2008年1月31日

咲いた

 咲いた、咲いた、チューリップの花がー、
じゃなくて紅梅が。

 昨日、歩いていると梅の樹が盛り上がって見えた。
 きっとつぼみがふくらんでいるからだろう。

 梅の樹もほかの樹もほかの季節はどうってことない。
 葉っぱをつけた樹木なのだが花が咲くとそれはそれは
見事だ。たくさんのカメラマンを引き寄せる。

 どうも紅が先に咲くみたいだ。中にちらほら開花
しているのが見える。きれいだなー。

 どうだろう。
 あなたの近くの梅の樹を見に行きませんか。

2008年1月30日

 おととい、ある店に食事に出かけた。
 どの品もみなおいしかった。

 「あらだき」「わたりガニ」「アジの一夜干し」
「白子ポン酢」「サバ寿司」「刺し身の数々」。

 まずあらだきというのは魚の頭を醤油で煮込んだもの。
 わたりガニは淡泊な味わいのカニ。実はこの日、サバ寿司
がおいしかったので再訪したのである。

 これらの品々を見ていると「すばらしきニッポンの技」
を見ている気がする。

 あらだきなんて料理人でない人間が見ればただの魚の頭に
過ぎない。捨ててしまう部分だろう。だが、実にこの部位には
コラーゲンがたっぷりで身体にも良さそう。
 こんなところもきちんと見て料理してしまう日本って今更
ながらすごいなーと思う。

 よくこうした店は「高い」「敷居も高い」などと聞かされる。
 いや、だからボクも思うんだ。そんなに頻繁に行かなくても
いいじゃないかって。たまーに行けばいいんだ。
 おいしいものも毎日食べていれば飽きてくる。

 代わる代わる人々が利用すればその文化は続いていく気がする。
 料理屋さんで季節を知るってのも一興だと思う。しばらくすると
タケノコが登場するはずだ。たまには奮発してこんな店を利用
しましょうよ。

2008年1月29日

湯たんぽ

 このごろ湯たんぽがはやっているらしい。

 あなたは使っているだろうか。
 「70度くらいに下がってきたら湯たんぽ
にお湯を入れ、ふとんの中に入れてやる」だけで
いいという。最初が肝心なんだな。きっと。

 ボクは電気毛布を使ってる。るんだけど
それはふとんに入るまでで入るときに切ってしまう。
 ボクの場合も最初だけでいいわけ。

 さて。
 昨日みたいにわりと寒い日ももちろん暖房器具
なしでふとんに入る。ところが。明け方に汗を
かいてしまった。要するに夜中の間にも温度が
上がるときがあるのだ。

 だから。このようにして考えてみると電気毛布
とか暖房器具は使わない方が良いことが分かる。

 その点、湯たんぽはすばらしいと思う。
 このごろのは見た目もすばらしくなってるそうだ。
 一度、現物を目にしてみたらどうだろう。って
そう書いてる自分がまだ見てないのだが。

2008年1月28日

読書

 昨日はかなりの時間をさいて本を読んだ。
 本もいろいろだ。読んでいるといつの間にか
眠り込んでしまうもの、少しづつ丹念に読みたく
なるものもある。

 実は、目の前には10冊ほどの本があるのだが
どれもこれもまったく読んでない。これからなのだ。

 優先順位をつけるのが大変そうだ。
 こんなときはどうするか。
 まずはどれもこれも5ページくらい読んであたりを
つけておくんだ。それが優先順位を決めるのである。

 さて。
 本を読むという行為は実におもしろい。
 少し読まないでいるとどうも忘れ物をしたような、
知的欲求がモリモリわいてくるのだ。

 そうすると「頭になにか仕入れたい、仕入れたい」
感覚になってくる。どうもそういう作用があるみたいだ。

 きっと「本の世界」というものがあるんだろう。
 いろんな人の生きざまを見せてくれる本の世界ってやつが。
 きっとボクはそんなものを探訪しているに違いない。
 もっともっとおもしろい内容を期待してるぜ。

2008年1月25日

農作物

 先日、宮古島を旅行してアロエや島らっきょが
生えているところを見た。

 これらをじかに見るとなんとも言えない感動がある。

 当たり前のことだが農作物ってのはこうして作られて
いるのだ。また、宮古島にはサトウキビがたくさん栽培
されている。道路にはみ出して大変なことになってる
ところもたくさんある。

 ボクたちみたいにいつもスーパーで野菜を買ってくると
この当たり前の感覚が薄れているか実感できる機会が
とても少なくなってるんじゃないかな。

 島らっきょは土がついたまま口に含んでみる。
 ツーンと辛みが鼻孔をおそう。

 あの、いつもカレーにくっついてくるらっきょも
こうして畑で栽培され、元は植わっていたものなのだ。

 見事に均整の取れたらっきょを見ていると
 「農作物も造形品の一つだなー」、なんていう思いが
広がってくる。

 畑に行こう。農作物を見て歩こう。
 きっとこれまでとは違った気分で野菜を味わうことが
できるようになると思う

2008年1月24日

遺跡の人

 今、「遺跡の人」を読んでいる。マンガです。
 この作品はとても示唆に富んでいる気がする。

 マンガ家である著者は出版不況からあまり仕事がやって
こなくなりアルバイトの口を探す。そして見つかったのが
遺跡発掘の作業員の仕事。

 そこでの人間模様や自分の生きざまが描かれているのだが
「机にかじりついてばかりいた人」にとって太陽の下で汗を
流すこんな作業は気分をリセットするのに役だっているのかも
しれないなー。そんなことを思った。

 そこでボクたちにも共通していると思えるのは
「どうも最近、やる気がなくなってる、どうしたのか」、

そんなことを感じた人は
土日を使って平日とはまるで違う作業をやってみたり、身体を
使って運動してみたらいかがだろうと思うのだ。

 ある一つのことに凝り固まってしまうのではなく視野を広げ、
身体を動かしてみようではありませんか。
 相乗効果で快適な気持ちで暮らせるようになるかも。
 ボクたちは自身でもスイッチを切り替えろ、とか頻繁に使うが
実際のところ、自分のスイッチは切り替えられているだろうか。

2008年1月23日

急場

 何年か前、講演会の講師を頼まれたことがある。

 始まって間もなく正面に座る男性は居眠りしていた。
 それを見ると用意してきた原稿のこともなにもかも忘れてしまい
頭は真っ白。それからはしどろもどろに終始してしまった。
 まー後から考えれば原稿を用意した時点で失敗は決定していた
のかもしれない。

 ボクが高校三年生のとき段位の試験を受験した。

 初めての段位検定で緊張してしまったようだ。最初の種目は
かけ算なのだが「ようい、はじめ」の合図でプリントを表にし
構えた。ボクは「かけ算ってどうやるんだっけ」、頭の中が
真っ白になっていた。

 これはあまりにもうまくやってやろう、上位の段に合格して
やるんだ、との思いが強すぎたせいで起こった現象だろうと思っている。

 今から考えてみれば戸惑った時間は2秒だったか3秒だったか、
気を取り直して計算に取り掛かった。おもしろいのは二度目からの
受験ではまったく戸惑うことがなく、頭が真っ白になることはなかった。

 「経験とはなんとありがたいことよのー」、つくづく思ったものだ。

 そして、また、頭が真っ白になったとき、チラッとすさまじい練習
の風景が脳裏をよぎった。「あー、あんな苦しい練習をやったんだなー」
と思うと動力が戻ってきた。

 練習したからこそ上位の段位に合格してやろうと真っ白になり、また
すさまじい練習により動力が復活したことを考えるとおもしろいなーと
感じる。
 これからするとやはりシミュレーションというものはとても大事だ。
 バカにしないで実地にやっているつもりになって練習することが
肝心な場面で急場をしのぐ活性源になってくれると思っております。

2008年1月21日

釣った

 おととい、「釣ったアジ」というのを食べた。
 一体、なんのことか分かるだろうか。
 ボクにはさっぱり分からなかった。
 ここは周防大島。やはり魚はおいしい。

 シェフが「このアジは良いですよ、なにせ釣ったアジですから」と
聞いて「釣る以外にアジを取る方法があるのだろうか」と思うのだった。
 詳しく聞くとどうやらこういうことらしい。

 このアジは一匹、一匹、漁師さんが釣り上げたアジだったのだ。

 一網打尽という言葉があるがこれはもちろん網で大量の魚を
一度に釣り上げる、引き上げると言った方がいいか、ことを言う
のだが、ていねいに釣られたアジということだったのだ。

 そこでそのアジを口に運んでみる。
 アジの味はよく知っているつもりだがそのどれでもない味覚が
広がる。「ええっ、これがアジ。まったく新しい味だ」、だった。

 アジの皮近くは少し色がついているがそれがとても鮮やかで。
 これは新鮮とかなんとか言うよりもっと適切な表現がないもの
だろうか。ええい、うまいっ。

 ボクはこのアジを口にしていてふと漁師さんの姿が脳裏をかすめた。
 一匹、一匹ていねいに釣り上げる漁師の姿だ。今は冬なので寒さ
も半端ではないはずだ。ボクはこれまでいろいろな場面で、いろいろな
店で、いろいろな魚料理をいただいてきた。だけれどもこのアジほど
すさまじいアジを口にしたことはなかった気がする。

 「海に近いところでは魚がおいしい」とはよく聞かされることだが
それは確かにあるのかもしれない。あなたもいかがですか。
 漁師さんが一匹、一匹、釣り上げた魚を召し上がってみては。

2008年1月18日

行動的

      改めて考えてみると、
今のボクにはまだいろいろやれることがたくさんある。
 そのことに気づいてなかった。

 去年の10月ごろ。ある会合があった。
 そこで15人くらいの人たちとあれこれ話をさせていただき、
こっちも自己紹介したりした。
 まーありていに言ってしまえば懇親会みたいなものだった。

 今、思い出したみるのにボクはどの人に対しても
 「あー、近いうちに利用させてもらいます。お願いします」
みたいなことを発言していた。
 中から実際に利用までいったのが何件かある。

 改めて考えてみればこんなの簡単なことだ。
 せっかくお知り合いになったんだから利用させてもらえばいい。
 まずはこっちが利用してあげないと、先方様から先方様からと
言ってても始まらない。

 このところの行動力が最近のボクには備わってきたと思うのだ。
 いやいや。とても遅かった気もしているのだが。

 またそれが物理的に困難にさせていたのではなく「ボクの脳みそ」
が働いてくれなかったことに、ボクは困惑と言うか、情けないやつ
だなというか、そんな気がしている。

 ボクたちが行動的になるにはまず「頭」を切り替えた方が早い
のではないだろうか。そんな気がするのだ。

2008年1月17日

5キロ

 「えっ、マラソンをやってるんですか、オレも出ようかなー、その大会」。

 知り合いが「もうすぐマラソンの大会に出るんですよ」と聞かされ驚いた。
 「毎日走ってますからね」にも驚かされた。
 「前は通勤のとき走ってたんですよ」。うーーーん。
 「だけど通勤のときに走ると着替えないといけないので意外と大変で」。

 話は当然、42キロのフルマラソンに。

 「42キロっていうのはとっかかりがつかめないんですよ。これが
5キロとか10キロくらいまでなら想像ができるんですけど」、と問うと

 「毎日5キロ走ったらとりあえず42キロを完走することはできます」
と聞かされた。うん。とても分かりやすい。

 大きな目標もこうして分かりやすく表示してもらえば自分がなにを
すればいいのか、段階をおって考えることができる。
 この日の話題の中で一番の収穫だったかもしれない。

2008年1月16日

無人島

    月曜日に聞いた話には衝撃を受けた。

 ただ、それを聞いてそうかー、その手もあるのかー、そんな
思いを持ったことも確かだ。

 「あれはいつごろやったかなー」から話は始まった。
 「なんとか島って島に住み着いた学生たちがおるんよ」と。
 「そこはな、無人島で、なんでもその学生たちは(日本には将来がない)
とかいってそこに移り住んだんや」。
 「20人くらいでやで」に驚かされた。

 きっかけは太平洋をヨットで航海する、だったのだが意外な展開
に身を乗り出して聞き入ることになる。

 学生たち(大学生)20人は思いを一つにして日本の、ある無人島
に移り住んだと言うのだ。無論、男も女もだ。

 「きっと今も島におるんなら50代半ばになっとるんと違うか」。
 彼らは無人島にて30年間生存と言うか、生き抜いたことになる。
 今も彼らがその島にいるかどうかは分からないそうだが。
 「無人島だから漁船を雇って連れて行ってもらったんよ」。

 「学校とかあるんですか」はまったくの愚問である。
 学校どころか水道、電気、道路もありはしない。
 「最初はすっぽんぽん(裸)だったんよ」だらしい。

 どうやら時代を考えてみると学生運動が盛んだったころの話のようだ。
 これは独立王国なのか、はたまた逃走劇なのか。分からない。
 ただボクの脳裏には「現代版15少年漂流記」がよぎった。だが
あれは難破したのであってこっちは自分から望んでだ。分からない。

 そこまでの熱い思いがボクには理解できない。
 学生だから年齢で言えば20から23くらいまでか。
 そんな年齢でそこまでの生活力というか生存する力があるってわけだ。
 まーたまに無人島に近い島でお一人で暮らしている方、の紹介なども
テレビで見たりするが。それからすればこっちは20人だからなんとか
なるのかもしれない。「数奇な物語り」を聞いた気がした夜だった。

2008年1月15日

無味乾燥

 無味乾燥な思いをしたことはないだろうか。
 ボクの近くにはある街があるのだがそれまではまったく
無味乾燥な街だった。

 後からつくづく考えてみるのにこれはただ街を訪問していた
ことに原因があったのだと思う。

 そのころその街に行くのは仕方がないからでめんどくさくて
たまらなかった。だから列車に乗って出かけるのだが用事が
終わるとそそくさと帰宅していた。

 そんな記憶のまま次回を迎えるとまたもやたまらなく
めんどくさいんだ。「めんどくせーなー、だれかほかのやつが
行けばいいのに」、いつも脳裏にはそんなものが走っていた。

 だが、いつからかボクはその街に知り合いができ、用事が
終わると一杯、酒を呑みに出かけるようにもなった。
 そしていつからか、その街に知り合いもたくさんでき、
いつその街に出かけても「おー、一緒に呑もうぜ」、そんな呼応
体勢もできあがった。

 そのころからボクにはその街がまったく違う街に感じられるよう
になった。その街に行くといつも周囲のだれかが「池田さんは
山口県の方ですか」と半ばあきれるような感想もよく聞くように
なった。それを聞いて「あ、オレって山口県だったんだ」、改めて
分かるような感じだった。

 街の見え方ってきっとこうしたことで変わってくる面も多いと
思えて仕方がない。無味乾燥だと思ったなら林立するビルやすさまじい
早さで走る車にばかり注意を向けずにそこに暮らす人たちとの接点を
考えた方がいいのかもしれない。

2008年1月11日

うまく

 ボクたちには向上心というものが付きまとっている。
 それがときに邪魔してしまうこともあるのだ。

 ついさっきの話だがある方の話を聞きに行った。
 後から聞くのに本人は失敗した失敗したと嘆いている。

 「いやいや、かなりうまくできていたよ」
 「だけどどうして失敗だと思うの」と聞いてみると
「うまくやろうとしたのがまずかった」と。

 そうなんだなー。
 ボクらはみんなうまくやろうとする。
 自分の思い、気持ちをきちんと伝えようとする。だが
かえってそれが自然体で臨むことを妨害したりもする。
 難しいものだ。

 ただボクは同時に「いやいや、最初のころよりとても上手に
なってるんじゃないですか、進歩はしてるものですよ」なんて話
もさせていただいた。

 そうなのだ。
 ボクらは進歩しているからこそ「失敗だった」と自覚する作用も
あるはずだ。それは失敗ではなく通過点にほかならない。
 こんな失敗をしなければ成否を比べる物差しも手に入らない。

 「池田さんは講師をしてどうだったんですか」と聞かれたので
ボクの話を披露させていただいた。
 居眠りしている人がいたのでその瞬間、自分が用意した話題はどこかに
消し飛び、それからはしどろもどろだけで消化した。奇しくも同じ会だった。
 自分で失敗と認められるということはそれだけ前に進んでいるのだ。
 まーボクの場合もそうかもしれないけど。説得力は乏しいな。

2008年1月10日

カニ

 鳥取と兵庫を旅行してきた。
 鳥取は皆生温泉、兵庫は城崎温泉だ。

 ナビはなんだかんだと悪口も言われるがボクたちを
的確に目的地に誘導してくれる。きっとナビがなければ
観光する時間は取れなかったはずだ。

 城崎温泉に向かう前、鳥取砂丘と天橋立に寄った。
 砂丘は久しぶりだ。お客さんもたくさんいる。
 真っ白だった。雪が降り積もり砂丘と言うよりはスキー場
になってた。それはそれとして雪の砂丘をサクサク歩く。

 考えてみれば雪の積もった砂丘を歩くなんてあまりできない経験
かもしれない。
 まずは革靴で歩いていたのだがウオーキングシューズがあった
のを思いだし取りに戻った。さっきまでおぼつかない足取りが
これにてがっしりした。道具って不思議だ。

 天橋立はリフトに乗って「またのぞき」をする。
 天橋立が天に登るように見えるってわけだ。お客さんはみんなやってる。
 この時点ではまだ2時ごろだった。
 天橋立から城崎温泉に向かう。真っすぐ迷うことなく走って
3時間近くかかった。

 城崎温泉ではカニカニカニだった。時期ってのもあるがとにかく
カニカニカニ。ほぼカニのフルコースって感じ。新鮮なカニを焼くと
香ばしい香りがたちこめる。やはり冬の山陰だ。

 夕食が終わり街をそぞろ歩く。射的だなんだと楽しむ。
 この三日前に大雪だったらしくあちこちに雪の山ができている。
 道路には溶雪のため散水の水が流れている。寒い土地柄なのだ。
 お正月で休日だった施設もいくつかあり見逃したものもあった。
 またの機会に期待している。

2008年1月 8日

らっきょ

 今「土に触れる機会」は確実に少なくなってるのではないだろうか。

 宮古島でアロエの畑や島らっきょの畑を見せていただいた。
 アロエのぶりぶりとした触感にひどく驚いた。同じ人が島らっきょ
も生産させていらっしゃるので見せていただく。

 考えてみると農作物を育ててそれを収穫した記憶など、ないなー。
 渡された島らっきょには土がたくさんついていて、だけどそれが
ちっとも汚くは感じられなくて、少し土を落として口に含んでみる。
 ツーーンとした辛みがやってくる。

 収穫のときにちょっと畑にやってきたぐらいではそのなんたるかは
分からないだろう。だけど「土に触れるって良いな」、そんな気分を
味わえた。

 その晩は地元の居酒屋に直行。
 「やはり宮古島に来たんだからそれらしいものが食べたいなー」、
そんなことを口にしながらメニューを見る。
 「島ダコ酢」なるものを発見。
 さっそく頼んでみる。「島ダコは柔らかくておいしいよ」と聞かされる。
 だれもがよく知ってるモズクの中に島ダコが混入している。いやいや、
確かに柔らかくとてもおいしかった。
 ほかにも古酒を頼んだ。

 さて。ここで宮古島で買い求めたお土産をご紹介しよう。宮古島の
広がりがよく分かっていただけると思う。
 「アロエジュース」、「マンゴージュース」「黒糖」「塩」
「もろみ酢」「健康茶」「10年ものの古酒」「カツオ」などなどだ。

 宮古島は土の成分が少し違うらしい。よってこの島で生産される農作物
も独特になる。よく聞かされることだが「その土に合った作物」が
やはり一番おいしく生産するのにも適している。
 よって人々はその成分をよく知り、研究することによって身体に良い
ものが生産、流通していくことになるわけだ。

2008年1月 7日

アロエ

 宮古島に行ってきた。実はぴったり一年前にも訪れている。
 そのときはスキューバをしてきれいな海をしっかりと堪能した。

 さて、今回は少し違った角度から宮古島を味わってみたいものだと、考えた。

 あなたは農産物に関心はあるだろうか。
 ボクにしてもあまりあるとは言えないが宮古島でいろんな農産物を
この目でしっかりと見てその場で味わうことができた。

 まずはアロエベラである。
 アロエはきっとあなたもご存じのはずだ。
 「切り傷などにすりつける」とか
 「二日酔いのときに呑んだことがある」って人もいるかもしれない。

 しかし、しかしだ。
 宮古島のアロエは少し違うのだ。
 アロエ畑に連れて行ってもらった。
 見渡す限りのアロエ。
 その一株がとてつもなく大きい。「アロエってこんな大きさだったっけ」。
 そして一枚の葉が驚くほど大きい。ぶったまげた。

 ボクは大きな畑のアロエを一つずつ触って歩く。葉っぱの厚みが3センチ
くらいある。アロエはあなたも知ってるだろうが外側外側に一枚づつ
垂れてくる感じだ。その一番外側の葉っぱを採取するのだ。

 ボクもやらせていただく。
 アロエを見て一番下になる葉っぱだ。その葉っぱの根元を確認し少しだけ
切れ込みを入れる。あとはその葉っぱを左に回転させてやれば意外なほど
簡単に取れる。あっけないくらいだ。

 そのとき葉っぱからは大量の黄色いネバネバとした液体が垂れてくる。
 これが洋服などにつかないよう注意する。(つくと取れないそうだ)。

 こんなことも聞いたことがあるかな。
 「ここの土壌にはこの作物が適している。おいしいんです」って。
 ここ宮古島ではアロエが適しているのだ。
 「やはりその土壌に合った作物を作ってやることが大事ですから」、
聞かせていただく。このアロエベラ、健康のために呑んでみたいと思う
人もいるかもしれない。そんな方はボクにお知らせください。