2010年8月 9日

言葉

 言葉は恐ろしいと思う。
 ボクは自分でも食事会をすることがあるし、とにかくよく会にも参加する。
 当然、そこでたくさんの人たちと会うことになるのだが。

 そこで交わされる言葉によって次が生まれたり生まれなかったりする。
 言葉は生まれてからすぐに使い始め、みんなが達人みたいな気分でいる
かもしれない。だけど、実はそんなことはなく、もっともっと注意した
方が良いんじゃないかな。

 言葉には意志を伝える役割もあるが、全ての世代の人に共通して使う
ことのできる装置と言えなくもない。

 ボクなども世代の違う人たちと話すとき、なんとなくかったるく感じてしまう。
 共通の話題を探さなくてはならないし、失礼な物言いにならないよう気を
つかう。そのこと自体もくたびれる原因だ。

 だけれども、なにかをやろうとするとき、世代のことなんかかまっていられない。
 世代を越えて自分の意志を伝え、なんとか協力していただく必要がある。
 きっとだれもが今はそんなことなくても、そのうちそういう事態が発生
するんじゃないかな。

 要するに、話す言葉も注意してどんな世代にもきちんと伝わるよう訓練
しておく必要があるってわけだ。
 逆にさ、「この人には協力してあげたいな」「また酒でも呑みに行きたいな」
と思わせる人もいる。どっちが得か考えたらこっちだろう。

 言葉遣いは要するに「足切り」みたいな役目を果たしてる。その後が
あるかどうか、まずは言葉遣いによって判断されているんだな。
 だから怖いと思うんだ。
 言葉は仲間で通用する道具、でもあるが、違う世代にもきちんと伝える
べく装置としての役目もある。

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