2012年1月31日

実行

 ボクは20代のころから一貫して食事会をやってる。初めは
ワイワイやってるのが楽しくて、やってた。だけれども、続けてみると
それはそれで意味があることが分かってきた。ま、今日はその話はやめにして。

 そうして、実にたくさんの人とお話させてもらってきたが、共通している
ことがある。「人というものはうまくいかないかもしれないことは、
そもそも実行しない」ものだということを。

 「うまくいくかどうか分からないけどやってみる」。
 ボクはよくそんな話をしてきた。そのときのみんなの顔はおかしかった。
 かわいそうな人を見るような、バカにした目線だった。

 おまけに「池田さん、どうしてそんなことをするんだ」も、何度も何度も
言われた。「お金の無駄遣いじゃないか」「うまくいくわけないさ」。

 ボクもうまくいかないと思う。
 だけど、なにかに動かされる自分がいる。やって、また泣きっ面だ。

 だから、いつも言われる。「池田さんって大きな子供みたい」。
 「もうそろそろ大人になろうよ」もよく聞かされた。

 ただ、なんていうか、中学生のころから自分に自信がなく、たいした学歴
もないボクは「やってダメでももともと」、そんな気分が強い。

 ときには「もうやめたい」と思うこともある。だけどそんなときは中学生
のころのとてもなさけない自分を思い出すことにしてる。あのころ「どうせ
ろくな将来はやってこない」と思っていたが、それからすれば今はまだまだ
たいしたものだと感じてる。

 人はどうやらうまくいくかどうか予想して、うまくいかないことは
そもそも実行しない性質があるみたいだ。であれば、毎日がうまくいくだろうね。

 世の中、想起したことのほとんどは失敗だろうね。考えついてもうまくは
いかない。そんなもんだ。だからハナっからあきらめ行動しようとしない。

 ボクもおんなじだよ。うまくいかないと思うし、うまくいかない。
 うまくいかないと恥ずかしいし泣きたくなる。それも同じ。
 あとは「なら、どうする」のとこだね。違いは。
 さて、あなたならどうする。

2012年1月30日

三分の一

 「商売人はもらったお金の三分の一で暮らせ」。
 これはかなり前に、ある商売をなさってる方が常々口にされていた話だ。
 商売人はいろいろな考えを巡らせていく必要がある。ボクは19の年から
株式投資をやっているが、似た感覚を覚えることがある。

 それには、まず資産の提供が必要になる。だれしも「遺産でも手に入れば
株でもやるか」になるはずだが、意外かもしれないが遺産なんかで株なんて
決してできない。

 ボクの感じるところでは少しづつ天引きするように株に回していくしかない。
ましてや退職金や満期になった定期なんて、やろうとしてもできないあなたが
いるはずだ。それで正解。

 投資を続けているとあることに気づく。
 「今、投資するからこそ、なにかになる」感覚を覚えるということだ。
 資産の提供、今ある100万円が300万円になることを具体的に想起できる。

 投資を続けていると「商売人はもらったお金の三分の一で暮らせ」はよく
分かる。三分の一は、まー投資と言っていいだろう。あとの三分の一は
突発的なことが起きたときのための備え。

 商売人とはもらったお金を「預かったお金」くらいの感覚が求められると
いうわけだ。

 それからよく言われることは
 「お金は回さなければ戻ってこない」だ。
 お金は使わなければならない。世の中に回していくからこそ、戻ってくる。

 この意見には否定的な人が多いに違いない。今、節約がはやっているからね。
 だけどさ、今、日本の資産のほとんどが60代以上の方たちが所有している
らしい。根拠は定かではないが、実感としてはよく分かる。

 で、どうなったか。資産という名前のお金はたくさんあるが、不景気は
決してなくならない。お金が動かなければ人間が動かないからだ。
 お金というのはゼロがたくさん並んだ状態のものではないはずだ。本来は。

2012年1月27日

地域

 ゆうべ、おもしろい話を聞いた。
 ある地域活動家の女性だ。

 「この辺りの行政の人たちってやりやすいと思いますよ、ゴミの分別
にしても、(こうしてください)っていえば、みんな従うじゃないですか」

 「わたしがいた埼玉だったら大変ですよ。黒いゴミ袋を透明にするの
だってケンケンガクガクの話し合いがおこなわれ、やっとの思いで半透明
で決着したくらいですから」。

 「わたしもその件で署名を集めたり、集会を開いたりしました。それに
比べればこの地域の人って、(これで決まり、さー、ハイ)で終わりだもの」。

 「なんかこの地域の人たちってバカになれないんですよね。バカだと
思われることにすごい抵抗がある。だから(みんなやってる)と言われれば
安心して従うところがある。(わたしは違う)なんて主張は決してなされ
ないんですよ」。

 またもやよそ者の登場だ。
 ボクが住んでいる地域についてここまでの洞察をしたことがなかった。
 みんな自分のいるところを標準に考えてしまうんだろうね。
 言われてみるとおかしいやら、考えさせられるやら。

 「おまけにこの地域の人たちって、自分のところが良ければそれで良い
んですよね。隣が困っていようと、協力しようっていう気がサラサラない」。

 「この地域ってなにをやってでも生きていけるじゃないですか、東京だと
上り詰めるとすごく良い生活ができるけど、あとの人たちは切り捨てられる
って感覚がとても強いんですよ。その意味ではこの地域は暮らしやすいです」。

 人はみんな自分の暮らす地域を標準、なんら変わりない日本の一地域だと
とらえているだろうが、果たしてどうだろうか。比較しないから気づかない
だけなのかもね。言われて図星の詳述もあるはずだ。
 「バカになれないんですよね」はひどく応えたな、ボクには。

2012年1月26日

発信元

 ある日のことだ。「NZ木材、高騰」なる記事を目にした。
 これがなんのことか分かる人はほとんどいないだろう。
 ボクはその記事につられて内容を読んだ。NZはニュージーランドのことだ。

 では、なぜ、NZと見て分かったか。ニュージーランドを旅行したことが
あるからね。

 26。スキーを始めた年にニュージーランドで滑るために向かった。
 そのころは実に大変だった。まず成田からフィジーに。そこから首都
のオークランドへ。そこからクライストチャーチで観光、クイーンズタウン
でスキーをする。だんだん、飛行機はプロペラになり、小さくなっていく。

 要するに、何が言いたいかっていうと、人はなじみがないと親近感を
持たないってことだね。だが、ニュージーランドを旅行した、知り合いに
その国の人がいる、などあれば「なになに、NZ、ひょっとして」になる。

 まずその国に興味を持つためにはなにはさておき、その国を旅行して
みるのが手っ取り早いとも言える。友達になるとか。

 これは情報の発信元にできるだけ近づけ、とも言えるかもね。
 ボクはコンサートにはこれまで一度しか行ったことがないが、出かけて
みるとその熱気とか、雰囲気があり、CDを聞いてるときの「ノイズが
邪魔なんだよ」とはまた違った感覚を覚えた。

 「音楽は耳で聞くんだから、場面はどうだっていいんだ」ってことは、ない。
 これはみんなよく分かってるんじゃないかな。

 まず情報を取りたければ、その発信元はどこか調べてみよう。
 東京であれば、東京に出かけてみるのが一番だ。そこできちんと情報を
仕入れ、あとは本とかCDで補足していけばいい。元がないと本などの
情報が自分の耳に届かない恐れは十分にある。

 ボクが初めて中国を旅行したとき、ガイドを務めた中国人の女性は日本
に来たことは一度もないと口にした。彼女の日本語はすさまじく上手だったが。
 ボクたちは彼女を見習うべきではなく、まず中国語を習得したい人は
中国を旅行するべきだということだ。

2012年1月25日

使う

 ボクは中学を卒業すると単身、京都に留学してる。アパートに一人住まいだ。
 これには高校の先生も心配してくれた。「おい、池田、オマエ、食事
どうするんな(どうするのか)」。「留学先で毎日忙しいから大丈夫です」、
確かそんな返事をした。

 アパートに一人住まいは確かだが、寝る時間、そこにいるだけだから。
テレビも暖房も冷房もない、窓もない部屋だった。

 母親から「えーえ、これから毎月6万円、送るから。ここからアパート代
の1万円を支払って、残りでうまく生活していくんよ」と言われた。
 当初は恐る恐るだ。毎月、2万円近くのお金が残った。食事、学校の学食、
洋服、ほかの生活費もこの5万円から払っていく。当初だけね。

 2年生も半ばになると、送金の日を指折り数えるようになる。
 「あと一週間もあるのにお金が3000円」みたいなことが頻繁に起こる。
 送金は大家さんのところになされるのだが、初めは「池田さん、届きましたよ」
と言われ、受け取っていた。2年も半ばになると「よし、明日だ」、気合を
入れて大家さんのピンポンを押す。

 あれは2年だったか、日曜日の夕刻、近鉄伏見駅の近くにあるスーパー
を利用していた。喫茶部(喫茶店ほど独立してない)みたいなところがあり、
一番高いブルーマウンテンを呑むことにした。金額は確か300円だったか、
ミルクも砂糖も入れず、ガバッと呑んで「まずいもんだなー」実感。
 ただ、しばらくしてコーヒーのおいしさを知る。 

 ボクはほかの高校生からは大変うらやましがられていた。
 「一人で住む」「お金は自分の裁量で使え」「夜中、外出してもとめる
家族もいない」。ま、それははた目からの観察だ。

 留学しているわけで、アパートには毎晩10時半くらいの帰宅だった。
 たまに夜中に近くのファミレスに行ったりはしたが。
 あまりにも忙しく冬場は銭湯を一日おきの利用にした。

 親に「お金がなくなった。送ってくれ」みたいなことは、とうとう一度も
発生しなかった。案外、うまくやれるもんだ。
 ただ3年になると送金の日を控えてお昼抜き、みたいなことはあった。
 「お金はある限りの中でやり繰りする」を徹底させたってところかな。
 お金はもらう工夫も大事だが、ある中でやり繰りするのも大事だよね。

2012年1月24日

投資

 お金は取り扱い危険物ですよね。それを実感してる人は多いと思う。
 ボクにせよ、「もっとうまく使えないものかなー」っていつも感じてる。

 ボクの母親の知り合いなんですがね、めでたく企業を退職され、これから
悠々自適だっていうんで、その楽しそうな話を聞いてました。

 ある日のことです。
 母親に対して「退職金をうまく増やせないものか」って相談があったらしい
のです。母親は「株でもやってみたら」と薦めました。それに対して知り合い
の返答は「株なんて、恐ろしい。失敗したらどうするの」でした。

 ボクはそれを聞いてホッとしました。これまでサラリーマンでやってこられて
めでたく退職金を手にされたのに。株なんて。

 ただ、サラリーマンのお宅では「株は危ない」感覚で終わってしまうことに
少し驚きました。のめり込む(若いときはそれはそれでいいかも)危険性
を知り、おもしろいように儲かるわけでもないことを知り、それでもお金の
なんたるかを理解する必要はあるわけで。
 知り合いの方は「そもそも投資など怖くてできない」そんな方もおられる
のだと改めて痛感させられました。

 自分の稼いだお金でわけの分からない株に手を出すってとても恐ろしい
ことなんです。間違いなく堅実ではありません。

 でも、でも、だからこそ取り扱い危険物で、使い方を習得しなくては
なりません。ボクはこの話を聞いて実感させられました。
 「お金を使うのも度胸の一つなんだ」と。

 株式投資も最初から手持ちの資産を全て投資するなんて決してできること
ではありません。100万円あったら半分の50万、聞いたことのないような
小さな会社ではなく大きいところ。当初はどうしてもそうなってしまいます。

 でも、その過程を通らないとお金を投資することを覚えることはできません。
 人によっては「損するのは一円だって嫌」と主張される方もおられると
思いますが、株売買でその望みがかなうことは決してありません。

 株に限らずお金には「使う度胸」みたいなものがあります。「損するのは嫌」
も克服しなければなりません。ただ、その結果として投資することの大切さ、
お金が世の中を動かしていくこともはっきり体感します。
 「お金は働いた分で生活していけばいい」だけでは済まない気がします。
 ときにはしっかりと考えるべき大事なことだと思う。

2012年1月23日

ポテンシャル

 ポテンシャル。本来、それが有する力の総計。
 くらいの意味でいいのかな。

 ボクはスタートから自営だ。自営というものはなにか説明すると。
 「利用者、お客さんの立場に立って物事を考える人たち」になる。

 だからよく「池田さんは頑張っておられますね」と言われると、すぐさま
「いや頑張ってなんかいませんよ」と応えてしまう。素直になればいいんだけどね。

 その真意は「利用者が満足する結果を提供できればそれでいいわけで。
こっちが頑張るとか頑張らないとかの意味とは違うよなー」があるわけです。
 利用者の力を自分なりにポテンシャルと考えているわけです。
 需要と供給という言い方もするな。

 頑張るのはもちろん頑張る。だけどそれって当然だ。
 自営は自分のおこなうことに利用者がついてきてくれ、良いと判断して
いただかなければならない存在だ。

 自営の人間が「これが利用者にとって最善だ」などと口にしたところで
なんの意味もない。
 ボクはこれを「人に沿う」という言い方もする。

 仕事の基本とは何か。
 「あなた、なにか困ってることはありませんか。あればお手伝いしますよ」
だと考えている。そこに介在するものとしてお金がある。目安だ。

 「頑張る」というのは「お手伝いしますよ」に当たる。
 それよりもっと大事なのが「なにか困ってることはありませんか」、
ポテンシャルを探すことだ。「オレは困ってないんだよ、それは」と
言われてしまえばなにもできやしないだろう。

 みんなさ、お仕事の基本ってやつをたまには思い出してみないか。
 お仕事とは「働いてお金をもらうこと」だけなのか、どうか。

 その意味でボクは今の社会がまだまだ不足してるものがある現状を
うれしく感じてる。だってやることがあるじゃないか。みんなが満足してれば
お仕事はなくなってしまう。満足してないからそれぞれ存在してる意味が
発生してるんだからさ。

2012年1月17日

効率

 ボクは中学卒業と同時に京都に留学してる。京都での最初の夏休み、
すさまじい練習が待ち構えていた。もう、うんざりだ。脳裏にはプール
ではしゃぎ、水とたわむれる自分の姿がある。反して、クーラーの
少し乾燥した匂いが漂うなか、数字と格闘の毎日だ。

 ただ、大変な驚きもあった。夏休みに入る前、7分くらいかかって
計算していた問題が、終わるころには3分を切る時間でこなせるようになった。

 なにか、3分を切るとゲームの得点を競う感覚になって、「一体、どこまで
短くできるんだろう」、そんな感覚になったことをよく覚えている。

 同じ作業をこなしていくのに、7分が3分になったわけだ。それにもまして
7分で計算していたころより3分の方が正当率が上がった。間違えなくなった。

 おかしいだろう。「早くやれば間違えも多くなる」はずなのに。
 この問題は最終的には46秒で計算できるようになるのだが、そのころには
「絶対満点」だと自分で感じ取れるほどだった。

 ある日、1分を切って計算できるようになったとき、「さて、今度はゆっくり
計算してみましょう」と、ゆっくり計算してみた。タイムを見て驚いた。
 「あんなにゆっくり計算したのに、1分かかってなかった」。

 これは「一度上達してしまうと、元のレベルに(逆の意味で)戻ることが
できない」ことを表している。

 以上、これらはなにを表しているかというと。
 「本当の効率とはなにかを」探ることが大切だというわけだ。

 中学生のころのボクは「あわててやって7分くらいかけて」やっていた
ものを、高校一年の秋口には「さっさとやってそれでも満点」になっていた
ことになる。時間は半分。もっと短縮してる。

 素早くやれる人というのは効率を知っているわけ。それでいて、仕上がり
は完璧。最大の早さより少しだけゆるめれば仕上がりの完璧は楽々だ。
 46秒の世界を知ることが一番大切なんだ。ゆっくりやっても1分は
かからない。早いのにていねい、は存在する。早いから、ていねいなんだ。

2012年1月16日

ゼロサム

 ゼロサム。知っておいて決して損になる言葉じゃないので、書いておこう。
 株売買をやってる人なら必ずやこの心境に至る言葉だ。

 ボクはこの言葉にいくつかの意味を与えている。
 ここに100の分け前がある土俵があるとしよう。5人で参加すれば
一人あたり20になるよね。だが、人間は強欲なので「オレがみんな欲しい」
なんて言っちゃうわけだ。だとするとあなたが100であとの4人はゼロになる。

 ただ、問題なのは株売買とか各種の投資に手を出す人というのは、黙って
見てることはないから。「いやオレが100だ、いやオレは80だ」って
ことになる。

 「オレが100欲しい」は願いではあるがなかなか現実にはうまくいかない。
 それなら。この土俵が大きくなり続ける間はどうだろう。

 後から後から参加する人がいるから、分け前は大きくなる。
 ここから「投資とは土俵の大きさで決まる」ことが分かるだろう。

 全体の規模が100億円か、1000億かで大きく意味が違ってくる。
 日本の株式市場の規模はどれだけだろう。なに、簡単だ。

 日経新聞に「単純株価」なる記載がある。それに総株式数をかけざんすれば
すぐ出てくる。「平均株価」のことね。日経平均というのは225の会社の
株価を足して割り算したものだ。

 バブルのころは400兆円あった。今は確か160兆円くらいだ。
 土俵とはこの数字のことだ。160を400で割ってみればいい。
 4割になっていることがたちどころに分かるはずだ。この間、投資家は
資産を6割減らしていることが分かる。

 この20年近く日本株の株式売買をやっている人はほぼ例外なく資産を
減らしてる。(もちろん例外はある)。

 投資ほど難しく考えなくてもいい。年金もゼロサムで考えればすぐにその
意味が分かるはずだ。土俵にたくさんの人がいる間はきちんと支払われる。

 資産が増えるかどうかはこの土俵がこれから大きくなるか小さくなるかで
ほぼ決まる。もっと生活感覚の中にこの土俵の感覚を取り入れることを
お薦めしたい。

2012年1月13日

歴史

 ボクとドイツとの出会いはタイガー戦車だった。子供のころよくそれで
遊んだ(友達のだったが)。あのころから戦車は急な坂をのぼることが
できると聞かされていた。

 中学生になるともっと本格的になり、ドイツ軍に関する本を片っ端から
読むようになる。1939年から1945年まで。この期間のみに限って
これだけたくさんの書物を読んだ人も少ないと思う。軍事関係が多いが
50冊近くは読んだと思う。

 ただ、それら軍事関係の本も最初のかなり多くのページを「過去1000年」
くらいの歴史の記述にさかれていることにかなり驚いた。ドイツであれば
「プロイセン」だったり、第一次の世界大戦について、など。

 ドイツのナチはなぜ「第三帝国」だったか知ってるだろうか。
 ローマ時代が第一で、それに復するため、だ。よって「ズデーデンランド割譲」
や「ダンチッヒ回廊制圧」などは、第一に復するため、が大義名分である。
 許されるかどうかは別として。

 ボクはこの最初の長い歴史記述については退屈で退屈で仕方なかったが、
これらを総合して眺めると「必要不可欠な記述」だと強く感じてる。
 人は、国も、理由がなければ反乱しないのだ。
 ドイツ軍のタイガー戦車にしろ、ソ連のT30(戦車)に対抗して作られたものだ。

 よってボクが強く感じているのは「物事は流れで」とらえなければならないと
いうことだ。ある事件をさして理解したつもりになってはダメだ。

 第二次の世界大戦はなぜ起こったのか。ドイツ軍がポーランドを侵略したのが
はじまりとされているが本当だろうか。

 ヴェルサイユ条約のすさまじい戦争賠償金、そこからくる天文学的なインフレ、
鬱屈とした空気と決して無縁ではない。
 その一連の流れをきちんと理解しないと把握は難しい。
 ある事件を聞いて分かったつもりになるのではなく、もっと全体を
通して考えることをお薦めしたい。

2012年1月12日

テレビ

 今、テレビのない生活を送ってる。分かったことだがアナログが終わるとき、
なんの対策もしなかったからだ。よって7月以来見ていない。

 ただ、テレビがないとかえってお金がかかることも判明した。
 映画を借りる回数が増えたし。音楽はよく聞くようになった。

 なくて困ったことになったということはない。
 案外、なければなくてやっていけるものだな。別の面で明らかになった
こともある。とにかく時間がたくさん余るんだ。いかに漫然とテレビを
見ていたか、だ。

 それまでのボクは「帰宅するととりあえずテレビ」みたいな感じだった。
 当然、おもしろい番組がなければリモコンで全てのチャンネルを確認する。
 少ないようでも毎日2時間くらいは見ていたと思う。今は完全シャットダウンだ。

 ボクは京都に留学してるときもテレビは一度たりとも見ていない。今回、
アナログが終わるので「これもいいきっかけだ」と考えたのはこのときの
体験も関係してる。京都に留学するとき「テレビを持って行かない」と決めた。

 ボクの気持ちの中では衝撃的なことだった。中学生のころは毎日5時間くらい
見てたからね。
 京都では一度も映画を見ていない。後々、ビデオを借りてくると
ある期間の映画を見ていないことが判明。なぜかと考えてみるに、京都
では一度も見ていないことが分かった。
 京都ではテレビのスイッチを入れる時間もないほど忙しかった。

 あの体験があるから「テレビがなくてもやっていけるだろう」とは考えていた。
 テレビは「あるのにつけない」ことができない。あなたはやったことが
あるだろうか。「火曜と木曜はテレビなし」とか。

 ボクは今もテレビがあればできないと思う。だからボクがテレビを買うと
したら「選択して視聴」ができればまた買ってもいいな。
30分だけ、1時間だけ、みたいに。
 試しにテレビのない生活を送ってみてはどうだろう。意外にテレビがないと
困ったことになるはずだ。それが分かってから再度見てもいいのかもよ

2012年1月 9日

あべこべ

 あべこべの世界がここにある。
 ボクはいろいろなお店に食べに行くが、そのお店にハガキを出すことも多い。
 お店からハガキが届くことはまずないな。

 この遠因はここにある。ボクがまだ20代だったころの話だ。
 父親と話していると「オマエが行ってこい」しきりにそんなことを言う。
 ボクはそれを聞いていつも反発していた。だってさ、客である自分が
お店に行って注文した品物を取ってこい、とか言うんだから。

 「相手はそれが商売なんだから、もってきて当然だろ」がボクの考えだった。
 「まー父親には父親の哲学があるんだろう」くらいに考え動くことは
動いていた。そのときも「これじゃーあべこべだ」なんて思った。

 よく一般的には「お店とお客」というのは同等とは思われていない。
 「これもあっちは商売なんだから」よくそんなふうに言われる。ボクもそう思う。

 だが。こっちがお客であるにもかかわらず出向いていくといろんな発見もあった。
 「池田さん、わざわざ悪いですね」と値引きしてくれたり。
 相手の事務所に出向いていくので、どことなくこちらが有利に話を
進められる、などいくつも発見があった。

 「世の中はこうなってるんだから」では割り切れない発見がたくさんあった。
 そのころ「世の中で決まってることを裏切ってみることにも大きな意味が
あるんだな」しきりにそんなことを考えるようになった。
 これが発端であることに間違いない。

 いつしか、ボクは友人などにつれられて出かけた飲食店などにハガキを
出すようになっていた。飲食店には「次回ご利用のためのパンフレットとか
名刺を用意してる」ところが多いからね。これじゃーあべこべだと思うだろう。

 ただ、今、考えてみるにあべこべだから発見がある。出会いもある。
 少し世の中というやつを疑ってみてはどうだろう。「オレは客なんだから、
客の扱いを受けるべきだ」はあまりにも普通過ぎる。

 これも新しい出会いと考えれば受け止め方も変わってくるだろう。
 「世の中はこうなってるんだから」当たり前だと思われていることを
疑ってみよう。ときに自分だけの動きをしてみよう。あなたは新しい、
新鮮な気持ちになれると思う。

2012年1月 6日

ご案内

   ご案内させていただきます

 きたる1月21日、土曜日、広島まちづくり市民交流プラザにて
 交流会をひらきます。あなたもぜひいかがですか。
 地域をよくしていきたい、なんとかしたい、と思う人たちに集まって
いただき、交流をしたいと考えています。よろしくお願いします。

 ◎ 1月21日、土曜日 午後5時~7時
 ◎ 広島まちづくり交流プラザ
       広島市中区袋町6-36  ℡082-545-3911
 題名は「地域おこしサミットイン広島」です。
 まずは交流からスタートしましょう。お互いをよりよく知ることが大切です。
 実行委員長はわたくし、池田邦利です。お問い合わせもぜひどうぞ。

 先般からお話させていただくのに、地域にはいろんな活動や催しがあります。
 なんとかそれを活かす手はないか、何人かの方と話すうちに達した考えです。
 一例 広島布野では地元の山で山菜採りの実習をされています。布野
も頑張っています。こうした例は参考になると思います。いかがですか。

上達

 留学先の先生からある日、こんなことを聞かされた。
 「池田君はY県やったな、うちはY県から出場したらみんな全国大会に
行けるで」と。京都に留学していたが、続けて「京都は全国大会と一緒やで、
予選を勝ち抜くだけでごっつー(すさまじく)大変なんやで」。

 そのころ全国大会は実にすさまじい展開だった。1050点満点で、毎回
満点が8人くらいでる。そこで大人になってから、このことを改めて調べて
みることにした。すると、Y県は驚くべきことになっていた。

 ここ何年か優勝する人と、準優勝する人(県の予選)が決まっていた。
 点数は760点ぐらいで優勝する。

 切磋琢磨するとき、なんでもピラミッドを形成するのはよく知られていると思う。
 京都では予選がすなわち全国大会の決勝の場になっていた。それらの方
はもちろん10段位で、少し下の力の人がある程度いて、また少し下になると
ますます多くなっていく。次世代もしっかりと用意されているわけだ。
 「人材の厚みがある」というわけだ。

 要するに「ここ何年かだれが優勝するか決まっている」というのは、すさまじく
低迷してるということになる。京都からよく地方の大会に出かけたが、地元
の選手たちは「京都から来る」と分かると「あーあ、今年は負けが決まった」
みたいなあきらめの空気が広がる。
 来なければ自分たちが優勝するのだが、それってまさに井の中のかわずだろう。

 どうだろう。
 その地元の選手たちも「わたしたちも練習にまぜてください」とお願いすれば
意識も代わるし、実力も上がる。意外にそんなものだ。

 目の前でマジックみたいなことをやられれば「こんなことが人間にできる
んだ」とはっきり理解できる。書物にある「人間にはね、無限の可能性が
あるのよ」では人は信じない。目の前で見せていただけるから体感できるわけだ。

 一流の中に入ってやってみることが一流に達する一番の近道だ。
 よく「つぶれる」とか聞かされる。そこは賭けだけとは思うが。
 上達するのは練習をたくさんやったからではない。「人間は上達できるんだ」と
実地に納得することで上達していくわけだ。

2012年1月 4日

欠席

 ボクは社会人になってから一度も遅刻も欠勤もありません。(今のうちに
書いておかないとね。病気だってあるかもしれないし)。

 ボクはもともと無欠勤男ではありません。中学に入ってすぐ、なにかの原因
で10分くらい遅刻しました。ただ、担任の先生はとくに注意もせず。
 「あー、いいんだー」って、どことなく思ってしまい。それからは一週間
に2度くらいの割合で遅刻するように。

 父親の弟、ボクにとってはおじさんですが、「剣道でならしている」と聞き、
母親がしつこくボクに剣道部に入るようすすめてきました。よってボクは
剣道部に入るのですが、ものの一カ月もすると行かなくなってしまい、
ズルを決めてしばらくして顔を出すと「あれっ、池田、まだいたの」と言われ、
それを機に完全に行かなくなってしまいました。

 よって中学生のころは「遅刻して早退」みたいな毎日で。
 毎日テレビを見てました。あまり楽しかったおぼえはないんだけど。

 そして留学生活をへて社会人になるんですが、ボクはスタートから自営業です。
 自営業というのは本当に危機感ばかりがつのるお仕事なんです。その危機感
が遅刻常習男を替えたんだと思います。

 遅刻、欠勤をやったことのある人に対して。
 「最初の一回目をやらないように決める」ことが肝心だと思います。

 「えっ、当たり前過ぎる」って。確かに、最初の一回目がなければ永遠に
次はありませんからね。気持ち、心構えとして「欠勤、遅刻はしない」と
決めることが肝心です。

 ボクは危機感に包まれて暮らしてきたことを今になってみるとありがたい
ことだと考えています。20代のころボクは自分の生活をさして「ラット
が必死になって回転車を回してるイメージ」がこびりついていました。

 人間、タガがゆるまないようにするためには最初が肝心です。
 ボクは人と会う約束をしても、なぜか一番初めに到着してしまいます。
 このことも遅刻しないことと関係していると思います。
 お仕事は他人とのお約束で成り立っています。契約ですね。その契約の
出発点は「そこにあなたがいる」なはずです。ここが一番肝心な点で
出発点となりますからね

2012年1月 2日

やらされる

 ボクは中学を卒業すると同時に単身、京都に留学してる。京都に留学
してしばらくして、最初の夏休みを迎えた。留学先の先生から「池田君も
みんなと一緒に練習せい」と聞かされた。その瞬間、ボクは「ガーーーン」だ。

 ただ、留学先の先生の決定は絶対であり、もちろん「はい、やります」と
応えた。なにせ、山口県からたった一人、京都にやってきて、留学が
スタートしたばかり。「やりたくありません」とか「きついです」なんて
脳裏に浮かぶこともなかった。

 それでも、夏休みが始まると、想像を絶するきつさだった。「きつい」。
 毎朝9時前に教室に行き、練習が始まる。もう地獄。ただ、そのころボク
は二軍選手の教室で一緒に練習していたが、ほかの選手たちももちろんその
猛練習をこなしていた。ほかの選手は9歳、10歳だ。ボクだけ16だった。

 あのころは自分が苦しい、きつい、にばかり目がいき、冷静にとらえる
ことができなかった。よって社会人になって、あのときのことを考えてみるに。
 「なぜ、彼らは(選手)あの苛酷な練習に耐えられたのか」よく考えた。

 ボクは選手として京都に行ったわけではない。16歳のボクは競技大会に出場
しても全く勝てない。後から考えるとボクは「やらされて」いたんだと思う。
 ただ、全体としてはボクは自分が志願して京都に留学しているわけで、
「やりたくないけど頑張ります」とは決して口にはできなかった。

 社会人になってから思ったのは、ここに秘訣があるな、だった。
 選手たちもやらされていた、ボクもやらされていた。状況は同じなのだが、
受け止め方が違っていたんだろう。選手たちはもちろん全国大会に出場したり、
先生から「よくやった」とほめられることも多く、それらが励みになってる
ことは間違いなかった。ただ、選手たちも苛酷な練習でやめる者はたくさんいた。

 先生は「才能があるからといって、選手として続けてるわけじゃない、
長く続けるから才能が出てくるんだ」と話されていた。(もちろん関西弁)。
 「もっともっと才能がある選手はたくさんおったんやで」。

 人間というものはだれもが同じ現象に対して「辛い」と受け止めるわけでは
ない。ある人にとっては辛く、ある人にとっては突破するための壁にしか
見えない。「辛い現象」が問題なのではなく、辛いと受け止めてしまう自分に
問題があるわけだ。であれば、あなたが心底、取り組んでみたいことであれば、
あなたは最大限の力を発揮できる。それこそ寝食を忘れて取り組むはずだから。