2011年12月30日

見抜く

 23のときある法人に就職した。会長面接が行われるので面談に向かった。
 ボクと同じ年に採用は5人で、室内にはボクともう一人の方が招き入れられた。

 このときのことは今でもはっきり覚えてる。
 会長は昭和天皇と同じ年の生まれで内部では「天皇」と呼ばれていた。

 会長がもう一人の方に「ご立派な経歴ですね」と口にすると、その方は
「待ってました」とばかりに、これまでの出来事を話された。
 会長は「こんな人はこれまでたくさん見てきた」、一瞬、そんな様子を見せた。

 ボクは「会長はこの人をあまり評価してないみたいだ」って、これは後々に
なって、そのときのことを振り返って感じたことだ。

 ボクはどうだったか。
 今でもはっきり覚えてる。
 「あなたは、字は汚いが、字にウソがないな」だった。

 そのときは会長面談ということで、かなり緊張していたので、この言葉に
ついてあまり深く考えなかった。ただ、このときのやり取りはよく覚えてる。

 後々になって思ったのは「あの会長、人を射貫くようなセリフを口にするな」
だった。それまで、それからだって、他人から「あんたの字はウソがつけん字や」
みたいなことを言われたことがない。

 会長は字を見ただけでボクの本質を見抜いていたのかもしれない。いや、
あまりにも字が下手なので、そう言ったのか。分からないが。

 ある書物を読んでいたときのこと。
 「字はその人を表している」と書いてあった。
 そのとき、会長のあのセリフを思い出した。
 ボクの字は相変わらず下手くそだ。

 自分の書く字は自分を表しているかもしれない。
 犯罪捜査にも使われてるみたいだしね。
 ボクはあのときのことを思い返して会長って意外に怖い(意味は分かるよね)
人だなという印象をもった。人を射貫く、見抜いてしまう恐ろしさを感じた。

2011年12月29日

いじめる

 自慢めいて聞こえるかもしれないので、あまり書きたくはないのですが。
 ボクは23から30まで二つの法人で働いていました。「二つ、ホーーッ、
そりゃー儲かっていいなー」って思われるかもしれませんが、確かにお金は
たくさん入ってきますが。当たり前ですが大変です。

 午前のお仕事が終わると当然、帰るわけですが、ほかの方たちからは
「池田さんは良いなー、すぐに帰ることができて」みたいに言われ、午後の
お仕事の人たちからは「池田さんはゆとりがあってすばらしいですね」
みたいに言われてました。いえ、二つで働いてることはみんなも知っては
いたんですが。なんとなく出てしまうんですね。

 毎日は本当に激烈でした。土日なく働いてましたからね。朝6時半に起きて
帰宅は毎晩8時ごろ。ストレスもたまったんでしょうか、学生時代に患った
胃炎がぶり返してきて。食事が終わってきっかり2時間たつと下腹がしめ
こまれる痛みを感じました。これは7・8年続きました。

 ボクは私立中学を受験しています。不合格でした。それからの中学生活は
「オレなんて、結局ダメなやつなんだ」がしっかりと居座り、あまり勉強も
せず、毎日テレビの前に座ってました。その生活と対比するとその後の生活
は激変と表現していいほどです。

 ただ、この20代の、その前の京都留学中も含めて、生活があったから
「大変」のレベルが上がったと考えています。

 よく人は「しんどい」とか「大変」とか「めんどくさい」とか口にしますが、
それはこれまでの自分の生活に当てはめて考えているはず。「あの人と比べて
オレは大変だ」なんてあまり考えないはずです。

 要は、なにが言いたいかというと自分のことをいじめることができるのは、
自分でしかないということです。

 他人から「これもオマエのためだ」って強制されても「なにがオレのためだ、
あんたが楽したいからだろ」などと考えてしまうのが人間というもの。
 結局、自分を追い込めるのは自分でしかないということなんです。

 人はこれまでの生きざまを土台にして、いろんなものを観察し、比較して
いるものです。どう生きてきたか、どんな暮らしをしてきたか。
 他人はあなたをいじめることはできません。いじめることができるのは
自分だけです。

2011年12月28日

取材

 先日、新聞社さんの取材を受けました。ただ県が違うので記事にはならない
そうです。受けてから、ふと、待てよと思いました。

 「だれが紹介してくれたんだろう」って。情報の提供主はだれなのだろうと
思ったんです。新聞社さんはそのあたりの話はしてくれませんでしたので。

 いろいろ類推、想像してみました。「ひょっとして」。2件メールすると
一人がヒットしました。「あーあの人だったのか」。

 相手に取材を受けたことを話し、ありがとうって伝えました。
 取材されるのはごくごく当たり前の生活では発生しません。

 「どこそこにおもしろい人がいるよ」「あの人、ユニークなんだから」
みたいなことで伝わっていくんだと思います。ただ、伝える人が
いるから伝わるわけで。そこをないがしろにしてはいけないと思います。

 こんな、ちょっとしたありがたいことだって、この世にそうそう転がって
はいないんですから。

 ボクは記者さんにとっさに「ここにもこんなおもしろい人がいるから、
ぜひ取材してください」って伝えました。あまり乗り気ではありませんでしたが。
 検討だけはしてみると返事をいただきました。
 ボクはこれだけでも記者さんと出会って良かったと思っています。

 記者さんも楽しい、ユニークな人を探してるはずで、情報ソースを求めて
いるのだと思います。

 ボクには「こんな楽しい人がいます、取材しませんか」と投げかける
記者さんが何人かいます。定期的に送ってるんです。何件かは実現しました。

 自分にラッキーが舞い込んでくるためには、まず他人に舞い込む算段を
しなくてはならないと思います。「自分がすぐれているから取材を受けるんだ」
みたいな態度では決してラッキーは続かないと思います。
 自分が取材を受けたら、とっさに何人かは名前を挙げられるよう、常に
準備しておくといいと思います。

2011年12月27日

レール

 「すいませーん、ここから先はレールはもうないんで。あとは好きなように
進んでくださーい」って言われたことが何度かある。ただね、もともとこの世
にレールなんて存在しないんだ。当たり前のことだよね。

 ボクは私立中学を受験した。不合格になった。ショックなんてもんじゃ
なかった。衝撃を受けたもん。小学6年生にあれはきつい。

 同じ小学6年のころ、ソロバンの3級の検定試験を受験してる。確か5回
くらい受験して全て不合格になった。なんとなく「オレってかわいそうな
人なんだな」って思った。結果、公立中学に通う。

 中学を卒業する少し前、京都に留学することにした。よく人からは「地元の
イメージをぬぐい去りたかったんですか」とか言われるが、確かにそんな気分も
あったかもしれない。

 担任の先生が「池田、オマエは。3年2組のクラスで待機しとってくれ」と
言われた。体育館で地元にある滑り止め高校の受験説明会があった。ボクは
これから京都の平安高校を受験するのでこの説明会に参加しなくてよかった。

 2組に行ってみると岸田って男子が崩れそうな、不安そうな顔で机に
よりかかっていて、ボクの顔を見るなり「おーーー、池田」ってホッと安心
した顔付きになった。

 岸田とは1年のころケンカしてて、だが疎遠になることもなかった。
 岸田は卒業して社会人になるらしい。この学校は1学年、268人もいるのに。

 滑り止めを受けないやつは社会人の岸田と平安組のたった二人だけなんて。
 言葉にして感じることはなかったが、はっきり「あ、レールはもうないんだな」
って感じた。ボクは高校は一つしか受験せず、不合格なら浪人を決めていた。

 「中学卒業で浪人って、一体どんな気持ちなんだろう」、そこは不安になった。
 そして。大学を受験する。修道大学と経済大学。二つともダメだった。

 この世にレールなど存在しない。レールに乗ったと思っても、いつそこから
はみ出すか恐怖しなければならない。なら、最初から外れる覚悟をもとう。

 ことごとく不合格になったのは、もちろんボクに原因がある。そこは確か。
 ただ、それら不合格を通して雑草のごとく生きていくことを決めたのも
また確かなことなんだ。あなたも乗っかってるレールがいつまでも続くと
思わない方がいい。どこにほうり出されても生きていけるさ。

2011年12月22日

人あたり

 ボクは人あたりが悪いと思われている。いえ、そうなんです。
 そんな人あたりの悪い人間はできるだけ人と接触しなくて済むように
済むようにするはずだ。なのだが。ここからがおもしろいところで実に
たくさんの人たちと出会う。自分でも驚くくらいだ。

 先週だけでご紹介された初対面の方、4人の方とお話させていただいた。
 なにしろ、「わたくしはこの車で、こんなブレーカーを着てます」で
出会うという、ものすごい出会いなのだ。

 町中で初対面の方と出会うとき、繰り返してみると分かるが、意外に目当て
の人をきちんと見つけることができる。不安そうな、人を探してる感じを
発散してる人がいれば間違いなくその人だ。こっちもそうだろうね。

 ボクはよくアイディアを思いつく人間で、思いついては実行したり、
しなかったりする。それをみんなに話すと「バッカじゃないの、それ」と
言われることもたびたび。そのとき初めて、ボクのアイディアが一人よがり、
自分一人がすばらしいと考えたものだと知るんだな。

 人はいろんな角度から観察してるものだ。たくさんの人、こそが、いろんな角度
になってるのかもね。それらフィルターを通すとつまんないアイディアだったり、
おもしろいアイディアだったりする。要するに、人と接触することでしぜん、
角度が手に入れられると考えていいことになる。
 ま、「どんどんやりましょう」の意見のみ聞く耳があればそれで十分。

 また、いろんな人たちと出会うといろんなアイディアがわいてくるものだ。
 4人の方と話して感じたことは「さっきの話と今度の話」が頭の中で融合
するみたいだ。それぞれは単体で存在してるはずだが、ボクの頭の中では
出会ってるわけだ。実に不思議な気分だった。
 それらの総合から得られるアイディアもありだな。

 「人と会うのは疲れる」そんなことを思う人もきっといるはずだ。ボクも
そうだからね。これを人に話すと「疲れるのに、やるんですか」と言われる。
 きっとそこから得られるメリットの方が大きいんだろうね。そう思うよ。

2011年12月21日

知恵もの

 先日、あるおばさんとお話させていただいた。パワフルなおばさんでね、
聞いてるだけで圧倒されちゃったよ。おばさんが9割、しゃべった。

 中でよく出てきた言葉が「この辺りにも知恵もんはたくさんおるのに、
なんで動かんのかねー」だった。おばさん、周囲の人たちに働きかけて
いろいろ運動していきたいのに、同調してくれない様子だった。

 みんなそれぞれ都合があるからさ、おばさんの話をどこまで鵜呑みにして
いいのか、はかりかねたが。

 ここだけは言わせていただいた。
 「動かない人は知恵ものとは言わないと思いますよ」。

 おばさんの言う、知恵ものとは「地元の名士」「わりとすばらしい学歴を
有する人」「各業種でリーダー的な役割をしてきた人たち」のようだった。
 そんな人たちなら、おばさんに同調してくれると思うけどね。

 おばさんはしきりに口にしていたよ。
 「個別で存在していてもダメなんよ、みんなが一人一人バラバラで立ち
向かっても。大きなものに飲み込まれてしまうだけ。ここらで(この地域)
まとまらないと」。だよね。確かにそうだ。
 ボクもこの日、大変に参考になった。

 それぞれ単体ではすばらしい能力や経験を有してる人たちがいるに違いない。
 だけどさ、バラバラで存在していてもなかなか効力は発揮しない。
 ネット(網っていう意味ね)を張らないとダメだと思うんだよね。

 もう3年くらい前のことになる。ある人に誘われて出かけたんだ。
 畑仕事したり、ある人の話を聞いたりして。みんなでワイワイ言いながら
食事させていただいた。それぞれバラバラだと「どうってことのない行事」
なんだけど、これだけ集まってみるとなんか楽しくてさ。

 ボクの考える知恵もの、とはああだ、こうだ講釈を並べる人のことじゃない。
 淡々と実行、実践していく人たちのことだ。どれだけ学歴があり、学業が
あっても、使用しなければ意味ないよね。

 そして。やはり現代の社会はいかにネットになれるかで勝負が決まって
くると思う。それぞれがたいした能力を持ち合わせていなくても、結集して
コトに当たっていかなければいけない。ネットだよ、ネット。

2011年12月20日

親衛隊

 みんなは知らないと思うけどさ。ドイツ軍というのはものすごく
かっこいいわけよ。
 で、ボクは中学生のころ、ドイツ軍の親衛隊の制服を自作して
着て歩いていた。まともじゃないね。

 もともとはタイガー戦車で遊んでいたことがきっかけだった。
 タイガー戦車もむちゃくちゃかっこよくてさ、子供のころはよくプラモデル
を作ってた。リモコンで動くタイガー戦車も持ってたくらいだ。

 タイガー戦車というのはもともとはソ連の戦車、T35に対抗して作られたんだ。
 主砲は88ミリ、対戦車砲をそのまま乗せてる。

 それから次第次第にドイツ軍にのめりこむようになる。
 ドイツ軍の制服とか国旗、軍旗などめちゃくちゃかっこいい。しびれたね。

 それからすると日本軍の制服なんて。チッチッチ、だ。
 日本軍にも戦車があった。リベットだらけで見ちゃいられないけどね。
 やはり日本は世界に冠たる海洋国家だ。戦艦とかはむちゃくちゃかっこいい。

 さて。
 親衛隊の制服だが。
 中学生が着てるつめえりを用意する。

 写真を子細に点検すると、向かって左にスリットが入り、右うえから
細いベルトが走ってる。これを再現するだけでものすごく親衛隊っぽくなる。
 ドイツ軍の鉄十字章くらいを小物でつけてやれば、もうそのまんまだ。

 とまー、おもしろおかしく書いたが。しまいに少しまともなことも書いておくか。
 よってボクはドイツ軍に関する書物を40冊近く読んでいると思う。

 その結果、事実は1000年間くらいを俯瞰して観察する大切さと、
書物により記述が違う現実を知ること、その事実をだれがどこから観察
するかによって記述も変わってくるということを知った。
 事実は一つしかないという。ボクは違うと思う。だれが見るかによって
事実はたくさん存在してるんだ。

2011年12月19日

問題

 要するに、人間というものはなにを問題にすべき、なのかもしれないね。
 存在してないものは越えられない、わけだ。

 ボクたちは評価というものを気にする。人生とは出題される問題をとき
続ける作業なのかもしれない。

 ボクは珠算段位8段に暗算段位9段だ。もちろん、最初からそんなに
うまかったわけじゃない。段階をへて少しづつ上手になっていく。

 この段階、なくしてしまえば苦労もなくなるが、人間というのはそれを
設定するから越えようと努力する。その設定なくしては、だれも10段に
到達などしないのだ。

 おもしろい話がある。
 珠算段位というのはもともと「大阪珠算連盟」なる組織が独自に作っていた
段階だった。それを東京が真似し、全国にそのまま広まった。

 おもしろいのはここからでもともとこの段階は「これくらい難しくしておけば
だれも最高段位に到達できないから、ちょうどいいだろう」だったと聞いた
ことがある。

 まさか、次から次に10段位に到達する人が現れてくるとは、この問題を
作ったときには想像もできなかったわけだ。
 現在、10段位取得者は現役だけでも30人くらいはいるんじゃないかな。

 これは段階を設定し、評価できる態勢になると、それを具体的に越える人たち、
その能力を持った人たちが現れるということを意味してる。

 「絶対に」と断言してもいいが、これら評価基準を作らないと、決して
だれもこれを越える人は出てこない。評価あるからこそ、人の能力は上がって
いくわけだ。ひょっとして、現在の10段位の基準を大幅に上げても、
人は乗り越えてしまうかもしれない。

 ボクはこの事実を見ると「人は基準を設定するからこそ、それを越えられる
んだ」って思うわけ。今の初段あたりを珠算の10段位って決めると、不思議
なことだが、それを越えるのは容易ではない、ことになる。
 評価する、されるのは嫌いな人も多いかもしれないが、この世は評価
されるからこそ能力を発揮できるといってかまわない。

2011年12月15日

怒り

 怒りはコントロールしなくてはいけないと思う。
 あれはいつだろう。10年くらい前のことになるかな。いつも登る山
を歩いているときのことだ。あるおじいさんがおられ、ボクはなにげなく
「こんにちは」とあいさつした。

 木で作られたツエを手にしたおじいさん、「おーーーーっ」と返して、
結局、山頂まで一緒に登ることになった。

 このおじいさん、発言が100%、怒りで構成されていた。
 「今の社会はなっとらん」「市政はおかしい」「この国はまともじゃない」。
 おじいさん、市の議会などにも顔を出し言いたいことを口にしているそうだ。
 実に迷惑な話だ。

 「黙っていたらこの国はなにも変わらない」なんて話していたな。
 それはいいが、議会で遠くからやいのやいの叫んでいても取り合って
もらえないだろう。「当選するのが先じゃないか」なんて、聞いていて思ったな。

 このおじいさん、見ていると全身が怒りで包まれてる。そんな感じだった。
 ほがらかに楽しく過ごしているおじいさんがいる一方、怒りに乗っ取られてる
このようなおじいさんもいる。
 要するに、この人の頭の中は怒りでいっぱいなんだ。

 ボクも20代のころ「池田さんは能面みたいだ」「表情がない」とよく
聞かされた。自分ではそんなことはないと思ったが、鏡の映る自分は
まさに能面そのものだった。

 「池田さん、もっと笑った方がいいですよ」、何度となく聞かされた。
 ボクは「オレだっておかしいときは笑うんだ」とは思っていた。

 しかし。今、ボクが出会う人たちを観察しているとほがらかな人の方が
100倍は得してると思う。能面みたいな人や怒りを発散してる人に
良い話は寄ってこない。話をしているとつくづくそんなことを感じるんだ。

 人は怒りながら笑うことはできないに違いない。どちらかしかできない。
 あなたに幸運が訪れるとしたら、どちらの顔をしておくべきか、改めて
考えた方がいいだろう。
 怒りに心を乗っ取られてはいけない。

2011年12月14日

名刺2

 ボクの名刺に対するとらえ方はユニークだ。「目だってなんぼ」が
先にある。当初、ボクは名刺を持ってなかった。ボクと同じ職業の人も
だれも持ってなかった。それでつい「名刺なんてなくていいんだ」くらいの
つもりでいた。珍しいことかもしれない。

 名刺がなくとも困ることもなかった。名刺を出す機会そのものがないんだ。
 それでもいつしか「これではいけない」そんな気になった。社会人として
そんなことでいいのか。そのころから交流会やセミナーなどに参加するように
なったことも大きく関係しているかもしれない。
 ボクは子供のころから本を読むのが好きで、もちろん大人になってからも
よく読んでいた。それらから刺激を受けた面もあっただろう。

 そして。23のとき、とうとう名刺を作ることにした。ふと、なぜか
当たり前の名刺じゃつまらない、なんて思った。印刷やさんに出向き名刺
を作ってもらうことにした。

 「写真を入れたいんだけど」。ボクがそんな提案をすると「えーーーっ、写真、
そんな名刺、見たことないよ。それに写真がうまく印刷できないよ」なんて
言われてしまった。ボクは自分の提案がそれほど突飛なことだとはまるで
分からなかった。

 確かにそのころ名刺交換すると「写真入り」の名刺などお目にかかった
ことはない。でも、だからこそおもしろいじゃないか。
 印刷やさんは渋々提案を受けてくれ、「それでは写真を用意してください」。
 こうして初めて作る名刺に写真が印刷された。ただできあがりは印刷やさん
が口にするように、うっすらとボクと分かる程度、ではあったが。
 今ではシールになった写真がペタリと貼ってある場合が多い。見た目も
きれいだ。現在、ボクの名刺に写真は貼りつけてない。

 次に作った名刺は、ボクが「謎の生物」が大好きだったこともあり、
アマゾンの奥地にひそんでいると言われる「モケーレムベンベ」の絵を
見ながら写生し、それをそのまま名刺に入れてもらった。趣味を名刺に
したものができあがった。イラスト入りなのでボクがなにに興味を持ち、
ちょっと変わった人だな、そんな印象も与えることができる。ユニークな
人だととらえていただけるはず。そんなつもりで作った。

 文面もユニークだ。「中国地方で謎の生物に関して決してだれにも引けは
取りません」と入れてもらった。これに住所と氏名だ。
 この名刺はまだ自宅にあるから欲しい人にはあげますよ。
 ボクの名刺に対する考えは「目立たなければ意味がない」だ。
 あなたもひねってひねって、考えてみてはいかがだろう。楽しいよ。

2011年12月13日

働きかけ

 ボクはこの世は働きかけだと考えている。働くのだって、なにかをお願い
するのも、みんな働きかけだよね。
 ボクたちは働きかけだけで毎日が過ぎてると言っていいんじゃないかな。

 三カ月ばかり前のことだ。ある男性が「池田さんはいつも5・6人で
飲むよね。どうしてこんなに人が集まるの」と質問された。
 で、ボクは「周りの人を気軽に誘ってみたら、それだけだよ」と応えた。

 しばらくして男性から電話がかかってきて「もうやめた、あんなこと、
やっとられん、池田さんはよくやるなー」と感心されてしまった。

 男性 「周りのやつに電話したら軽くあしらわれてしまって、忙しい、
なんて口にするんよ。もう頭にきて」。

 ボク 「そんなことで頭に来たの。それじゃー誘えないよ。こんなものは
断られてなんぼやから。わたしも腹は立つんですよ。断られると。
だけどそこでひるまないで続けるところが違うんでしょうね」。

 男性 「池田さんはホントにようやるわ」。
 ボク 「わたしとあなたの違いがなにか分かりますか」

 男性 「いや、分からん、なに」
 ボク 「あなたは断られて、ハイそれで終わりでしょ。難しく考えることは
ない。わたしは断られても続けなければならない。ってところですかね」。
 「断られた人は続けて誘う必要はない。だけど違う人を誘わなければ
いけない、ってことですね」。「常に継続継続です」。

 ボク 「あなたの周りの人たち、20人を飲みに誘ったなら、どれだけ
の人がその誘いに乗るか、あなたには分からないでしょう。ボクは実行する
前から正確に分かります。それを続けてきたからですよ。この世はね、
うんざりしたら負けなんですよ。懲りてはいけない。懲りずに懲りずに
続けることが大事なんです」。

 ボク 「会社という看板を背負って、まず会社名を名乗ることから始める
あなたとわたしとはまるで違うんですよ。わたしはわたしという看板のみ
押し立てて暮らしてますからね。(うちの会社を見ろ)なんて心意気は
どこを探してもないんですよ、わたしには」。

2011年12月12日

前向き

 実はね、みんなはとても前向きな生き物なんだよ。ウソじゃないよ。
 ボクが子供のころ、ある本でだったと思うが、こんなことが書かれていた。

 「小学6年生の君は勉強に行き詰まったり、学習意欲を失ってないかい、
だとしたら良い方法を教えよう。3年生のころの教科書があったら取り出して
勉強してみよう」。こんな書き方はされてなかったが、要約、こんなことが
書かれてた。

 で、ボクは4年生、5年生のころの教科書を取り出して再度、勉強して
みることにした。不思議なことにそのころ何度聞いても分からなかった、
何度も指摘された問題も簡単に解ける自分を見つけた。
 実に不思議な気分だった。

 要するにね、日本人はかなり優れた人たちってわけだ。
 「過ぎたものは追いかけない」わけでしょ。ボクもソロバンの3級を
6回くらい不合格になったけど、合格したら二度と受けてないはずだ。

 ボクの周りもみんなそうだ。3級にうかったら2級の練習をして受験に
向けて頑張る。ものすごく前向きだと思うんだけどな。
 ボクたちは基本的に前向きなわけさ。
 で、それがあまりにも当たり前過ぎるので、それを意識してないわけだ。

 ボクは高校に勤めてたことがある。勉強を、学業を投げ出してるやつは
いくら授業に出てもちっとも賢くならないんだ。これはもう絶対に保証しても
いい事実だ。断言したっていい。
 「もういい」「オレはダメだ」に支配されてるわけ。

 だからボクたちは「自分は賢くない」「自分はつまらないやつだ」というのは
要するに通り過ぎたところをできて当たり前と考えてるところから発生してる
わけだ。

 小学6年生に3年生の問題を渡してみよう。「こんなの簡単。バカみたい」と
笑われてしまう。人は通り過ぎたことにあまり関心を示さない。
 だけどたまには「こんなこともできるようになった」があっていい。
 自信を取り戻して再度難しいことにチャレンジすればいい。

2011年12月 9日

名刺

 名刺をお持ちでない人をたまに見かける。とてももったいないことだと思う。
 話を聞いてみると名刺に対して思い込みがあるようだ。

 「自分は無職だから」「どこにも属してない身なので」「どこかに就職
したらきちんと作ります」。が、みなさんの根底に流れてるもののようだ。

 ボクは会社名を記載していない名刺も何度か作ったことがある。
 住所、氏名はもちろん書くが、趣味やこれからの抱負を書いた。こんな
名刺はあまり見ないだろう。

 ボクの考えは名刺というものは自分紹介だ。自分紹介なら無職であれ、
どこにも属してない身であっても必要ではないかと思うんだ。

 むしろ、無職の方は「こんな仕事先がいいな」「わたくしにはこんなことが
できます」「こんな特技があります」など書いておけば、どこでどのように
つながって職が見つかるか分からないよね。

 それをもったいないことに「無職だから、まだ一人前ではないので、名刺
はありません」そんな気分があるようだ。実にもったいない。

 名刺を、今、置かれてる状況をうまく説明するためのツールくらいに考えれば
いいんじゃないかな。一人前だから持つもの、でもないと思うよ。

 まず、名刺を持たない人は次回、なにかおもしろい企画があっても誘う
ことができない。ボクが住む地方であっても「偶然、出会うこと」なんて
まずないからね。

 それから、現代では個人用の名刺があってもいい。
 自分紹介の名刺。これからの抱負を語る名刺があっていい。

 ボクからするとみんなはさ、どこかに所属してないと一人前じゃないと
する考えが強すぎるんだ。ボクはスタートから自営業だ。自営業というのは
「属してる感覚」がとても薄い。だから違和感を感じるのかもしれないね。
 と同時に「勤めているから一人前」なんてこともないと思うよ。まずは
その辺りの思い込みを取り除いていこうよ。

2011年12月 8日

人間

 街を歩いていると右手を差し出し、「これ、どうぞ」とチラシを渡される
ことがよくある。ほとんどの人が無視するが、ボクは「もらうだけもらって
おくか」くらいのつもりでいただく。
 あれをもらってその店を利用するのはどれほどいるんだろう。

 半年ほど前、そうして町中でもらったチラシにより焼き肉やさんで
食事したことがある。チェーン店のようだった。そのときも「もらって
そのまま訪問する人がどれだけいるのだろう」なんて思ったな。

 ただチラシを見て訪問を決めたとき、配っていた人がお店まできちんと
案内するのが当然じゃないか、なんとなくそんなことは思った。
 「お店はここをいったところにありますから」だった。

 中国を旅行したときのことだ。山峡にダムがかかるというので、景観が
変わることが予想された。で、その前に山峡巡りをするため中国に向かった。
 川のどこだったか忘れたが、人夫が裸で船を上流に引っ張り上げた(かなり
昔はそうだった)場所があり、ちょっとした観光地になっていた。

 そこでのことだが、観光が終わるとボクたちは船(船でクルーズ、寝泊まりも)
に戻るため港に歩いた。ボクだけ執拗に土産物を売る女性がつきまとった。

 当初、12個で1000円の販売だったが、ボクたちがすたすたと歩くと
14個になり、16個になった。20個になったところで、ボクは買った。

 おもしろいのは、この女性、ボクしか標的にしないのだった。
 初めからしまいまで、ボクにしか声をかけてこない。
 そのときもゾロゾロと20人くらいで歩いていたはずだ。

 周囲にこのときの話をするとおもしろがって「池田さんは買ってくれる
って分かるのよ」なんて言われた。そうかもしれないなー。
 町中でチラシを配る人にもきっとこれは見えているに違いない。

 予想は当たったり外れたりはするんだろうけど、それにしても。かなりの
確率で分かっているんだろうな。
 これに似た話は父親からも聞いたことがある。父親は「金の匂いがする」
って言ってたな。ここまでくると芸当だろう。

 あなたには金の匂いは分かりますか。残念ながらボクにもいまだ分からない
のだが。真剣に生きていると感性が鋭敏になってかぎ分けることができるわけだ。
 あなたはこの話、どこまで信じることができるだろうか。

2011年12月 7日

漢字

 高校生になったばかりのことだ。現代国語の時間で毎週月曜日に
漢字テストがおこなわれることになった。読みと書くのと合わせて20題。
 小冊子があり、前もって範囲は決まってる。40題の中から20題が出題される。

 初回のテストのとき、たまたまだろうが、満点が取れた。その満点の用紙
を見るとなぜかうれしくなるのも当然だろう。
 そこでボクは「よし」と思い、漢字テストのみ頑張ることにした。

 ボクの場合、良かったのは「全てにおいて頑張る必要が」なかったことだ。
 そのころボクは単身、京都に留学しており、学校からいただく通知表などは
親元に送らず、全て自分の手で握りつぶしていた。

 これなら、どれだけ成績が悪かろうが関係ない。だれも知りもしない。
 数学は補講に出席させられたりしたが、親は知らない。
 要するに、あれこれ頑張る必要はさらさらなかったわけだ。

 で、漢字テストだが、とうとう最初から最後まで満点で通すことができた。
 出題は範囲が決まっており、それも40の中から20が出されるだけ。
 やる気になれば満点などそんなに難しくはないはずだ。
 ボクの人生の中で、学校生活の中で、満点は最初で最後かもしれなかった。

 あと、やはりこれも国語関連だが百人一首の書き取りテストがあった。
 これも首位を取ることができた。百人一首の出題は上の句が書かれ、
下の句を応える、だった。

 ボクは中学生のころ、よく百人一首で遊んでいたから、これは必死になった。
 百人一首は百、あるわけだが、87点だった。
 ほかのことでは決してそんなことはしないが、百人一首の本を買ってきて
必死になって勉強した。「意味が分からないと覚えるのが大変だろう」と
思い、内容もしっかり読んだ。

 人はどこか満点を取るとうれしくなるものだ。それが単なる書き取りテスト
であったとしても。なんとなく「満点を続けてみようか」とも思うもの。
 満点もただの癖なのかもしれないね。つまらないと思えることでも一度、
満点を取ってみよう。続けたくなるかもしれない。

2011年12月 6日

投資

 ボクは19の年から株式投資をやっている。ただね、それから10年くらいは
父親が「あれを買え」「まだ売るな」「今、売れ」と指示されて、その通り
にやっていた。

 だけどさ、指示通りにやっていると「自分」がやってることにはならないよね。
 損してもいいから自分の考えだけでやってみたいと考えるようになった。

 それでも最初の何年かは「株ってなに、大根の一種なの」みたいな感覚
だったから。それからかな、株の本を買って読んだり、ゴールデンチャート
っていう過去の株価が掲載されてる本を買ったりした。これ、すごく高くて
4000円近くするんだ。

 もちろん「会社四季報」などの情報本は定期的に買っていた。
 会社四季報には従業員の数、どんな業種か、どの分野でどれだけ儲けて
いるかの配分、従業員の平均年齢などまで掲載されている。

 今は日本の株式を所有していないので四季報は買ってない。ただ中国の株
を所有しているので、たまに二期報と呼ばれる中国の株情報が掲載されている
本を買う。これも高い。3000円近くする。

 長らく株をやってきてつくづく感じるのはね、「安いときに買って高く
なったら売る」なんだ。当たり前過ぎるでしょ。だけどね、これが難しいんだ。

 でさ、このことは全てに通じると思うんだよね。
 投資の基本的考え方だと思ってる。今、あなたの手元に余裕資金があれば
「将来のための一歩」のために有意義に使うべきだと思うな。

 ただ、「これが欲しいから買う」じゃなくてね、今日、支払った1万円が
将来の100万円になるよう、どこか考えながら出すべきだと思うんだよね。

 ボクは20代のころ一円も家にお金を入れなかった。母親からは「あんたも
社会人なんじゃけー入れんさい」って言われてた。半年ほど毎月10万円払った。

 だけどさ、いくら家にお金を入れても将来、なにかになるわけじゃないよね。
 そう思ってすぐにやめた。それより外国に旅行でもした方がずっと良いと
思った。今でも正解だったと思うよ。

 この投資の考え方はとても大事だと思う。お金は「欲しいもの」を手に
いれるためにあるわけだけど、時間をずらせば「将来欲しいものを手に
いれる道具」でもあるわけだ。余裕の資金はそんな考えがあっていいと思う。

2011年12月 5日

参加する

 三日の土曜日、ボクは団体の懇談会に参加してきました。あわただしい
一日がスタートしました。仕事を終え、すぐに車で現地に向かいました。
 高速を利用しましたので料金もかかります。時間もつぶれます。

 そして。懇談会では一言も発することはありませんでした。あまり意味は
なかったかもしれませんが、いつも深く考えることはありません。

 ボクの考えは「参加できるときはできるだけ参加する」です。
 土曜日にも感じたことですが、「団体の席では発言する機会もないし、
結論は冊子にして届けてくれるわけだし、偉い人たちが集まって高度な議論
に終始するんだろう」とはボクも感じていることです。

 ですが、参加することによってまた違う景色が見えてくるものです。
 上にも書きましたが結論は冊子にして送られてきます。結論を読むと
「現場の声が届かない、気持ちが分かってないなー」など思うものです。

 ただ、参加しますとその途中の経過も話し合われ、なぜその結論にたどり
着いたのかよく分かります。

 「先日、こんな提案がなされました。ただそのことを部会で話し合いました
が、決着はこのようになりました」、経過が説明されると、「なるほどなー」と
分かるところがあります。

 物事には全てメリットとデメリットがあるものです。
 「時間がつぶれる」「お金がかかる」「あわただしい一日になる」など
デメリットもあるわけですが、違った角度からいろいろ観察できる、などの
利点もあるものです。

 また、日ごろ話さない方とも話す時間がいただけ、個別に懇親会に発展
するかもしれません。物事というのは「ただそれだけ」を眺めるべきではなく、
「次につながるなにかが見つかるかもしれない」みたいな視点も必要だと
考えています。

 参加できる場はどんなものでもできるだけ参加してみるべきです。お金も
かかるし時間もつぶれる。それは確かですが、人間、少し痛い思いをすると
「その元を取ろうと」するものです。それはなにか別の成果につながるのでは
ないでしょうか。複眼志向でいきたいものです。

2011年12月 1日

嫌い

 ボクは珠算8段に暗算9段を取得しています。この話をするといつも
周囲の人たちから「池田さん、計算が早いんですね」「才能があったんですね」と
聞かされます。ボクはそれを聞いて内心、苦笑させられます。
 「ま、計算が早いのは当然として才能なんて関係ないだろ」です。

 ボクはソロバンが嫌いでして。小学6年生のころ3級の試験を6回くらい
すべっています。もちろん熱心に練習してなかったので当然なんですが。

 ただ、そのころボクは「オレはこんなものに向いてない」「オレはバカ
なんだから」なんて思ってました。6回もすべって好きになれるはずもなく。

 断言しますけど、3級を何度も何度もすべって、だけどその後8段に
到達した人なんていないと思いますよ。レアケース。ボクの知ってる上手な
人は小学生低学年のころから上手でした。

 それからしばらくして受験した私立中学もめでたくすべってしまい、これで
才能があると思える人はよほどの人だと思います。ただ、中学卒業するときに
京都に単身、留学することになりまして。それもソロバンで。

 「高校生にもなってこんなに下手くそで、もう嫌だ、恥ずかしい、どこかに
隠れてしまいたい」、京都に行く前、行った後も何度もそんな気分になりました。

 最初の夏休み、ソロバンを朝から晩までやるんですよ。それも土日なく。
 ただ、その夏休みが終わると、才能のないはずのボクがしっかりとした
手ごたえを感じられました。「なんだ、オレってやればできるじゃん」。
 ま、朝から晩までやればたいていのことはできるかもしれませんよね。

 ソロバンは嫌いだった、才能はなかった。だけど、こうして8段にまで
なると嫌いでもないし、才能はないとは言えない。いな、嫌いなものが好きに
転換するというのはすさまじいことですよね。たいていの人の場合、嫌い
なものは嫌いなままですから。

 実は、あなたが嫌いと思っているものは、ただ単に「練習量が少なかったり」、
「オレには向いてない」などあきらめていたりするだけです。
 とことんやってないからそのように思ってしまってるだけです。
 ボクは断言しますけどね、人には才能なんてものはないんですよ。
 あるとするなら、「どんな才能だってある、人間にできることなら何だって」
っていうことなんですよ。