだ。そのとき自信がある人など
皆無に違いない。

 あることないこと想像して眠れない夜を過ごしたことだろう。
 実際には想像したほどひどくはなく、続けるうちに慣れていく面はある。

 人はさ、みんな未知って怖いわけよ。
 この先、どうなっているか分からない状態が一番嫌なんだな。
 できるだけ、未知には行きたくないものなんだ。
 そういう、自分の特性は知っておいた方がいいかもね。

 ボクも高校で教える前は「あれを言って、これも言って」と大きく大きく
考えていたが、実際にはやることをきっちりやる、しかなく、また高校
にもカリキュラムはあるから、それにのっとって、追いつくようにも
しなければならない。
 「やることをこなしていく」が現実だ。

 そこには自信があるからやる、ないからやらない、みたいなことは
存在しない。
 物事、始める前から自信のある人などいない。自信はやってみて
ついてくるものだ。
 「これ、やったことがないんですけど」、だれもが未知の場所を持つ
ものだ。当然だろう。みんなそうなんだから。

2012年3月 5日

文化

 実は本屋さんって地域の文化の高さを図る格好の目安なんです。
 ボクは毎月、毎月少なくとも20冊以上の本を買います。これは
後から改めて考えてみて分かったことです。

 人からは「たくさん買うんですね」と言われますが、自分としては改めて
考えてみるまで意識したことはありませんでした。
 ただ、新書判といわれる800円くらいの本がほとんどですね。

 ボクはずっと以前から週刊誌の読書推奨欄は必ず目を通し、気に
なった本は買い求めることにしています。そこで近くの本屋さんに出向く
のですが、本屋さんの店頭にその本があることは非常にまれなことです。

 よって、たいていなら「注文して帰る」ことになる。
 そんなことを繰り返すうちにボクは驚くべきことを発見しました。

 なんと、本屋さんの店頭にてボクが注文した本がズラッと並んでいるのです。
 ボクが注文するとついでに何冊か注文するみたいで、そんな本をたくさん
見つけました。

 ボクはその光景を見るたびに「オレは地域の文化度アップの立役者だな」
なんて。ボクが買う本が文化度が高いかどうかはさておき。
 ちなみにボクの本の傾向はドキュメンタリーとノンフィクションが
ほとんどです。

 平積みと呼ばれる本屋さんの店頭の、お客さんが入ってくる場所に置かれてる
本を買うことはほとんどありません。

 よく「その地域の人たちの生活形態を知りたければスーパーに行け」と
言われています。「どんな品物が売れているか」「高いのか安いのか」。
 同じような感覚でボクは本屋さんの傾向をとらえています。
 本屋さんの店頭の景色を替えることだって可能です。

 その人なりに座標を決めることはできるでしょう。
 その座標にそって物事を観察するとおもしろい景色が見えてくるかも
しれません。どうせお金を払うなら、そんな側面があってもいいのでは。

2012年3月 2日

投資

 投資顧問会社が破綻した。預かった資産2000億の大半を失って
しまったようだ。「この世にうまい話はない」、よく聞く話だが、
なぜだか人は引っ張り込まれてしまうようだ。ま、これはこれとして。

 ボクは19の歳から株式投資をやっている。で、これまで売買を
続けてきて、意外かもしれないが、ほぼ大きな儲けも大きな損もしていない。

 ほぼ横ばいの成績だ。「なら、なんのために株をやってんだよ」、
なんて言われるかもしれないが、これはあくまで結果の話でね。
 当初、そんな結果になるとは思ってなかった。

 そして、続けて意外かもしれないが、株の売買の世界では投資会社より
個人投資家の方が圧倒的に強い。なにせ、ボクたち個人投資家は説明責任
なんてないからね。自分に向かって「損しました。すいません」なんて
口にする人はいないだろう。「あちゃー、損か、まずいなー」一瞬で終わり。

 それから個人投資家は時間を味方につけることができる。ボクもバブル
崩壊のときは大きくやられた。だけどね、個人投資家というのは「ある程度
戻るまで我慢する」なんて芸当がやれちゃうわけ。こんなことは投資会社
には決してできないことだ。バブル崩壊のときはかなり大きくやられたが、
一番底での売買はやってない。回復してから反対売買をおこなった。

 「あちゃー、真っ黒(年初来安値をつけると黒く塗る)だー」なんて
ときにすきこのんで反対売買するやつはいない。だけどね、投資会社は
そんなわけにいかないんだ。「これはバブルがはじめたのが原因で、
こんな事態は予測できませんでした」なんて、決して口にできないんだ。

 そこにいくとボクたち個人投資家には「そもそも将来や未来なんて見えて
ないし」だから。「これからの日本経済は」なんて言われても分かるわけない。

 他人の金を預かるというのは想像以上に苛酷だ。それも期限を決めてと
なるとますます厳しい。ボクがこれまで一度として株式売買を中断した
ことがないのも、ここが主因。投資顧問会社の惨憺する結果を見れば
「一度として中断せずに続けた」だけでも十分すごいことだと思うよ。

2012年3月 1日

カフェ

 友人の横田くんが自分ちでカフェを開いた。
 そこでつい先日、訪問させていただきました。自分ちといっても
そこでケニアの雑貨を売る店をやってたんだけどね。横田くんはケニア
に一本でも多くの木を植えようと頑張ってる男だ。

 カフェでは無添加パンや有機野菜などを使った料理がいただける。
 「できるだけ身体に良いものを提供したい」そうで、なかなかのものだ。

 痛感させられたことがある。
 フランスパンって「堅い」イメージがある。ボクもそう思ってた。
 だが、このカフェでいただいたとき、斜めにスライスされて出てきた。

 すると、しっとりしてておいしい。いや、みんなは先刻、承知のこと
かもしれないが、ボクは知らなかった。フランスパン風パンはこんな
感じでいただけばおいしいと分かった。

 そのパンに特製のジャムを乗っけていただく。これがおいしい。
 きっと横田くんはここにくるまでかなり研究したに違いない。その
成果が現れているんだろう。

 ほかにも、オニオンをきかせたドレッシングが絶品だ。サラダに
かけてもとてもおいしいし、パンに乗っけても合う。
 しめにケニアコーヒーをいただいた。
 うーーーん、これも絶品。

 このごろ「身体に良い」はキーワードみたいになってる。ただ、お店
に出かけたときだけ「身体に良い食べ物」をいただいても効果は少ないはず。

 できれば、これら身体に良い店をどしどし利用し、農薬を減らした野菜
がどこで手に入るか、どんな取り方をすれば身体に良いかそれぞれ研究
して食べればもっとすばらしい。

 横田くんカフェは、日曜、月曜がお休みみたいだ。一工夫された
お料理を召し上がってみてはいかがだろう。JR五日市駅から歩いて5分。
 北口から出てロータリーをぬけ、二つ目の角を左折。ゆるやかなカーブ
が見えたら、そのすぐ近く。ゆるやかなカーブが終わったところを左折
でたどり着きます。ぜひよろしく。