2007年6月29日

豆乳

 先日、益田市にあるスーパーの中を歩いていると。
 豆乳販売のおばちゃんがいた。

 スーパーの中に立ってソーセージとかを売ったり
しているおばちゃんだ。
 で、豆乳売りのおばちゃんはしきりに「コーヒー味」
の豆乳を薦めていた。

 ボクは、こういう展開にすばらしく弱いのだ。

 「どうぞ」と薦められ
小さなカップに入ったこれらの品を手にすると、ほぼ
100パーセント、買い込んでしまう。

 この日はコーヒー味の豆乳を買った。
 コーヒーの香りがまず鼻孔をくすぐり、次いで
豆乳の香りがしみじみと。
 うーーーん。うーーーん。
 これって豆乳らしい豆乳の方が良かったかも。

2007年6月28日

パーティー

 先週の土曜日、ある大学の先生の出版記念
パーティーがあり参加した。

 「それでは先生の登場です」と言われ、ロボット
のような歩みで会場に入ってこられる先生。
 恥ずかしいだろうなー。

 先生が登壇され椅子に着席。
 これからいよいよ祝賀会が始まるわけだ。
 いわゆる地方の名士とでも言おうか、よその大学の
学長先生たちが祝賀を述べるため登壇。

 「来たぞ、来たぞ、退屈な時間が」、身構えて待つ。
 だが。それぞれの先生たち、ユーモアを交えながら
話をされる。拍子抜け、だった。

 昨今の大学の先生とか学長先生は楽しい話をされる
んだなー、変わったなーと思った。

 「先ほどの先生がおおむねご紹介されましたので
わたくしは個人的に感じた話をさせていただきます」とか、
機転も利いてる。この日のパーティーで一番感心したのが
大学の先生とか学長先生が意外におもしろい話をする、
だったのである。

2007年6月27日

アッ

 先日、あるお店に行った。
 探して探して、やっと見つかった。
 和食の店。

 次から次に出される料理はどれもこれも
小さな「アッ」を口にしてしまう。
 驚いてしまうのだ。

 「エビだな」と思って口にすると別のもの
だったり、ただのテンプラだと思っていたら、
なんと中身はトウモロコシ、だったりした。

 トウモロコシを何個か取り出してそれを
サヤエンドウみたく、また元に戻してテンプラ
にしてあるんだ。これは小さなアッ、ではなく
大きなアッ、だったが。

 見た目も食べた感じも「これこれ」が多いの
だが、(いや、ほとんど)、ここのは見た目と
口にしたときときのちぐはぐ(良い意味でね)
さがすさまじかった。

 いや、おいしい料理をいただきました。
 たまにはなじみの店ばかりではなく、いろんな
意味での評判の店にも行ってみませんか。

2007年6月26日

 知り合いの青木さんが雑誌に寄稿されたようだ。
 「旬遊」、もし本屋さんで見かけられたら、どうぞ
お手に取って、お買い求めくださいませ。
 安けりゃいいんだけど。

 オカリナとアコーディオンの方もいろいろなところ
から引き合いが来ている。「紹介役のお前も来い」
と言われ、できれば出席するつもりだ。
 なんでも「大物プロデューサーに会わせるから」
と聞かされ期待している。どこの辺りが大物か知らない
のだが。

 このオカリナの方は「ホテルでやってくれ」
「こんな催し物があるからやってくれ」「山口のホテル
でイベントがあるからやってほしい」など続々と依頼が
舞い込んでいる。

 実力があれば引き合いは向こうからやってくる、って
いう良い例である。まずは実力を磨くことにしよう。
 本物ならば黙っていても依頼は来る。そこに営業を
加えれば鬼に金棒、以上だ。

2007年6月25日

投資

 あなたがお金を出すとしたら、それはなにに
対して、どのようなことに対して、だろうか。

 土曜日に投資マッチングの会があり参加してきた。
 ガチガチに投資を論議するのではなく、ゆるやかに
発表し、それを聞くといったスタイルだった。

 投資ばかりではなくなんらかの案件で一緒に仕事を
展開したりといったことがあるかもしれない。
 その意味では大いなる可能性を秘めているとも言える。

 ボクたちはこれまでも、これからもだれかに対して
自分を売り込む作業をずっと続けていかなければならない
のかもしれない。それは終わらない。

 投資の発表を聞いてはいても自分だったらどのように
説明するか、なにに対して投資をしていただくのか(売り、
だね)自分に跳ね返らせて考えなければならない。
 (そんなことを思った)。
 さー、我々は聴衆であってはならない。
 あなたがプレゼン(発表)するとしたら、それはなにかな。

2007年6月22日

カード

    昨今、問題になっているのは。

 いわゆる疑似通貨だ。コンビニなどで小銭の受け渡し
を必要としなくなるのだ。すこぶる便利だ。

 チャージ式ならカードを紛失しても損失はたかが
知れている。確かに財布から小銭を取り出す手間、
おつりを渡す手間、確認する手間、などいろいろある。
 これは一つには高速道路のETC(自動支払い)の
普及なども関係しているのだろうか。

 と、ここまでくれば、やはり次はこうなる。
 現在のお金、通貨、コイン、をやめてしまってチャージ式
のカードにすれば便利じゃないかって。
 「この店ならこれ」とカードを探す手間も省ける。

 銀行に行き、カードにチャージしてもらう。
 コンビニもスーパーも鉄道からなにから、と言うか、通貨
そのものを一枚のカードに収納してしまう。

 きっと今の流れはその先鞭に過ぎないのだろう。
 もうそろそろ、ボクたちは1万円札とか5千円札をお金と
認識する習慣から脱却する必要があるのかも。
 これなら見た目にどれだけお金がチャージされているかも
判断が難しくなるしね。ちなみにチャージとは充当とか
そういった意味だろう。ボクもその方向で書いた。

2007年6月21日

題名

 題名で本を買うことってありますか。
 先日、そういうことがありました。

 これまでたくさんの本を読んできた。もう
新たなテーマなどそうそうないだろうな。
 ときにそんなことを思うも、こうして新たなテーマ
が並べられ、うーーーん、それがあったかー、と思う
のだ。

 「屋久島の森を守る、千年の仕事」だ。
 何年か前、一度屋久島を訪れたことがある。理由は
もちろん屋久杉を見るため。ただ、朝一番の船にて
上陸したのだがそれでは時間に余裕がなく断念。

 弥生杉なるものはあってそちらを見学した。それも
あってか、この本の題名を見るとすぐに飛びついて
しまった。

 最近、アイスクリームな毎日だ。
 自然というものはとても理にかなってる。暑くなると
とたんにかっぱえびせん、だの、ケーキなど欲しくなく
なり、冷菓が欲しくなる。こうした点で本当に日本の四季
はすばらしいと思うのだ。いろんなもの、食えるしさ。
 そして、自然にアイスが欲しくなくなるとき、秋を
知るってことなのさ。

2007年6月20日

ネッシー

 うーーーん、やられたー。うーーーん。ホントに。

 ゆうべネッシーは実在するかいなか、検証DVDを
見た。まずネッシーから。

 イギリス、ネス湖にネッシーなる怪物が潜んでいる、
と長い間、信じられてきた。そいつを検証しようというのだ。
 これまで数々の検証文を読んできたがそのどれをも論破
(いや、自分なりにね)してきた自分としては、非常に
がっかりさせられる結末だった。

 これら大型の謎の怪物を養うにはそれだけの背景(エサとか)
が必要、ネッシーがいるなら固体数300頭は必要。であれば
毎日目撃しているはず、などなどなど。

 うーーーん、化学的に検証されると口をつぐんでしまう
ことになる。ネッシーよ、ボクの前にだけ姿を現しておくれ。

 ゆうべ、先日教えられた料理屋さんで食事をとる。
 ずらっと並んだ焼酎を見ていると首のところに黄色だとか
白、黒いビニールテープが巻いてある。
 これ、なにか分かるだろうか。

 黒は800円、黄色は600円、と値段が分かる仕掛けに
なってるわけ。うまいこと考えるもんだなー。
 別に「利き酒セット、1000円」としてあるので頼んでみた。
 焼酎の中から三つ選んで呑んでみるというものなのだ。

 「お客さんから、あれはどんな味か、これは」と聞かれて、
そのうちに思いついた、システムらしい。「それならセットに
してみてはどうか」。
 気のせいかもしれないが、一番高いものが一番うまい気がした。
 ちなみにこの日は「天然鯛のお刺し身」「鯛のズリポン酢」
「牛すじ」「カレイの一夜干し」をいただいた。鯛は大変に
おいしかった。

2007年6月19日

ピアノ

    先日、大変におもしろい話を聞いた。

 「フォーーーン、ピアノ、売ってちょうだーーーい」
 「みんなまーるくタケモトピアノー」のコマーシャル
をお聞きになったことが一度はあるだろう。

 世の母親たちはこのコマーシャルが不思議な作用を
もたらすことを発見したのだ。

 それは赤ちゃんにこのコマーシャルを聞かせるとピタッと
泣き止むのだ。どうだ、まいったか。赤ちゃん。

 その原因はどうやら次のようなことらしい。
 赤ちゃんは目先の、クルクル変わる音や情景に注意を
ひきつけられるのだと言う。それを利用してあるおもちゃ
メーカーが「赤ちゃんがピタッと泣き止むグッズ」の
開発に成功した。今、母親の間でひそかなブームに
なっていると言う。

 でー、ボクにもこれと少しだけ似たことがたまに
起こるのだ。それは「今日って、まだ今日が続いている
のかー」と思うときがあるのだ。朝からいろいろあって
目まぐるしく行動アンド変化な一日。

この出来事と赤ちゃん驚きの図がどこか妙な一致をして
いると思うのだが、ボクの意図は分かってもらえただろうか。

2007年6月18日

破竹

 昨日、メロンを買いに島根県まで行った。
 島根県に行くにはいろんなルートがあるが高速を使い戸河内に。
そこから191号を走った。雨が予想されたが、結局、降らなかった。

 戸河内では「山の市」なるものが開かれていて寄ってみた。
うーーーーーん。山の市。珍しい。語感も響きも新しい。

 手当たり次第にたくさん買った。
 漬物あり、破竹あり、野菜やなんやかやと。

 スーパーに車をつけ店内に入ると一番目立つところにメロンの
コーナーが。これこれ、こうでなくっちゃ。
 「糖度12から16がおいしい」と書かれ、このボックスには
「糖度16」としてある。これこれ。

 今し方、やってきた道を引き返し、匹見温泉に寄る。
 通り道だ。ここは匹見峡と呼ばれる景勝地でもある。

 そしてここの温泉が、もう、ものすごくて。
 「ザ、温泉」って感じ。お湯がまとわりついてくる感じ。
 おまけにここは一通りのものはすべてそろっていてすばらしい。
 サウナに露店、水風呂に薬草風呂、などなどなど。
 これでしめて600円ってんだから、寄らにゃ損、損。

2007年6月15日

情景

 あなたがたまに思い出すとしたら、それは
どんな情景だろう。

 昨日、海外旅行の話になった。
 それは多分、情景から入ってるんだろうと思う。

 「あそこ、良かったなー。もう一度、行ってみたい」
が、たまたま海外だったというわけ。

 ボクはその話を聞きながらスキーをやってる光景を
思い浮かべていた。スキーってすばらしいと思う。
 もともと雪山が好き。リフトにて山頂に立てばそこ
には絶景が広がる。どれだけ、この景色を見てきた
ことだろう。
 あなたには力説したい情景があるだろうか。

2007年6月14日

ブンブン堂

 ブンブン堂のグレちゃん、なる本を買った。
 いや、まさかここまでおもしろいとは思わなかった。

 内容は自身が勤めていた古本屋についてのあれこれ
をおもしろおかしく描いたものだ。マンガです。

 話を書くとき、人が書いたものを読むとき、いつも
感じるのは切り口のこと。
 同じ、一つの事実を取り上げてもおかしく感じられる
人と見過ごして通り過ぎてしまう人がいる。この著者は
見過ごして通り過ぎることが、できない人だな。

 ボクたちに大切なことは
 「なにを見せるか」も大事だが、
 「どのように見せるか」もとても重要なのだ。

 しかし。古本屋という切り口がすばらしい。
 まさか古本屋がマンガの題材になろうとは。思いも
しなかった。ボクも何度か彼女が勤めていた古本屋街を
訪問したことがある。はずだ。大阪が舞台です。

 お薦めだからお金に余裕があったら読んでよ。
 著者は「グレゴリ青山」さん。おいおい。女性で
この名前かよー。ただもんじゃない。

2007年6月13日

すごみ

 「この人はただものじゃない」と感じたことはあるだろうか。
 ボクにはある。

 ある会に参加した。その会の忘年会だそうだ。
 たまたま隣に座った方から名刺をいただいた。そのころボクは
常にそうだったのだが名刺など持ち合わせていなかった。

 ただ、名刺をいただいた手前、「後日、わたくしの名刺は郵送
させていただきますから」とお返事した。
 そして翌日だったか、郵送した。名刺ではなく自己紹介を
したためた書面といった感じだった。

 ついでに「なぜあの会に参加されているのですか」みたいな
質問もした記憶がある。

 すると。すると、すぐさまといった表現がぴたりとくると
思うのだが、その質問に対する応えと、相手からの質問が記載
された内容が届いた。それに応え、こっちも質問を思いついて投函する。

 これらのやり取りを一カ月くらい繰り返して、ボクは
「この人はすごい人だ。ひょっとしてボクら凡人では計り知れない
ものをお持ちなのではないか」、そんなすごみを感じた。
 書けばたったこれだけなのだが、ボクがこれまで出会った人の中で
一番のすごみを感じたのも事実だ。

2007年6月12日

お金

 母親の同級生の話だ。多額の年金が入るようになり、
これからは悠々自適。なのであるが、
「株などとんでもない」「多額の現金など使ったこと
がないから、どうやって使うの」状態になっているようだ。

 これを聞いて、ふーーーん、そういうもんだよなー
とつくづく思った。
 お金はだれしも「入」のことばかり気を使ってる。

 だけれども、お金は入ってきたら使う必要がある。
 その、使うときには、お金の場合、度胸、とか経験
も大いに関係してくるってわけなのさ。

 「いや、オレは入ってくるのも少ないからそんな
心配はない」もよく聞くが、そんな人だって
 「今度のボーナスではゴルフセットを買おう」と
購入先を考えているはずだ。

 ボクたちはお金が入る時点においてはよくよく頭を
悩ませるが、肝心の入ってきたお金を有効に使う、
意義あることに使うことに、どれだけの頭を使っている
のだろう。大いに疑問なところだ。

 お金を使うには、株式もたくさん売買してきたボクに
言わせれば、度胸や経験や訓練や知識、などなどが
求められる。「お金がたくさんあれば運用くらい
いくらでもできるさ」は間違っていると思うな。
 お金は入ってくるのも試験の一つだし、出ていくとき
も試験ってわけさ。

2007年6月11日

 壁の花って、花が正しいのか、華なのか。うーーーん、
どっちも良いなー。

 土曜日、ある会に参加した。知らない人ばかりで気後れ
していたら知人が「池田さん、どうしたんですか、そんな
ところに突っ立って」と声をかけてくれた。

 そう、これを待っていたのだ。実は。
 本来のボクはこうしてだれかが声をかけてくれるのをジッと
待つタイプ。それを言うとたいてい笑われるが、現実は、
そっちなのだ。

 で、後ほど別の店に行き、大いに盛り上がったのだが、こうして
声をかけてくれた人に「オレはこういうの、苦手なんだ」と
話すと「みんな内心でそう思ってるんですよ、だけど話して
みると案外と相手はそんなこと思ってなくて。こっちが冷たい
態度を取るから相手も冷たくなるんですよ」だった。

 うーーーん。そうかも。そうなのかな。
 だけどさー、話しかけると「間に合ってます」って顔、される
じゃない。「あ、そうですか、すいませんでしたー」って引っ込む
ことになるんだって。
 さて、あなたはこういう場面でどうしますか

2007年6月 8日

マネキン

 なにを考えているのか、いないのか。

 車で出かけるとき、二つ目の角はいつも右折するのだが、
そこの駐車場にマネキンが設置、ほったらかしに
されているのだ。

 毎朝なものだから、いつしか会釈を交わすように、
なるはずないだろ。
 なにを考えているんだろう。

 このマネキン、いわゆるプラスチックとか、それでは
なく、なんと「籐」(樹のとう)、でできているのだ。
 だからだろうか、どことなく人間ちっくに感じられ、
いや、それでもかなりな想像力が求められるのだが、
るのだ。

 こいつが、いや、この人が、最近、かなりぶっ壊れて
きていらっしゃる。あれはなぜ処分しないのだろう。
 いや、やはり捨てるときに嫌な気持ちになるからなのか、
分からない。分かるのは当分、朝のあいさつをすること
になるのではないかということだけ。 

 昨日、山(スポーツジムみたいな感覚)を歩いていると
野イチゴ発見。一粒だけ口にしてみたが、ツブツブの
ジャリジャリ。いわゆる市販のイチゴを想像してはなら
ない。よく分かった。
 さーみんなで野イチゴ摘みに、だからー、それはないって。

2007年6月 7日

シャワー

 ふと、目にとまったので。
 「健康になる食べ物、食べ方」なる本を買った。

 つまるところ、一番問題なのは「食べ過ぎ」にある
ようだ。文中、「病気になるのは人間とペットだけ」
としてあるのには笑った。かもしれない。

 エンゲル係数なる言葉がある。
 知ってる人は知ってると思うが家計に占める食費の
割合だ。ボクの想像するにこの係数が落ちているのも
食べ過ぎに関係しているかもしれない。
 あくまで想像だけどね。

 ボクが子供のころ、よくこんなことを言われたものだ。
 「いっぱん(一食)(一飯)くらい食わなくても死には
せん(しない)」ってね。
 改めてこの言葉を肝に命じておくってのはどうかな。

 あとさー、今朝、車を走らせているといわゆる
ブラインドシャワーってやつを目撃した。
 知ってるかな。雲間から太陽光線がふりそそぐってやつ。
 あれって確か、欧米じゃ「天使の階段」って言うんじゃ
なかったっけ。だれか知ってる人がいたら教えてくだされ。

2007年6月 6日

甘味

 知人が中国株で儲けたと聞かせてくれる。
 なんでも建設の株は2倍、もう一つは4倍になったと言う。

 ちなみに書いておくが中国株というのはお隣の国、中国の
会社の株のことで、ボクたち日本人、(まー外資ということ
だろうね)、はH株(市場)とかレッドチップ(市場)を買える。
 中国の人たちしか買えない株(市場)というのもある。

 よって知人の場合、H株を売買してそれなりに儲けたという
ことなのだろう。
 だが、実はボクはかなり憂慮している。
 儲けたこと自体に問題があるわけではない。

 人間というものは儲けの蜜を味わってしまうと抑制が効かなく
なることを、心配しているのだ。冷静でいられなくなる。

 要するに儲けるということは抑制のタガを外す行為にほかなら
ないからだ。

 人には流れがある。
 「80万円、投資してそれが4倍になった。それなら300万円
つぎ込んだならどうなるだろう」、そんな勧誘に負けてしまう、
あらがえなくなる。ものなのだ。

 きっとこれを読むあなたは「バカな、80万円投資してそれが
320万円になったんだから、そこだけでやめておけばいいじゃ
ないか」と思うはずだ。

 この320万円を即刻、株式から引き出して自分の思うままに
使えば良い、などと想像されるだろう。

 儲けの誘惑、甘味を知った者にはそれがなかなかに難しい。
 ボクたちは儲けることによって誘惑の魔の手から逃れられなくなる。

 大事なことを書いておこう。
 自分の屋台骨がぐらつくほどまでに株式にお金を投じないこと。
 霧散してもあきらめろ。お金というものはボクに言わせれば
「霧」に過ぎない。

2007年6月 5日

思い知る

 今日は「思い知る」ということについて書いてみたい。
 ボクたちは日々、新たなことに出会い、勉強したり
参考にしたりしている。

 だが。その次元はどのようなものだろうか。
 先週の金曜日、島袋さんという方の講演を聞いた。
 講演が終わってからも個人的にかなりお話をさせて
いただいた。

 一貫して感じたことは
 ボクたちが日々、感じている、分かったつもりに
なっていることが、本当に思い知る次元にまで達して
いるかどうか、だ。

 島袋さんは「相手の立場に立って考えてみることですよ、
相手の立場と入れ替えて考えてみることです。そうすれば
きっと道は開けてきます」とおっしゃる。

 ボクらは日ごろ、どれだけこのセリフを口にして
いるだろう。
 「相手の身になって考えろ」と口を酸っぱくして話すが、
言葉面だけで分かった気になってるだけではないのか。

 耳に入ってくるセリフなどどうでもいいのではないか。
 つまらないことでも本当に、心底、思い知ることが
大事、肝心なんじゃないかと思った。

 その意味ではボクにしてもまだまだ表面的に分かった
つもりになっているだけではないのか。
 思い知るってあまり良い意味では使わないと思うが今回、
島袋さんの話を聞いて、なぜか何度も心にこのセリフが響いた。
 思い知るって意外と難しいことかもしれないぞ。だけれども
大切なことかもしれないぞ、って。

2007年6月 4日

画期的

 金曜日、画期的なことがあった。
 「なんだ、そんなこと」と思われるかもしれない。
 この日、島袋さんという方の講演を聞きに行くこと
にしていた。島袋さんは「義足のランナー」なる本を
書かれた人で、ボクもそれを所有していた。(もちろん読了)

 なにか少し前の本だった気がしていたけどそれでも
2年近く経ってるようだ。

 「せっかく島袋さんの講演を聞くんだから再度読んでおこう」
と本棚を探していると運よく見つかった。半ばまで読んだとき、ふと
「島袋さんに連絡を取ってみようかな」と思った。

 本の後ろを見るとメールアドレスがあり、さっそくメールを
送ってみた。ただ返信はなかったのだがそれはしっかりと見て
もらっていたようだ。

 初対面の前にごあいさつができる。
 なにか不思議なことだなーと思った。

 だから自己紹介も「メールさせていただいた池田です」だった。
 それから個人的(講演が終わった後)にかなりお話をさせて
いただいた。

 現実の島袋さんは大変に暖かみのある声の方で「こんな声の人
がいるんだなー」とおかしなところで感動させられた。初対面の
前に一度出会っておく、これってすさまじく便利と言うか、
ありがたいことだなーと思ったんだけど。どうかな

2007年6月 1日

思いつき

 新たな発想を思いついたことはないだろうか。

 前にある場所に遊びに行った。セインポチア
だったかなんだったか、500円くらいで小さな
鉢を買った。

 なにげなく、仕事場にそれを設置してみた。
 これまでそんなものはなかったにも関わらず、
いつもだれかが水をやったり世話をしてるよう
だった。

 まず仕事場に緑を設置してみようという感覚が
なかった。自分の単なる思いつき。だけどそれが
妙に受け入れられた。

 「あれっ、これって良いな」ってことがきっと
みんなにもあるに違いない。
 街を歩いていてよそのお宅の花壇を眺めていると
自分もやってみたくなるっていうやつだ。
 こんなことをもっと大事にしてはいかがだろうか、
と思うのだ。