2007年7月30日

ボケない

 先日、4人で酒を呑んでいると「池田さんはボケないで
しょうね」って話になった。

 いや、ここだけ聞くとなにがなにやらなのは分かっちゃ
いるけど。要はボクは計算とかたくさんやったから右脳
だか左脳だかが鍛えられてて、だからボケないのではないか、
ってことなのだ。

 チッチッチ。ダメだなー。そんな認識じゃー。
 ボクはそういう意味では確実にボケる。いや、一般の人と
なんら変わりないんだな。これが。

 ちなみにボクは暗算段位9段を取得している。暗算のプロ
と言っていいはず。ここに落とし穴があるんだ。

 ボクにとって暗算で計算することは「ご飯があるから食べる」
「歩くのに一々、右足と左足を意識することはない」そんな
程度のことに成り下がってしまってるんだ。

 計算することになんらの用意も必要はない。なにせ数字を見た
だけで計算を始めちゃってたりするんだから。

 よってボクが計算してるときって言うのは極端な話、睡眠状態
に限りなく近くなってる。睡眠しながらでも計算できる場に到達
していると言ってもいい。計算がいかほども脳を刺激することが
ないのである。

 きっと上の発言をした人は「計算することにひどく頭を使う人
ならば」「ボケることもないだろう」にしなくてはならないんだ。
 ボケるボケない、で言えばボクは計算が早いからボケることは
ない、などとは決して言えないのである。

2007年7月27日

見られている

 「見る姿は見られている」なるセリフのCMを
ご存じだろう。遠近両用メガネのCMなはずだ。
 そう。ボクたちのなにげない仕草も見られている
可能性は十分にあるのだ。

 先日、九州地鳥のおいしい店で食事していたのだが
そこのおばちゃんがいろいろ参考になる話を聞かせてくれた。

 おばちゃん自身の体験だそうだがよその飲食店で
食事していると、そこの店員さんがおトイレから戻られて
そのまま調理を始められたと言う。

 ただ、その店員さんはトイレの中できれいに洗われた
のかもしれない。だが、「お客の目に洗ってないように
見えるのは問題だ」がおばちゃんの説である。

 まさかお客が「あなた、これから食事に関するものを
触るんでしょ、便所で手を洗いましたか」と問い詰める
者などいるわけもない。

 「だから、わたしたち食事に関するものを提供する人間
はお客さんの目に触れるように手洗いをしなくてはいけない
んじゃないかしら」。

 文字通り「お客さんをよくよく観察して要望を的確に
つかむ」つもりでいても、店の人間だって観察されている
ことに気づかなくてはならないのだ。

 ボクの推測だがこういったことの背景に「慣れや惰性」
があると思う。まず、慣れや惰性があることからして
おかしなことなのだが。飲食店に限らず注意するべし。

2007年7月26日

 ゆうべ、ある会社の社長さんのお話を聞いた。
 講演会の形で聴衆は25人ばかり。ときに聴衆
を交えて話しが進められた。

 ただ、この社長さん、あまり講演会などでお話を
される機会はなかったのかもしれない。
 よくある、話がるる進められ安心して聞いていられる、
わけではなかった。
 ときにあっちに脱線、こちらに迷走してしまう。

 「こんなわけですから」のあとは「こうなのであります」
を期待して待つが小さな声で「と思うのであります」となり
こちらは「あらら」と感じてしまう。そんなことが何度か
あった。

 だが肝心なのはそこではない。
 とにかくこの方は自分の持論に至るとグワッと形相が
変わり一瞬、般若みたいになる。「うわっ、出た」。

 だが、そこに力、パワーがみなぎってる。
 「これが言いたいんや」「こうでなくちゃいかんのや」
を力強く感じた。これが本当の講演会の有り方なのかも
しれない。ボクたちは漫談を聞きに足を運んでるわけじゃ
ないんだから。手慣れた感じで時間を進められても仕方が
ないと思う。

 とにもかくにも人は力、パワーだと思う。
 「その量は生まれながらにして決まってる」じゃあまりにも
寂しい話だ。不思議と仕事がうまくいってる人の顔は、なんと
言うか、男前である。自信の裏付けがそうさせるのか。
 男(女も)だったらこんな顔にしていきたいものだ。と思うね。

2007年7月25日

モニター

 バックモニターがすばらしい。
 「新車にされたほとんどの方がつけられますよ」
と聞かされていた。ボクなどバックするのが苦手
だから取り付けてみようかな、と。

 ちなみにバックモニターはナビゲーションシステム
を取り付けた車にのみ装着できる。
 あんなものバスのご用達だとばかり思っていたのだが。

 ナビの画面にバックの光景が映し出されるのだ。これにて
これまで2度3度の切り返しを必要だったのがまったく必要
なしで回頭ができる。すこぶる便利。

 「たき火のたきつけ」なる本がおもしろい。
 文中にも出てくるのだが「渓流と釣り」「岳」など山に
関係する雑誌は多い。これらの中のエッセーやコラムが
こうして本となって出版される。この本はそれらの本の
一冊だ。とても楽しい。

 登山愛好家や釣り好きの人たちは意外と詩人が多い気が
する。人をして山頂に連れていくと詩人になるのか。いや、
これらの方たちの山や川に対する造詣が深いのに違いない。

 今日はグランドスラムの日だった。
 探している本が4冊とも本屋さんの店頭にあったのだ。
 きっと生まれて初めてに違いない。うーーん。大いなる感動。

2007年7月23日

ハモ

 ハモって漢字でどう書くか知ってますか。
 「魚へんに豊か」だったですよね。

 その豊かなハモをいただきました。あの、あかせで。
 ここは恐るべきお店でメニューがないのです。
 こちらがしかるべき値段を告げると「かしこまりました」
と後ろに下がり、そうするともう黙っていても料理が出てくる
仕掛けになってるわけ。

 聞かれるのは「お飲み物はなんになさいますか」とか
「あいくにそれは切らしております」くらいなものなのだ。

 そしておずおずとビールなど呑んで待っていると箸付け
などやってくるのだが、そこはそれ、ここからして全く違うのだ。
 ここは。サザエ(小さいが)が乗っかってたりするのだ。

 ハモは予期せずやってきた。
 料理の内容は「梅あえ」を想像されるはずだが案に相違して
「ハモのしゃぶしゃぶ」。ハモをしゃぶしゃぶ?。

 しゃぶしゃぶって熱くなったナベに入れてしばらくすると
取り出して食べる、食べ方。だよね。ナベに入れるとこのハモ、
花が咲いたようになるのだ。口に入れると滋味が広がる。
 長生き(こんなものばかり食べてると逆になる気もする)
しそうな料理、そんな気がした。

 この手前に出てきたのが、なんと「アユの一夜干し」だ。
 普通、一夜干しはカレイだとかホッケじゃなかったっけ。
 これと生の枝豆を七輪で焼くのだ。生の枝豆って初めて見た。
 アユは顔面相似形みたいになってた。

 七輪だからかすぐに焼けて香ばしい匂いがあたりにたちこめる。
 ここで食べていると料亭でいただく食事ってこんなのかなー、
そんな気分にさせられる。

 食については分かった気になっていたけど、こうした店を利用
すると「まだまだ」って気にさせられる。あなたもたまには労働
の報酬としてこんなお店を利用してみてはいかが。

2007年7月20日

2000

 新聞に出ていた。
 今日は2000円札が始まってから7年になるのだと。
 あなた、も意外だったのではないか。
 「えっ、7年。昨日のことかと思いましたよ」はおおげさかも
しれないが。

 さて、この2000円札。現実には目にすることはほとんどない。
 たまに手元にやってくると「えっと、これは何だったっけ、あ、
そうか2000円か」と確認するのに少々時間がかかったりするのだ。

 ましてや「これってお店で使えるのか」みたいなとんでもない愚問
が脳裏をかすめたりもするのだ。

 再度のさて、だが。
 ボクは子供のころからコイン収集することを趣味にしていた。それら
コイン収集の肝腎かなめなところは、ですね、今で言えば「レアもの」
がものすごく大切ってことなんです。

 次の例で紹介してみましょう。
 明治時代にはコインにて「1円」「50銭」「10銭」「5銭」「5厘」
「1厘」とある。1厘から見れば1円の価値はその当時100倍である。
 だが現在つけられている古銭の値段、価値というものはこれらを無視
しているのだ。

 1円より高い評価を受けている10銭、というのがあるのだ。それが
肝腎かなめな点でレアものであるということ。これを希少価値と言う。

 そこで。2000円札も同じレアものなので、そのうち価値が
急上昇するのかどうか、が今日の論点となる。
 ボクの見解は。非常に苦しいだろう、になる。
 2000円札は多分、レアものにはならないだろう。
 発行が始まって7年。これだけ人々から無視され続けたお金はほかに
存在しないはずだ。

2007年7月19日

ノウハウ

 子供のころノウハウという言葉がはやった。
 分かったこと、「手引き」「近道」くらいの意味だろうか。

 で、そのころ学校の担任の先生がこんな話をしてくれた。
 「わたしはこのノウハウというものが嫌いなんだ」とね。

 そのころいつも不思議に思っていた。
 ノウハウを嫌うという意味がよく分からなかったから。

 あのころ新しく売り出された本にはたいてい「なんとかの
ノウハウ」だとか「ノウハウあれこれ」ととにかく大活躍だった。
 あれからしばらくして「ハウツウ」ものもたくさん出回る
ようにもなった。

 ノウハウだとかハウツウって好きとか嫌いってことなんだろうか。
 まー今になって推測してみるのに先生は「近道を利用したって
本質は得られやしない」があったのかもしれないと思うのだが。

 先生の言葉ってほとんどが忘れてしまっているんだけど、きっと
中には覚えているものもあるはず。
 ボクにとってはこの「わたしはノウハウというのは嫌いだな」
は不思議とよく覚えていて、「そもそもノウハウって嫌いとか
好きとかっていうことなのかな」と考えたりしているのである。

2007年7月18日

ふるさと

 ゆうべ30人くらいでふるさとを斉唱した。
 不思議な気分だ。たくさんの人がよってたかって
一つの唄を歌う。いや、こっちが慣れてないから、だろうけど。

 ふるさとの歌詞の中に「コブナーつりーし」というのがある。
 コブナを釣るわけだね。
 だが。実際に川で遊んだボクはこの歌詞をふりかえってみて
大いに違和感を覚えた。

 コブナって釣れないんだよね。もちろん大きなフナも釣れません。
 モリとかヤスデで突く(わたくしはやったことがない)ことはできる。
 川で遊んでいると大きな大きなそれは見事な大きさのフナが泳いで
いるのが見える。群れなしているものだ。

 そんな川でのボクらのお楽しみは30円ばかりのお金を出して
買える「釣りキット」だった。釣竿はもちろんなし。
 小さなオモリと釣り針がついている。

 あれにて「ゴリ」を釣るのだ。ゴリはボクたちの川で呼ばれていた
名だが地域によって呼び名は違うかも。川面を見ると石や岩の側面に
へばりついてるように見えるのがゴリだ。
 決して川底にはいないのが特徴だ。そして泳ぐサマはナマズが
泳ぐような感じ。身を左右に振って泳ぐのだ。泳ぐのは得意じゃ
ないようだ。身体の下側に吸盤のようなものがある。これで
岩や石にひっつくのだ。

 これなら、釣りキットで釣ることができるのだ。
 エサは(なんでもいい)ということになっていた。
 きっとふるさとに出てくる「コブナ釣りーし」はこれらの魚の
総称に違いない。だってフナは釣ることができないんだもの。
 きっとフナものっこみ(産卵が近い)の季節には釣れるの
かもしれない。子供にとってフナとは釣れない魚、眺める魚だったな。

2007年7月17日

かすがい

 「や、やられたー」。
 火曜日は週刊誌を買う予定になっている。だが、並んでない。
そうなのだ。台風の影響だ。幸い、この辺りは台風の影響は
少なかったが雑誌などが届いてなかったりして、台風が到来
したことを知らせてくれるってわけだ。

 「子はかすがい」って言葉がある。きっと聞いたことがある
だろう。ボクはこれを「子はカスが良い」と言い換えて、
それなりに納得していたりするのだ。

 で、この、かすがい、である。
 あなた、かすがいってなんのことだかお分かりになりますか。
 ボクは初めて知った。昨日、一日で「屋久島、千年の森を守る」
を読んだのだが、そこに出ていた。
 木と木をつなぎ合わせるもの、だったのだ。確かボクの記憶では
U字型をした金具だったと思う。かすがいって建築と言うか、
そっちから来ていたのだ。

 昨日は大変な雷雨だった。
 しかし。自分は安全なところにいてピカピカ、ゴロゴロを観察
するのはとても楽しい。大自然が織り成すドキュメントって感じ。
 ただ、雷は大変に危険だと聞いた。くれぐれも注意してください。

 「ハチミツ、危険な話」を読んだ。
 ハチミツは健康食品であることは論を待たないが、日本の現実は
そんなに簡単ではない。ハチミツ、風、食品がたくさん出回って
いるのだ。それなりに買う人がいるからこそ、成り立つとも言える。

 問題の根本にボクたちがハチミツをきちんと認識していないこと
にも原因があると考えられる。
 ハチミツ、とは何なのか。もう一度きちんと認識し、とらえ直した
方が良いのではないだろうか。「あー、ハチミツって言葉が入って
いるから健康食品だろう」では、いけないのだ。

2007年7月13日

知らない面

    人には自分も知らない面があると言われている。
     よく聞くのが「ジョハリの窓」ってやつ。

 自分が知っている自分、自分も知らない自分、他人が知ってる自分、
に自分も他人も知らない自分だ。

 こんなことって現実にあるのだろうか。ボクに起こったことのみで表出してみたい。

 もうかなり前のことになる。ある異業種交流会に参加していた。そこの主催で
たまに講習会みたいなものが行われていた。

 ある日の講習会にて。
 「ここに自分の好きな絵を描いてください」と言われ描いた。自分が思うよう
に描く。とても不思議な気がした。その絵を批評(あなたはこんな人ね)して
いただくのだが、それを聞いているとなにか、もっと知りたい、オレって
こんな人間(傾向)だったのかー、となんだかとてもうれしかった。
 とても不思議な気分だ。自分のことは自分が一番知っているはずなのに、
それを他人から指摘されるとは。

 そして。
 ある処から講習会の講師を探してくれと頼まれたことがある。
 いろいろツテを頼って動いたのだがなかなかうまくいかない。
 ところが、ある人に出会ってからというもの、そんな講師
の人たちが自分の前にじゅずつなぎになっていたことがある。
 一言で言えば人脈が広がったんだ。

 実に不思議な気分だった。
 「これまで必死になって動いたのは何だったんだ」、つくづくそんなことを感じた。「ここには答えがみんな揃ってるじゃないか」とね。と同時に「オレの人脈って
たったこれほどのものだったのか」も突き付けられた気がして。

 そのとき感じたのは「講習会の講師を探している」「こんな話をして欲しい」
が明確であればあるほど講師の人をたやすく見つけることができ、有意義になる
ということだった。

 「あー、そんなことね」と思うかもしれない。だけどこれは
ボクに実際に起こったことで本当に不思議な出来事だったと思って
いるんだ。これくらいのことだから、当然、だれにでも起こるはず
だよね。

2007年7月12日

発想

     少しばかりこんな話が続くが。
 これまでスペインだとかイタリアだとかいろんな
場所を旅行してきた。石垣島も宮古島もだ。

 で、こういう旅行先というのはだれかに「ここに行って
ください」と頼まれたものではない。(普通、そうだろう)。
 どこかで種がセットされ、それが昇華して現実のものに
なるはずだ。

 スペインならテレビでずっとあのアリヅカのようなやつを
見続けていた。それが時間と共に「スペインで」「サグラダ
ファミリア」だと分かる。

 要するに人はなにかがないと発想することはないという
わけさ。発想がなければ現実に行動につながることも決して
ない。のだから、発想がどれだけ大切か知れようというものだ。

 発想とは思い浮かべる、ことだろう。
 テレビでカリブの海の映像を繰り返し見ていると
 「あー、世界にはこんな景色の場所もあるんだなー」と思う。
 旅行会社の店頭に行き、国内旅行の予約のついでにカリブの
パンフレットをもらって帰ってきたりする。

 自分なりに想像する。
 「休日のやり繰りは」「お金は」「パスポートは」
「言葉の問題は」それらが解決しそうだと感じられるとグッと
現実に向かって動き始める。
 もちろん、友人から誘われてついて行ったらカリブだった、
ということもあるに違いない。

 思い浮かべる、ことの利点はこんなところにある。
 「きっかけ」を活かすようになるんだ。

 あなたが飲食のパーティーをしようと考えていたとしよう。
 自分一人であれこれ考えていてもらちが明かなかったものが、
行動力のある人と知り合いになるとどんどん前に動き出すこと
がある。これらはきっと思い浮かべているからこそきっかけを
つかめたのだと思う。
 思い浮かべることはボクたちが考えているよりずっと大きな
効果があると思う。

2007年7月11日

危機感

 昨日、書いたのだがパラダイムシフトの続きだ。
 パラダイムシフトの一番の問題点は、「どうせ
オレにはそんなことは起こらない」、引き続き
そんなふうに考えている人たちが講演会などに詰め掛け、
聞いている点かもしれない。

 パラダイムシフトって横文字だがそんなに難しいこと
なのだろうか。

 そこで、ボクは昨日、ずっと、このパラダイムシフト
について考えていた。「自分にも小規模ながらパラダイム
シフトは起こった。なぜなのか」とね。

 おぼろげながら感じるのはすさまじい危機感を感じたこと
とそれから起こることは無縁ではないということだった。
 「このままでやっていけるのか」
 「自分に実力がなければ、値打ちがなければ」、
これらに背中を押されてやってきた面がとても大きいと思う。

 要するに、種と言うか、そんなものがここでセット
されたと思うのだ。

 そして。ある日、だれかから「池田さん、ここで講演会が
あるんだけど、聞きに行ってみない」など誘われると
それまでの自分なら「なんで交通費まで使って、せっかくの
休みなのに」とか考えていたのが、「家にいてもなー、
ダラダラ時間は過ぎていくだけだし」、に変わっていた。
 この切り替えはボクなりに言うと確かにパラダイムシフト
だったと思う。

 この、大元の大元に、ボクの場合、危機感があったと
感じているのだ。ま、充足してちゃパラダイムシフトは
なかなか起きないのではないだろうか。
 そもそも、講演会を聞きに行く人たちは、それ以外の人
たちより、「なにかをしたい」エネルギーが強い人たちだと
思う。やはりパラダイムシフトに近寄っている人たちである
ことは間違いないのだ。もう少し。どとうの流れは近くにある。

2007年7月10日

パラダイムシフト

 日曜日、ある方の講演会があり聞きに行った。
 中で出てきたのがパラダイムシフト、なる言葉だった。

 「価値観の転換」「根底から覆される常識」、
どのように訳せばいいのか分からないのだが、一番の問題は
「オレにはこんなことは決して起こらない」と思ってしまう
ことではないだろうか。

 ボクにも、パラダイムシフトが起こったことは、ある。
 あまりおおげさに考えるのではなく
 「そうか、この手があったか」
 「待てよ、あのとき、聞いた話、あれって活用できないか」
などはパラダイムシフトだと思う。
 また、これらのことは種(たね)のようなところがあり、
植え込んであるとなにかの機会にきちんとつかまえることが
できると思う。

 スペインに旅行したときのこと。
 「こちらでは住宅の建て替えは300年に一度くらいです」
と聞かされ、「なんだ、建て替えは運の悪い人が背負う外れ
クジみたいなものか」と感じた。この、価値観の転換は
すさまじい変化を自分にもたらしたと思っている。

 また、ある方に出会ってからどんどんと友人の輪が大きく
なったこともある。

 ボクたちは「自身の可能性」といったことを考えるとき、
どうしてもこれまでの自分の考えうる範囲内で考えてしまって
はいないだろうか。それではきっとこれまでの自分を続ける
ことにしかならないと思う。きっと多くの人が「オレの才能、
こんなもの」という認識があるに違いない。その、自分の
価値観に風穴を開けてやらなければなにも始まらない。
 はずなんだ。
 「それも、有り(あり)か」。
 きっとあなたにも、それ、はあるに違いない。

2007年7月 9日

くるくる寿司

     久しぶりにくるくる寿司に行った。
 いや、あの、目からウロコのくるくる寿司、だった。
 すばらしく、おいしく、あざやか。

 ただ、ここのくるくる寿司は同じネタが流れてやって
くるのだ。もう最近はそっちなのか。分からない。
 上エビ、だったら、それと書かれた札のあとに同じ
品が5つ6つ。
 「いろいろくるからくるくる寿司じゃないか」とも
少しは思うのだが。まーおいしいから許す。

 さて。いろんな人から時価って話を聞かされる。
 時価。(仕入れた値段により価格が決まる)。
 お寿司屋さんにて「あの時価って言葉を見ると
どうしていいか困ってしまう」と。
 確かにくるくる寿司がここまで隆盛を極めたことの
一つにあの時価がからんでいるに違いない。

 ただ、ボクとしてはそれは分かるがやはりお寿司屋
さんというのは「地域で支える食文化」というとらえ方
をしないと苦しくなってしまうということ、だ。

 今、各地で病院がなくなって大変に困っているという
話を聞く。健康なときは良いが病気のときに病院がない
と困る。それとお寿司屋を一緒にするわけには、もちろん
いかないが。すこーーし、そういう考え方があっても
いいんじゃないかな。

2007年7月 6日

生活

       「ビリー」が大人気だ。
 なんでも軍隊の訓練を取り入れたダイエット運動だと言う。
 同じ動きをするだけでダイエットの効果、十分。

 テレビでブラジルの復興を伝えていた。
 一時3000パーセントのインフレに見舞われたと言う。
 と言ってもピンとこないよね。

 1月1日に1000円で買えたものがその年の年末
には30000円になってるわけ。高性能になった
とか、10個まとめればお得、とかそんな話じゃない。

 で、こんなすさまじいインフレに見舞われると人々の
生活スタイルも変わったと言う。
 とにかくお金をもらったら即刻使ってしまう、のだ。
 午前中つけてた値札の200円が午後には220円
になっていたりするのだ。日本では、今のところありえない
話である。

 前に東欧のある国を旅行したときのこと。
 ガソリンスタンドに併設されていたお店でお買い物をした。
 なにげなく銀の皿に薄汚れた飴をいくつか乗せて出して
くれた。当初それを「買い物してくれてありがとう」であると
受け取っていたのだが、ひょっとしてあれはお釣り、だと
かなり経ってから気づいた。

 日本に暮らしてちゃ分からないがそんな国だって存在するのだ。
 今はのんびりうかうかしているが、これらの光景は将来の日本
の姿かもしれない。「お釣りは30円だからこれでいいわね」
は要するに小銭が機能しなくなってるってこと。トルコでも
ビニール菓子一袋が700000、だった。これもインフレだ。
 下3つの000は省略して書いてあった。
 どうだろう。想像できないだろう。
 さ、勤労意欲がわいてきたところで、気合を入れて働くとするか。

2007年7月 5日

梅雨空

 梅雨空らしくなってきた。
 そう、今の空を見るとこんな具合だ。
 天空に巨大な水がたまったビニールがあって
それを雷神がこん棒でつついてる。

 昨日、いつもの本屋に向かう。大雨だったので
店の周りの駐車場は一杯。分かったことだ。
 とめたところは水たまりというよりプール。
 分かった。ここにだれも駐車しないわけが。

 いつものようにお探しの本があるかどうか尋ねる。
 「すいません、それではお客様のお名前とお電話
番号のご記入をお願いします」とささやいた店員さんも
もうボクが池田ということを覚えてくれたようだ。

 「本、入ってますか」
 「それでは注文しといてください」で済んでしまう。

 ついでに「旬遊」なる雑誌があるかどうか尋ねる。
 店員さん、首をひねってしまって前に進まない。
 「どうやら広島だけで販売されてるらしいです」に
納得。広島に出張のときに買うとするか。

 ぶらっと店内を一周する。が、周遊する場所は決まって
いてビジネスと新刊のコーナー。クルクル寿司、ふうに
言うなら迂回コースを回っていることになる。
 さてと、そろそろ干からびてきたので店をあとにするか。
 おっと、プールにつかった車までどうやって行くかな。

2007年7月 4日

さくらんぼ

 うちにはこの季節になると妙なことが起きるんだ。
 この季節、とは要するにさくらんぼが売られている
季節という意味だ。

 うちの母親は大のつく、さくらんぼ好き。
 これまではもうすぐ民営化される郵政公社で毎年買っていた。
 ここで買うと郵送されてくる。
 その意外感(買ったことを伝えてない)も手伝って郵送を
選んでいた。のだが。
 今年はなんとなくやり過ごしてしまった。

 で、昨日、たまたまスーパーにて見かけたので
 「あ、そうそう、さくらんぼ、頼まれてたっけ」と
買うことにしたのである。

 が。が。が。
 こいつはさくらんぼの値段じゃない。いや、郵政公社
で買うときはもっと高いのだが。

 ここに昨日のスーパーでのレシートがある。
 あるから読み上げてみるが
 「早めにお食べください」としてあったオクラが30円。
 「おいしいよ、増量中」と書かれたナタデココが100円。
 「かつおのタタキ」が276円のところ4割引で111円
のマイナス。

 この中にあって燦然と輝く「佐藤錦」、3980円だもの。
 一人だけ飛び出してるのよ。あなたは。
 盗難にも遭うさくらんぼ、レシートの中で一人突出する
さくらんぼ。これだけケタが4ケタだし。
 母親はおいしいを連発していたが、当たり前だ。値段を見ろ。

2007年7月 3日

生きさせろ

 今、「生きさせろ」を読んでいる。
 生きさせろ、とは何事か、そう思った。

 著者は雨宮さん(男か女か知らないのだが)という
方で自身、かなりの期間、どっちつかず(フリーター)
の状態で暮らした経験があるみたいだ。

 「しっかりと働かないからフリーターになんかなって
しまうんだ」、社会の方の目線とはそういうもの、
だけれども現在の状況は「やる気」とか「真剣に取り組
めばなんとかなる」わけではないと説く。

 自分はしっかりと働いている(と思っている)方などは
「オレを見ろ、お前らも働け」なる認識があるかもしれない。
 だが、時代も良かったということを忘れてはならないの
かもしれないね。

 先般、ビジネス交流会に参加した。
 とここでそのことを書いたのだが「自分も誘ってくれれば
良かったのに」と聞かせてもらった。

 言われて初めて「あ、そうか、誘ってあげれば良かったな」
と納得した。土曜日だし、ビジネスに関心があるかどうか
分からなかったし。

 で、実は、世の中にはこういうことがたくさん起こっている
のではないかと。そう感じた。
 発信、発信とよく聞くが「わたくしはこういうことにも興味、
関心を持っていますよ」も発信だったのだと改めて思った。

2007年7月 2日

山モモ

 知ってますか。山モモの樹というのがあって今の時期
になると果実を実らせるのだ。

 なぜ、知ってるか。ってそれは拾い集めた、からですよ。

 辺りにはフルーツの香りがたちこめていた。
 いつもはなにげなく、見過ごす景色。だけれども
今回は拾った。

 山モモの樹をご存じだろうか。
 確かボクの記憶では樹皮が白っぽいやつ。
 しかし。山モモの実を拾って歩いたのにもかかわらず、
その落としている樹が見当たらない。
 いや、体当たりして果実を落としてやろうとしたんだ。

 こんなことってあるんだろうか。
 果実はそこら中に落ちている。樹は、見当たらない。
 ちなみに山モモの実というのは1センチくらいの大きさ
で黄色やこげ茶、のような色をしている。こげ茶の実は
手にするととても柔らかい。

 ときに「ボトッ」「カサカサ」という音がしたかと
思うとそれは果実が落下する瞬間だったりした。
 山モモの実のことはよく知ってる人でも案外と実る
時期は今だということを知らない人が多いのではない
だろうか。たまには山からの報酬を受け取りに出かけて
みませんか。