2011年10月27日

若者

 「若者のために」とか「若者が羽ばたけるように」とか、考えなくても
いいんじゃないかな。若者はそれぞれ自分の感性でやっていくものなんだよ。

 ボクは高校に勤めていたことがある。その高校では三年生の春ごろ
「社会体験しようキャンペーン」を毎年やっていた。

 市内にある事業者を訪問し理解していただいて、学生たちに「お試し」で
疑似お仕事を体験してもらう、そんな主旨だった。
 あなたもこの考え、賛同されるだろう。

 ただね、これ、全面的に良い企画とはならなかった。
 生徒の中には「あんなきつい仕事、行きたくない」なんて事例がかなり
あったんだ。なんのためにやっているのか分からないよね。

 しかし。
 生徒の立場になってみればこれは当たり前かもしれない。

 学校の先生がたは「世間にある仕事をよりよく理解して、社会人というもの
がどういうものか考えてほしい」だったはずだが、よもやそんな結果になろうとは。

 だけどね、ボクは思うんだけど、そのときの学生がどのような心境で
仕事や会社に臨むかというのは、そのときの社会情勢で変わってくる。

 ボクも散々「そもそも仕事とは辛いもんだ」と聞かされたけど、
今、ボクはそんなふうには考えていないからね。ボクたちの上の世代は
あまりにも「刻苦勉励」にとらわれ過ぎていたんじゃないかと思う。

 「辛くなきゃ仕事じゃない」わけ。
 若者がそれに反発するのは当たり前ではないだろうか。

 学校の先生が「よりよく知って欲しい」と願って行動に移されること、
そのものは否定しないんだけど、そもそも学生たちが今の社会、お仕事を
どのようにとらえるかは、景気の善し悪し、子供のころの教育、環境に
大きく左右される。

 だから、「若者のために」とか「若者がよりよく働けるために」とか
あまり難しく考えなくてもいいんじゃないかな。若者は勝手に考えるんだよ。
 現在みたいに不景気が続くとみんな勝手に「辛くても仕事するんだ」みたいに
なったわけでしょ。あまり先走って用意してもその人たちのためにならない、
これも覚えておかなくちゃいけないことだよね。

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