2010年12月24日

パンク

 先日、車がパンクした。
 朝、走らせていると歩いてる人がこっちを振り向く。なんでかなーと
思っていたがパンクが原因だった。バスンバスンって音がしていたのは
知っていたが。

 コンビニに寄ってお買い物、自宅に戻って用事を済ませ、いざ出かけようと
したら、車がひどく傾いてる。「おかしいなー」なんて思って後ろに回ると
タイヤがぺったんこ。「うわーー、がっかり」。

 うちの近くにはカー用品の店がある。なのですぐ電話して「タイヤが、
ぺったんこなんだけど、そこまで走ってもいーい」なんて質問する。
 すると店の人が「ぺったんこなんですか、なら絶対にやめてください」。
 「乗るのは危険です。やめてください」。

 だけどさ、パンクしてるんだから。パンクしてて乗るのも危険なら。
 自分でタイヤ交換してやるしかない。しかーーし。ボクはパンクの経験
がないのだ。だから交換もしたことがない。
 やったことがないのに。どうするの。
 車にはスペアタイヤなるものが積まれてる。パンクしたときに使用する
タイヤだ。そのありかも分からない。

 仕方ないので車を買ったところに電話して、「パンクしたんだけど、
スペアーはどこにあるの」なんて質問を。「パンクしたんだけど、やっぱり
自分で交換するの」なんて聞くと「そうしてください」だって。

 かれこれ1時間ばかりもかけて、ジャッキアップできた。ふーーーっ。
 やればできるもんだなー。ナットを外してやらないといけないが、回して
みるともどかしくはあるが動く。フーフー言いながらも取り外し成功。

 なんかここまでくると先が見えてきたからか、がぜん力が入る。
 人間、やることがはっきりすれば元気が出てくる。販売店にたどり着くと
原因はプラスチック製のビスだった。留め具。パンクしたまま走らせた、
と聞かされタイヤは使用不能の判定。一本だけ新しいタイヤを買うことに。トホホ。

 出費は悔しいが、なんとなく自分にもタイヤの交換はできた、それが
なぜか少しだけうれしかった。まずは「自分でもやれるのではないか」、
考えてみて、どうにもならなくなるまで挑戦すべきだと、タイヤ交換で
そんなことを思ったしだいだ。

2010年12月23日

とらえる

 人はときに強く引き付けられ、動かされる言葉がある。
 「商売人は3分の1で暮らせ」はボクにとってそんな作用のある強烈な
言葉だった。聞いたときだけそのように思うのではなく、コトあるごとに
自分の行動に照らし合わせ、動く、そんな作用のある言葉だ。

 かなり前、母親から聞かされたのだが、母親もその随分前に、商売人
の口からじかに聞かされたみたいだ。

 「商売人はもらったお金の3分の1で暮らせ、3分の1はなにかのときの
貯金、3分の1は将来の投資に使え」だったと聞かされた。
 この言葉は割合こそ違えど、ボクがなにか行動を起こそうとするとき、
「待てよ、今はどの状況か」と考え、お金を動かす先を替えていくことになる。

 商売やってると「返品、売り掛け債権の未収」などある。不測の事態を
回避するためにその腹積もりをしておく。それが3分の1。
 今の商売がおかしくなったときのために、今、できることを前もって
取り組んでおく。それが3分の1。

 良いときばかりじゃないので、蓄えを用意しておき、それでしのぐ時期
もあることを念頭に入れておかなければならない。
 ほかにも「商売人のお金は預かったお金」みたいな話も聞いたことがある。
 ボクのお金の使い方がほかと異なるとしたら、これらの言葉が関係して
いると思う。

 これに加えて、ボク自身が編み出したものもある。ボクは19の歳から
株式投資をやっているが、儲かったといっては周囲におごり、損したと
いっては自粛の生活を送ったりしてた。株式投資は損したり儲かったりする。

 いつしか「株式投資で生活を替えてはいけない」と思うようになった。
 ま、高級乗用車を買ったりはしたんだけど。損して車を売るときの
せつなさときたら。それくらいだったら最初から買わなければいい。

 お金の動きにより生活の質を替えてはいけないと強く思うようになった。
 お金は、あるとき、ないとき、がある。それを強く記憶しておかなければ
いけないと思うようになった。
 「商売人はもらったお金の3分の1で暮らせ」。今どきは自営に転じる
人だっている。覚えておいて損のない言葉だと思う

2010年12月21日

嫌い

 ゆうべ、「自分が好きか嫌いかって」話になった。あなたはどうですか。
 ボクはあまり好きじゃないなー。ボクは10代のころから洋画にどっぷり
つかってて、ハンサムの基準がそっちになってるからなー。

 映画が終わって「さー帰ろうか」ってときに、トイレに向かう。鏡に
写ってるのは東洋人だからね。中学生のころはドイツが大好きだった。
 鏡にドイツ人が写るわけないしね。

 日本にはどこか「東洋人はいまひとつ、西洋人はすばらしい」みたいな
感覚がある。話によるとかっこいい西洋人ばかりじゃないそうだが、映画は
ごくごく当たり前の庶民なんて出てこないからね。
 ま、そういうのはボクにとって大きいと思う。

 そして人間って必ず、汚い話がついて回る。まずトイレに行くし。風邪を
ひくと鼻水ズルズルになるし。一日中、ふとんに入ってお風呂にも入らないし。
 「それって当たり前」と思うかもしれないが。
 ま、そうは言っても「オレは汚い」とか思いながら毎日過ごしてるわけじゃない。

 ただ、人間、常に自分のきれいなところも汚いところも毎日、観察してしまう
のはある。外出するときにはできるだけ汚い部分は隠そうと考える。

 だけど、たまに「人間の身体ってどうしようもないなー」なんて話もしたく
なってくる。「酒を飲み過ぎたー」なんて青い顔してるくらいなら、呑まなければ
いいのに、それでも呑む。二日酔いの自分なんて好きになれるわけがない。
 ま、基本的にボク自身としてはこうして自分の嫌いなところが気にかかる
ってわけだ。

 逆に好きなところはどこだろう。
 「アホだ、バカだ」と言われても、実行してしまうところ。かな。
 「池田さん、普通、そんなこと考えませんよ」みたいに言われるところ。
 「律義に約束、守るところ」かな。
 見た目は完全に抜け落ちてるね。当然かもしれないけど。

 うん、自分の身体はかなり好きだな。これまで健康で過ごしてきた。これって
とても感謝してるし、ついつい当たり前に考えがちだけど、いろんな行動の
源泉になってる。これはかなり大きい。
 人はどちらかというと、好きなところより嫌いなところが目につくんじゃ
ないかな。それが普通で当たり前だと思う。一つ嫌いなところを見つけたら、
一つ好きなところを探す努力もすべきかもね。

2010年12月16日

スタート

 実は、ボク、あまり数字を見ないようにしてるんです。
 ボクは暗算段位9段を取得しています。
 一般の、あまり数字に慣れてない人だとこれから計算を始めようかと
いうとき、きっとスイッチみたいなものを押す必要があると思います。

 53+28=であれば、「えーーーっと、3に8をたして11、1
繰り上がって1に5をたして2をたす」みたいな感じなはず。
 「ようい、ドン」みたいな感じになるはずです。

 計算するときには計算する心構えが必要になってくる。ボクたち高段者
にはこれらが全く必要ないのです。車であれば常にエンジンがかかった状態。
 ボクは車で走ってるときも前の車のナンバーはできるだけ見ないように
しています。勝手に計算が始まってめんどうだからです。
 これは生活に支障をきたすほどではないのですが。

 「5376」なんて数字を見ると「5をかけて(この部分は発生はしない)
26880、9をかけて48384、なんてやってしまうんです。
 これは「それでは計算を始めてください」みたいな指令はどこからも
出ておらず、脳が勝手にスタートしてしまう、そんな感じです。

 「これくらいだから、計算が早いのは当たり前」とも言えると思います。
 なにかに秀でてる人はこんな逸話の一つや二つ、あるのではないでしょうか。

 ボクたちの脳みそはこうした意味でもものすごい可能性を秘めていると
思います。日本は旋盤の技術はとても高いのですが、「薄さ1ミリを見分ける」
とか聞かされても全く分からない世界です。きっと似たようなものがあるの
だと思います。ちなみにボクは封筒の中にお札が入っていると必ず触った
だけで分かります。これは特殊な能力ってわけじゃないかもしれないけど。

 ボクはこれらの能力を獲得したとき、「これは一人、オレだけの能力って
わけでもなさそうだ」、と確信しました。まだ高校生でしたけどね。
 言葉ではなくなんとなくの感覚で。
 能力はだれにもある。だけど磨かないと光らない。光る能力はだれにもある。
 まずはそれを信じることだと思いますよ。

2010年12月15日

申し込み

 ボクは「これはおもしろそうだ」と思うことはできるだけさっそく実行
することにしているんです。ただね、これ、意外に難しいんですよ。

 ニュージーランドでヘリスキーをやったことがあります。
 ヘリコプターで山頂まで連れて行っていただき、そこから滑って降りるんです。
 「ここニュージーランドではヘリスキーもありまして、みなさんもぜひ
やってみてください」と言われ、申し込みました。

 そのとき「宣誓書」みたいなものを渡されました。
 「このアクティビティーには危険を伴う行為があります。その危険は
全てわたくし   が負うことを了承します」なんて書いてあるんです。
 「わたくし」の後に自分の名前を書きます。

 「ええい、あまり深く考えないようにしよう」なんて思ってサインしました。
 その後に「わたくしの腕前は 初級 中級 上級です」としてあり、
該当するところに丸をしてくださいと。ボクは内心「ヘリスキーを
するのに初級じゃまずいだろう」なんて思い、中級に丸しました。
 ボクは初級でした。

 ただ、この申し込みを提出してからだんだんと自分の中で「おいおい、
まずいよ、これ、どうすんだ」なんて不安が広がってきました。「オレは
今年になってスキーを始めたんだからな」って。ニュージーランドは「日本
の夏にスキーができる」で申し込みをしたので。その年の1月に始めたんです。
 「そんな人間にヘリスキーなんてできるのかよ」。

 ヘリコプターの横にスキーの板を乗せてフワッと身体が持ち上げられると
緊張でノドがカラカラ。ただ、ヘリスキーが始まるとボクともう一人の
女性は初心者であることがすぐに判明して、それからは二人でペアを
組んですってんころりんしながら滑りました。

 ボクはどういうものか、申し込んでからドキドキして「どうしよう」
なんて思うんですよね。遅いっちゅうの。
 度胸があるように見える人も案外とこんなものかもしれませんよ。
 申し込みしてから「どうしよう、どうしよう」って。ただね、申し込み
するだけ実践の機会は増えますよね。そこは大きいかも

2010年12月13日

度胸

 なにか始めるとき、度胸があるからそれをするわけじゃないと思う。
 ボクは中学を卒業すると一人で京都に留学した。留学先の先生のところに
父親と二人で伺ったときの話だ。父親が。

 「こいつはこう見えても軍国少年ですから、根性だけはありますから」
なんて言うんだ。(軍国少年は確かだけど、今、言うことないだろ)なんて思った。
 ただ、軍国少年ではあったけど根性とか度胸はなかった。中学を卒業しようか
という、それくらいの年齢で根性なんてだれしも持ってないと思う。
 だったら「根性はないけど、やる」しかないんだな。

 中学生のころは自分に自信がなく、勉強はできなくて、クラブ活動はすぐ
退部、頻繁に遅刻してた。軍国少年になった理由もこんなところにある気がする。
 軍国少年って言ってもどんなやつのことか想像できないと思うけど。

 そんなやつがたった一人で京都で生活できるものだろうか。って思うよね。
 逆説的だけど「根性なんてものは当てにしない」。
 こればっかりは「少し体験してみて」とか「それでは祖母のところに預けて
みて」なんて通用しない。根本から次元が違ってるんだ。

 「あと数年経ってみたらきっとこなせるだけの根性が身についているか
どうか」は分からないよね。そのころになったらそれをする意味合いが
薄れてるかもしれないしさ。
 だから、根性とか度胸なんて当てにしないこと。

 もし、そんなものがあれば、留学なんて必要ないんじゃないかな。そいつに
とって。
 人は根性なんて持ってないんだよ。ただそのコトに当たるとき、「あー
やるしかないんだな」くらいのものじゃないかな。

 あのときのボクに「オマエは京都での生活ってものが分かってないから、
そうじゃなくて、すさまじいほど大変なんだぞ」って、もし聞かされても、
分からないさ。言葉としては分かるけど実感はできないから。

 やってみたら、すさまじく大変だったってだけで。毎日それをこなして
いくのに必死で。だから、こなしていくことは大事で。
 「根性とか度胸が身についたらやってみます」は「やりません」と口に
してるのと同じだ。

2010年12月11日

決断

 ボクは中学を卒業すると京都に留学した。いつもは自分の立場で書いて
いるが、今日は親の目線に立って書いてみよう。
 そろそろ、ボクが京都留学を考えたころ、主に母親は周囲の人たちに
この計画を打ち明けたようだ。その反応は。

 「まー池田さん、息子さんも京都でお勉強されたらさぞかしご立派に
なって帰ってこられることでしょう」、みたいな反応は一つもなかったそうだ。

 とにかく反対につぐ反対ばかりだった。
 「一人で京都に、病気にでもなったらどうするんですか」
 「ホームシック(親元が恋しくて)になったら大変ですよ、心配じゃ
ないんですか」
 「事件に巻き込まれたとしてもすぐに駆けつけることもできないんですよ」。

 ほぼ、この三つに集約された。これらの話は留学前から聞かされていた。
 中学校の担任の先生すら「池田を京都に行かせたらわるうなる(悪く)」
といって反対されたそうだ。これはずっと後になって聞かされた。

 なにかを決めるとき、周囲に相談しても、ほぼこれらの意見に集約される
だろう。聞けば「やっぱりそうよねー、病気にでもなったらどうしよう」と
思うかもしれない。言わせてもらおう。「いらんお世話じゃ」。

 日本という国は今もそうだが、無難に無難に過ごすことを最優先に考えている。
 具体的に、そのころのボクの周囲は「それが無難で安全」だと信じて
疑ってなかったわけだ。

 病気は「食中毒一回に慢性の胃炎」だな。頼りにできる人間はいないから
それはそれは大変だ。だけどさ、心配してもキリがないからね。

 あなたがなにかを決断しようとしたとき。きっとあなたの周囲はみんな
反対するだろう。心配してるふうを装ってさ。だけどね、それで決断を
変更しちゃいけない。決めたことは決めたこと。

 相談するのは「決めたことをどのようにやるか」だけにしよう。どうせ。
結果は決めた自分が取るんだからね。なにもしない人たちがガタガタ言う
ことじゃないんだ。

2010年12月10日

意識

 高校生になるとき留学した。留学先の先生からまず言われたのは「池田君
はなにをやらせても遅い」だった。衝撃だった。

 生まれてこのかた、だれからも「動作が緩慢だ」などと指摘されたことはない。
 それは動作が比較的早かったから、という意味ではなく、動作について指摘
されたことが、本当に生まれて初めて、だった。

 きっと人は自分の動作などというものは意識しないに違いない。
 ボクもそうだった。また、先生からは「なんでも早くやってやるんだ、
早くやればそれだけ時間が作れる、それだけいろんなことができる」とも
聞かされた。それは食事にも及んだ。

 一年くらいすると驚くべきことが起こった。自分一人だけ非常時の消防団員
みたいなことができるようになっていた。早回しした映像を見てるようだった。
 銭湯を利用していたが、焦って焦って着替えをする。コマの早送りだ。

 やればできるものなのだ。そして、一度それを身につけてしまうと今度は
そっちがスタンダードになる。手早くやることが標準になっていく。

 ボクは「なんでも早くやろう」と提唱したいわけではない。
 意識することが大事だ。
 早くやれることを緩慢にすることは簡単だ。だが、緩慢な動作の人が手早く
やることは無理だ。緩慢を意識してないからだ。

 あなたに聞きたい。あなたはこれまで「動作がにぶい」と言われたことが
あるだろうか。あったとしても「それはわたしの勝手でしょ」とか「もともと
そうだったんだから」などと思ってはいないだろうか。そんなことはない。
 人は早くやろうと思えばできるし、早くやることは習慣に過ぎない。
 意識してない人は指摘されないからいつまでもそのままだ。

 「食事くらいゆっくりさせてよ」と思うだろう。その食事をゆっくり
するために、ほかのことは手早くやる必要がある。それだけのこと。

 まず意識する。自覚する必要がある。一日の使い方について。
 早さを習得すれば、ゆっくりやることはとても簡単だ。無意識にゆっくり
やってる人が手早くやれることはない。その意識がないから。
 ボクたちはもっともっといろんなことを意識しなくちゃいけない。

2010年12月 9日

依頼

 あれは勤めてた高校を退職した翌年のことだった。その高校の先生から
「池田さん、高校で話をしてくれる社会の第一線で頑張ってる人を紹介
してもらえんだろうか」、なる依頼を受けた。

 すごく唐突な印象を受けた。ま、この高校は「就職体験」と称して
いろんな会社にお願いして高校生たちに働いてもらう機会も作っていた。
 すぐにそっちを思った。ただ、この職業体験、「あの仕事はきつい」と
高校生たちはせっかく機会を作っていただいたのに生意気な考えを抱いてる
ようだったが。

 なんでも3年生たち140人ばかりに1時限、50分で話をしてほしい、
その講師を探してはもらえんだろうかという依頼だった。
 はてさて、困った。高等学校の先生が探して見つからないのにボクが
探せるのだろうか。この高校には社会との接点を持つ先生が何人もいたのに。

 だが、ボクは「せっかく回ってきたことだから」と探して歩いた。
 最初の人は知らない人だったが、打ち合わせなどもして、最終的に高校
からもOKがでてお話してもらった。

 意外と内容が良かったからか、それから5年ばかり依頼を引き受けた。ただ、
この要請をこなすのにはかなりのお金もかかったが、行動費用は1円も出なかった。
 ま、元、勤めてたところだからそんなことはいいんだけど。

 ボクはそのとき、心の不思議な変化を感じた。それは自分のことじゃなく、
依頼されたことをこなす方がより多くの力を出せることに気づいたんだ。
 実に不思議な感覚だった。一つには断られても「オレのことじゃないし」、
一見、第三者のような、その感覚もうまく働いてるようだった。

 きっと人間には「依頼されて頑張る人」「自分のために頑張れる人」の
2通りがあるのではないだろうか。ボクは依頼されて頑張る人、だと知った。

 あなたもこの力の作用を頭に入れておいてもらいたい。だから、依頼されたら
こなしてみよう。「なんでオレが他人のために動かないといけんのや」とは
思うかもしれないが、少し封印して動いてみよう。自分がどっちの人間か
きちんと知ることで、それからの自分の活用法も見えてくるからね。

2010年12月 8日

暗算

 ボクは暗算段位9段を取得してる。それを口にすると「計算が早いん
ですね」とよく聞かされる。あれは早いという次元じゃなくて頭の中の電気信号
との闘いなんですけど。
 とっくに計算というレベルは越えている。

 高校生の最初の夏休み、練習は苛酷をきわめた。朝8時半から練習は始まり、
途中お昼を入れて夕方6時までみっちり。午前11時ごろ、視界がボーーーッとする。「まだこれから6時間も練習すんのかよー」。

 その夏休みの途中、異変が起こった。あまりにもたくさん頭の中で計算し
過ぎたせいか、夜寝ていると夢の中で計算するようになった。
 「うわーーー、オレ、頭がどうかしちゃったよー」。そのころも理由は
はっきり分かってて「練習のやり過ぎだ」ってね。

 10÷25は、瞬時に0.4がでる。答えがでるとすぐさま次の問題が
出題される。11÷7なんてどれだけやったことか。0.157142857。
 実は、7で割ると7142857が果てしなく続く。夢の中で果てしなく
計算する辛さ。ときには起き出して「すいません、計算をストップして
ください」とお願いする始末だった。とにかく自分では止められないんだ。
 今で言えば夢というより半覚醒状態だったんだろう。

 それぐらいになるまでやるわけで、これで計算が早くならなかったらどうかしてる。
 この夏休み、練習が休みだったのはお盆の三日だけだった。
 すさまじく驚いたことに暗算の2級の問題は当初、8分くらいかかって
いたが、夏休みの終わりには2分でこなせるようになっていた。

 そこでボクはハタと気がついた。「オレって自分のことをバカだと思って
いたけど、やることやってなかっただけだったんだ」って。
 引き続き、練習は辛いんだけど、自分の能力を発見した気分になって
「もっと早くやってやるぞ」、そんな気分になった。それは今からすれば
自分の中にある壁も崩れ去ったのかもしれない。「オレはできない」という壁だね。

 暗算が上達してからというもの、ほかのものに取り組んでも「オレなら
できる」意識に変わってることに気づいてとても驚いた。「オレってこんなに
前向きな人間だったっけ」ってね。ま、計算が早くなるためには夢の中でまで
やるようになれば、すーぐに上達するよ。そこまでやる人はいないと思うけど。
 ボクは出会った人に「突破する重要性」をよく口にする。限界を突破して
みると自分の偉大な能力に気づく。そう。ボクたちは自分のことをバカに
してる暇はないんだってことさ。やることやって限界を越えるんだ。

2010年12月 7日

弱さ

 「株で大損した」「暴走族に土下座して謝ったことがある」「中学生
のころ全く勉強ができなくて苦しかった」。
 実はこの三つ、決して他人には口外しなかった話だ。

 では、なぜ、今、それが書けるのか。自分の弱いところをきちんと見つめる
ようになったからだと思う。そして、見つめ、他人に話してみると、それは
弱さではなく、強みに変わっていった。とてもおかしな気分だ。

 いつだったか、ふと心理学の本を手に取った。そこに書かれてることを
読むと「あいつとオレの関係にそっくり」の事例が書かれてある。

 それを読んでいくうちに「これって要するに、あいつとオレに限った話
じゃなくて、人間の内部にある気持ち、屈折した気分などが、お互いに
投影し合ってることだと」ものすごく納得させられた。

 それからは嫌いなやつがいても「そいつの気持ちが屈折してるだけだから」と
思うと嫌いでもなんでもなくなった。ボクにとってこれら心理学の書物は
「人間なんて所詮そんなもの」を強烈に理解させてくれるものだった。

 ただ、心理学の本を読むようになってからも、株式売買で大損したことは
他人に言えずにいた。いつもこそこそ隠してた。すると、他人がなんかの
おりに「株なんか、大損するに決まってるだろう」みたいな話を、ボクの
大損を知ってるわけでもないのに、されると強烈な怒りを覚えたりした。
 「オレが株で損してあんたに迷惑をかけたかい」。
 相手はボクの損など知りもしないのに一人で怒りを感じては気分を害してた。

 ある日のことだった。思い切って「オレって株で損しちゃってさー、
たまんないよ」みたいな話をした。すると聞いていた人たちは「大笑い」した。
 ただ、その大笑いはあざけり、こちらをおとしめようとする笑いじゃなく、
「そんなバカができるなんて、あんた、すごいよ」みたいな笑いだった。
 笑いの中身が少し違ってた。

 上記の話を周囲に話すようになってから、ボクの中には「これは隠して
おかなけばならない」ものがなくなってしまった。それは弱みが一つ消えて、
強みが残る、そんな結果につながることを知った。とても新鮮だった。

 人は隠しておきたいことがきっとあるはずだ。それを見つめ、周囲に
口外してしまう。意外とせーせーするかもね。それは案外、弱みじゃなくて
強みに変わってしまうかもしれない。意外な気がするはずだ。すると、
あなたは一つ強くなれる。

2010年12月 6日

レール

 レールから外れることをはっきり自覚したことがある。
 ボクは高校になるとき京都に留学してる。15歳だった。

 中学3年生の終わりごろ。「3年生は体育館に集まるように」と号令が
かかった。「おー、池田、オマエはなー、3年2組のクラスで待機しといてくれ」
なんて先生から言われた。3年2組に行くと岸本という男子がたった一人で重圧に
押し潰されそうな、なんとも悲しげな、身の置き所のない表情で立っていた。
 中学生になったときケンカした相手だ。

 3年2組にはそいつ一人だけがいた。「うわーーー、すごいなー、この
学校で地元の滑り止めの高校を受験しないのはこいつとオレだけかー」。
 3年生は確か270人近くいたはずだが、その中で滑り止めの高校を受験
しないのは岸本とボクのたった二人だけだった。
 あのころはとくに「中学生は必ずどこかの高校に押し込む」みたいな感覚が
学校の先生にもあった。岸本は中学を卒業後、就職した。

 それからは全てのレールから外れることになる。
 ボクはこの学校内でたった一人、京都の平安高校を受験した。合格したが
地元の公立高校の受験はまだで、ボクはつかの間のゆとりある生活を過ごした。
 もちろんみんなは受験勉強で必死だ。

 そして、単身京都に留学したが、京都市の人口は100万くらいか。
 そんな、ボクのことをだれも知らない街で毎日を過ごすことになる。
 よく学校からの帰り道、気分がむしゃくしゃして暮らしていたアパート
に向かう道すがら、道路の金網にある看板に蹴りを入れていた。

 「こんなの。やったって。オレのことを知るやつなんかいないんだぜ」、
そんな解放感とも、脱力感ともいえる不思議な感覚を味わっていた。
 ある夜、自転車で「そうだ、今から御所に行ってみよう」とたくらんだ。
 途中、警察官に職務質問され「一人で留学してる」と何度説明しても
理解してもらえなかった。御所は中止した。

 日本人というのは特にレールから外れることを嫌うように見える。
 「自分一人だけ」が嫌いなんだな。だけど、ボクは留学を通してレール
から外れてしまった。それは悲しいことではなく、新たな道の発見でもあった。

 京都でたった一人で暮らしていくこともできた。むろん、留学先の先生
あっての話だが。日常の細々としたことは一人で解決した。
 レールから外れたら、新たなレールが見つかるだけさ。そのように
考えた方がいいと思うよ。

2010年12月 3日

読書

 ボクは自分ではさほどでもないと思っているが、人からするとものすごく
たくさん本を読むそうだ。よく聞かれるのだが本を読むのはただ
好きだから読んでるわけで。早く読むこともしないし、無論、経済関係の
書籍を読むことも多いが、すぐに仕事につながって役立つ、そんな感覚も
まるでない。

 まず、ボクは尋ねられるまでどれだけの本を読んでいるかまるで
把握していなかった。聞かれて「一カ月に少なくとも25冊は買う」
ことが分かった。そのうち、20冊は読み終えてしまう。

 20代のころはいつも書店の店頭にて探していた。いつからか雑誌の
推奨欄で自分が読みたいものを探し買うようになった。これが良かった。
 そもそも書店に並んでない書籍も多いし、この手の、推奨される本は
「おもしろいけどベストセラーにはなってない」、を積極的に探してるみたいだ。
 それが理由か、自分の中のヒットにつながることが多い。

 さて。
 毎月20冊は読み終えるとするなら、1年で240冊。10年間で2400冊
は読みこなしてることになる。改めて考えてみるとすごい数だ。
 読んだ本が全て自分のこやしになるとは思わないが、その積み上げたものは
かなりのものになるに違いない。

 それからよく聞かされるのは「池田さんの読む本は傾向がない」だ。
 とにかくボクは本を買うときに「これは自分に関係する書物」だとか
「関係ない」などの区分けが存在しない。自分なりのアンテナがあって
それに引っ掛かる本を読んでいるんだろう。それを見た人たちが「多彩だ」と
判断してくれるというわけ。

 ボクの中にはジャンル分けもないし、専門分野もない、自分が読みたいと
思った本をとにかく読むだけなんだ。

 人はなにかをするときに「これは自分がやるべきこと」みたいなくくりが
存在してるらしい。だから、その目線でボクの読書の傾向も探ろうとするみたいだ。
 だけどさ、ただ単にそれが好きだってやつにそんなものはもともと存在
しないのさ。
 あまり自分というものを決めない方が良いと思うよ。それが単一的な
観察につながってくるんだからね。

2010年12月 2日

中学生

 たまに中学生のころのことを思い出す。そして、いつもゾッとする。
 「もう、絶対にあんな気分に戻りたくない」ってね。あのころ、最悪だった。
 中学生になって担任の先生から「中学校は部活動といってクラブ活動
があります、学校はこれを強く推進しています」みたいな話をされた。

 剣道部に入った。だが、なんともつまらなくすぐに行かなくなってしまった。
 3カ月くらいすると「おー池田、おまえ退部な」と言われ、退部が決まった。
 当然だ。

 それからは昼の4時くらいに帰りテレビを見る毎日が続いた。そんなある日、
たまたま遅刻したのだが、だれからも厳しく叱責されることがなく、なんとなく
「遅刻、いいじゃないか」って気分になった。
 それからは度々、遅刻するようになった。

 土曜日の晩はラジオでオールナイトニッポンを聞くようになっていた。
 当然、日曜日のお昼まで就寝。朝ごはんと昼ごはんがセットになった。
 こんな感じの毎日が続き、勉強の成績だって良いはずがない。
 「オレはバカなんだ。バカは生まれつきなんだ。どうせな」。
 そんなふうに考えるようになっていた。

 そろそろと「クラスで5番以内に入らないと地元の進学校には行けないん
だってさ」、そんな話も耳にするようになった。「えっ、オレ、後ろから
5番ならまだ可能性あるけど。オレってまったく参加もしてないわけ」。

 なんか「上位5番まではこの学校」とか、そんな話を聞かされると、自分が
「人生の脱落者」になった気分がしてすごーーーく嫌な気分になった。
 「所詮、この世は賢いやつが出世して、そいつらの好きなように
動かしていくんだな」。漠然とそんなふうに感じていた。

 そんなボクが3年生になると生徒会長に立候補(落選)するんだから、
バカにつける薬はない。なんかさ、今、考えると「もう絶対にあのころに
戻りたくない」なんて思うんだ。

 どこに向かっているのか、なにをしようとしてるのかまるで分からず、
やりたいことも、真剣に取り組んでみたいこともなく、「もうどうでもいいや」
なんて気分だった。
 だから、今はやれることはどしどしやっていくよ。あんなだった自分にも
やれることがあり、充実した気分で終われる毎日がある。これって、あの
ころと比べると天国みたいに気持ちが良い。

2010年12月 1日

タダ

 「タダほど高いものはない」、これって聞いたことありませんか。
 昨日、知り合いの人と話していると。

 「少し前、飲食店に備え付けてある応募用紙に記入すると旅行券が当たった
んです。それで出かけたんだけど、いろんな観光地にも連れて行っては
もらえたんだけど、20万円もする真珠のネックレスを売る店に連れて行かれたり、
バッグの工場などに連れて行かれて、だんだんと買わないといけない気分に
なってしまって」。

 なんて話になった。ツアーで海外旅行に行くとこんな感じではありますよ。
 ま、「興味がない」なんて無視していればいいんですが、タダで旅行
させてもらってる弱みみたいなものがあるせいか、「買わないといけない
のかな」そんな気分にさせるのが、手なのかもしれません。

 「ほかのお客さんはみんなカードでネックレスなど買ってましたからね」とも。
 タダで旅行してるわりに気前の良い話だ。
 ボク 「そんなんだったら当たり前の料金を払って観光地を回った方が
良いんじゃないですか」。 知り合い 「ほんとにそうですよ」。

 この世にタダのお買い物なんてあるだろうか。ないよね。
 タダに見えるけどタダではないものは、たくさんある。これもそうかも。

 ただ、「タダに見せかけてますけど、サービスの一環です」と内実を
明らかにしながら展開してもらえると助かる。サービスなんてそういうものだよね。

 タダにひかれる人はいると思う。スーパーなどでも「1袋で350円、
3袋だと1000円」なんてやってる。よく考えると3袋も買って「50円
お得」なだけなんだけど、妙に説得力がある。ボクなんかそれにつられて
買って最後の1袋なんて飽きて食べなかったりする。

 ボクたちはタダの文句に弱いが、注意してかからなければならない。
 ボクもやらかしてしまうことがある。「これを買うとこれがついてくる」
はいいんだけど、「ついてくる」ものの方が値打ちがあるように感じられる
ことがある。そんなことあるはずないよね。

 ボクはこれらのことに対して「そのものが欲しいときだけそれを買う」
を自分に言い聞かせてる。「ついてくる」ものは結局、使わず、になってしまう
ことが多い。「このさいだから、安いときに買ってしまおう」などと自分を
納得させないことだ。