2011年2月 9日

遊ぶ

 あなたは自由に遊んでいるだろうか。できてないと思う。
 ボクはスキーがむちゃくちゃ好きで、よく出かけてきた。あれは芸北
のユートピアサイオトというスキー場でのこと。コース上にはあまり雪
がなかった。ふと見るとリフトの下を外国人が滑っていた。リフトの下はだれも
滑らないからそのまま雪が残されている。

 「こりゃいいや」と思いリフトの下を滑ることにした。するとすぐに放送で
「スキーヤーの方にお願いします、リフトの下は危険ですので滑らないでください」。

 ボクはスキーで遊んでる気分だったけど、なんていうか、コースを設定
されてそこをせっせと滑ってる、そんな感覚も味わった。
 「ここを滑りなさいよ」そんなふうに言われてる気分がした。「こうして
遊ぶもんですよ」と。

 ボクの知り合いはそこにいくと全く違う遊びを考案した。
 息子さんがいるのだが、息子さんがまだ小学3年生くらいのころの話。
 車を走らせて息子さんが気の向くまま「あそこに行きたい」と口にした
ところに真っすぐ向かう。と聞かされた。山が多かったらしい。

 「あそこの山からの眺めはどんなだろう」。
 すぐにその山の方に車を向け走らせる。とにかくめちゃくちゃに山の頂上
を目指すという。

 ボクはすぐに「許可がないと難しいんじゃないか」「山道が運よく見つかれば
よいが」など考えてしまう。そこらを歩いてる人に向かって「あの山に登りたい」
と伝えると教えてもらえることも多かったそうだ。
 その奇抜なアイディアにボクはとても感心させられた。

 それからボクもたまにそれをやってみた。効率はすさまじく悪いよ。
 「これがあの頂きに向かう道だろう」と思い登るとてんで違う方向に向かって
おり、下山して地元の方にお聞きして再度登山口を見つけたこともある。

 ボクの気持ちの中に自然に「山の頂上を目指すんだから真っすぐ、間違いなく
行きたい」みたいな感覚が横たわってることも知った。
 「遊びだから間違いもまた良し」とはなかなかならなかった。

 本当に自由に遊ぶって意外に難しい。遊んでいると思っても「遊びとは
こういうもの、こうあるべき」みたいなものをだれかが設定しており、
そのリングの中で遊んでるのが実情なんだ。ねーたまには自由に遊んで
みてはいかがでしょう。頭の中の問題だよね、これって。

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