2011年10月 3日

自由人

 かなり前のことになるが、旧知の先生とレンタルショップでばったり出会った。
 別れ際にこんなことを言われた。「池田さんは良いなー、ここでなんでも
借りられるから」。すぐにピンときた。
 なにも言わずに別れたけどね。

 要するに先生というのは先生としての自覚があり、やれることとやれない
ことがある、ということなんだ。ボクは自然な会話からそのような存在を
強く感じることになった。

 そこで思うんだ。それがボクたちの足かせになってることをね。
 ボクにもあったよ。高校のとき京都に留学したが、「留学先の名をけがしては
ならない」みたいな感覚があった。それはいいことだが、それによって行動
が制限されるのはおかしい。って今は思うな。

 ボクはよく「池田さんは自由人だから」って聞かされる。では問うが
あなたは自分を何人と表現するのだろうか。「規制にしばられて身動き
取れない存在」とでも言うつもりか。実は半ばそうなっているね。

 他人のことは自由人と名付けることができるが、実は自分の存在は定義して
いない。自分を表現するつもりがないに違いない。

 上記の先生にしてもそうだが、ボクにしろ、だれにしろ、実は自由人なんて
存在しない。自由にふるまってる人なんていやしない。ではどうしているのか。
 規制を感じつつ、そこから突破すべく考え、悩んでいるってことだ。

 「うちは従業員が50人もいる会社だから」「おかしなことをしたら会社
に迷惑が」「外を歩けなくなる」とか思うんだろう。犯罪に加担してはなら
ないが、正しいことならどしどしやればいいだろう。失敗しても会社に迷惑
がかかるなんて、ボクは思わないけどなー。
 「あ、また、池田が失敗した。バカだなー」と思われてるに違いない。

 ボクはやりたいことが一つでも多くやれることが自分の成功だと考えている。
 なにが楽しいか考え、楽しいと思うものに全力を傾ける。
 「それをあなたがやらなくても」ってよく言われるが、関係ない。
 他人がどう思うかじゃなく、自分がそれをどう感じるかだ。

 実は自由人になるのは簡単じゃない。自由人になるために不断の努力を
重ねているといった方がいい。それから自由人というのは主に頭の中の
動きだと思うな。頭の中が先だ。

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