2010年6月30日

紳士

 今日はダンディズムについて語ってみたい。
 ダンディズムとは、ボクなりに解釈すると「どこまで窮屈な思いに
耐えられるか」だ。

 先日、よせばいいのに、またいつもの靴屋さんに。ここはたまにハガキ
が届いて「このハガキ、持参の方のみ全商品2割引」の文句につられて
おもむいたのだ。で、探したのは要するにサンダルだが、しっかりとホールド
もしてくれるという、すぐれものを見つけたかった。

 サンダルはわが家にもあるのだが、いかんせん、これはあまりにも
カジュアル過ぎて使えない。いろいろ探してみるとホールドしてくれる
サンダルは見つかった。だが、このサンダルでどこまで出入りできるか
考え考え、断念した。サンダルと同様「つっかけてきた」感がとても強い。

 最近、ボクはあるショップによく顔を出してる。
 ここは上下一体で薦めてくれる。だからこの店から出たら「一丁あがり」
ってわけ。ダンディズムになって出てくるってわけ。

 は、いいんだが「下(裾)は切らない方がかっこいい」ということでそのまま、
「きついんですけど」と主張(ウエスト部分)するが店員さんの「それが
一番大きいサイズです」の言葉に絶句する。要するにこのショップでは
ウエストが96ある人はダンディズムになる資格がないということなのだ。
 ボクのことね。だが、気張ってはいてるよ。ボンレスハムみたいになるけど。

 このショップでは上も大変だ。キチキチなの。ぎゅうぎゅう。
 店員さんによると「身体のラインがきちんとでるとかっこいいんです」
に圧殺されてしまう。確かに鏡に我が身を映すと引き締まって見える。

 上下がこういう具合に仕立てられていくわけ。ダンディズムは辛い。
 と、ここまで考えてみるとダンディズムとはいかに辛いことかよく分かる。
 スーツにしてもこの梅雨の時期、やってられないよと思う。
 ダンディズムはもともとイギリスからやって来た。イギリス紳士は「傘は
忘れるな、だが雨が降っても決して開いてはならない」が決まり文句だそう
だから。もともとダンディズムとは辛いものなのだ。
 さ、これからもダンディズムを邁進するとするか。

2010年6月28日

戦艦大和

 土曜日の晩、「ワープロで出てこない漢字」の話になった。
 「銃後の守り」という言葉があった。戦争関連の本には必ず出てくる
この言葉、ワープロではでてこない。言葉の意味は知ってるだろうか。
 「男たちは戦場で闘う、女、子供は家庭において戦場における活躍と
同じように闘う」くらいの意味だ。竹やりを手に訓練する姿を見たことも
あるはずだが、あれも銃後の守りの一貫だ。
 たった65年前のこうした事実がここまで放置されてかまわないのだろうか。

 ボクの祖父は志願で戦争に行ったが、位は志願の最高位の准位だった。
 これもワープロではでてこない。
 この位になると朝、出発するときお付きの兵隊さんが二人やってきて
同道してくれる。帯刀といって刀を吊り下げるようにもなる。これは父親
から聞いた。

 世界にかんたる戦艦大和。だが、今の日本人に戦艦大和が建造されたのが
いつだったか応えられる人が果たしてどれだけいるのだろうか。
 それを聞けば戦争というものが時代を超越して受け継がれる伝統の技、
文化であることが分かっていただけるはずだ。

 大和は大正時代に作られ、何度かのギ装(これもでてこない)(艤装)
が行われて太平洋戦争に向かう。
 この時代の戦艦はどれも菊の紋章が船首にあり、航空機はこれをまたいで
飛行することを禁じられていた。失礼に当たるわけだ。
 ただ、失礼覚悟で飛行した人間はいて、飛行機の照準からはみ出すほど
その船体は大きかったと言われている。

 大艦巨砲(これも出てこない)主義なる考えがこのころにはあり、
戦艦は大きく、主砲も大きくなっていった。航空機全盛になるとはまだ
読めていなかった。日本にも空母はあったが、ほかの船からの転用が
ほとんどだった。

 これらの事実は「戦争マニア」が当然知ってるレアな情報であっては
ならず、日本人なら知ってて当たり前の基礎知識だと思うんだがね。
 わずか65年前に起こった出来事を知らないなんて。

 日本人として恥ずかしく感じないか。ボクは子供のころ「戦前」「戦中」
「戦後」なる言葉を読んで意味が分からなかった。それだけこの国は
それをはさんで劇的に変化していった。この言葉は「戦争の前、後」だけでは
片付けられない問題を含んでいる。たまには戦争の本を読まなくてはいけないよ。

2010年6月25日

類推

 「あんたなー、経営者、いうもんは自分ところの会社の経営状態を
口にしたらいけんで」。「類推されるようなことを言ってもいけん」。
 先日、ある社長と酒席を共にした。話している中で、こんな話をさせて
いただいた。

 社長 「いや、だって池田さんって全く業種が違うし、それにごまかす
のもどうかと思うし」

 ボク 「あんたは甘いなー、オレは本当は聞きたくなかったんよ、聞けば
あんたのところの経営状態が頭にこびりつく。だれかが無意識にも(あの
会社はどうなの)って話になったとき、オレが一瞬、黙り込む、とかなんら
かの反応をするやろ。それを見るやつだっているんだから。油断がならんのよ」。

 ボク 「オレはあんたの言葉のはしばしに経営状態を知る手掛かりを
つかんどるんよ。あんたはそれと分からずに自分の会社の経営状態まで
話してくれてたわけよ。健全な会社だってこんな話からボロがでてつぶれる
ことだってあるんやで。あんたはもっと気をつけんと」。

 ボク 「ええかね、経営者いうもんは絶対にホントのことをしゃべったら
いけんのよ。苦しかったら(けっこうええ稼ぎさせてもらってます)
うまくいってたら(最近、大きいのがなくて困ってますわ)みたいに
はぐらかさないと。みんな正直にしゃべってなにかええことでもあると
思っとるわけ。あるわけないやろ」。

 ボク 「オレがもし銀行やったら、さっきの話でいつ資金を引き上げようか、
を考えるで。つぶれるのも時間の問題やな、とか。取りっぱぐれがない
ようにしとかんと、とか頭を巡らしていく。この世はあんたが苦しいから
いうてみんながみんな助けてくれるわけやないんやで。苦しかったら
(足、引っ張ってあげますわ)みたいな人間もたくさんいる。当たり前やろ、
そんなん」。「それが常識っちゅうもんや」。

 ボク 「いくら仲が良くても口にしてはいけん言葉があるんよ、それを
口にしたら、そこからもれてどこにたどり着くかわからんのやから。経営者
は絶対に本当のことを口にしたらいけんのよ。当然の当たり前やで」。

2010年6月24日

23人

 ボクは20代のころよく経済誌を買って読んでいた。そんな中にこんな
ものがあった。セールスマン向けに書かれたものだった。
 「一人の人間は23人の人脈を抱えている」。だれの後ろにも実は
たくさんの人間がいて、そのセールスマンを信頼すれば背後にいる人脈も
手に入る、だった。これはだれしも経験あるんじゃないかな。

 「せっかくだったら池田さんところを利用してあげてよ」みたいな話に
なることはある。この23人にしたって根拠があるかどうかは分からない。
 それより「こんなこと」は間違いなくあるとだれもが素朴に認識してるはずだ。

 そもそもボクたちには人脈と呼べるものがない。ゆうべもある方と話して
いたんだが「池田さん、あんたの人脈で何人呼べる」と聞かれたが、
「さーどうでしょう。20人くらいでしょうか」としか言えなかった。

 だれしも背後にいる何百人が気にかかるところだが、現実には人脈なんて
たかが知れているし、そもそも知人の数そのものがたいしたことない。

 ボクの知り合いの人が「起業したい」と願い出た人に「必ずやってみなさい」
と提案してることがある。それは「将来の顧客名簿」とも言えるもので
「まずは友人を全て書いてみなさい」「その中からお客さんになっていただける
と思われる人の名前を書きなさい」で「100人未満なら起業そのものを
しばし待て」と案内している。

 これらから分かることは。
 目の前にいる人に信頼していただくこと。その人の後ろには少なくとも23人、
23人の背後には529人の人がいると考えて、取り組むこと、だろう。

 わずか一人を重視するだけで人脈なんてものは529にまで広がる可能性
がある。実にすさまじい事実だ。冒頭のケースはアメリカの事例だから
日本だったら実はもっと大きな数字になるかもしれない。
 きっと突破口というのは「この扉を開けたらたくさんの人脈が手に入る」
ではなく一つ一つの扉をノックし続けることかもしれない。信頼を勝ち取りながら。

2010年6月23日

ジャンパー

 23のころだったか、青いジャンパーを買った。袖のところが赤い。
 確かお歳暮かなにかで商品券をもらったのだが、それで買った記憶がある。
 あのころで3万円くらいしたんじゃないかな。

 で、今見てもどうってことない、ただの青と赤のジャンパーなんだが、
当初、全く着ることがなかった。お店でも「こんなの、オレ、着ないよなー」
って思ってた。自宅で着てみるとなぜだか他人のような感じがして嫌だった。

 そのころスーツばかりで過ごしていたから、そのジャンパーはものすごく
突飛な感じがした。ただ、いつしか着るようになると、そんな気持ちも
忘れてしまってた。

 こういう感覚ってないだろうか。
 「こんな服、着て歩くの恥ずかしい」「オレに赤なんてなー」「黒い車って」
だけどしばらくするとそんな気持ちを抱いていたことも忘れてしまい、当たり前
になってる。自分に対するイメージってやつかな。古いイメージが邪魔するんだな。

 だれしも人はそれまでの自分のイメージを追いかけて暮らしてるところがある。
 だけれども、これまでの自分もだれかが作ってきたんじゃないだろうか。
 あるいは親か、あるいは自分が。

 作られたものなら変更はできるだろう。変更というほどのものではない。
 ちょっとした追加って感じかな。

 人と話していると意外なほど強固に自分を形作ってる人がいる。
 ガチガチに固めて自分を主張なさる。なにか23のころのボクみたいだ。
 ボクもあのころ自分があった。だけどそれはそれまでの家庭の環境だからね。

 人は少し突飛な格好をさせるととたんに「これはオレじゃない」とか
「オレってやつはそれとは違うんだ」みたいなことを口にする。いやいや。
 ボクのジャンパーみたいなことやってないでさ、変更すればいいんだよ。
 ただの家庭の環境なんだからさ。
 男性だったら赤い服を着てみればいいんだよ。きっとかなりの心理的抵抗を
感じるはずだ。だけどさ、それってどこかで身につけたんだぜ。あんたの
知らないうちに。それもおかしな話だよね

2010年6月22日

次善

 あれは10年くらい前のことだろうか。
 数人で駅の中にあるレストランに入った。ボクもそうだが、列車を
利用して帰宅する人がおり、駅中が便利だった。
 のれんのさがったレストランに入り、めいめいがメニューをのぞきこむ。

 店員さんに「あれと、これをください」とお願いすると「すいません、
それはできません」と両方とも断られてしまった。
 ボクは「それではこれを」と口にすると、なんと「それもない」のだと
言う。ボクはもうカチンときて「こんな店、でましょう」と喉元までこみ
あげてきた。

 だが、その日の主催者である男性は
 「ええから、ええから、で、今日は何だったら出せるんですか」と店員
さんに質問した。店員さんは「これとこれならできます」。
 男性は「それではそれを人数分、お願いします」でこの話に終止符を
うった。ボクは内心「すごいな」と思った。

 だってさ、こういうときってむくれるものじゃないですか。
 だれもが期待してのれんをくぐったのにって。
 ボクなどはこういうことがあると、1時間くらいムカムカして気持ちが
おさまらない。八つ当たりなどもしてしまうのはこういうときだ。

 たまにボクの脳裏にはこのときのことが思い出される。
 「なぜオレはムカムカして、この男性はとっさの機転みたいなものが
きくのか」と。きっとこの男性は次善の策を用意していたに違いない。
 「物事はいろいろあるから。それが全て自分に利する結果になるとは
限らない。だからそのときはこう、それでもダメならこうする」と
気持ちの整理ができているのだろう。

 ボクの提案だが、次善の策を用意しておくことと、物事はうまくいかない
ことがある、をきちんと用意しておくことがとても大切だと言う気がする。
 ボクたちの毎日はこれとの闘いだ。「これだと1000円かかります、
こっちなら700円ですけど、品質が今一つ」。ゆっくり考える時間が
あればいいけど、なければどうするか。「こういうときはこれ」と決めて
おいてそれをするしかないだろう。

2010年6月21日

大切

 本当に大切なものを見極めないといけないよ。
 先週の金曜日、ある男性の話。「今の人たちはみんな今の体勢が
ずっと続くと信じてて。その中でいかに上にあがっていくかばかり考えて
いるな」。これはとても示唆に富んだ話だと思う。

 男性は続けて「戦時国債は紙くずになったからな」とも。
 戦時国債というのは戦争を続けるために発行された国債のこと。この償還は
敗戦にともなってゼロ円、無価値とかした。実はこんな話はいくらでも
転がってる。日本軍が戦地で発行する「戦争手形」みたいなものもあった。

 占領した現地で通用していた手形だが、これも敗戦により無価値になった。
 この手形をたくさん所有していた現地の人たちはただ働きになったわけだ。

 問題なのは「今、現在において、こんなことは決して起こらない」と
考えている人がほとんどだということだ。幸せと言えば言える。

 だけれども、たった65年前、1945年にこれらのことが立て続けに
起こった。みんなが混乱の中にたたき込まれたんだ。
 それはなにをきっかけにして始まるか分からない。ただ、それが起こると
あらゆるところにしわ寄せが走り、まともな経済活動はマヒするに違いない。

 これらのことはこれからも起こらないかもしれない、起こるかもしれない。
 ボクは20代のころからたくさんの旅行をしてきた。それは現在流通
してるお金がお金としての値打ちがあるうちに自分の記憶の中に取り込もう
というのも大きな動機だった。経験を盗める人はいないからね。

 1945年に起こったことでもう一つ。「預金からおろせるお金が一律
いくらと決められた」。これは新円切り替えと言われる措置。お金を銀行に
持参していただく。新しいお札を渡すのだが、一日に使えるお金は決められていた。

 大インフレのせいだ。これを回避する方法がある。とにかく経験とか記憶
とかに変換してしまうことだ。使ってしまえばいい。

 ま、こんなことが果たして起こるのかどうか。起こると分かっていても実践
する人は少ないだろう。ただ、であるならば、「お金がなくなっても残る
価値」が絶対的な価値になることになる。あなたにとっての絶対的な価値とは
何か。改めて考えてもらいたい。なお、ここで述べたことは65年前に
実際に起こったことだが、分かったことだが、現在、これを回避するために
いろんな措置が取られていることは当然のことだ。たった65年前に起こった
ことだ。それを知って今に生かすことはとても大切なことだと思うのだが。

2010年6月17日

ベストセラー

 ボクは毎月少なくとも30冊くらいの本を買う。読み終えるのは
20冊といったところか。ほかの人から言われるのに「たくさん読むん
ですね」と聞かされるから、そうかもしれない。
 それとセットで聞かれるのが「どんな本を読むんですか」だな。

 「ベストセラーは読まないですね、これは読まないと決めてるわけじゃ
なく、結果的に読んでないって感じです」かな。それから平積みの本も、
どういうわけか買うことがとても少ない。平積みというのは本の表紙が
上になってて、いわば本屋さんでは特別待遇していただける本のことだ。

 ボクが本を買うときに参考にするのは週刊誌、月刊誌の類いで、推奨欄
があるからそれをもとに買う。経済誌を買うと似た題材の本が推奨されてる。
 逆に考えると「その週刊誌、月刊誌を買う人はこういう人たちだ」と傾向
が把握されてることになる。ま、そっちの方が便利だけどね。

 どうやらボクには本を買うときの傾向があるみたいだ。ノンフィクション
がとても多い。中学生のころよくSFを読んでいたが、最近読まないなー。
 あとボクの本の題名を聞いて周囲の人が感じるのが「池田さんはとにかく
何でも読む印象がある」そうだ。

 改めて、昨日感じたことだが、ベストセラー、平積みの本というのは、
要するに「置いておけばわりと売れる」「一般の人が本と言えばこれだけは
おさえておきたい、と考えたとき手にしやすいようになっている」などの
ことが考えられる。日本人の傾向ということかな。

 そうすると、一般の人が手を出さない本ばかり買う自分は、一般の人が
読む本は読まない自分は、一般的じゃないんだろうな、なんて思った。
 情報ソースがまるで違ってるというか、同じ時間を過ごしてるはずだが、
入ってくる情報はまるで違い、話す内容も全く変わってくるんでしょうね。

 実はボクは小学生のころから多数決を取ると決まって少数に属してた。
 それが「少数をねらってやるぞ」ではなくごくごく自然にそうなってた。
 関連があるんだろうか。一般的が嫌いってわけじゃないんだけどね。
 だけどボクはなぜベストセラーを読まないのだろう。自分のことだけど
不思議に感じるな。

2010年6月16日

こだわり

 先日、6人で呑むことがあったのでこだわりについて質問してみた。
 「あなたのこだわりは何ですか」。それぞれ応えてもらったが一つ
分かったことがある。みんなこだわりなどあまり持ち合わせていないんだな。
 細かいところではあるかもしれないが。

 前は個性というものが厳然と存在していた。「車はワーゲン」「車はミニ」
「ライターはどこそこ」「スーツはイギリス製」とかみんなこだわりがあった。
 そのこだわりこそがその人そのものを表現する。今はみんななくなっ
ちゃったね。というより、ハードからソフトに変更になったのかもしれない。

 ボクは日曜日の4時間以外テレビを見ない。ましてや「帰宅したら
とりあえずリモコンに手が伸びる」とかは決してしない。日曜日の4時間
も録画して後からまとめて見る。本は毎月20冊以上は読む。
 音楽は洋楽、映画も洋画ばかり。

 こだわりは分かったことだが、その人をほかの人たちから識別するツール
である。「日本人はみんな同じだ」と言われるが、こだわりこそが
「みんながみんな同じではない」表現の一つの手段なはずだ。
 こだわりがない人は、他の人たちと識別できないと言ってもいい。

 こだわりは自分そのものであり、なにかをするときにそれをすることを
意識するということだろう。「なにげなくテレビ」「なにげなくコーヒー」
「なにげなく食事」「なんとなくの昼食」ではなく、自分の意志をはっきりさせる。
 自分の意志をはっきりさせることはとても大切だと思う。

 ボクも高校生のころ先生からよく言われた。「池田君は好きなんか嫌い
なんかはっきりしなさい、うまいのかまずいのか、やりたいのかどうなのか、
君はそんなことをやっていると流されてしまうぞ」と何度も聞かされた。
 みんなそれぞれ名前は違うが、違うのはそれだけではないはず。
 違いがあるから意見の衝突があり、そこから仲間になれる可能性もでてくる。
 あなたのこだわりは何だろう。

2010年6月15日

トイレ

 実は、ボクは小学校のとき同じクラスのやつらに便所を使用したことで
「やーいやーい、池田が便所に行ってやがんの」とはやしたてられ、
それ以来小学校で便所に行くことはなくなった。大の方だ。

 仕方がないので便意を催すと我慢に我慢を重ね、あるときは学校からの
帰途、畑の中で始末したこともある。間の悪いことに畑の持ち主に見つかり
「オマエはなにをしてたんや」と怒られた。ただ、「我慢ができなくて」
と釈明すると案外スッと許してくれた。
 よって小学校、中学校で学校の便所を利用したことがない。

 そんなボクも中学校を卒業すると同時に京都に単身留学することになる。
 一人でアパートを借りて住み暮らしていかざるをえない。
 「そうだ、便所の問題が残ってた」。そう思った。だってこれまで何年間も
自宅以外の場所で便所に行ったことがない。アパートは一階に4部屋、二階
にも4部屋あり、一階に一つ、二階に一つ便所があった。

 「さてはて、これからどうなるのか」。天を仰ぐ気持ちにさせられた。
 ところが。その便所は昔ながらの便所だったが、翌日からきちんと使用する
ことができた。自分で自分が不思議だった。
 改めて思った。
 「人間って追い詰められるときちんと適応するものなんだな」って。

 きっとこれを読むほとんどの人が「なにをおおげさな」と感じている
だろうが、ボクにしてみればとても大きな問題だった。それからたまに
高校でも便意を催すことがあり、こそこそと利用していたが、同じクラス
のやつの明けっ広げな表現で「そもそもこれは人間の自然な行為だろう」
と思えてくるようになった。やっと当たり前の水準に達したことになる。

 京都のやつらは「ババに行ってくる」と隠すこともなかった。
 もともと隠すような問題じゃないし。
 ま、そんなボクも今は自宅の便所ばかり利用してる。軟弱な自分に逆戻り
してる。公衆トイレの「いつ、人が入ってくるのかヒヤヒヤする」ってのが
なくてとてもうれしい。こんな感覚、ボクだけだろうか。

2010年6月14日

座標軸

 ボクたちがモノを語る上で必要となるのは実は座標軸だと思う。
 ある事件が起きる。ボクたちはそれを見てあれこれ感想を持つ。だけれども
表層を眺めてばかりじゃいけないと思うんだ。

 ボクがこの感覚を身につけたのは。まず子供のころタイガー戦車でよく
遊んでいたこと。高じてドイツ軍に関係することであればなんでも買って
読むようになる。1939年から45年。第二次世界大戦中における
ドイツ軍に関係する書籍は文字通り片っ端から読破していった。

 それらの本を読んでいつも思うことは、これだった。第二次世界大戦は
1939年から始まるのだが、どの書籍もそこから始まるのではなく、
「マケドニアの領土拡大」とか「ローマの領土」といったところから書かれて
いたこと。

 当然、第一次世界大戦が終わって締結された「ベルサイユ条約」に関しても
記述がある。ベルサイユ条約ではあまりにも苛酷な戦争賠償が求められ、それが
ひいては後の大戦を引き起こした、と考えられ、後のポツダム宣言につながっていく。

 ボクはこの、歴史の記述に飽き飽きしていた。「あー、またか」。
 ドイツ軍は第一次世界大戦時、頭の上にとがったヤリのようなものをつけた
ヘルメットだった。それを見るたびに「あー、またこれか」と。

 だが、歴史を振り返ることなく、現在を論じても意味のないことをやがて
知ることになる。そして本によってその記述が少しづつずれていることを
いつしか知るようになった。分かったことだが、人は同じテーマで読破して
いくことなど普通はしないものだ。ただ、ボクの場合、ドイツ軍を真ん中
にして同一テーマでずっと読む、という希有な経験をしていたことになる。

 第二次世界大戦もどちらの側に立って書くかで内容ががらっと変わる
ことを知った。冷めた視点で眺めることの大切さを知った。
 ボクたち日本人がパールハーバーに関して書くとある片寄りが生まれる
はずだ。その片寄りがこれらの書籍にもでてくる。

 冒頭に書いた座標軸というのは歴史を少しえぐった上での解釈という
ことになる。現在の日本人で「大東亜共栄圏」という言葉をどれだけの
人が知ってるだろう。ほとんど知らないんじゃないかな。それで現在を
論じても無理がある。現在だけを見ても分からないことはたくさんあるよ。

2010年6月11日

異業種

 ボクは30代になったばかりのころ、地元の異業種交流会に参加する
ようになっていた。この会ではいつも参加者は自己紹介をするのだが、
ボクはいつも「あ、はい、池田です」とごくごく簡単なもの。
 司会者からはいつも「池田さん、それだけですか」と言われていた。
 ま、そんなもんですって。

 は、いいんだが、この交流会には毎回のようにゲストが呼ばれていた。
 ボクはそのゲストさんと名刺交換させていただき、「近いうちに呑みに
行きませんか」と誘うことにしていた。

 知らない人から急に誘いをかけられるわけでかなりの戸惑いもあっただろう。
 だが、ボクの方もだんだんと技術をあげていき「いえね、先生のお話を
聞いていると、再度詰めてみたい内容がありまして」とか持ち上げて誘うようになる。
 これはすさまじい威力を発揮したな。(すいません)。
 かなりの確率で誘いに応じてくれるようになった。

 当初は「今日は、なに、話そうか」、考えると落ち着かなかったが、
そのうちに「ボクはこれこれについて疑問に思うんですけど先生はどうですか」
と質問形式にすると話がうまく展開することに気づいた。

 こうして知らない人とお知り合いになると、「君はなかなか熱心だね、
オレの知ってる交流会があるからそっちにも顔を出せよ」みたいに言われる
ようになる。(ま、これは仕事の関係上、なかなか実行できなかったが)。
 誘われてそっちの交流会にも顔を出したこともある。

 ボクのやったことに対してはみんな「バカだなー」「もっとうまい方法
があるだろうに」とか思うかもしれない。だけどさ、なにかの手段を
使わないとよその世界にアクセスできないと思うんだよね。

 ボクもボクなりにいろいろ考えたわけさ。どうしたらよその世界に
アクセスできるのかってね。だったらゲストは目の前にいるわけで、
「こりゃー都合が良いや」って思ったわけ。みんな自分の狭い世界に
閉じこもってないでさ。大きな世界に飛び出そう。この世には実にたくさん
の人が暮らしてて、中にはあなたの疑問や悩みを解決に導いてくれる人も
いるはずだ。一人で悩んでる時間はないぞ。

2010年6月10日

忙しい

 みんないとも簡単に「忙しい」なんて言葉を口にするな。だが、本当に
忙しいのだろうか。よくよく考えてもらいたい。ボクは忙しいと思った
こともないし、口にしたこともない。
 忙しい、は別の面から言えば充実してるわけだろう。忙しいの代わりに
「充実してます」でいいんじゃないかな。

 ボクは中学を卒業し高校になるとき一人で京都に留学してる。一人で
アパートに暮らすわけで激烈に忙しかった。最初の年の秋口、あまりにも
時間がないのでそれまで毎日銭湯を利用していたが、一日おきに行くことにした。

 それから銭湯そのものの時間も取れなくなり一人で消防隊に入隊した
ようなあわただしさで入ることになった。番台でお金を払ってから出るまで
10分と決めた。やればできるものなのだ。出るとき洋服はボタンを一番上
と一番下の2カ所だけ留めることにした。それだけ時間の節約を図った。

 人は忙しさに見舞われるとなにかしら工夫するようになる。それから
すればまずは極限にまで忙しくなってみることが必要だ。必要に迫られて
なにをやるにしてもすぐに取り掛かって、要領よくこなすことを覚える。

 留学先の先生からよく言われた。「池田君はなにをやらせても遅いなー、
なんでや、なにをやるんでも早くやるんや。そうしたら時間が余って
ほかのこともできるやろ」とね。まずは自分の中に「極限の忙しさ」を
学習させる。それに比較して暮らしていけばいいだけのことだ。

 高校生のころ毎日高校に通うわけだが、朝起きてからアパートを出る
までいつもきっかり1分しかかからない。これは社会人になっても同じ。
 今も起きてから自宅を出るまでに1分しかかからない。取り掛かりを
早くし、さっさと動けばそれだけ多くのことがこなせる。

 ボクの忙しさの尺度は銭湯の入浴時間10分だ。社会人をやって長くなる
けどあれより忙しくなったことは一度もない。あとね、人間、やれば
できるものなんよ。起きてから1分以内に出発もやればできるもの。

 やれないのはなんとなく「人間とはこうあるべき」みたいなものが
邪魔してるだけ。そんなことはないんだって。やれば意外にできるものだ。
 さ、ごたごた考えてないで実践実践。明日から入浴時間は10分。
って、オレが言うべきことじゃないが。

2010年6月 9日

出向く

 あれは社会人になって2・3年経ったころだろうか。
 父親からものすごく怒られたことがある。聞けばきっとあなたも不思議
に感じるはずだ。それは「オマエが行け。人を呼び付けるな」ってものだった。
 いや、呼び付けるとかそんなんじゃなく、取引先だって。

 取引先に仕事をお願いするのに「先方から来てもらうのではなくこちら
から出向いて行け」と言う。「そんなん、おかしいだろ」。ボクも思った。
 「だって仕事したいのは向こうだし、こっちは発注する側なんだから」。
 まーそうは言っても怒られたわけでこちらから出向くことにした。
 内心、「おかしいなー」ってずっと思ってた。

 父親だって取引先がこっちに来ることくらい当然と思ってるはずなんだが。
 あなたはこんな注意を受けたらどうするだろう。ボクはまずは頭で考える
んじゃなく実践をお薦めする。理由を考えるのは後でいいんじゃないかな。

 さて。
 こちらから取引先に出向いてみるといろんな発見があった。取引先に
よっては「いやー出向いてもらってすいません」と少し割引してくれたり、
「出向いて来てもらったからにはしっかり仕事しないといけませんね」
みたいなことを口走る人もいた。いずれにせよきちんとした仕事をしなく
てはいけないのだが、そこらあたりを再度きっちりとさせる効果がある
みたいだった。

 ボクたちは「取引先に来てもらって当たり前」「当然」みたいな感覚は
ないだろうか。あるとしたらなぜだろう。どうしてあなたは取引先に
出向いて行かないのか。行けばいろんな発見や収穫だってあるかもしれないのに。
 当たり前は決して当たり前じゃないんだ。まず疑って行動してみる。

 ボクも当初は「なぜこっちが取引先に出向いて行くんや」と不満たらたら
だった。だけれどもその意義、意味はやってみなければ分からない。
 「なぜこっちが」と思う前に行動してみよう。出張費を削ってくれるなら、
それはそれですばらしいことだ。いろんな発見もあるだろう。

 こちらは取引先に押しかけられて、ある意味、相手の土俵で闘ってる。
 こちらが出向けばこちらの土俵で闘うことができる。それもやってみれば
分かる。まずは疑い、行動してみよう。ボクはこの一件から何事をするときも
まず一拍置いてしっかり考えてから行動するようになった。

2010年6月 8日

自信

 あなたは自分に自信がありますか。
 ボクはこれまで珠算検定試験をおそらく50回以上受験してきたはずだ。
 はじめのころの試験では「オレはできないはずだ。きっと不合格だろう」
と思いながら受験していた。だからだろうか、何度受験しても不合格だった。

 高校生になって初めて受けた試験は1級だった。なぜだか「合格するの
なんて当たり前だ」と思った。もちろん合格だった。
 「やればできるんだな」とても当たり前にやっと気づいた。

 分かったことだが自分に自信のある人は「もうちょっと」の水準であれば
合格できる。自信のない人は「もうちょっと」の水準だと不合格になる。
 できないと考えつつ、最高の力などだれだって出せるわけがない。

 ボクは珠算段位の8段に合格してからというもの、「これはオレには
できないことなんだ」などと感じたことがない。「やれるはず、やれない
のはただ単に練習が足りないだけ」そんなふうに感じていた。

 実は物事にチャレンジするときこんな感覚はとても大事な気がするんだ。
 よく人は「あの人には才能があった」「生まれた時代が良かった」「あの
人は特別なんだ」みたいな言い方をする。だけどそれは言い訳なんじゃないかな。

 ちなみにボクの知り合いの10段位取得者でこれらのセリフを口にする者は
一人だっていやしない。当然だろ。そんなの。磨いて磨いて達成した者が
才能なんて口にするはずがない。才能を口にした瞬間にその人はおかしな
言葉をひねり出してることに気づかなくっちゃ。

 さて。だったら自信だ。自信があれば全力が出せるわけだから。
 なんでもいいから、どんなことでもいいから、「オレはこれが他人より
すぐれているな」を作っていく以外ないんじゃないかな。
 「これだったらオレはだれにも負けない」ってやつをね。

 ボクは最高記録を保持してる。きっとあなたも勝てないんじゃないかな。
 一日16時間ぶっ続けで本を読んだことがある。すごいと思うでしょ。
 こんなことでもいいからとにかく自信を作っていくこと。才能がある、ない、
なんて言葉は二度と吐かないでほしい。才能はだれにでもある。ただ発揮
してないだけ、なんだから。

2010年6月 7日

ほめる

 ボクと一緒に飲食店に行ったことのある人なら気づいていると思うが。
 ボクはいつも飲食店に行くと一つか二つはほめることにしている。
 ほめるというのはなにか偉そうに聞こえるかもしれないが、おいしいと
思ったらそれを口にすればいいんだ。
 これならだれにでもできるんじゃないかな。

 飲食店ではサラダやつきだし、その店独自の料理、いろいろある。
 一つか二つはおいしいと思うものがあるはずだ。

 ただ単に店員さんに「これ、おいしいね」と口にするだけでいい。
 観察しているとこれらのことを口にする人は少ない。なぜだろう。

 店によってはトイレから戻るとおしぼりを手渡してくれるところもある。
 スタンドとかクラブではごくごく当たり前に行われているが、飲食店
では少ない。そんなとき「ありがとう」くらいは言っていいんじゃないかな。

 店によっては手で直接食べる料理をだしたとき、しばらくして再度
おしぼりを出してくれるところもある。うれしいサービスだ。
 店もいろいろ考えてくれているんだ。
 それに対してきちっとした対応を取ればその店の方にも喜んでいただけるはず。
 ひいてはどの店にもそんなサービスが浸透するかもしれない。

 人は認めてくれる人が必要で、そんな方がいればもっともっと頑張れる
ものだ。それをなぜ、やらないのか。やったらいいんじゃないかな。

 「認める」というのはそんなにおおげさなもんじゃないと思う。
 飲食店であれば「おいしいね」でいいし「ありがとね」でいいはずだし
「気がきくねー」でもいいんじゃないかな。それが認めるってことだろう。

 ボクが書いたことをやったとしても料金が安くなったり、特別な
サービスはないだろう。だけれども、そういうことではなく、飲食店も
そのほかの店も人間がやってて、人間は基本的に認めてもらいたい生き物
だと了解する必要がある。それをどうやってやるか、だ。
 「なにか良いところを見つけてほめてみましょう」あなたも読んだことは
あるんじゃないかな。これは別に同じ会社の人間だけじゃなく、だれにでも
意識してやってみてもいいんじゃないかな。ボクはそう思うんだ。

2010年6月 4日

考える

 もう、頭で考えるのはやめよう。考えたってろくなことはないから。
 ボクは中学を卒業すると同時に京都に留学した。15歳だった。その
ときの話をするとたくさんの人たちから「さみしくなかったんですか」
「京都に知り合いはいたんですか」と質問される。さみしくはなかった。

 知り合いはいませんでした。さみしくなかったのは毎日あまりにも忙しく、
ほかのことを考えるゆとりも余裕もなかったから。知り合いは、いても
いなくても関係ないんじゃないかな。それぞれの時間ってやつだからね。

 当初、ボクは京都には「京都人という人種」が暮らしていると考えていた。
 「ここは特別な場所なんだ」「ここは都会という異質な場所なんだ」とね。
 だけれども2年くらい経つと京都のやつらとも、大阪のやつらとも打ち解けた
話ができるようになる。だんだんと「京都人」「大阪人」という人種など
いないと分かる。分かったことだよね。

 大人になるということは、どういうことだろう。ボクはたいそう窮屈な
ことだと思う。だってさ、高校生が「京都に知り合いはいない」とか「ここには
知り合いの一人もいないんだ」とか、あまり考えないって。
 やるべきことが自分の前にあり、それを必死になってこなしていく。

 それの繰り返しであって「京都は知らない街だ」「たくさんの人間が
暮らしていて自分の居場所が見つからない」なんて思わない。同じ高校の
やつらに「オレは山口から一人でやってきて、これからアパートで暮らすんだ」
って話すと「むちゃくちゃ、ええやんか、それ、オレも一人暮らししてー」
だった。そいつらの感覚からすれば親のそばを離れて自由気ままに過ごせる
ことが最大の関心事だったわけ。見方によって物事は変わるわけさ。

 みんなさ。頭で考え過ぎるんだよ。「これをすればこうなる」「あれを
習得すればこんなになる」みたいにさ。ボクは「京都で頑張ったらこんなに
なれる」とか思わなかったよ。頭で考えるとどうなるか。いろいろ起こり
そうなことを想定して「危ないからやめておきましょう」になるだけだ。

 ボクが京都に行くとき周囲の大人たちはひそひそと「池田は京都で悪くなる、
警察のごやっかいになるからやめさせとけ」と話していたそうだ。
 大人というのはあれこれ起こりそうなことを想定して中止するうまい
言い訳を探してる。それはつまらないことだと思うな。

2010年6月 3日

 「池田さん、急すぎますよ、今日はあいてたから来ましたけど、今日
言われて今日これるわけないじゃないですか」。
 昨日、ある若い男性と一緒に帰る車中、そんな話を聞かされる自分。

 ボク 「いやーそんなことはないだろう。オレはずっと空いてるよ」
 ボク 「だいたいさ、今日会合するって決めたのは昨日だぜ、さすがに
過去にさかのぼって誘うことなんてできやしないだろ」。

 男性 「いや、だから、会合するときは前もって用意して、お知らせして
くださいよ」。「オレたちゃ子供じゃないんだから、みんな用事があるんですよ」。

 ボク 「オレには用事がないみたいな言い方だな、ま、確かに用事なんて
ないけど。っていうか、そもそも組んでないんだ」。

 ボク 「質問があるんだけどさ、用事ってあんたが組んだんだろ。過去の
あんたが。過去のあんたがこれを用事にしよう、と決めたわけだ。だったら
もっとすばらしい用事がでてきたらそっちを優先したらどうだ」。

 男性 「むちゃくちゃですよ。そんなの、だいたいキャンセルなんて
できるわけないじゃないですか」。

 ボク 「その中身はそれじゃなくても良いだろって言ってんだ。いつもの
会社の仲間と呑むのも1時間、未知の、知らない人たちと呑むのも1時間だろ。
だいたい、あんたにチャンスなんてそんなに訪れるものじゃないんだぜ、
頼りにならないロープをたぐって登るしかないんだよ。あんたの都合を
聞いて段取りしてくれる人なんて、今までいなかっただろ」。

 ボク 「もう、オレみたいにさ、なにか分かりませんけどとにかく参加
します、行きますって言うしかないのさ。みんなも同じと思うぜ。用事は
みんなにあるってことさ。だけどさ、その続きを毎日やってることも忘れ
ちゃいけないぜ。オレたちは子供のころ考えた、理想的な明日、を毎日
過ごしてるわけじゃないだろ。子供のころからすればそれはそれは見識も
広がってる。それでこそ大人ってもんだ。でな、オレは子供のころの、
過去の延長線にある用事なんて必要ないだろって言ってんのよ」。

2010年6月 2日

苦手

 いろんな人とお話させていただく中でよく出てくるのが「あの人、苦手
なんですよね」と「いやーはっきり言って嫌いな人種ですね」ってやつ。
 「嫌いな人種」というあたり、はっきりとは口にしてない気もするが。

 この、苦手とか嫌い、というやつ、もう一度とことん考え直す必要が
あるとボクは思う。
 「苦手ってすばらしいじゃないか」「嫌い、良いじゃないか」と思う。
 要するにそれは自分を替えない言い訳のようにしか聞こえない。そんなんで、
果たしていいのだろうか。

 ボクたちは社会に暮らしていて、要はそれはいろんな人間との衝突にほか
ならない。「衝突して理解し合えることもあるだろう」とボクは考えるんだ。

 嫌い、「それはひょっとすると自分に変化を迫られているんだが、なんとなく
めんどくさく、嫌いという言葉でまとめてしまっているだけじゃないか」、
ボクはそう思うんだ。苦手も同じで「あの人はちくちくと人の嫌がることを
ぶつけてくるから。これ以上付き合ってたら次はなにを言い出されるか
分からない」なんて思ってはいないか。

 苦手な人と出会ったら「この人はなぜ、こちらにこんなにも嫌なものを
見せつけてくるのか」「ひょっとしてオレより数倍の苦痛を平然とこなして
きたから、オレはそこから逃げているってことなのか」と考えていいはずだ。
 苦手な人を見かけたらきっとそれはチャンスだ。

 もっともっと食らいついてなにがそうさせてるのか、はっきり分かるまで
体感した方がいい。「嫌いなやつは会わなければいいんだ」「苦手なやつは
一人でやってろ」と思う前に、「そんなやつとでも仲良くやっていける」
手段でも探した方がいい。

 苦手というのはどこにあるのだろう。嫌いというのはどこにあるのか。
 自分の気持ちの中。だとしたら、その人に自分が反応してるわけだ。
 ひょっとしてあまりにも自分に似てるから嫌いなだけかもしれないし。
 苦手な人を見かけたら次回の約束を取り付けよう。変化の前にたたずんで、
ぼんやりとしてる暇はないぜ。

2010年6月 1日

商売道具

 「あんたなー、商売道具に惚れちゃーいけんのんで」。
 一カ月ほど前、ある若い男性に向かってそんなことを口にする自分。
 男性 「だったら池田さんは商売道具に惚れてないんですか」

 ボク 「当然だろ。惚れてはいない。分かりやすく言ったから意味が
分からないかもしれないけど、オレたちはよくよく注意しないといけないのさ。
商売道具に惚れちゃいけない。分からないかな」。

 ボク 「商売道具に惚れるというのは自分中心主義なんだよ、これは
すばらしいからみんなが買う必要がある、ってのはおかしいんだ」。

 ボク 「あんたに質問しよう。(これはとても身体に良いお米です、だから
よそのお米の倍のお金がかかります)って言ったら、それでも買いますか」。
 男性 「それは買いませんね。そんなお金はないですよ」。

 ボク 「でしょ。それと似たことをやっちゃいけないってことさ」。
 ボク 「どういうものか商売道具に惚れる人はその手の話をよくする。
オレたちが注意しなくちゃいけないのは(自分の考えが正しい)んじゃなくて
「これを買っていただく人の考えを尊重する)ことだろ」。

 ボク 「お客さんが求めてるものを提供するのが仕事であって、提供
したいものを提供するのが仕事じゃないんだよ。そこを間違えちゃいけない」。

 ボク 「どうもあんたの発言を聞いていると自分が正しくて、どうして
周囲の人たちはそれを分かってくれないんだろう、みたいな発言が目立つ。
周囲が分からないのが問題なんじゃなくて、周囲の理解を求めるあんたが
問題なんだよ」。

 ボク 「これはバランスと言い換えてもいいかもしれない。あまり高くない、
あまりまずくない、あまり身体に悪いものは使ってません、でいいんじゃ
ないかな」。「中に高くてもむちゃくちゃおいしいものを求める人はいる。
それはそれでいいんだけどね」。
 簡単にいこう。「商売道具に惚れちゃいけない」。