2007年11月30日

キー

 先日、あるキーを見せてもらった。
 見せてくれたキーは家屋のキーに見える。

 ただしそれはあるお店に入店するためのキーなのだ。
 いわば隠れ家的要素を演出しているわけ。

 いつのころからかこういうメンバーと呼ばれるシステムが発生した。
 お客さんは合鍵を手にその店に向かう。
 その店がなんの店だったか忘れてしまったが。

 東京などでは「クラブ」「バー」が多いと聞く。
 「ただノックすると普通にドアは開けてくれるんですけどね」
でガクッ。そりゃそうだ。

 京都などでは「一見さんお断り」の店が多いと聞く。

 きっとボクの想像するのにそんな看板はどこにもでておらず
「それでお客さんはどこから来はりました(来られたのですか)」
と問いかけをするだけでお断りの効力は発揮すると思う。
実際、そうやってるはずだ。
 これらに共通しているのは「店とはお客さんのもので
ある」ということなのかもしれない

2007年11月29日

ケーキ屋

     こんな話を聞いたことがあるだろうか。

 ケーキ屋では最後の一個の陳列にならないようにするって話だ。

 どういうことかと言うと
常に見栄えよく、欲しくなるようにある程度の数量は陳列して
おかなければ売れないということなのだ。
 さみしげに一個だけ陳列してあってもそれが選ばれる
ことはないってわけ。

 ケーキ屋さんという性格上、「たくさんの中から選ぶ気持ち」が
最重要に考えられているということなのだ。分かるなー。

 お店に並ぶ商品。最後の一個が残っているとお客さんはどう
とらえるか。「よく売れているから残り少なくなった」と
考える人もいれば「古いんじゃないの」と思う人だったいるだろう。

 ケーキ屋さんでは後者を避けたい気持ちが強いってことなの
かもしれない。ケーキ屋さんは「不動の四番」ばかりで占められた
野球をしているってことなのだ。

2007年11月28日

好き嫌い

 先日、同席した人は「キノコが食べられない」と言う。
 「これでも今は好き嫌いが少なくなりました。前は食べられるものを
挙げる方が早かった」らしい。そうかー。好き嫌いかー。

 ボクはきっとバカな面があるに違いない。
 初めてカキを食べたときのことだ。
 カキどんぶりだったのだが、まず口中にカキの生臭さが広がり
「うわっ、これは嫌いだ」と思った。

 きっとこういう経験をした人はそれからカキを口にすることはないだろう。
 だが、ボクはこれらのことをあっさり忘れ、料理屋に行くと「いつもの」
とナマコと生ガキをセットで頼んでいた。
 かなり経って「あ、オレ、カキ、嫌いだったんだ」と思い出すありさま。

 ここのところの構造がボクをして好き嫌いを少なくさせている原因だろうと
思う。要するに覚えていないのだ。

 この世では「覚えておく」「記憶しておくこと」が利点のように言われるが、
ボクは「忘れる技術」の方が利点は多いと考えている。嫌なことは早く忘れて
しまうに限るのだ。

 前にものすごく賢い人の話をラジオで聞いた。
 なんでもその人は「めくった教科書を一度目にしただけですべて記憶して
しまう」と言うのだ。だが、寝る前になると頭を休めるために、「消去」
するためにかなりの時間を要するそうだ。

 まー言うならば利点の裏には必ず困った事態が用意されていると言うべき
だろうか。そういうわけでボクは「忘れる才能」は抜群だ。
 好き嫌いがないのも忘れてしまうからなのだ。

2007年11月27日

ハチミツ酒

    日曜日のことだ。ハチミツ酒なるものを呑んだ。

 きっとこれを読む、だれもが口にしたことはないはずだ。
 これが意外にいけるんだなー。驚いた。この日は旅行会社の友人が来ており
ベトナムのお土産だったのだ。まずはこんな話から。

 「お土産ってのは不思議でして、旅行先でいただいたときにはとても
おいしかったのに、それじゃと買って帰って口にするとそれほどでもない。
やはりその場の空気や水、雰囲気などがあいまっておいしくさせてるんですよ」。

 ボクは旅行先にて口にした、あのお土産がザク切りにしてあるのを口に
するととてもおいしいのに買って帰ると食べ切ったことがほとんどないのだ。
だから自宅でもザク切りにしてやろうかなどと思ったものだ。

 さて、ハチミツ酒だ。ベトナムにハチミツ村があるそうなのだ。
 うーーーん。分からない。ハチミツがたくさん取れるのか、
村中にハチが飛び交っているのか。そうかもしれない。

 500のペットボトルに入れられたそれはお茶のよう。油のようにも感じられる。

 小さなグラスにそそいでもらう。うーーーん。かすかにハチミツの味がする。
 酒の種類で言えばどうだろう。ほかの人は焼酎だと話している。自分の実感
としてはウイスキーか。味はもちろんハチミツの残滓を残してはいる。難しい。

 ただ、なんとなく癖になる味だ。結局、ペットボトルに残ったものとよそに
残っているハチミツ酒はすべて自分が呑んだ。
 たかだか500だからアッという間だったな。

 次回に口にする日はいつだろう。果たしてそんな日がやってくるのか。
 一層おいしくさせたのはそれも理由としてあったのかもしれないな。

2007年11月26日

かさど島

 笠戸島に行ってきた。久しぶりだ。

 笠戸島は山口県にあり、瀬戸内海に面している。
 島ではあるがごくごく短い橋を渡ったところなので
島なる認識は持ちにくい。

 なんでもここに絶景の露天風呂があると聞いてやって
来たのだ。入り口にはどういうわけだかティラノサウルス
が鎮座(子供用だろう)しておりそれを左に見ながら入場。

 まずは昼飯をいただいてからお風呂にゴー。
 お昼は刺し身御前をいただいた。瀬戸内の魚たちは見事に
おいしかった。ご飯は釜飯だったがこれも絶品だった。

 さて。お風呂だ。露天風呂だ。
 うんうん。絶景だけのことはある。
 前に大きく広がる瀬戸内と向かいの本州が一望できる。
 お風呂につかりながらこの眺望が手に入るとは。

 大きな大きな船が曳航されている。止まっているのか。
 いや、動いてる。海面には正面に見える太陽の光りが
キラキラと反射しておりすさまじい絶景だ。

 さっきの食堂からはやはり海が見えヨットが望見された。
 白いマストをかかげるヨットは見る分にはのんびりと
ゆったりと、またほのぼのとしていた。操ったことはないからね。
 タイムスリップ。それはまさにタイムスリップした瞬間だった。
 島には島の良さがある。痛感させられたね。

2007年11月22日

宣伝

 昨日、こんな話を聞いた。

 異業種交流会だったのだがチラシとか宣伝、コマーシャル
の類いは受け手と送り手は同じ気分ではないというのである。

 ある方が「こんばんは、毎度、毎度で失礼します」と自分の
ことを紹介したのだが、それに対して主催者の

 「なになにさん、あなたは毎度と言うが、聞いておられる
方が毎度と思ってるどうかは別ですよ」と。

 宣伝の送り手は「これで何回目だ」「先日もこの話をした」など
しっかりとカウントしているものだが、お客さんになるかもしれない
受け手は「初めて認識した」可能性だってあるわけだ。

 シグナルを発している側は大きく、強く発信しているつもりに
なっているが、受け手は気まぐれ程度にしか受け止めてないことが
多いのだ。

 ボクもさまざまな会に出席するがそこで決まって「ワインの特売」
「今なら3割り引き」「なになにの特売会」などチラシをたくさん
いただく。いただくが、それを子細に眺めることなどほとんどない。

 チラシをもらったことには違いないがそれを強く認識している
かはまた別なのだ。
 こっちが発するシグナルなんてものは「相手に届いてなんぼ」
くらいの認識が大事ではなかろうか

2007年11月21日

かたくりこ

 ゆうべ父親からおもしろい話を聞いた。

 かなり前のことになるが父親はある人から
「カタクリ粉でせんべいを焼く方法を教えてやる」と
言われたそうだ。ついては教授料を1万円支払って
くれと。そのころの1万円はかなりの額だったらしいが
支払って教えてもらったそうだ。

 聞いてみるとなぜカタクリ粉でせんべいを焼くのが
難しいか。やってみると分かるそうだがカタクリ粉を
水にといてもすぐに粉と水分が分離してしまい、これでは
せんべいが焼けないのだそうだ。

 とろとろのペースト状になっていなくては焼けないのだ。
 秘伝はカタクリ粉を、水ではなくお湯でとくこと、だと。
 聞いてみればそんなことかと思うだろう。

 今なら「ちょっと簡単、料理の知恵」コーナーでやってそう
な話である。ならば、なぜそんなものに1万円も投ずるのか。

 それだけの金額、支払っても元が取れる、商売をしようと
いう人間に秘伝を販売していたわけだ。
 「元が取れるやつに高く売り抜ける」、これも商売の基本と
言えるだろうか

2007年11月20日

季節

 すっかり寒くなりました。
 寒くなればこそ食べられるものもあり楽しみもある。

 ゆうべ、こんなものをいただいた。
 「カンパチの刺し身」
 「サンマの竜田あげ」
 「ポテトサラダ」
 「タコのテンプラ」
 「野菜たっぷりの湯豆腐」

 店の人に「いつもはタコのテンプラ、嫌いなんだよね、
あまり頼まない」とお話しすると「タコのテンプラは難しい
んですよ、火加減で決まりますから」と聞かされた。

 活きの良さもあるのかもしれないがそうかもしれない。
 ゆうべのは格別にうまかった。

 さて、ゆうべ、いただいたもので冬を実感させるものはどれか。
 カンパチ、サンマ、湯豆腐といったところだろうか。

 日本の料理屋さんというのは季節によっていろいろなものが
いただける。これはよその国ではあまりないことではないか。
 これは特筆すべきことと思う。

2007年11月19日

航海

 昨日はボジョレーヌーヴオーの解禁日だった。
 いや、自分なりにね。

 解禁日は11月15日なのだがオープナーがなく断念していたのだ。
 そしてゆうべ。コンビニで買った豚ハム、セサミ、チーズを前に
おごそかにオープン。

 あまりおいしくないと聞かされるヌーヴオーだがとてもおいしかった。
 ヌーヴオーとは新酒の意味合いがあるのだろうが、18種類も
あるそうだ。初めて知った。

 冒険家(ではないのだが、分かりやすく言えば)の山下さんに連絡を
とり話をさせていただく。その後、山下さんのアラスカ紀行(太平洋横断)
のDVDを見る。

 アラスカってすばらしいところなんだなー。映像からもしっかりと
そんな雰囲気が伝わってくる。
 確か冒険家の一人は「冒険とは無事に戻ってきてこそ冒険だ」、
そんなセリフを口にされた人がいたはずだが山下さんもよくぞ無事に戻って
きたものだと改めて感じた。

 先日、その山下さんから話を伺ったのだが
「船は大きければ安全というわけではなく、家族の(ここに来て良かった、
きちんと成し遂げよう)の言葉も安全に航海することにつながった」と
聞かせていただいた。
 うーーーーーん。成し遂げた人たちの言葉にはとても大きな意味合い
があるなと改めて感じた次第だ。

2007年11月17日

焼きみかん

    あなたは焼きミカンなるものをご存じだろうか。

 ボクは食べたことも聞いたこともまるでない、一体それは何なんだ。

 ゆうべ三人で呑んだんだ。
 店はこのごろよく行く鉄板焼きの店。
 とにかくうまい。おいしい。特にチヂミが絶品だった。

 そして焼きミカンも出た、わけではなく、そういう話題になったのだ。

 ミカンってそのままいただくか、もしくは冷凍ミカンにして解凍寸前
のものをいただくか。もしくはむいたミカンが入った缶詰あたりが
一般的だろう。焼く。ミカンを。
 どんな味がするのか。
 おいしいのか。どうなのか。

 そもそもなぜにミカンを焼いていただく必要があるのか。そこはミカン
がどっさり余った島での話なのか。まるで分からない。だれか教えて。
 あなたは知ってますか。焼きミカン伝説。

2007年11月16日

解禁日

 昨日はボジョレーヌーヴオー解禁日だった。

 夕食をいただいたお店にもきちんと置かれていた。
 「何人かで割って(割り勘)いただいてくださいね」
である。結局、ボジョレーは開けられること
(一人だったので)はなかった。

 いいもんねー、わたくしは昼間に買っており車の中で
熟成させてあるんだから。

 わたくしはあまり季節ごとの習慣に対するこだわりがない。
 いわゆる「ショウブ湯」だとか「正月料理」といった
類いのことである。
 ただ、たまに「今日はヌーヴオーの解禁日だ」と聞かさ
れるとどことなく置いてけぼりにされた気分になるのだ。

 昼間に買ったのはたまたま酒屋の前を通ったからで買うと
グラスもついてきた。なんか雰囲気が出てきたぞ。と、言うか
その年取れたワインをみんなで呑もう、なのだから雰囲気が
とても大事だよな。

 それでいつもより早めに帰宅しおごそかに開栓の儀式と
あいなった。頭の中には「今日だ、今日、呑まなければならない」
がある。
 で、どうなったか。
 実は、いまだに呑んでないのだ。
 ワインオープナーがなく、家中探し、それでも見つからな
かった。実に、わたくしらしいオチなのだった。悔しいから
もう来年の解禁日まで熟成させとこうかな。

2007年11月15日

晩秋

       もうすっかり晩秋ですね。

 ただ、日々、忙しくお過ごしの方にはピンとこない
かもしれません。

 晩秋と言えば紅葉。山は赤や黄色に色づけされていきます。

 日本の大きな行事はお花見ですが、実は紅葉の季節もかなり
大きな行事なのです。
 それは紅葉の見所に行ってみればすぐに分かります。

 平日にもかかわらず驚くほどの人出なのです。
 お花見と違うのはお弁当ではなくカメラを構えている人が
多いことですね。

 どうですか。
 どこか紅葉を見に出かけませんか。
 きっと楽しい一日になると思いますよ。

2007年11月14日

興味

 興味というのはつくづくすさまじい効果を発揮するものだと思う。
 初めてエジプトに行ったとき、だ。

 翌朝になると前日に観光した場所の話になることが多いのだが
その場でボクはいつも
 「池田さんってガイドさんがお話しされたことをみんな覚えて
るんですか」といって感心された。

 そうなのだ。
 要するにボクは事前によくよく研究してから出かけていたので
予備知識があり、観光しているときもガイドさんの話を最前列で
しっかりと聞いているからよく覚えているのだ。
 (覚えようと懸命になってたわけではない)。

 それを翌朝に披露すると
 「みんな覚えてるんですね」ってことになるわけだ。

 エジプトと言ったって
 「あのピラミッドを見たい」とか
 「エジプトってよくテレビでやってるから」なんていう動機で
来られる方も意外と多いのだ。そこにもっていくとボクはよく研究
している部類に入るのだった。

 研究と言ったって古本屋さんでエジプト関連の本を買って読んで
いたり(エジプトに行く10年くらい前の話だけど)子供のころ
からツタンカーメン発掘記とか読んでいたからというだけなんだけど。

 よって興味を持つということは「勉強をする」「必死になって
取り組む」よりもよほど大きな力を持っているとボクは思うね。

2007年11月13日

アナウンサー

 毎朝ラジオのスイッチを入れる。
 やはりラジオというのは用事をしながら聞けるので
とてもありがたい。
 アクセントにもなってるみたいだ。

 さて、ラジオでは電話にて視聴者の方々、とか
どこだかの先生におつなぎしてお話しを聞くコーナーがある。
 いわゆるインタビューというやつだ。
 決められた時間内に視聴者が聞きたいこと、関心
のあることを引き出しきっちり終わらせる必要がある。

 これが、そういう意識で聞くととてもおもしろいのである。
 「ハイ」一本で自在に操っていることがよく分かる。

 小さくハイを入れると相手のトーンが上がり、大きく
ハイを入れると「そろそろ切り上げ時」のサインである。
 「なるほどー、こうやって決められた時間内におさまる
ようにしてるんだな」。

 いつも感心しながら聞いている。
 これはボクたちの会話にも取り入れられるかもしれない。
 などと、考えながらインタビューを聞いているのだ。

2007年11月12日

当たる

 土曜日のことだ。
 たまに行くコンビニに向かっていた。
 今、700円買うとひけるクジをやっているのだ。

 店内に入ると
 「え、また、また当たったー」とどよめいている。
 すぐに走る店員さん。
 なるほどー。クジが当たって当選した品を取りに向かった
わけだ。どうやら3回くらいひいてすべて当たりクジだった
ようだ。うれしいねー。

 実はこの日、ここに向かったのはそれもあったのだ。
 前回、900円くらいお買い物をして一度だけクジを
ひいたのだが見事当たり。液体の胃腸薬をモノにしていたのだ。

 だからこの日はかなり気合が入っていた。
 必要のないものまで(バカ)買い、総計は2687円。
 700円のクジが3回、ひけちゃうのだ。いや、この事実を
知っていれば絶対に2800円にもっていったな。

 よって3回、クジをひくことになったのだが。なんとすべて
外れ。こんなことってあるのだろうか。あるのだ。
 期待していたのでかなりがっくりきた。
 今更になって「さっきの買い物、やーめた」と言いたくなった。
 「射幸心」、今更になって思い出した。人間の本質かもしれない。

2007年11月 9日

インド式

 最近、「インド式計算術」なる本がたくさん売れていると聞く。
 いつも行く本屋さんにもレジ横にタテに積んであって
取りやすくしてある。
 確かにたくさん売れてるようだ。
 で、パラパラッとめくってみる。

 あー、やっぱりこういうことか。
 いわゆる簡便算みたいなものなんだな。

 確かにこんな工夫をすれば計算できなくもない。ただ、普遍的な
(どんな場面でも使える)方法があるとすればその中から厳選した
方法だという気がする。

 日本で今、行われている珠算式のアンザンってやつはどんな問題
にも瞬時に対応でき、習得すればいくらでも時間を短縮できる。
 ただ、習得までにかなりの時間を要するのは確かだ。

 よく「インド式計算術ってどんなものですか、使えますか」
と問われるのだが、大人になってしまっていまさら改めての
勉強などできないって人はのぞいてそんなにありがたいもの
でもないなというのがボクの感想だ。
 大切なのは「これ」しか方法がないことではなく、様々な
問題に対応できるかどうかなのだ。

2007年11月 8日

裏メニュー

 先日、ある料理屋さんにて「豆腐ステーキ」なる
ものをいただいた。店の方に「なにか2・3品、出してよ」
とお願いしたからなのだが届いてからみんなが口々に
 「これってメニューに載ってないよ」。
 「これは裏メニューだ」ってことになった。

 豆腐ステーキ自体はそんなに珍しくもないだろう。
 下に白菜、豆腐、豆腐の上にメンタイコが乗っかっていた。
 これが実においしかった。

 裏メニューと言えばこんなのはどうだろう。
 たまに行く洋食屋さん。

 マスターが「これ、ちょっと食べてみて」とか「なになには
食べることはできますか」と言って出されるのが言ってみれば
裏メニュー。と言うか創作料理の一品だったりする。

 一人前の半分くらいの量で出され、どうやらこれは値段に
入ってないようだ。お客さんサービスの一環らしい。
 裏メニューということで言えば、ボクは断然、こっちの方が
うれしいな。
 きっと店の数だけ裏メニューがあるに違いない。
 裏メニューとは「あなただけの料理の数々」ってことなの
かもしれないが、まーうまいこと考えたもんだ。

2007年11月 7日

カラー

    先日、冬物を買いに店を回った。

 ボクが考える自分に似合う色は明るい色だと思って
いた。

 だから選んでは試着室(使わないことが多いが)
(たいていその場で着る)に持って行き着てみたのだが
どうもおかしい。
 おかしい、のは顔か。

   結局、買ったのはネズミ色、だった。
 「オレってネズミ色が似合うのかー、そうかー」。
 あなたは自分のイメージカラーをお持ちだろうか。

2007年11月 6日

鳥取県

 鳥取県と聞いてまずなにを思い浮かべるだろうか。

 ボクは大山とマツバガニだ。何年か前のことだが大山に
スキーで向かった。夜はマツバガニをいただき昼はスキーだ。
最高だった。

 ただ、今回のお宿ではカニが解禁になっておらず、
とは言え、ほかの幸はすさまじい迫力だった。
 宿の方がお食事をセットされるのだがアワビを一匹
そのままご用意される。一人にアワビが一匹。

 火をつけるとすぐに苦しそうに動き出す。わずかに
30秒ばかりでお食事OKだそうだ。要するに刺し身で
いただくようなものなのだ。実においしかった。
 アワビ、想像すると堅い身のような気もしたのだが
まったくそれはなく柔らかかった。外套と言うのか、
あの部分が少し堅いと言うかコリコリしていた。

 「赤ガレイのムニエル」と聞かされた皿も出されたのだが
これがすさまじくおいしい。逸品だった。
 ソースをからめていただくとそれはもう、舌が落ちそうだ。
 旅館はやっぱり夕食でとどめをさすな。

 もう、たらふく血を吸った蚊のようになって引っ繰り返って
しまった。
 翌朝、あまりにすがすがしい陽気だったので旅館の裏手を
歩いてみた。旅館の裏は日本海が広がっており、水平線が
横たわる。サクサクと砂地を歩く。この海岸は弓ヶ浜と呼ばれて
いる。弓のように地形がたわんでいるからだ。
 うーーーーん、やっぱり海って良いなー。
 すっきりした気分になれる。
 あなたも来てみてくださいよ、鳥取県。触れてください、
日本海。

2007年11月 5日

アジア

 土曜日から日曜日にかけ鳥取は皆生に行ってきました。
 高速のみで米子まで3時間あまり。途中、大山の雄大な
山並みを見学しながらの快適な運転でした。

 さて、そこで昨日のお話しです。
 境港のお魚センターに向けて車を走らせていたのですが
左に「アジア博物館」「井上靖記念館」と書かれた看板が
目にとまりました。

 「この先、1キロ」としてありましたのでさっそく寄って
みました。開館したばかりなのか、ほかに見学者もおらず。
 中は意外に広く6棟くらいの展示館が続きアジアの文化
が紹介されていました。

 中でも「ペルシャ錦館」はとてもすばらしいものでした。
 まー、どのようにすばらしいかは実物を見てもらうより
ないのですが。またそこで流れていた曲がとてもすばらし
かった。

 思わず玄関口にて「あの曲のCDが欲しい」と告げたの
ですが「あれは地元(ペルシャか)の方から送っていただいた
ものをそのままかけているだけなので」、だった。
 大変に残念。力量のある音楽だった。

 奥まったところにはゲルの展示があった。アジアでゲルと
言えば分かったこと、モンゴルの住宅だ。少しばかり大きな
タイプで3人がかりで5時間くらいで設営するものらしい。
 中に入ると分かる、分かる。こんな構造になっていたのか。
 たたむと小さくなる間仕切りがあるが、あれととてもよく
似ている。きっと収納するときにはかなり小さくなるはずだ。

 モンゴルの展示館の中には大アジアの地図があったがあれを
見るとアジアの大きさを改めて感じさせられる。
 境港においでのさいはぜひとも寄ってみることをお薦めする。

2007年11月 2日

無意識

 あなたは無意識下の意識というやつを信じるだろうか。
 ボクはこれってあるような気がしてならない。

 まず最近、実際にあった話から。
 本屋さんでなんとはなしに並んでる本を眺めていた。

 「うんっ、これは」と思い手に取った本。なかなかに
おもしろそうだ。自分の中になにかしらセンサーみたいな
ものがあってそれに反応しているとしか思えない。

 あなたは知らないと思うが貨幣を発行しているところが
毎年新聞上に「貨幣セット販売」の案内を出している。
 1円玉、5円玉、10円玉など現在使用されている貨幣
がセットになって販売されているのだ。
 この案内、あなたは見たことがあるだろうか。

 意識していればこの案内を見つけることは可能なはずだ。

 結局、人は自分と関係があることには注意をはらうが
現にそれを見つけるが、そうではないことに気づくなんて
肩のこることなどしない、とも言えるかな。
 これって改めて考えてみるととても恐ろしいことかも
しれないとボクは思っている。