2011年10月13日

とらえ方

 ボクの知り合いの社長でこんな人がいる。とにかく何でも知ったかぶり
するのである。
 「あー、あれ、うちの会社がやったんです」「あれでしょ、ボクが手掛け
たんですよ」「あのプロジェクトはとても大変だったんです、だけど苦労した
甲斐がありましたよ」。

 で、ボクはこれらの話を聞かされると「オマエの一日は48時間くらい
あんのか」って問い詰めたくなってしまうわけ。
 だけれども、現実にはそんなことがあるはずがない。
 彼だって一日は24時間だし、会社でおこなっているプロジェクト全てに
具体的に関わっているわけではないはずだ。

 では、どうしてそんな態度を取ることができるのか。
 ボクは彼を見ていてつくづく思うのは、要するに彼はその出来事に対して
「少し上をいき」「飲み込んでいるものだと」思われる。
 要するに、これはだれにもできるということなんだ。

 従業員という立場であればどうだろう。
 「あー、あのプロジェクトですか、うちの会社で、あの部署がしっかり
やってますから」になるはずだ。ここに、大きな大きな違いが発生してる。

 ボクの知り合いの社長の場合、必ず「あーそれはうちがやってるんです」
になる。要するに「とらえ方が大きく、それの少し上をいく。飲んでかかる」
わけだね。

 だが、聞いてる側からすれば「あれはボクがやってるんです」と聞かされ
ると「こいつがやったんだ。こいつはすごい」とか思ってしまうが、現実
には「彼の会社の人たちが頑張って仕上げた」だけだ。
 ボクは彼を見ていてつくづく「物事はこうして飲み込んだ方が良いよな」と
いつも感じてしまう。

 あなたはこの日本という国を見て「あー、日本はオレが作ったんです」
なんて決して口にできないだろう。せーぜー「この国に住まわしてもらって
ます」だろ。だけど違うんじゃないかな。この国に住んでいればだれだって
「この国を作ってる」。

 いろんな行事にも参加するだろうし、いろんな活動もやってるはずだ。物事と
いうのは「とらえ方一つ」でもっと活動的になれたり、積極的になれたりする
ものだと思う。その背景には「その物事の少し上をいく」ことだと思う。
「飲んでかかる」わけだ。
 この国に住んでいればだれだってこの国の創造主だ。そのつもりでいこう。

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