2007年4月27日

紹介

 先日ある人と話していて気づいたことが
ある。どうやらボクはある状況が自分に
合っているらしいと。

 前々から人と話すのは苦手だと感じていた
が、ある瞬間のみ、かなり活発になることが、
分かった。

 人と話すとき、いつも苦しむのがなにを
話題にするかってこと。「だから自然に、
思ったままに」と言われるのだが、
それが難しいんだから、仕方がない。

 で、どんなときに活発になるかと言うと、
人に人を紹介するとき、なにかうまくやれる
自分が、そこにいるのだ。
 これもきっと恥ずかしがり屋の一面だと
思うのだが。

 「人と話すのはどうも苦手」って言う人
は自分に合う場面設定を先に考えた方が
うまくいく気がする。
 「自分はこういうときにうまく話せるん
だな」を理解してから取り組む方が良い
気がするんだ。

2007年4月26日

若竹煮

 能登で地震があった。今も現地では苦しい生活が
続いている。はずだ。

 と言うわけでもないのだが、火曜日、白エビなる
ものをいただいた。「白エビの空揚げ」。

 まさにカッパエビセン。いや、になる前。
 このエビ、甘いのだ。滋味と言っていいかな。
 この辺りでは珍しい一品なので尋ねてみると
能登と分かったのだ。

 この日はこのほかにも若竹煮やガリバー焼き、
鯛のあらだきなどもいただいた。
 ガリバー焼きがなぜにガリバーなのか聞きそび
れたが、ジャガイモとベーコンの炒めもので、
これもおいしかった。
 さー能登に出かけよう。白エビを食べに行こう。

2007年4月25日

カツンコツン

 カツンコツン、これ、なにか分かるだろうか。

 先日、靴を買った。山歩き用の靴があればいい
なーと思っていたのだが、うまい具合に見つかった。

 最近、靴を買うと言うと必ず靴底を確認する
ようになった。前に買った靴は雨の日に一日に
二度も滑って転んでしまったことがある。
 あの靴はあれから一度としてはいてないのだが。

 ようやっと、靴底の大切さを認識したってわけだ。
 で、この新しく買った靴というのがもはやスパイク
状になっていて、この靴で歩くとおおげさではなく

 カツンコツン
 という不気味な音をたてるのだ。
 まーそれだけ地面をとらえて離さない、頼もしい
音でもある。
 「靴を見ればその人となりが分かる」とはよく
聞かされるところだが、ボクの場合、
「しっかりと山を歩いていることが」、分かるのだ。

2007年4月24日

ブックタワー

 日曜日はブックタワーの解消に励んだ。
 ブックタワーってなにか分かるかな。

 買った本がそのまま積まれバベルの塔
みたいに屹立しているわけだ。
 で、気づくとこれらブックタワーが三つ
も四つも出現しているのだ。

 解消するにはあまり手段はない。
 捨てても良いと判断した本を抜き出す、か
本棚(とっくに一杯で無理無理だが)に収納
するか、しかない。

 とりあえず捨てる候補を選び出していった
のだが、低くなる気配も見せないタワーに
業を煮やし「いいか、オレ、とにかく例外と
いうものをなくして捨てる候補を選べ」と
言い聞かせ、再度取り組む。

 タワーを点検していくうちに「あれっ、これ
まだ読んでないや」なんてことも再々で、前に
進まない。
 それでもブックタワー、四つを見事消滅
せしめた。なにか大きな事業を成し遂げた気分。

 捨てる候補を徹底的に選んだ後、残りは
ソファーの後ろに(きちんと箱に入れ)追い
やってしまった。これで見た目にはすっきり。
 時折、ブックタワーが倒れた惨状はまさに
ターミネーターの世界だったから、はーすっきり
すっきり。

2007年4月23日

医者以前

 昨日「医者以前の健康常識2」を読んだ。
 いつも思うのだが「こんな本を読んだ」と
告げると決まってこんな意見を聞かされる。
 「健康マニアなんですか」
 「病院ウオッチャーなんですか」
 「株式に関心があるんですか」。

 内心では
 「いや興味とか関心じゃなくて、ね、
おもしろいかもって思って」と思うのだが、
これって考えてみると一般的には「そういうこと」
なのかもしれない。
 要するに一般的には健康に関心を持つから健康
に関する本を読むのだ。そうかー、分かったぞ。

 この本は「医者以前」としてあるくらいだから
やはり「食べ過ぎるな」「飲み過ぎるな」と書いて
ある。が、この否定形がよくない気がするんだ。
 この手の本にありがちな表現だ。

 クオリティーオブライフって言葉がある。日本でも
QOLと言われている。これはただ長生きすれば
いいものではないと(え、良かったっけ、この解釈で)
説いているわけだ。

 あまりに否定形が多いと「そんなに言うんだったら
食うだけ食った方が良い」と考えがちになるのでは
ないかと。ボクは思うのだ。
 この辺りの表現についてはまだまだ改善の余地が
ある気がするな。まーそれを差し引いても読む価値は
十分にある。

2007年4月20日

ネクタイ

   たまにネクタイを買う。
 店の人にはいつも言われることがある。
 「たまにはチェックじゃないものに
しましょうよ」。

 で、言われるままにチェックではない
ネクタイを仕入れる。まったく使用しない
ので投じたお金がムダになるっていう仕組みだ。

 なぜだろう。
 なぜ、いつもチェックのネクタイばかり買い、
そればかり使用するのか。まーそれが好きなん
だろう。そうに違いない。

 これについてはいつも思うことがある。
 「自分が気に入ったものにするべきか、店員
さんのプロの目で判断していただくべきか」で、
いまだに結論は出ていない。
 チェックに関しては店員さんの言はまったく
受け入れてないことになる。さてと、今日の
ネクタイもチェックだ。

2007年4月19日

フキ

 フキを食べたことがあるだろうか。

 人によっては食べてはいてもそれが
フキであることを知らずにいる人も
あるかもしれない。
 寿司の太巻きとかに入っている、あれだ。

 フキは春の食べ物だ。
 ボクはたまに親から言われてフキを
とってくる。実はフキを植えていたのだ。
 フキを採取してみるとよく分かるのだが
根っこは太く球根みたいになっている。

 で、葉っぱ(大きくてカサみたい)を
どれでもいいから切るだけでいいのだ。
 カサの部分は捨てて茎の部分を食するのだ。
 生で、じゃないよ。
 これがとてもおいしいのだ。
 まだまだフキはこれからもいただける。
 召し上がってみてはいかが

2007年4月18日

三日前の男

 ボクは自分のことを「三日前の男」だと
考えるようになった。

 だれかを呑みに誘うとする。
 「あさってなんですけど、呑みませんか」、
「あさってー、あいてるわけないじゃないですか」
って返事がとても多いのだ。
 「池田さん、もっと早く言ってもらえませんか」
といつも言われるのだが、もっと早くって、さっき
思いついたばかりだし。

 だからボクの頭の中は三日くらい先までの予定と
言うか予約しか入れられないシステムになってる
気がするんだ。

 これからすると「もっと早く言ってくれ」と
主張なさる人のスケジュールは要するに二週間
くらい手前で埋まっていくと考えられる。
 だからこの手の、まー一般的な人の頭の中は
二週間くらい先を中心に進んでいくと考えられる。

 ね、みなさん、ボクが直前になって誘うのは
そういうわけで、ボクの頭の中には三日先くらい
までの予定しか入らないってわけでして。直前に
誘っても断ったりしないでね

2007年4月17日

盆栽

 あなた、そこいくあなた。
 あなた、ですよ。
 盆栽って知ってますか。知らないだろうなー。

 これまで長く日本では「引退したなら男は盆栽」と
決まっていたのだ。
 で、やはりそんな男の趣味だからどちらかと言えば
日陰者扱いだったのだ。

 男が裁ちバサミ片手に手入れするのは躍動感だった
り、アウトドア感がまるでないってことを証明していた。
 だからこれまで盆栽はあまり脚光を浴びてこなかった
のだ。
 盆栽ってのは、ボクの見立てによると20センチ
四方の小宇宙、ってことでよかったかな。けっこうな
枝ぶりの樹が片手に乗るほどの鉢に乗っかってるわけ。

 で、今日はそれが言いたいのではなく。
 「はじめての豆盆栽」なる本を買ったのだが、これを
見ているとこれまでの盆栽の持つ印象がガラッと
変わる、ことを言いたかったわけ。

 窓際に置いたなら、トイレの手洗いのところに飾って
みたら、思わずそんな気にさせられること間違いなし。
 このボクが豆盆栽を買っちゃおうかなって思ってる
くらいだもの。たまにはガーデニングセンターに
行ってみませんか。そして豆盆栽を見つめてください。
 きっとこれまでの盆栽の持つ印象が変わるはずだ。

2007年4月16日

日記

 さて。土日の日記だ。
 土曜日は五日市の造幣局に花見に出かける。
 おっと、こっちは運転しているから渋滞の列から眺める桜だ。
 こぼれでる桜がまたすばらしい。
 車を停めるとこなどあるはずがない、と分かってはいたが。
 同行の人たちが花見ができたから、ま、いいだろう。
 ちなみにここの桜は八重だそうで今が見ごろ。造幣局の解放は
4月19日までだそうで、早い者勝ちですよ。垂れ幕にそんなことが。

 日曜日は徹底的に読書の一日。
 まずみのもんたの「なぜボクは働くのか」を読む。あの、
みのもんたが本を書いたのだ。すぐ買ったね。なんでもギネスに
「生放送に一番出演している男」で登録されるらしい。やったね。
 あなたがみのもんたに抱く印象がどんなものか知らねども、
この本はお薦めだ。

 それから「チェルノブイリの森」を読む。なにせこれは2200円
の本だから、1ページにぎっしり文字が詰まってる。なにが言いたい
かと言うとそれだけたいした本ってことさ。

 きっとあなたの気持ちの中のチェルノブイリは「悲惨」
「近寄れない」「気味が悪い」のはずだ。ボクもそうだった。
 だが、これを読むと少し違ってくる。
 「モウコノウマ」という馬がいる。絶滅しそうになっていたが人間の
力でやっと頭数が回復してきた。この馬をどうやって野生に返すか考え
に考えてその応えがチェルノブイリの中、だったっていう。
 この本ではほとんど悲惨さは伝わってこない。
 大まかな内容が「人間が近寄れなくなった場所にたくさんの野生生物が
回帰してきたから」なのだろうと思う。
 一読の価値は十分、あると思うな。

2007年4月13日

ケンカ

 いつだったか、元ワル(不良)がこんなこと
を話していた。
 確かインタビュー形式だった気がする。

 「ケンカばかりしていたんですよね」。
 「ケンカに負けないコツは何ですか」。

 ワル
 「負ける相手とはやらないことですよ」。
 の応えにはおかしくてつい笑ってしまった。
 だが。本当のことかもしれない。

 相手の力量をきちんと読んで自分より強いと
思えば対戦することなくホコを収めてしまう。
 ボクたちは熱くなりしゃにむに突っ込んで
いくからこそ負けてしまうのかもしれない。

 要するに強いやつ、とは負ける相手との対戦
はしないということなんだ。

 商売でもよくあることだが「あそこはだれそれ
さんがやっているから勝てっこない」、そんな
地域が必ずある。そこで無理やり対戦することは
自滅を意味している。ワルの言葉を借りれば
「負ける相手とは勝負しないに限りますよ」
なのだ。ムダな消耗は避けた方が大局的に考えると
利口なことなのだ。

2007年4月12日

やる気

 「やる気」うんぬんを言う人、書く人は多い。
 「やる気があるならもっとしっかりやれ」だの
「そんなんでやる気があると言えるのか」、
みたいにして使う。
 「これからわたしは基本に立ち返って物事に
取り組む所存でございます」ってのもある。

 こういうのはどうだろう。
 ボクは車を毎週一回洗車することにしている。
 火曜日に洗車アンド給油をしてやる。
 機械がやるのであってボクはただ車に乗ってる
だけなのだが。
 毎週一回、洗車に給油をするとどうしたって
車はきれいになるさ。改めて言い聞かせる必要も
なく。
 こういうのを「システム」と呼ぶ。

 「車をきれいにしたい」「するべきだ」と
唱えるのではなく「火曜日に洗車」と決めておく
方が、車はきれいになるってわけさ。
 もっともっとシステムで解決することは多いと
思う。誓いの言葉を述べるのではなく「すごく
つまんないことだけど、これだけはやることに
決めたの」って方が威力はあるってことさ。

2007年4月11日

読書

 つい先日のこと。
 ある人に「もっと本を読んだらどうだ」
なんて提案をさせていただいた。
 なんでこんな失礼な提案をしたかと言うと、
話していてなんとなく語彙の少なさみたいな
ものが気になったから。

 最近は生涯学習とも言われるが、昨今の
話じゃなく読書ってのはとても大事だと思う。
 よく「書を捨てよ、街に出よ」と言うが、
いろいろなものを吸収するその基本は必要だ。

 ボクはときに体内から欲するように本が
読みたくなることがある。決して難しい本や
啓発の書(そういうこともある)じゃないんだが。

 しかし。
 読書していない人と話していて「語彙が少ない」
「底が浅い」と感じられるのは逆に考えると恐ろ
しいことではないだろうか。
 「なんとなく分かって」、バレてしまうわけで。
 読書というのは「オレはもう遅い」ことはない
わけで、なんでも自分の好きなテーマについて
読んでみてはいかが。

2007年4月10日

ゴール

 映画、ゴールを見た。
 なぜ、こんなすばらしい映画がレンタル店
でほったらかしにされてるのかさっぱり
分からない。

 メキシコからアメリカにやってきたサンチアゴ
はサッカーが得意。町中でいつものようにサッカー
の試合に興じていた。それをスカウトが目にし
イギリスにテストを受けに行く。

 一方、父親とは分かりあえないまま、イギリス
行きを決定する。
 祖母の言葉が良い。
 「わたしはね、あなたたちの夢をかなえるため
だったら何でもするって決めたの」。

 プロ球団の監督はなかなか認めてくれない。
 カツカツ、という言葉がぴったりで、なんとか
テスト生として残る。
 一日一日が試される日々。明日は、もうないの
かもしれない。
 レンタル店にはたった2本が置かれていただけ
だったが、どうしてこの映画がもっと人気化
しないのか、さっぱり分からない。

2007年4月 9日

蕎麦

   土曜日、そば屋に行った。
 なにを隠そう、このボクはおそば屋さんと
いうものに出かけたことが、記憶にまるでないのだ。

 で、教えられたおそば屋にたどり着いたのだが
とても現代的な店内にまず圧倒された。
 ボクの想像の中にあるおそば屋さんはまずのれん
があって、入ると土間とテーブルがセットに。
 だったのだが。
 きれいな美術館を訪問したのかと錯覚させられた。

 メニューに載っけてあるのはみんな注文した。
 「焼きみそ」と「みそ豆腐」がなかなかにいけた。
 沖縄に「豆腐よう」ってのがあるが、まさにあれだ。
 ちびりちびり、酔鯨と呼ばれる日本酒をやりながら
いただく。

 まずボクは古典的なおそば屋さんを知らないので
なんとも注釈のいれようがないのだが、こんな店を
考えつく人もいるんだなー、とそんなことを思った。
 たまにはおそば屋にてとっくりを傾けるのも悪くない。

2007年4月 6日

チェルノブイリ

 「チェルノブイリの森」という本をご存じ
だろうか。いや、まずご存じないはずだ。
 ボクはまだ1ページたりとも読んでないが
どういう内容かは知っている。(買ったから
手元にある)

 さー、これを説明するのにはどうすればいいか。
 こんな話を知ってるだろうか。
 沖縄の米軍敷地内のこと。
 基地なので周囲をぐるっと鉄条網に覆われている。

 で、それでどうなったかと言えば、この敷地内
にだけ原野が取り残され、それは日本でも有数
の豊富さに達したというわけなのである。
 要するに、それを目指したわけではないが、
達成されてしまった、少し皮肉な現象ってわけ。
 これは国境などでも言える。

 国境(ある国)では狩猟の対象となる動物たち
がそこでだけ生息していたりするらしい。
 難を逃れたわけだ。
 これを皮肉な現象と言わずしてどうするだろう。
 目指したものとは別のものが手に入る。
 いや、ありそうだと言えば言えるのだが。

2007年4月 5日

ヒラリー

 ヒラリーをご存じだろうか。
 ステップ。それはエベレスト。
 ここまででさっぱりの人もいるかもしれない。
 それはまー、それで置いといて。

 ここで言うのはヒラリー・ダフだ。
 実はウイメンシリーズというのを定期的に
買ってる。女性のシンガーだけ集めたもの。
 中にヒラリー・ダフがあり、とうとう昨日、
買ったのだ。

 集合体の中から孤高に一人だけ突出する。
 なかなかに難しいことなのだ。
 ま、今回は全体的に「んんん」っていう展開
かもしれない。覚えておいてほしいのはヒラリー・
ダフだ。

2007年4月 4日

蚤の市

 先日、蚤の市に行ってきた。案内に蚤の市
とあったのだが、行く道すがら、「その蚤
ってなんだ、なんのことだ」とずっと考え込んで
いた。
 「意外に掘り出し物があった」ってこと
なのかな。ま、いいや。

 で、フランスで買い入れたものの蚤の市にも
かかわらず、アフリカで買い求めたというビーズ
でこさえた人形を買った。600円なりー。

 展示のほとんどは「フランスの小物」だったの
だが、部屋を想像しながら合う小物を手に入れる
ということなんだろう。

 ボクの部屋は本が所狭しと並んでいてそれらが
オブジェを形成しており、ま、はっきり言って
デザインの観点からは難あり、の空間なのだ。
 ま、なにはともあれ、こうした催しに出かける
のは良いことだと思うよ。だってそれがきっかけ
でなにか買うでしょ。
 それが部屋の雰囲気を変えるって十分にある
ことだもの。

2007年4月 3日

財布

 とうとう。財布を買った。どういうものか
ボクの財布はすぐにボロボロになってしまう。
 昨今はカード類が多いし小銭も入れておくと
傷むのが早い。

 革細工の方と知り合いになりさっそく尋ねて
みたのだが「そういえば財布がなかったな」と
思い、なんと、なんと、ハンドメイドで財布を
作ることになったのだ。

 財布が、さー、自分のアイディアを取り入れ
ながら作られるってとても不思議な感覚じゃ
ないですか。
 自分の要望が一つ一つ取り入れられ、「えっ、
そんな財布ができるの」、そんな気分だ。

 財布って「買うもの」「機能で選ぶ」感覚が
あったのだが、まさかデザインから決める、
なんて、とても不思議。
 届くのは一カ月後になるのだが、なんだか
今からとても楽しみ。不思議な楽しみ感覚だ。

2007年4月 2日

花見

 花見に出かけた。少し雨が交じったが
気にすることなし。 
 あちこちにブルーシートが設置され、
主の到着を待っていた。ボクらはにわか組
だからどこでもOK。

 さて、桜の開花具合だがこの公園は7分
咲きといったところか。
 つぼみもちらほら見える。
 きっとあと2・3日で散りいく桜を見ながら
の花見になるだろう。

 花見には焼き肉なのだ。あちこちから煙り
とともに香ばしい香りが届く。ボクたちは
おむすびに卵焼き。昼間っから酒を飲むと
頭が痛くなるので今回はなし。

 花見に来てみると、実はみんなは花見じゃ
なくて日ごろの仲間との楽しい宴が目的だと
すぐに分かる。きっかけってわけだ。
 華やかな光景のもと、いつもの仲間、
久しぶりの仲間たちとの宴は楽しくないはず
がない。

 そういえば、先日、スペインからの来訪者
は桜を見たがっていた。時期が問題のものは
なかなか難しい。だが日本に住まう者なら
こちらは簡単。ものの見方かもしれないが
うらやましい光景をボクたちは目にしている
のだ。