2011年10月12日

観念

 ボクたちはある観念につきまとわれていると思う。
 ボクはよく「池田さんは山口の人ですか」と聞かれる。聞かれて、「そうか、
オレは山口の人間だったのか」、改めて自分がどこから来たか気づいた。
 そして「はー、そういうくくりもあるのかー」って改めて驚く。

 ボクは高校になるとき単身、京都に留学してる。京都に知り合いはなく、
あの人口の多い街にたった一人だった。ただ、留学先の先生はそれを知ってか、
「毎日すさまじく忙しい日程」を組んでいただいたおかげで、さみしいとかは
感じなかった。(多少、皮肉こめて)。

 中学生までのボクが抱いていた京都の街は、もう全く、修学旅行の範囲を
出ていなかった。「きよみず寺や金閣寺がある観光地」の扱いだった。ただ、
ボクはきよみず寺も金閣寺も行ってない。金閣寺も銀閣寺も行ってない。

 留学が始まるまでは魔物みたいな扱いだった京都の街だが、毎晩食べる
ところは決めてあり、銭湯に行って食堂で食事する。当たり前だがそんな毎日が
続く。慣れてくると要領も覚え、楽しみも見つける。
 近くにファミリーレストランができ、夜中に何度か出かけた。
 「こんなことができる高校生なんていないよな」なんて思いながら。

 ボク自身は毎日、大変な生活でフーフー言っていたが、学校の同じクラス
のやつらからは「え、池田、一人暮らしけ(関西なので)(尋ねています)
うらやましい」って言われていた。内心では「こっちは年がら年中、すさまじく
忙しくてな、金閣寺も銀閣寺も行けないんだよ」なんて思っていた。

 高校2年の終わりごろ、胃痛を抱え精密検査を受けるも、異常なし。
 内心では「どうか異常がありますように、たまにはゆっくりしたいよー」
なんて思っていた。そして。京都からこっちに戻ってみると「関西弁を話す
青年に」自分がなっていた。知らない街にいるみたいだった。
 京都にいたころ、あんなにも「帰りたかった場所」なのにね。

 ボクはその感覚で今もってやっている。「どこの人間か」ではなく、
「自分がいるところが世界の中心」ってわけだね。京都は全く知らない街
だったけど、それなりにやっていくことができた。観光客の目線で見る
京都の街とは違った顔をこちらに見せた。どこだって同じことだ。

 「楽しければ、楽しいことがあればどこだってかまわない」その感覚が
あれば十分じゃないか。「なになに県の人間です」っていうのは、この時代、
もうズレてるよ。

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