2009年12月28日

取引

 昨日は久しぶりに自宅の掃除をした。いやー気持ち良いー。天気も
良かったのでふとんを干したり座布団を干したりする。カサも開いて
干すことにした。カサって干すものだと最近、知った。

 食事するテーブルの上に無造作に置かれた紙切れ。そう株取引の記録
が書かれた紙切れだ。しまいこむのと同時に子細に眺めてみることにした。
 結局、なんだな。儲かってないな。利益があったり損があったりしてる。

 自身の記憶によれば「儲かった記憶のみ」残してるらしい。なんか
よそでも聞いた気がする話だな。売買の記録が記載されているが自分が
いくらで買ったかはよく覚えてる。だから損か利益かはよく分かってる。
 やはりたまにはこうして子細に確認することが大事だな。

 株式の取引というのはまさにお金のやり取りだ。いや、そのものだ。
 お金だけで社会を回していこうという、はっきり言ってこれほど冷徹
な世界はほかにない。その収支くらいはきちんとしておかなくては。
 ま、胃がキリリと痛むことが多いんだけど。

 不思議と株の売買というやつ、いくら損をしても「もうこれでやめに
しよう」とか思ったことは一度もない。
 不思議と「うまく儲けてやろう」というのもあまりない。

 長らく続けていると「取ったり取られたり」という感覚だけでは戦えなく
なるものなんだ。売買を始めた当初、持ち株が3000株だったとする。
 これがいつしか10000株に増える。その増えた感覚がうれしいと
いう、少しズレた感覚になる。あるいは取得原価を果てしなく下げる
ことに喜びを覚える、なんていう感覚になってくる。

 分かりやすく言うと一回一回の売買での収支は長らく続けていると
あまり意味をなさなくなってくるってわけだ。不思議かもしれない。
 始めた当初はもちろんそんなことはなかったけどね。当初は取ったり、
取られたりの世界。感覚が変わってくることにあるいは意味があるのかも
しれない。ま、要するに今年は株取引では儲かってないということになる。
 あーあ。

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