2011年2月17日

言葉

 かなり前のことになる。中学のときの同級生から電話がかかってきた。
 「なつかしいなー」と思いながら話していた。ただ、話していてだんだんと
違和感が芽生えてきた。

 相手の同級生は「おい、オマエ」とか「まだ元気でやってんのか」、
そんな言葉が連発される。それを聞いてボクの頭の中では「同級生だから
当然だよな」と思いつつも、相手に向かって同級生らしい言葉が全く出て
こないことに気づいた。

 「あれっ、おかしいな」。
 ボクの言葉の末尾はみんな「ですからね」とか「でしょう」で、自分の
言葉を聞いて自分でもおかしいなと感じた。「おいおい、相手は同級生
なんだぜ」。
 そんな感じでかみ合わなかった。印象に残る出来事だったな。

 ボクは22・3のころだったと思うが「これからはだれにでも通用する
話し方に統一しよう」と決めたんだ。確かにそれまでは同級生が使ってる
ような言葉だった。だけど、この世はいろんな年代が混在している。
 であれば、だれにでも通用する方がよほど便利というものだ。

 ただ、同級生相手であれば「なれなれしい話し方」も良いとは思うのだが。
 言葉はとても不思議なものだと思う。粗野な話し方をしていると自分の気持ち
そのものも粗野になってくる気がする。ていねいな話し方に努めれば
気持ちまで穏やかになってくる。

 そこから分かることは「ていねいな生きざまにしたければ」まず言葉を
改善する方が先決だということになる。そして、社会というものはいろんな
年代が混在しているから「だれにでも通用する言葉」を用いる方が結局、
頭を使わなくて済むことになる。

 「なりたい自分」があるとするなら、まず言葉をそっちに動かすことが
先決だと思う。態度より言葉が先だ。
 なんていうか、人間って乱暴な言葉を使いながら穏やかな動作を取る
ことは難しいみたいだ。

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