2009年12月29日

ヒドゥン

 UMAといわれるものが好きだ。UMAというのは隠棲動物、
ヒドゥンアニマルだ。外国ではヒドゥンアニマルが一般的なようだ。
 ゴリラももともとはヒドゥンアニマルだった。そのころ西洋社会では
西洋社会が認めたものだけが存在する、が建前だった。だからゴリラは
存在していなかった。

 ネス湖のネッシーなんてのはとくに有名だ。ネッシーはいるのかいないのか
いまだにはっきりしない。サーベルタイガーというのは絶滅したと言われて
いるがいまだに目撃例があとを断たない。一体どっちなのか。

 いつだったかテレビでトルコ、バン湖のジャノと呼ばれている謎の生物
のビデオを見たときは衝撃的だった。あれはまさにクジラだろうって。
 ただ、広大な湖にクジラみたいな生き物がいるのに存在がはっきりしない
なんて不思議な話だ。
 ただし、これらヒドゥンアニマルについてよく言われるのは「大型の
生物ほど隠れるのがうまい」現実だ。
 映画みたいにノッシノッシってわけじゃないんだ。

 これらヒドゥンアニマルの見地からするとやはり海はフィールドが巨大
なだけに可能性が広がる。シロナガスクジラはその巨体は30メートルに
達すると言うじゃないか。まさにヒドゥンアニマルそのものだ。

 これらヒドゥンアニマルについてはやはり科学的な見地からの観察が
求められる。陸上で「30メートルの巨体」なんてありえないのだ。
 象を見れば分かる。陸上ではあれが最大だろう。
 陸上では心臓機能やその他から身体の大きさは決まってしまう。

 それからすると今の地球の陸上で恐竜のようなものがノッシノッシ
はとても考えにくい。太古の昔、恐竜は存在したわけだが、そのころの
地球には天蓋のようなものがあったのではないかと考えられている。

 書物の題名にこんなのがある。「クジラもペンギンも時速20キロで
泳ぐ」だ。あれだけ身体の大きさが違うものが実際は同じ早さで泳いでる。

 これって要するに海の可能性と限界だと考えられないだろうか。それは
陸上にも同じように存在する。「火星に人が住んでいたら」って話がある。
 「きっと頭は小さくて、手が細長い」。重力からこのように考えられている。
 どうだろう。科学的見地からヒドゥンアニマルを観察するとまた楽しくなって
くるだろう。

2009年12月28日

取引

 昨日は久しぶりに自宅の掃除をした。いやー気持ち良いー。天気も
良かったのでふとんを干したり座布団を干したりする。カサも開いて
干すことにした。カサって干すものだと最近、知った。

 食事するテーブルの上に無造作に置かれた紙切れ。そう株取引の記録
が書かれた紙切れだ。しまいこむのと同時に子細に眺めてみることにした。
 結局、なんだな。儲かってないな。利益があったり損があったりしてる。

 自身の記憶によれば「儲かった記憶のみ」残してるらしい。なんか
よそでも聞いた気がする話だな。売買の記録が記載されているが自分が
いくらで買ったかはよく覚えてる。だから損か利益かはよく分かってる。
 やはりたまにはこうして子細に確認することが大事だな。

 株式の取引というのはまさにお金のやり取りだ。いや、そのものだ。
 お金だけで社会を回していこうという、はっきり言ってこれほど冷徹
な世界はほかにない。その収支くらいはきちんとしておかなくては。
 ま、胃がキリリと痛むことが多いんだけど。

 不思議と株の売買というやつ、いくら損をしても「もうこれでやめに
しよう」とか思ったことは一度もない。
 不思議と「うまく儲けてやろう」というのもあまりない。

 長らく続けていると「取ったり取られたり」という感覚だけでは戦えなく
なるものなんだ。売買を始めた当初、持ち株が3000株だったとする。
 これがいつしか10000株に増える。その増えた感覚がうれしいと
いう、少しズレた感覚になる。あるいは取得原価を果てしなく下げる
ことに喜びを覚える、なんていう感覚になってくる。

 分かりやすく言うと一回一回の売買での収支は長らく続けていると
あまり意味をなさなくなってくるってわけだ。不思議かもしれない。
 始めた当初はもちろんそんなことはなかったけどね。当初は取ったり、
取られたりの世界。感覚が変わってくることにあるいは意味があるのかも
しれない。ま、要するに今年は株取引では儲かってないということになる。
 あーあ。

2009年12月25日

販売

 ダメだな。完全に。分かっちゃいたんだが。
 先日、あるドラッグストアに出かけた。ここは本屋さんのすぐそばに
あるからついでに寄る。店内、入ったすぐに試供品を持ったおばさんが。
 栄養ドリンクだ。

 「はい、どうぞ、毎日お忙しいでしょう」。
 いやー、別にそんなに忙しくはないけど。そんな顔してたっけ。
 いや、ただのトークだよね。もらってグイッと飲み干す。
 「いよっ、大統領」なんてことはなく「今日はお安くなってるんですよ」。

 試供品だから。当然。
 このような展開になると100%、わたくしは買います。買います。
 この展開で買わない選択はありえません。だから、わたくしのような
人間は試供品に手を出してはいけないのだ。

 ただ、軽くOKしたからかどうか、おばさんは
 「せっかくだからあと三本つけておきます」と試供品を三本プレゼント
してくれた。こういう変化球は良いね。
 期待してなかったところに飛んでくるボール。うれしいねー。

 これ、販売する側からするとまたおもしろい。
 ある方から聞いたのだが「試供品を受け取ってくれる人は」すぐに
分かると言う。なんとなくピンとくるものがあるそうだ。ボクは読まれて
いたのだ。そこにいくとうちの母親なんかすごい。試供品をごくごく飲んで
「ありがとうございます」だもの。見習いたいものだ。

 「おいおい、あんたはそこで平気で後にできるんかい」と思ってしまう。
 やれてしまうのだ。試供品を手にするおばさんはそれも読んでいるの
かもしれない。ま、うちの母親はボクが子供のころ化粧品の試供品を
「わざわざ取ってこい」と指令を飛ばした人間でもあるから。当たり前だ。
 「あんた、1本じゃなくて、もっとたくさん取ってきんさい」だ。
 ボクは顔を真っ赤にしながら取りに行ったものだ。たくましいなー。
 とにかくボクは試供品のコーナーでは「見ざる、聞かざる」でいないとね。

2009年12月21日

テルマエ

 テルマエロマエがおもしろい。マンガ。
 ローマ時代の設計技師が現代日本の風呂、銭湯にやってくるというお話。
 古代ローマの人間なので全てが新しく驚きに満ちている。その感動
したサマがとてもおもしろい。で、このマンガは古代の人間を現代の
お風呂場に案内したらどうか、の視点だけで描かれたわけではなさそうだ。

 ローマ人は実際、お風呂が大好きだったらしい。それはこの地方に
活火山がありお湯が沸き出していたからだ。
 ローマと日本は温泉でつながっていたわけだ。

 「オテルドウミクニ」も読んだ。文庫。ただ、裏書きを見ると
2002とある。8年前に出版されたものが文庫化されたものだった。
 文庫はたまにこれがあるからなー。なにが悪いってわけじゃないんだけど。
 ただ、書かれた内容はどれもとてもすばらしかった。

 フランスには「短期労働証明書」なるものがあり、これがあると
どこでも好きなところで働けるそうだ。高名なシェフのところで働かせて
もらうこともできるわけだ。いいシステムだ。

 「この食材はどこそこのだれだれが作りました」。今はどこのレストラン
でもやってるこれらのお品書きを最初に取り入れたのはミクニさんだという。
 フランスには「シエフズテーブル」なるシステムがあるそうだ。
 キッチンが見えるお席なわけ。

 フランス料理っていうとボクの周囲では「あの、どのナイフから
使えばいいか分からない料理よね」と聞かされる。まーね。
 要するに敷居が高いわけ。少しづつ時間をかけて日本人の底辺を
底上げしないかぎりこれらの言葉は払拭されないだろうね。
 まだまだ特別の席ってわけだ。
 ただ、料理の世界に限らず仕事を突き詰めていけば一流になれる気がする。
 それって何だかとてもすばらしい。だれもが自分の仕事を語れるって
とてもずはらしいな。

2009年12月18日

意識

 「ネイチャージモン」の3巻がでた。肉を食べることにすさまじい
までの執着心を見せる一人の男が主人公だ。すげー話だ。
 テレビなどでふと芸能人のやり取りを聞いているとあることが分かる。
 それは芸能人というのは「物事を意識して観察してる」ということだ。

 ボク自身、これまでお肉を食べることは好きで食べていたが、なんて
いうかそれは「肉であって」牛肉とか豚肉とか鶏肉ではなかった気がする。
 ネイチャージモンによれば牛肉だっていろいろあり、味わいが違う。
 「肉を食べることにそこまでこだわることはないだろう」がボクたち
一般人の感覚だろう。

 いつだったか芸能人がこんな話をしていた。
 「ボク、車に乗ったらとにかく身体の一部が外にでてないといけない
んですよ、とにかくどんなに寒くても窓を開けて腕をだすんです」。
 きっとボクたちの毎日も詳しく観察したらこの手の話が見つかるに
違いない。だけれどもあまり意識してないからはっきりしない。
 芸能人からすればボクたちはぼんやり暮らしているわけだ。

 ただ、なぜ芸能人がテレビにでていろんなお話を聞かせるのか、
聞かせる意味があるのか少し分かった気がした。
 だれか書いてたな。
 「テレビにでて雑談ができない芸能人は使えない」「なにがおもしろくて
なにがつまらないか分からない芸能人はダメだ」と。

 おもしろいかどうかは受け手の問題だろう。見ている人がなにをおもしろく
感じるか分かっていて話が組み立てられない芸能人は使えない、つうか
おもしろくないわけだ。

 自分一人でニヤニヤして「あのときすっごくおもしろいことがあったんだ」
というのはやはり一般人のお話レベルだってこと。ボクたちは物事をきちんと
観察してるようで実はそれほどでもないってわけだ。
 ま、意識して生きろってわけではなく、たまにはお肉を食べるときに
モノを考えながら食べてもいいんじゃないかって話だ。
 物事にこだわることからまた別の視点がえられるかもしれない。

2009年12月16日

クジラ

 ゆうべ鯨をいただいた。聞かなかったがあれは鯨だろう。刺し身だった。
 ひさしぶりだなー。たまにお店ではクジラの文字を目にするが
とても高いので手がだせないでいる。
 分かったことだがクジラは日本人にとって受け止め方の代わる生き物だ。

 上の世代になると「生き物じゃなくて食べ物だろ」も当然になる。
 クジラが給食にでたという人もよくいる。クジラはあのヒゲでさえ
弦やワイヤーとして使用していたというから日本人にとってはまさに文化だ。

 ボクはオーストラリアで見ることができた。
 とっさの判断でホエールウオッチングをすることができた。よくありがち
だけどツアーでは「旅行会社の用意したツアーはキャンセルすると自動的に
料金の払い戻しはございません」になる。

 一瞬、ひるんだがホエールウオッチングを選んだ。良かった。キャンセル
したのは水族館だったから。あんなのいつでも見ることができる。
 車と飛行機と船を使ってクジラを見に行った。かなり大型の船でかるく
300人くらいは乗船してるようだった。一人3万円近くのツアーだから
そういう意味でもひるむ。

 ガイドさんの話によると「クジラの方も人間に興味を持って近づく」
という。不思議だなー。まさに倒立してるように見えるクジラは人間を
うかがっているのだと聞かされた。巨大なヒレが海面をガジャーーーン
ってたたく。「うわ、すごい、うわ、すごい」と口にしていたがそのうち
船の右側の海面が青白くなって潜水艦のようなものが浮上してきた。

 キラキラ輝く水泡みたいなものがグワーーーーーンって上がってくる。
 するとクジラの土手っ腹がウワーーーーッって持ち上がる。
 小さなエビみたいなものが一緒になって持ち上げられすさまじく回転
してる。もう船の中は大興奮でみんなが右舷に走るから半ば本気で傾く
んじゃないかと心配になる。当然、クジラはまた潜るのだが今まで
そこにいた海面をしばらく眺めていた。なんて迫力なんだろう。

 ここで見ることのできるクジラはかなり大型だ。ザトウだったかな。
 クジラはカナダで休憩してハワイで出産したりするそうだから、
もともと地球規模で行動している生き物だ。ボクたちなんて毎日同じ
場所に出かけてるんだから、行動半径は全く違うね。ホエールウオッチング
は機会があればぜひ見てほしいものだ。

2009年12月15日

忘れ物

 昨日は暖かかったですよね。いい天気で。
 ところが。雪を見たんですよ。雪を。
 お昼2時ごろのことです。ボクは車を走らせていました。すると
フワワーーって。ボクはそれをススキの穂が風に舞ってるというふうに
思ったんです。

 よく見る雪の降り方じゃなくてたまにチラホラ見かける感じ。
 だけど場所が変わってもススキの穂が舞ってるなんておかしくないか。
 きっとあれは雪だったんだろう。

 さて。あなたの忘れ物対策はどうなっているだろう。手帳をお使い
の人も多いにちがいない。ボクは持ってないからなー。
 手帳は持ち歩きが大変だから。

 いつもはカバンの中に使わなくなった紙などに「これが必要」「あれ
が必要」などと記載しておく。この紙はなくならないのでとても便利。
 それから車のダッシュボードなどにテープで「明日はどこそこに行く」
とか「こことここに寄る」などのメモ用紙をはりつけておく。
 これで忘れることはとても少なくなる。

 忘れ物は「忘れられた相手」からすればとても失礼で、その用件を
軽く見ている証拠となってしまう。だから「つい、うっかり」は確か
なんだがそれを言えば言うほど白々しいというか、その用件を軽く見て
いることになってしまう。
 できるなら忘れ物はしない方が賢明だ。

 忘れ物の難しいところは「その用件を書いたメモ用紙をきちんと確認
するか」なのである。見れば思い出すに決まっているから。
 だったらボクの場合で言えば車に乗ることはとても多いから車内に
貼っておけば忘れることが少なくなる。工夫も必要だな。

 「明日、ここにこの荷物を持って行ってくれ」と頼まれたときは
家の玄関に置いておいたりする。靴をはくのに邪魔だなーと思うように。
 これも忘れることが少なくなる工夫の一つだ。あなたはどんな工夫を
してますか。

2009年12月14日

チーズ

 今、ブルサンっていうチーズを買ってきてはよく食べる。コンビニで
売ってる600円くらいするチーズだ。けっこういけるんだ。
 当初、食べているとなぜだかクラッカーにはさみたくなって。
 だけども仕方ないからチーズだけで食べた。ま、チーズにはワイン
だろうって白は買ってあったけどね。

 パーティーとかに行くとクラッカーにいろんな料理が乗っかってる
やつが出されることがある。あれをイメージした。
 ただ店でいくら探してもあの味のついてないクラッカーが見つからない。

 最近のクラッカーはなにかしらはさんである。クリームとかそういうの。
 クリームクラッカーにチーズをはさんじゃ意味ないからと思って探すが
見つからない。仕方ないのでフランスパンを買って代用した。
 クラッカーはそもそもチーズをはさんだものもたくさん売ってるね。

 先週、クックパッドについて取り上げていたけどここの検索はすごい
らしい。ボクの場合でいう「チーズ」「ブルサン」って入れると
それを使ったレシピがずらっと並ぶという。ただこのときチーズと
ブルサンでは反応が違うという。ブルサンならかなり違ったレシピが
でてくるに違いない。

 レシピは10万を越えているらしいが世界で一番数が多いという。
 ボクはここが気になったね。ネットでレシピの数が世界で一番多い
ということはすなわち日本人が一番たくさんの種類の料理を味わってる
ことになるだろうって。思った。ここのレシピは主婦の投稿で成り立ってる。

 世界どこにでも「おかあさんの味」ってのがあるわけだが、その
中でも日本人のおかあさんの味は実にたくさんのレパートリーがあること
になる。日本人ってやっぱり味にうるさい人たちってことになるね。

 ふと思ったんだけどボクもこれまで実にたくさんの世界各国の料理
を食べに行った。友人たちから「ここにこんな料理屋ができた。せっかく
だから行こう」って言われるからね。モツナベは日本の料理(でいいのかな)
だけどあのころもよく出かけた。これだけたくさんの種類の料理を食べて
る人たちっていないんじゃないかな。味の探求にかける情熱はすごい。

2009年12月11日

ロシア

 久しぶりにロシアについて書いてみるか。なぜロシアを旅行する気に
なったかだけど、もともとはスペインに伏線があった。あのころスペイン
はすさまじいインフレで日本で言えばサービスエリアみたいなところで
袋菓子が「7000000」と表示されてるのを見て「おもしろい」と
思った。

 そこはまだ700万の表示だったけどよそではハナからゼロを
三つなくして表示してた。デノミという通貨切り替えがあるが一般の
商店がそれを勝手にやってる感じ。国内の混乱に違いないんだろうけど
日本から来た人間にはすさまじいカルチャーギャップがあった。
 ボク個人としても株式投資で散々大損してたころだったので、それも
関係していたかもしれない。価値観の変換が起こった気分だ。

 ロシアでは驚いてばかりだった。それだけ刺激を受けるってことかな。
 ホテルに宿泊して明朝10時過ぎ。外は真っ暗だった。午後2時
くらいで太陽は斜めにさし、雪にはねかえってキラキラ輝いて見えた。

 午後4時には真っ暗だ。ロシアではクローク設備ががっしりしており、
またシステム化されている。洋服を預かってくれるのだが、その広さが
すさまじく大きかった。係の人間も何人もいる。冬が寒い、厳しいと
いうことが、こうした事態の元になっている。
 どこのレストランに行っても「クローク係」みたいな人間が必ずいる。

 バルト海にも行った。バルト海ははるかかなたまで凍りついていた。
 はるかかなたまでロシアの地元の人達がソリやなにかで遊んでる。
 海が凍るなんて。すさまじいギャップだった。岸から5メートル
くらいのところはグワッと隆起して持ち上がってる。

 ロシアでは料理について感動があった。とても日本人の感覚に近い
ので驚いた。一般家庭にお邪魔しておやつなどいただいたがボクが子供
のころ食べていたまんまがあった。クレープみたいなもの。ここロシア
ではこれにブルーベリーのジャムとかかけて食べる。ボクはここで
ウオッカをいただいた。キエフ風カツレツも日本人の味覚に合ってた。
 ロシアはどこか遠いと感じていたけど料理を味わううちに「近いな、
これは」って思った。冬のロシア。ロシアに行くんなら冬の方が楽しい
かもと思って出かけた。ギャップはたくさんあったな。

2009年12月10日

北海道

 「がっつり北海道だべさ」(文庫)がおもしろい。たまたま本屋さん
の店頭で見つけて買ったんだけどとてもおもしろい。
 著者はもともと北海道の生まれで2年前まで都会で暮らしていた。

 「なんとなくあこがれの北海道」くらいのつもりでたまに旅行
していたが去年くらいにとうとう本格的に北海道に舞い戻ったと
いうことらしい。北海道のあれこれを感じさせられる好著だ。

 ボクの北海道の記憶というとスキーで出かけたのと初冬に札幌を
旅行したことがあるくらいだ。カニがたくさん売られていてそこの
店の人がフワフワと舞う白い虫をつかまえて「ほらっ、ユキンコや、
もう冬やな」って言葉を口にしたのをよく覚えてる。
 なんでもこの虫が飛ぶとすぐに雪が降るらしい。
 風情のある話だな。

 スキーは洞爺湖温泉に泊まってルスツスキー場まで毎日バスに揺られて
出かけた。2時間くらいかかる。正月にもかかわらず道は雪がかためられて
パンパンになってた。やっぱり北海道って寒いんだなー。

 「北海道はパウダースノー」ってよく聞く。だけど滑ってみた感じは
ちょっと違う。パウダーだからかもしれないがフカフカの雪って感じ
じゃなく飛んでしまってるんだな。ガリガリのところが多い。
 だから滑ると「ガリッ」とか「ザッザッ」って感じになる。
 北海道の人はスキーがうまい。さりげなくかっこよく滑る。

 先日、スーパーで不思議なものを見つけて買った。
 チョコレートに「ショウガ」のクリームが入っているんだ。
 何なんだ、これは。口に入れるとジンジャーの香りが。

 ポトフとかなんとか書いてあった。趣旨がよく分からない。チョコレート
を食べさせたいのかショウガを食べさせたいのか。ショウガって
すりおろして豆腐にのせショーユをたらせばかなりいけると思うけど。
 一昨日だったか、テレビで「ショウガで健康になる」ってやってたな。
 なにかのためになにかを摂取するって感覚じゃなく、おいしくいただけば
それが一番なんじゃないかな。たくさん取るとおいしいものでもまずく
なるからね。

2009年12月 9日

ムカゴ

 カラスウリをご存じだろうか。ツル科の植物で黄色い果実をつける。
 先日、ふと見かけたので採取することにした。柿の木に巻き付いてる。
 「あれは絶対カラスウリだ」と思いながら車を走らせていた。だが
車を停め近寄ると「いや、柿かなー」なんて。いややっぱりカラスウリだった。

 ほかの柿の木を見ると実をつけていても赤くなってる。カラスウリ
は黄色だ。一定間隔で実をつけてる。ちょうど人の背の高さくらい
なので手が届いた。
 ツルを引っ張るとガサガサって音をさせて何個かいっぺんについてくる。

 しぼんでるものが多く、中には最盛期の柿の実みたいなハリのあるのもある。
 ツルからそのまま実がくっついているので飾りに最適なんだろう。
 ボクは子供のころよくこれを取って遊んでいた。
 それがカラスウリだとかそんな認識はもちろんなかった。

 昨日のカラスウリはたまに行く居酒屋にプレゼントした。飾りものと
して使用するそうだ。こうしたお店のちょっとした飾り物にちょうど
良いんだな。ツルがあるのでなにかに巻き付けて実を垂らせばそれなりに
絵になる。

 子供のころよくムカゴで悪さしたものだ。ムカゴというのは山芋か
なにかの実で本来は土の中にできるのだがムカゴは地上にできる。不思議
なものなのだ。子供のころボクはこれを見て「あー、だれか掘り出したな、
悪いやつがいるもんだ」とか思って見ていた。

 イモが地上にできるなんて思いもしなかったから。
 確かこれをボールにして投げて人にぶつけたことがある。ただ、
ムカゴはあまり食用にはしないらしい。食べれることは食べれる。
 この時期、なぜカラスウリが見つかったかというと落葉したから。

 カラスウリだけが点々とさみしげに柿の木を飾っていたからね。
 カラスウリだけが放置してあるのを見ると柿の実は採取したってわけだ。
 食べられないが(分からないけど)ツルからそのまま生えているので
飾りにしてはなかなかのもの。あなたも探してみてはいかが。
 ツル科植物だからなにかの木に取り付いている。黄色い実が点々と
していたらカラスウリだね。ツルを引っ張るとずるずると取れるよ

2009年12月 8日

トイレ

 家のトイレが壊れてる。もう半年くらいになる。常に水が流れて
るようで筋のようなものが見えていた。水道料金の請求のとき「水漏れ
の可能性があります。調査してください」と言われた。
 よく分かってます。トイレが壊れているから。
 そのころ業者さんに頼んで修理してもらうことにした。

 さて、その答えは。
 「すいません、この機種はもう部品がないんです。部品があれば
修理できるんですけど。買い替えるほかないですね」だった。
 買い替え費用は6万円。よって修理しないことにした。

 トイレには元栓がある。ご存じだろうか。この元栓を締めてやれば
水漏れはしない。水漏れとは言うがどこかに漏れてるわけではなく
パッキンがゆるくなってるに違いない。
 なのでトイレを使うときはいつも元栓をあけ、終わると締めている。

 専用の機械などないので家具のレンチ(薄いドライバーみたいなもの)
で開け閉めする。分かったことだがめんどくさい。
 さて。この対策は有効なのだろうか。
 買い替え賃が6万円、めんどくさいがレンチで開け閉めすると使える
ことは使える。あなたならどうする。

 なんでも世間では地デジとかいうものがはやってるらしい。テレビ
画面の右うえに「アナログ」と表示される。専用の機械を買わないと
いけないらしい。それも来年7月だという。今、お使いのテレビは
使えなくなるのだという。地上デジタルというらしい。ボクはお願いは
してないんだけど。一斉に日本国中のテレビを使えなくするっていう
のもすごい発想だ。2年くらい前こんなことがあった。

 おばあさんにおばさんが声をかけていた。
 「おばあさんのところは電話はあるの、どうなの」と。その
おばあさんちには電話はないようだ。この現代に電話がないお宅もあるのだ。

 このおばあさん、いきなり地上デジタルに変更されてテレビが見れなく
なったらどうなるんだろう。地上デジタル、あなたはどうする。
 どうするってテレビがない生活は考えられないだろう。このさい
やめるって人がいたらメールしてね。すごいことだと思うよ。考えて
みたらボクたちはテレビ漬けのところもあるんだよね。地上デジタルを
機会に少し挑戦してみるかい。テレビのない生活に。

2009年12月 7日

連想ゲーム

 ボクは株をやってる。所有してるのは全て中国株だ。これから
どこを売買しようか考えるととても楽しい。それは儲けうんぬんとは
少し違ってる。ボクにとって株の売買は連想ゲームみたいなものだ。
 「これから中国に求められるものは何か」
 「どんな産業が発展育成するか」

 そんなことを考える。いつだったかアルミの会社を買ったことがある。
 中国アルミ、だったかな。その少し前、雑誌に「アルミは電気を食う」
と読んだ。「アルミは電気そのものだ」と。これはアルミ精製に電力を
必要とするという意味だ。「これから日本国内でアルミ精製は難しく
なるだろう」とも。要するに電気代が安い国でないと成り立たない仕組み
になっているのだ。

 そんないくつかの記事があって中国アルミの名前を見たとき買おうと
思ったわけだ。「コカコーラは中国で缶を作って輸入してボトリング
(製品化)してる」っていう記事もあった。「わたしたちが飲んでる
缶飲料は缶の値段が95%」も読んだことがある。
 それにて中国アルミを買った。

 一つ一つの記事から連想していきある結論にたどり着く。やってみると
意外に楽しい。
 時を同じくして「浙江ガラス」と「電線」の会社の株も買った。どちらも
中国の株。これらは値上がりしなかった。浙江ガラスは浙江省にある
ガラスの会社で主に上海向けにビルのガラスを出荷してる。電線は
これからますます需要が高まるだろうと考えたわけだ。

 浙江省が上海の隣に位置しているとはほとんどの方はご存じないだろう。
 今、ボクは中国の保険の会社の株、山東新華製薬の株なんかも所有してる。

 これから中国ではますます製薬会社が引っ張りだこになるはずだと
にらんでのことだ。これまでおざなりにされてきた分野に注目が集まる
というわけだ。これは日本人の感覚に立ってみればすぐに分かる。
 生活が成り立つようになれば次はゆとり、ゆとりから娯楽に発展する。
 当然の流れだ。その感覚に立ってどこの会社の株を買うか検討すればいい。
 世の中にはこういうゲームも存在しているのだ。

2009年12月 4日

カズラうり

 山を歩いているといつも不思議に思うことがある。下から見上げた
頂上は「果たしてたどり着けるのだろうか」、不安で一杯だったけど
一度頂上に登ってしまうと次回からは決してそんな気にならない。
 ごくごく当たり前になってしまうんだな。

 なので最初は「あそこまでは登れないだろう」みたいに思っていた。
 あのころ直登のルートを採用したのもまずかったかもしれない。
 山に慣れてない人は勾配のあまりないルートを採用するといい。

 そしてこの不思議。
 山道を歩いていると葉っぱが5枚ついたまま散乱しているものがある。
 ボクはいつもそれを「虫がここで葉っぱを食いちぎるんだろう」と思って
見ていた。「それにしてはいつもいつも同じように葉っぱを5枚残して
はいるが」とね。

 先日の「イタヤカエデはなぜ」によるとこれは種子を遠くに飛ばすため
の一種の飛行装置だと書いてあった。なるほど。
 聞かされてみれば確かにそうだ。
 これで5枚くっついたまま散乱しているわけが分かった。
5枚くっつけたまま飛行する葉っぱの根元に種子があるそうだ。
 カエデも確か種子がうまく飛行するよう工夫してあるはず。
 両方に一つづつ種子が入っててちょっと見たところではブーメラン
みたいな形をしてる。こっちは舞いながら落下するのを見たことがある。

 先日、車を走らせていると「カズラウリ」を発見。だれだか忘れた
けど本に「カズラウリはとてもきれいだ」と書いてあったので少し
うれしくなった。カズラウリは子供のころからなじみがある。

 ツル植物で樹木にとりついて実をつけている。黄色い果実ができる。
 なのでパッと見にはその樹木の果実かと思ってしまう。
 この著者じゃないが確かにカズラウリをツルのままカットして
オブジェとして飾ればけっこうな装飾品になるかもしれない。
 ツルなのでそのまま花瓶かなにかに巻いてもきれいだろう。
 先日、見たということはこの時期に実をつけるということだ。いや、
この時期葉っぱが散るから見えるのか。どっちかなー。

2009年12月 2日

表情

 久しぶりにボンジョビを聞いた。中で「インマイライフ」だったっけ、
リピートを押してその曲ばかり聞いた。良いなー。
 なんか聞いてると「よしやったるぞ」って気になる。

 先日、食事しながら話すことにこんなものがあった。
 ボク 「そうそう、ボクは子供のころ母親から(死んだサバのような
目をしんさんな(するな))とよく言われてましたよ」。
 ほかの人 「死んだサバの目ってどんな目なんですか」。
 ボク 「ってことは、みなさんは聞いたことがないんですか」

 ボクはごくごく当たり前に言われてることだと思っていた。
 大人になってみるとこの言葉の持つ意味がよく分かる。
 ボクも20代のころはずっとサバになってた気がする。
 なにが悪いわけじゃないんだけど。

 そのころよく言われていたのが
 「池田さん、どこか具合が悪いんですか」
 「なにかまずいことでもあったんですか」
 「池田さんって表情がありませんよね」だった。
 ボクはそれがとても意外で心外で「そんなことありませんよ」と
むくれることしきりだった。
 そして「なんでこんなこと言われるんだろう」とよく思った。

 普通に暮らしていて自分の表情なんて気にしない。それを「表情が
ない」「無表情」だと言われると怒りを覚える。
 だけれどもそういうふうに見えたものは仕方がない。
 そのころボクはいつも「別に楽しいことがあったら笑いますよ、
だけどないでしょ、別に」だった。

 ちなみにボクが中学生のころいつも使っていた言葉は「別に」と
「どっちでもいい」だった。
 中学校から昼の4時ごろ帰宅してテレビを見ているとなにもかもが
「どっちでもいい」気分になるんだよね。だれしも灰色の時代ってあるん
じゃないかな。ボクは中学生のころも大人になってからもしばらくは
灰色の時代を送っていたな。思い返すとゾッとするよ。