2011年8月31日

名前

 ボクは子供のころから自分の名前が嫌いだった。ボク自身は「ジュン」
とか「けんた、でケン」とかがいいなーって思ってた。

 そこにいくとボクは「くにとし」だから。子供のころはよく「何なんだ、
くにとしって」とか思ってた。邦利と書く。
 軍人だった祖父がつけてくれたそうだ。道理で。

 祖父は民間人だったのに志願して軍人になった人。詳しく聞いたことは
ないが、国に対する気持ちが強かったのだろう。父親に対してはことあるごとに
「オマエみたいなやつは軍隊にほうり込んでたたき直してやる」だったそうだ。

 で、ボクは人に与えられた名前というやつは、なんていうか、その人の
DNAになると考えているんだ。みんな、人は名前の意味を考え、どうして
こんな名前になったのか知りたがる。そこに込められた意味を知りたいと
思うわけだ。
 由来を聞くと納得する人も多いのではないだろうか。

 明治時代には「もう子供はたくさん」で「トメ」(とめてくれ)とつけた
ことも多々あったようだ。悲しいね。
 それは名前じゃなくて願望だろ。

 ボクは軍人だった祖父が「国の利益になるように」とつけたそうだ。
 だから、おりにふれ、「国の利益になるように」なんて考える自分が
いたりする。ま、あまり利益にはなってないみたいだが。

 要するに、DNAというのは、この名前に自分が近づいていくってこと
だろうね。考えてみれば、ボクがはや10代にして愛国主義者になったのも
名前と無縁ではないのかもしれない。

 一つ、つけ加えておくと「あまりにもおかしな名前は」成人になってから
変更することができる。変更する人というのははじめからやり直す、
感覚になるだろうね。ボクが今、自分でつけていいって言われたらどんな
名前にするだろう。唐突すぎて出てこない。
 やはり、今の自分に照らし合わせて「ケン」なんてのはないだろうね。

2011年8月30日

テレビ

 テレビのない生活も一カ月を過ぎた。いや、さすがに大変だ。
 分かったことだが、先月、アナログ放送が終了した。うちのテレビも
カウントダウンの末に見られなくなった。久しぶりにテレビのない生活
ってどんなだろうと思ってそのままにしておいた。

 まず。とても静かだ。それから生活スタイルが変わる。これまでテレビ
を見ながら腹筋、腕立てをやっていたが(室内自転車も)、やらなく
なってしまった。「ながら」あれしながら、これしながら、がちょうど
良かったのにね。テレビがないからわざわざやってるような感じになる。

 いつだったか、新聞のテレビ欄を見るのをやめたことがある。
 テレビ欄を見ると、なぜだか見たい番組があり、録画する習慣になっていた。

 それから、たまたま見たテレビがおもしろい場合、それからは毎週
約束のようにその番組を見ていた。テレビがないと、テレビの予告編すら
見ることができず、続けて見たくなる番組も消滅してしまう。

 ただ、先日、食堂でたまたまテレビを見ることがあり、美術館で黄金展
をやっていることを知った。この情報が得られないのは辛いなー。
 この黄金展は見に行くつもりだ。

 京都に留学したときも一切、テレビは見なかった。久しぶりにテレビの
ない生活に戻ったことになる。ボクはテレビを見ないことにしたわけではなく、
とりあえずない生活を送り、見たくなったら準備しようと考えている。

 テレビがなくなって一カ月が過ぎたが、かえって高くついてる気がする。
 映画をレンタルするからだが、レンタル代の方がテレビ本体やデジタルに
対応させることより高くつく。切り替わってみてつくづく分かる事実だ。

 で、このごろはテレビの替わりに音楽を聞くことが多い。
 テレビも習慣があるが、音楽にもある。今、世界の音楽の流れはアジア
を取り入れてるようだ。これまで知られていた音楽をアジアチックに味付け
されてるのもある。元の曲は分かるのだが、かえって身体にしっくりくる。

 これは世界の人々の嗜好がアジアになったのか、ボクがそうなったのか。
 きっと世界がアジアのすばらしさに気づいたんだろう。
 よって、今のところテレビのない生活が続いていますが、これって
いつまで続くんでしょうね。かなり辛いんですけど。

2011年8月29日

強引

 先日、ある方とお話ししているとこんな話題に。
 「あの人はものすごく強引なんですよ。断りの電話をかけたつもりなのに、
(それで、いつ来るの)って。風邪気味だったんですけど、結局、参加
しました。しんどかったですけど」。

 「あー、そうですか、わたくしもよく強引って言われるんですけどね」。
 「池田さんもですかー、そんなふうに見えません」。

 ボクは、わりと強引な方だと思います。
 強引っていうことは、なにかやりたいことがあるわけですよね。手を
挙げて、「みんなこの指にとまってくださーい」って。だけど集まらない。
 世の中、そんなもんだ。で、あきらめたくなる。悲しくもなる。

 で、どうするか考える。突破口を探してもがく。わけだね。
 強引というのは要するに、成立点がはっきりしないわけだ。

 「ひょっとしてあの人、断りの電話はもらったけど、もう一度押してみたら
参加してくれるんじゃないか」と思う。それが強引さってわけだ。
 分からないわけだね。だが、この世は分からないことだらけだ。
 相手がなにを考えているかなんてだれにも分からない。

 だから、再度誘う。断られる。傷つく。その繰り返し。
 ま、繰り返し繰り返しやっていればおおよその着地点は見えてくるけどね。

 ボクはこの世を分かったつもりになって生きていたくない。「あー、あいつ、
あいつはそういうやつなんだよ」で済ませたくない。

 いつだったか、「また時間が取れたらゆっくり」なんて返事をいただいた
ので何度か電話をかけると「あんた、こっちは忙しいって言ってるだろ」
ってものすごい見幕でどなられたことがある。いやー傷ついたなー。

 人に話すと「あーそれは、断っているんですよ、分からなくっちゃ」と
聞かせてくれた。いや、自分でも気がついてはいたんだけど、「ここは
もう一押し」って思ったから。

 結局、この世は手を挙げるかどうかで決まる。手を挙げると「あいつは
バカだなー」ってことがけっこうある。「世の中が分かってない」とかね。
 だけどさ、かまうことはない。やってみなければ分からないことがこの世
には多すぎるんだから。

2011年8月26日

対処

 かなり前のことですが、こんな話を聞いたことがあります。
 「アメリカ人に多い病気は心臓病、日本で多い病気は神経痛など」
だそうです。これはよく聞くと「アメリカ人に多いのではなく、アメリカ
に暮らす人がかかりやすい病気」なんです。

 よって「アメリカに住む日本人も心臓病にかかりやすくなり」「日本に
暮らすアメリカ人も神経痛などにかかりやすく」なるわけです。
 この話を聞いたとき、なんだかおもしろいなーって思い、よく覚えています。

 それから。日本の浦賀にペリー提督が来航しましたが、それを見にきた
日本人の中に「この船が見えなかった」人たちがいるそうです。

 きっとあまりに船の印象が違っていたので、ひょっとすると大きな黒い
島に見えたのかもしれません。ボクたちはそれを島だと思い込むと、それからは
船には見えなくなる生き物なのです。
 これは同じ条件を与えられるといつも同じ答えを導き出すと考えてまず
間違いないでしょう。

 最近は聞きませんが、細菌感染のお話しで、耐性ブドウ球菌というものが
あります。これは薬剤を散布すると大部分は死滅してしまうのですが、
ある一部の耐性を持った菌のみが残り、それらが大繁殖し、薬剤の効かない
状態になることです。

 これは価値観の激変が起こったとき、ある一部の人間のみが生き残る
ことを表していると思います。経済的に生き残るわけです。

 大半の人たちにはその船の姿は見えず、見えている一部の人たちのみが
対処でき、新たな世界を作り出していく。

 明治維新のとき、権力の座に座った人たちが真っ先にやったのは、これまで
一緒に闘ってきた同士たちを「反権力の徒」として葬ることでした。
 のんびりしていれば自分たちの座が危なくなるからです。
 ただボクたちは細菌じゃないので、少しづつ新しい世界のことを知り、
対処していけると思います。いかがでしょう。

2011年8月25日

もともと

 ボクは保守的か革新的かと聞かれれば、間違いなく保守的が当てはまる。
 おやっと思われるかもしれない。

 ボクは誘われるとよく出かける。参加する。ただ、あれは本来のボクの
姿ではないと思う。出かけているのはそのように仕向けてる面がとても強い。

 ボクは「もともと論」を全く信用していない。
 「もともとオレはバカだった」「もともと、わたしは人と接するのが苦手」
「もともと、オレはそんな人間じゃない」

 では、改めて聞いてみるが「もともととはいつのこと」だろうか。
 たいてい、小学3年とか4年の話だろう。まさか、そのもともとが40歳
手前ということはないはずだ。

 要するに、「もともとはまだ続いている」わけだ。なら、変更すれば
いいんじゃないかな。

 聞いていると「親の特質」みたいな話をする人もいる。「親がこんなだから、
わたしも」だ。これももともとに近い気がする。
 「親からの直接的な影響はいつまで」なんだろう。いろいろ説があるだろう。

 留学先の先生はよく口にした。
 「他人の良いところは真似し、悪いところは見習うな」。よって応えは
親の良いところだけ吸収しろよ、になる。

 人間は子供の期間なんてアッという間だ。だが、長期間である大人の期間
より子供の期間を大事にしてる人がとても多い気がする。

 「もともと、オレはこんな人間」というのは、言い訳なんだろうな。
 知らない会合に参加せずに済む言い訳。たまの日曜日はゴロゴロしたい
ための言い訳。新たなことにチャレンジせずに済む言い訳。
 再度、言っておこう。
 もともと、はまだ続いているよ。

2011年8月24日

利殖

 しかし。みんな利殖が好きなんだなー。和牛商法の会社がおかしくなった。
 たくさんの人がお金を預けていたようだ。こんな話を読むたびに思うのは、
みんなたくさんお金を持ってるんだなーってこと。

 きっとこんなことを言ったら怒られると思うけど、本当にお金がない
人は他人にお金を預ける余裕はないと思うんだよね。

 ボクもたまに利殖について聞かれるけど、たいていの場合、こんなふうに
応えている。「あまり知らないことに首、突っ込まない方がいいよ」。
 ボクは19の歳から株式投資をやっているが、もうちっとマシなことを
聞かせてくれるとでも思うのか、とてもがっかりした顔をされる。
 「この世の中、そんなもんだよ」。

 利殖において一番肝心なことはなにか分かるだろうか。
 ボクも株式投資をずっと続けてきて、この課題とは常にぶつかってきたね。
 それはね、「元のお金がたくさんないと、見ていてワクワクするほどは
増えていかないって」ことだね。だから「あんたはいくら利殖に回せるの、
多くないと楽しくないよ」って、つまんない忠告をするはめになる。
 だけどホントのことだ。

 利殖についてはよくこんな話も聞かされる。「この方法でうまくいった」
ってやつね。株で言えば「この株を売買して儲かった」。これ、その人に
とってはウソじゃない。真実。

 ただ、日本の戦後復興が二度とやってこないのと同じで、「その人はうまく
いったけど、それを聞いた人はまず間違いなくうまくいかないね」。
 株で言えば「値上がりしたところで買うことに」なるからね。

 この世の中は「うまくいった」で満ちあふれてる。それはウソじゃないが、
あなたにとっての真実とは限らないね。

 あなたも「うまくいった」話をたくさん聞くことがあるだろう。本だって
たくさん出てる。それを真似ることを一般的には「後追い」って言うんだ。
 ボクも長らく株式売買をやってきた。で、後追いでうまくいったためしが
ないのもまた確かなことだ。

2011年8月23日

闘病

 3年くらい前のことになるだろうか。ある知人から「池田さん、このごろ
楽しいことがなくて、ウキウキした気分にならないんです。どうしたら
いいんですかね」なんて質問を受けた。

 「まず、言っとくけど、みんな楽しそうに見えるかもしれないけど。楽しくて
楽しくてたまらない、なんて人はあまりいないと思うよ」。

 「オレは20代のころ、ダブルで働いていた。土日も休みじゃなくてさ、
お金は入ってくるけど、とにかく毎日毎日働いてばかりで。そんな人間
からすると、一日、全く用事も仕事もない日が欲しい。手に入るなら
10万円払う。なんてよく思ったけどな」。

 「要するにさ、暇で仕方がない人は働きたい、忙しくて忙しくてたまらない人
はお金を出しても暇が欲しい。なんて作用があるんでね」。「これぐらい忙しい
と確かに考えてみれば楽しいのかもしれないけど、あまりにも忙し過ぎて、
自分が置かれた状態とか全く考えないのよ。そんなもんよ」。

 「あんたはさ、実は、世の中から、いろんな人たちから求められる存在に
なりたいんじゃないのか。オレもよく考えたからそんなふうに感じるん
だけどね」。「あんたがいなきゃ困るって、言われたい」。

 「オレはよく(士は己を知るもののために死す)なんて言葉を使って
いたけどね。オレはそんな心境だったな。だって、せっかく生きてるのに
だれからも必要とされてないなんて、こんなにつまんないことないよね」。
 知人からは納得した顔は見られなかった。

 「だったらさ、闘病記とか読んでみたらどう。オレはその病気にかかった
わけでもないのに、よく読むんだ。人からは(池田さん、病気になったん
ですか)って聞かれるんだけど。そういうわけじゃなくてね」。

 「ガンの闘病記とか読んでると、区切られた将来ってどんなんだろう、
とか思いながら、読むわけ。そしてブルッと震えて(もっと真剣に
生きなきゃ)とか思うわけよ」。

 あなたは今、健康だろうか。
 ボクたちはなぜ、こんなにありがたいプレゼントをもらっているのに、
それを素直に喜べないのだろう。きっと「もっともっと」が関係してる
んだろう。それは分かるけどね、たまには上ばかり見るんじゃなく、下
を見つめることも必要なんじゃないかな。

2011年8月12日

知ったがしまい

 和牛に投資してお金をいただく、システムの会社が破綻したね。
 この世にはすばらしい話がたくさん広まっている。「あれに投資したら」
「儲けるつもりならこれが良い」などなど。
 決して否定するつもりはないが、あれこれ迷うのならこの言葉をプレゼントしよう。

 「知ったがしまい」である。知ったがしまい、と言われているが、
「あなたがその情報を知ったのはかなり終わりの方ではありませんか」くらいの
意味だ。しまい、はおしまいの意味だ。

 ボクは19の歳から株式投資をやっている。初めのうちはよく株の本を
買って研究していた。ゴールデンチャート、とか三本足、ローソク、なんて
どれだけ目にしてきたか分からない。

 断言しておこう。これら三本足やローソク、それが有効なら日経平均が
4万円近かったころ、「もうすぐ大暴落するぞ」と警告しておいてくれれば
良かったのに。バブル崩壊に当たって三本足などなんの役にも立たなかった。

 立つはずがない。国そのものが方向転換して、新興国に明け渡すリレー
みたいなものだったんだから。小刻みな変化はローソクとか三本足で把握
することができるかもしれないが。現実問題、投資をしていて一番
知りたいのは「いつ大暴落するか」だからね。
 「知ったがしまい」という言葉は株式の世界ではわりとよく出てくる。

 あなたは知らないと思うけどこの世には「株式新聞」という新聞だって
あるくらいだ。その新聞には日々、新たな情報が掲載されているが、
「その情報が掲載された時点で、たくさんの人がそれを知り、あなたが
知ったのはきっと最後の方ですよ」ってわけだ。

 この世には有益な情報はたくさんある。ただ、その情報を知ったのは
「あなた」は何番目ですか、もとても大きな意味を持つ。

 「ここに投資したら儲かるよ」「この話は絶対だから」「ほかでは
ちょっと聞かれない」、その種の話を耳にしたら悪いことは言わない、
「知ったがしまい」を思い出してもらいたい。

2011年8月 8日

数値化2

 それまでボクは「おいしさというのはその人それぞれの感覚に占める
割合がほとんど」だと考えていました。だれにとっても「おいしいものは
おいしい」はなかなか難しいのだと。
 だけれども、果物に限っては糖度で計ることができるわけですね。

 それまでなんとなく「おいしい」「まずい」を判定していたわけですが、
機械を使って計ることができれば簡単です。
 味覚を数値化できることはボクにとって衝撃的でした。
 これは「メロンを作る人」「メロンを店頭で売る人」「メロンを買う人」
全てに朗報になります。経済効果は計り知れないものがあると思います。

 ボクが店頭でメロンを買うとき「一個2000円近くもするのにまずかったら
どうしよう」がありますが、おいしさが保証されていれば安心です。

 メロンを扱う人は生産者に対して「糖度14から15でお願いします」と
伝えればいいわけです。「とにかくおいしいメロンをお願いします」
なんて言っても人それぞれですから。

 生産者もとても分かりやすいと思います。
 「とにかく糖度14から15を目指せばいいんだな」って分かりますから。
 「丹精込めて作りました」も大事なことですが、ことメロンに限っては
「丹精込めて作りました」と「糖度が15」は同じ意味を持つわけです。

 数値化する訓練を続けていけば、「どうすればその数値に届くか」
理解が早くなると思います。その過程も数値化して表現することができる
はずです。

 お天気の話ですが、ボクも困った問題の花粉症、この「花粉を飛散させる
時期」も数値化できています。「温度を合計すると飛散する」が分かる
わけですね。数値化できればだれの目にもはっきり分かるので対策を
取ることもできます。「花粉症の薬をいつ販売するかも」正確に分かるわけです。
 数値化することは儲かるということなんですね。

数値化

 数値化はとても大切なことなんです。
 よく「頑張ってやれ」とか「張り切ってやりましょう」など聞くことが
ありますが、前向きで頼もしい言葉ですが、数値化されていないので
なにをどう頑張ったらいいのか分からないはずです。

 こんなときはぜひ数値化して表現なさることをお薦めします。
 ボクは暗算段位9段ですが、ソロバンの世界、暗算の世界においてはその
全てが数値化されます。「オレは計算が早い」とか「とにかくすごいんだ」
なんて話は一切されません。

 ここに暗算の2級を8分かけて計算するAさんと、同じ問題を46秒で
計算するBさんがいるとしましょう。どちらにも「頑張ってやってください」
と声をかけるとしましょう。そして「どうでしたか」と質問してみる。

 どちらの人も「ものすごく頑張った」と表現します。このAさん、Bさんは
どちらもボクのことです。練習してBさんになったわけです。

 Aさんに「あなたは頑張りましたか」と質問すると、「とても頑張った」と
口にします。その人のそのときの考えうる限りの早さで計算したわけですから
当然そうなります。

 そうしたら「あなたは8分かかりましたよね、でもあの人は46秒ですよ」と
教えてあげればいいんです。数値化されると「あ、オレは遅いのか」って
そこで初めて気づきます。数値化されなければ「オレは精一杯やった」
みたいな話になってしまうんですね。おかしいですよね。

 ボクはある年から島根県益田でメロンを買うようになりました。いつでしたか、
「糖度14から15でとてもおいしいです」なんて書いてあったんです。

 ボクはそのとき「糖度が高いからっておいしさと関係があるのか」なんて
疑問に感じましたが、食べてみるととてもおいしいので納得しました。
 それまでなんとなく「うちのメロンはおいしい」とか「今年はよくできた」
みたいな感覚だったものが、数値化されたわけです。ボクは内心、衝撃を
受けました。「すごいことだなー」って。

2011年8月 4日

うまい

 ゆうべ、ある男性とお寿司をつまみに行った。お寿司は「つまむ」と
よく言われるが、払った値段は「つままれた気がする」ものだった。
 まず「ウナギの白焼き」に「ハモ」をいただいた。男性に向かって
「おいしい、おいしいなー」って口にするが、反応は今ひとつ。
 「おいしいのか」って聞くと「おいしいですよ」。

 そこでボクはある提案をした。
 「ほんの少しだけでもうまいと思ったら、(死ぬほどうまい)って言え」と。
 すると男性、「え、できませんよー、そんな思ってもないことを言うなんて」。
 どっかで聞いたことあるなー。このセリフ。ボクもやってた気がする。

 ボクは20代のころからおいしい料理を食べたときは必ず「死ぬほどうまい」
を連発した。その話を聞かせると「ボクはうまさとまずさがあったら、うまさ
の幅が狭いんですよ」だって。

 そこで「つまんないこと言うな、とにかくその日のベストがあるはずだろ。その
ベストだけでも(死ぬほどうまい)って言え」。
 「だからー、あまり感動もしてないのに、そんなこと言えませんって」。

 男性は「ボクだって本物に出会ったら感動はしてるんですよ、ただ表現が
苦手なだけで」。ボク「で、その本物ってのは一年に何回くらいの割で現れるんだ」
って質問すると「もう7年くらい本物と出会ってません」だって。ププ。
 ボク 「オマエは7年も本物と出会ってないのか」。男性 「普通、
そうですよ。そこらに本物が歩いてるわけないじゃないですか」。

 ボク 「分かった、オマエは沸点が低いんだ。ヤカンが鳴り出すまでが
ものすごく時間がかかるんだな。それで毎日、生きていて楽しいか」。
 男性 「生きるってことは楽しさとか、おもしろいとかと関係ないですよ」。

 ボク 「いや、ある。オマエは明日から(激ウマ)(激マズ)(死ぬほど
うまい)(いやー、え、旅行に行かれる。ボクも行きたいなー、あこがれて
たんですよ、そこ)みたいなセリフを使え」。
 男性 「だからー、ボクはそういうの、ガラじゃないんですよ。別に
いいじゃないですか、感動するしないはボクのことなんですから」。

 ボク 「いや、オマエね、約束するけど、今日オレが言ったことを守ってみ、
絶対に変わるから。オマエは変わる」。
 ボク 「なんでもっと激しく生きんのや。オマエはものすごく沸点が低い
みたいやけど、人間、だれでも本当は沸点の低い人間なんていないんや、
少し忘れてるだけで。だから。思い出せよ」。

2011年8月 1日

自営

 よくいろんな人たちから「オレも自営になって独立したい」など聞かされます。
 ボクはとても良いことだなーと考えて、「独立しなさいよ」とけしかけます。
 ただ、ボクの場合、良いことだけ言うわけではなく、悪い面もきちんと
説明するようにしています。

 やはり独立というのは覚悟の問題だと思います。ボクは18から自営業
に就いています。ボクは出発からして自営のレールに乗り込んだことになります。
 ボクは「ボクなりに悩んだかと」言いますと、決してそんなことはありません
でした。

 ボクは学校という学校は全て成績が悪く、ようやく高校2年になったとき
苦手な科目を選択(3年時)しなくてもいいと分かってとてもホッとした
ことを今でもよく覚えています。

 だから、ボクは自営業でうまくいかないことがあると「オレってバカだった
よなー、もうこれ以上、なにを失ったってかまやしないよな」と改めて確認
することにしているんです。

 不思議なことに人は大人になると「オレだってもっと勉強していれば
もっと良い大学に入れたんだ」とか言い出す人がけっこういるものです。
 ボクは決してそんなことは思いません。それは実際、ウソですから。

 逆にボクは高学歴の人の方が辛い場面が多いと思うんです。けっこうな
会社に勤めていたら「もしここをクビになったら」と思うと大胆なことも
できませんからね。高学歴だと「この会社の名前を失うのは辛い」が
真っ先にくると思うんです。

 自営業のすばらしい点は「とにかくがむしゃらになって働く」ところです。
 これは「頑張れば頑張るだけ儲かる」意味ではありません。「しっかり
働かないとこの世に存在できなくなる」が実際の意味なんです。
 会社を経営して儲かっている会社なんて全体の5%もないんじゃないですか。

 自営業のほとんどは「存在しているだけですばらしい」なんです。
 目の前に小さな小さなニンジンがぶら下げられ、後ろからマサカリ担いだ
真っ黒な存在が追いかけてきます。だからまー、必死にはなれますよね。

 その点で言えば、ボクなどは自営業界のエリートではないかと。
 自営業で一番強い者は「失うものがなにもない」人です。
 あなた、独立するのはいいけど、やはりなにか失うものがあり、それを
失うことは怖いでしょ。これは自営業になる上でとても大切な点なんです。